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第四章【禁忌の劫略者】
446『贈る言葉』

「答えは変わらないわよ。私に生きる価値はない」



 その硬直は、僕が『そのこと』を知っていたことに対する、驚きだった。

 彼女はすぐに理解を示し、即答した。


「アンタも……知ってるってことは、見たんでしょ? 私は人殺し。家族も友達も、みんな殺して、なのになんの罰も受けずにのうのうと生きている」


 そう言って、彼女は儚く笑った。


「控えめに言って、最悪よ。人を殺しておいてなんの罰もないなんて、そんなことは……私には耐えられない」


 だからこそ。

 少女は、僕へと問いかけた。



「そんな人間に、生きている価値なんてあるかしら?」



 ある。

 ……と、断言はできなかった。

 即答できるような軽々しい話じゃないからな。

 だから、僕は答えなかった。

 答えずに、頭をかいて逆に問う。


「ちなみに、僕が『ある』と言えば、お前の気は変わるのか?」

「変わるわけないじゃない。いくらあんたでも、変えられるものと、変えられないものがあるっての」


 だろうと思った。

 僕は小さく息を吐き、彼女を見る。

 少女は、思い詰めたような表情で僕を見ていた。


 今の彼女に、きっと嘘は逆効果。

 六紗優には、本音の部分しか届かない。

 そんな気がした。


 何故って?

 僕と彼女が、同類だからだ。


 ご存知の通り、死んでしまいたいと思うのは、僕の十八番だ。

 常日頃からそう思う。

 あんな黒歴史を抱え込んで。

 毎夜の如く思い出して。

 その度に枕を濡らして死にたくなる。


 きっと、僕の黒歴史なんて彼女の過去に比べりゃどうってことも無いんだろうけど。


『自分は自分、他人は他人よ!』


 そんな言葉をスローガンに生きている少女を、僕は知っている。

 自分は自分で。他人は他人。

 苦しさ、辛さ、幸せの秤を他人に預けてはいけない。

 自分が苦しいと思えば、どんな些細なことであっても苦しいんだ。

 自分が幸せだと思えば、どんなに小さなことであっても幸せなんだ。


「私は死ぬべき人間なの。私に生きる価値はなければ……死ぬ価値だって無いのかもしれない。私には、何も無いのよ」


 暗い瞳を浮かべる六紗。

 その姿からは、いつもの元気は見て取れない。

 そんな彼女を見て……不思議と僕は、昔の自分を思い出す。


 絶望して。

 人生に意味を見いだせなくなって。

 いっその事、死んでやろうかと思った。

 でも、口にする度に怒られて、止められて。

 なんだかんだで今まで生きてる。


 そんな僕が、かつて言われたかった言葉は何か。


 少し考えれば、ポロッと口から零れ落ちた。



「そうか。じゃあ、死ねよ」



 その言葉に、六紗は大きく目を見開いた。

 僕を見上げるその瞳には、初めて人らしい感情が篭ったように思える。


「『灰村解なら止めてくれる』……とでも思ったか? 安心しろよ、六紗優。僕はお前の味方なんだから。()()()()()()()()()()()()()()()()()


 僕はお前の敵じゃない。

 僕はどこまでだってお前の味方さ。

 残酷なほど誠実に、お前を応援する味方。


「悲しいと思うよ。僕はお前が嫌いじゃなかった。だけど、僕らと過ごした日々も、何もかも、無価値なものだと吐き捨てるなら、もういいさ。死ねよ。なんなら僕が殺してやろうか」

「……ッ!? そ、そんなつもりじゃ……!」



「てめぇが言ってんのはそういう事だ」



 僕は、彼女の言葉をかき消し、言った。

 知っての通り、僕は中二病が嫌いさ。

 大っ嫌いだ。

 中二病に見える輩ですら反吐が出る。

 そういうレベルの、一種の病気だ。


 だけどな、六紗。

 お前のことは、好きだったよ。


 馬鹿みたいにうるさくて。

 ポンタといっつも喧嘩して。

 我儘だらけに思えば、寂しがり屋で。

 ……まぁ、女性として好きかと聞かれれば返答に困るが、僕は、お前のことは大切な友達だって思ってた。


 にも関わらず。


 お前はその人生を無価値と言った。

 昔なら分かるさ、だけどな、六紗。

 僕らを知って、関わって。

 それでも尚、お前は無価値と即答した。


 関わってきた全ての者に、お前は唾を吐いた。


「僕はいいさ……そういう掌返しには慣れてるからな。だけどよ、六紗」


 僕は彼女の胸ぐらを掴みあげる。

 彼女は限界まで目を見開いて。


 僕は、怒りの限りに彼女へ告げた。



()()()()の前でだけは、そんな答えは出すんじゃねぇ」



 知ってるか、お前。

 命をかけて、勇者を救おうとした悪魔王がいるってことを。

 お前のことを誰より大切に思い続ける、ペットがいるってことを。

 お前のことを大切な友達だって思ってるヤツらが、たくさんいるってことを。


 知らねぇんなら教えてやるさ。

 もしも知ってて言ってんなら、ぶん殴るだけじゃ足りんぞ六紗優。


 お前はそいつら全員に、無価値と吐き捨てたんだからな。


 僕は彼女から手を離す。

 たたらを踏んで後退した六紗は、力なくその場に座り込む。

 その瞳は虚空を見上げていて、僕は彼女に言葉を重ねた。


「迷うのはいい。大いに考えればいいさ。だけどな……よく考えもせずに即答なんてするんじゃねぇ。悩んで、苦しんで、それでも答えが変わらないなら、僕らだって納得する」


 でも、お前は違う。

 両親を殺した、関係ない人達を殺した。

 だから罪に問われなきゃいけない。

 そこまでは分かる。

 だけど、お前の人生が無価値だっていうことには、繋がんねぇだろ、その事実。


「じゃ、じゃあ……どうすればいいのよ。わた、私は……みんなを殺した。なのに、どの面下げて、アンタたちと……!」


 涙を浮かべて叫ぶ六紗。

 僕は、彼女の前にしゃがみこみ、改めて問掛ける。



「今に答えを求めんな。答えを探すのが人生だろうが」



 答えなんて目の前には転がってない。

 探せ、血眼になって生きて探し出せ。

 そうじゃなきゃ、本当に考えたってことにはならないだろう。

 少なくとも、僕はそう思うんだ。


「よく考えろ。結局、僕が言いたいのはそれだけだ」


 それに、さ。

 なぁ、六紗。

 もしも今まで『人の役に立たなくちゃ』と生きてきたなら……今日くらい、自分のやりたいことを叫んだっていいと思うんだ。


 お前の罪が消える訳では無いけれど。

 死者がお前をどう思ってるかは知らないけど。


 なぁ、六代目勇者。

 正統派の王様。

 世界平和の象徴よ。




 僕は、目を開く。


 空には青空が広がっていて。


 仰向けに倒れた僕と、大粒の涙を流す六紗が、瓦礫の上に転がっていた。



「それとも、僕らと一緒に生きるのは嫌か?」



 嫌だって言われたらどうしよう。

 そんなことを思いながら問うた言葉に。


 六紗優は、嗚咽混じりに本音を告げた。




「嫌な……わけ、ないじゃない」




 そりゃよかった。

 僕も奇遇なことに、お前らと生きるのは嫌じゃないよ。


 ふと、遠くからポンタと成志川の声がした。


 六紗は焦ったように嗚咽を噛み締め。

 僕は、笑って瞼を閉ざす。


 やがて、僕の意識は闇の中へと沈んでいった。




 ☆☆☆




「はぁっ、はぁ、はぁっ!」


 男は駆けた。

 死の恐怖からひた逃げた。

 死ぬ、死んでしまう、殺される。

 あれはダメだ、勝てっこない。

 全てを喰らわれるというのであれば、万死に勝機は欠片もない。


「にげ、ないと……!」


 鮮やか万死は、口にする。


「殺される、死んでしまう……死ぬのは嫌だ!」


 もっと。

 もっともっと、人を殺したい。

 絶望の余韻に浸りたい。

 憎悪に満たされ恍惚したい。


 まだまだ僕は、殺す側でなければならない。


 僕は、まだ、こんな所では死なない。

 自分は選ばれた物の怪なのだから。

 人の世に恐怖の象徴として君臨する、誰より優れた生命体。

 それが、こんな所で死ぬはずがない。


 万死は大地を踏みしめる。


 駆けた裏路地の先は、暗く見えない。

 腹を押えた右手から、血が溢れる。

 早く、人間を食らって回復しなければ。


 万死は裏路地へと視線をめぐらせる。

 誰でもいい、早く、速く。


「誰か、殺していい人間は……!」


 万死は叫ぶ。

 そしてまもなく……彼は人の気配を感じ取った。

 その方向へと視線を向ける。

 そこに居たのは、赤髪の少女と、ズタボロになって担がれている一人の侍。


「おいう○こたれ! てめぇ、道わかんねぇのかよ! なら案内すんじゃねぇ! ジョーインはどっちだ!」

「し、しらない……、ゆ、揺らさないでくれないか……うおっぷ」


 その光景に、万死は笑った。

 と同時に大地を駆けた。


 その二人に見覚えはあった。

 だが、そんなことはどうだっていい。

 今、目の前には【ご馳走】か二人も転がっている。

 そんな状況下で、飢餓の万死は食らいついた。



「ありがとう! 生まれて初めて感謝するよ、神様ってやつに!!」



 万死は満面の笑顔で叫び。

 そして、赤髪の少女は万死を振り返る。



「……あ? てめぇ、見たことあんな」



 そして、裏路地での終幕が始まる。



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