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第四章【禁忌の劫略者】
445『六紗優』

 それは、不思議な場所だった。

 何もなくて、真っ白で、どこか冷たい空間。


 死んだ……って訳でもないだろう

 ここは冥府じゃない。

 冥府は、体に血の温かさが無いからな。

 今は、しっかりと生きているという実感がある。だから、こんなにも冷たいと感じるんだ。


「ここは……」


 何も無い、本当に。

 どこまでも続いているようで。

 だけど、靄がかかってその果てが見えない。

 白くて冷たくて、居心地の悪い場所。

 ここを表すなら、そんな感じだろうか。


 僕は何をするでもなく立ち上がる。

 膝に手を当て、力を込めて。

 痛みに軋む体にムチを打ち、起き上がる。


 この世界に来たからか。

 少しだけ痛みは引いてきた。

 傷跡も、今はない。

 見た目だけは無傷のソレで、僕は立っていた。


「……精神世界」


 ふと、思った。

 僕が初めて解然の闇と邂逅した時。

 あの時も似たような感覚があった……気がする。

 何分、昔のことすぎて忘れてしまったが、この空間を黒く塗りつぶしたら、きっとあの空間と瓜二つになる。

 そんな気がした。


 僕は何気なく振り返る。

 何も無かった空間には。


 いつの間にか、1枚の扉が現れていた。



「……入ってこい、とでも言いたげだな」



 少し躊躇った。

 その先にあるものを、見てもいいのか迷ったから。

 あの瞬間、あの場面で。

 僕が迷い込んだ、僕以外の精神世界。

 それが誰のものかと聞かれれば……まぁ、一人しか居ないわけだ。


 僕はしばし考えたけれど。

 ここに居ても出られるわけじゃないだろうし、結局はその扉へと歩き出す。


 少し歩けば、すぐ目の前だ。

 年季の入った木製の扉。

 僕はそれを前に深呼吸をして。


 その扉へと、手を掛けた。




 ☆☆☆




 夢を見た。

 それは地獄だったと思う。


 扉の先で、家が燃えていた。

 轟々と音を立てて家が燃える。

 炎の色は、どこか冷たい蒼色で。

 部屋の真ん中に、一人の少女が座り込んでいた。


 彼女の目の前には、黒ずんだ死体が三つ。

 大柄なものと、華奢なもの。

 そして、少女よりもまだ小柄な子供のもの。


 誰が殺したのか。

 そんなものは、少女の嗚咽を聞けばすぐに分かった。


『う、ううっ、なんで……どうしてっ!』


 少女の体に纏う、蒼い炎。

 その炎は絶え間なく放出されており、ふと、上を見れば燃え盛る家屋は少女へ向けて崩れ落ちる。


 危ない。

 止めに入ろうと足を踏み出すが、僕の助けなど入る間もなく、炎が家屋の全てを吹き飛ばした。


『こ、ここだ! この家だ!』

『なんという炎……まるで悪魔の炎だ!』


 家の外から声がする。

 少女の青い瞳が、外へと向かった。

 吹き飛ばされた家の外から、数名の異能力者が姿を現す。


『や、やめて……こ、来ないで!』


 少女は叫ぶ。

 されど異能力者たちは止まることなく。

 少女は必死に堪えたようだが、意志と炎は乖離している。


 青い炎が、凄まじい勢いで異能力者達へと向い……そして、その光景はそこで途切れた。


 一転して、世界を包んだのは暗闇だった。

 直視すれば心が壊れそうな静かな闇に、僕は瞼を閉ざす。


 そして間もなく、声がした。




『君の心臓には、呪いの限りを封印した』




 目を開けば、世界が移り変わっていた。

 そこは、まるで宮殿の中のよう。

 玉座には一人の女性が腰かけており、女性は頬杖をついて少女を見下ろす。


『君の力は強すぎる。だから、無意味と化していた心臓に力を押し込めた』

『……殺して、ください』

『まぁまぁ、落ち着きなよ。()()()


 女性はその名を告げた。

 少女を見下ろす。

 肩まで切りそろえられた茶髪に。

 瞳は黒曜石のような黒色だった。


『だけどね。君を後継者に選ぶことと、君の力を封印することは必ずしも同じ方向を向いている訳では無い。だからね、君の心臓から力を引き出す【条件】だけ設定しておいた』


 かくして、女性は言う。


『君は()()()()()()()()()()、僅かながら力を引き出せる』


 それは、かつて少女本人から聞いた、時間停止の使用条件。

 息を止めている間だけ、時間を止められるのだと。


『息を止めている間……つまり、君の心臓が機能を停止している間のみ、君の封印は弱まり、力が漏れ出す。……無論、それは逸常の力ではない。君が『その次に』適正のある種別の力となるだろう』


 それこそが、界刻。

 時を止める、対人最強の異能力。

 女性の言葉を、少女は黙って聞いていた。

 されど、説明が終わって。

 しばしして、ポツリと口を開くのだ。


『……どうして、殺してくれないの』


 それは、どこまでも冷たい声だった。

 女性の眉尻が吊り上がり、少女は言う。

 その声は震えていて。

 徐々に、大きく叫ぶようなものへと変わっていった。


『お父さんは死んだ、お母さんも……妹も、ペットも……何もかも死んだっ、私が殺したんだ! なのに、なんで私が生きてるの!? なんで私も死んじゃダメなの!?』


 空気が震えるような叫び声に。

 それを見下ろす女性は、小さく息を吐く。


『……難しい、質問だねぇ』

『分からないなら、殺してよ! 私を殺して……死なせてよ、お願いだから……っ!』


 少女は叫び。

 その声は、重なるにつれて掠れていった。

 最後には、擦り切れるような声もなり。


 少女は、その場で床に額を擦った。



『お願いだから……殺して、ください』



 生きているのが辛いと。

 土下座するその小さな身体が、何よりも雄弁に語っていた。

 今にも消えてしまいそうなほど、その姿は儚くて。

 それを見ていた女性も、悲痛に顔を歪めていた。


『君は……』


 何かを言いかけて。

 その女性は、その言葉を飲み込んだ。

 そして代わりに、違う言葉を口にする。


『……生きる価値はない。君は、多分そう思っているんだろう』


 その言葉に、少女は顔を上げる。

 黒い瞳には絶望だけか映っていたが。

 決して、その瞳に迷いはなかった。


 その瞳を真正面から見返して。

 女性は変わらず、頬杖をついた。



『なら、勝負をしよう。六紗優』



 その言葉に、初めて少女は『人間らしい』反応を返す。

 大きく目を見開き、呆れたように首を傾げる。


『……勝負? 何をいきなり……』

『君は、その人生をかけて【六紗優はやはり生きる価値がなかった】と証明すればいい。対して私は、君の人生を通して【六紗優は生きるべきだった】と証明しよう』


 それは、荒唐無稽な言葉だった気がする。

 僕は思わず苦笑し、その女性は少女に微笑む。


『ただし、君は本気で生きねばならない。否が応でも必死に生きて、その末に無意味と再確認したのであれば……その時は、今度は私が土下座しよう』


 だけどね、六代目。

 そう続けた女性は、遠い目をして微笑んだ。



『生に、無駄なんてことは無いんだよ』


『……私の人生は、無駄なんです』



 その即答に、やはり女性は余裕を崩さない。

 それは上辺だけの余裕だったのかもしれない。

 心では悲痛に叫びたかったのかもしれない。

 だけど、その強がりこそが、その少女を救った気がした。



『なら戦おう。徹底口論だ』



 そう言って、その女性は腕を組む。

 少女はその姿を見あげて、顔をゆがめており。


 それが人らしい反応であったことを、僕は喜ばずには居られない。




 ☆☆☆




 目が覚めた。

 気がつけば、最初の空間に戻っていた。

 周囲を見渡せば、変わらず靄がかかっていて。


「…………なんで、来たのよ」


 目の前で、僕に背を向け座る少女は、ぶっきらぼうにそう言った。

 肩で切り揃えた茶髪が揺れる。

 触れれば折れてしまいそうに華奢な体と、その背中から感じる拒絶感。


 きっと彼女は、僕の助けを望んではいなかった。


 その姿を見て、すぐに分かった。


「……私に、生きる価値なんてない。必死になって生きても……みんなのために頑張っても。最後は、みんな殺して終わってしまう」


 その言葉に、僕は苦笑する。

 らしくなく弱気な言葉。

 それを前に、僕は彼女へと1歩踏み出し。



「ふむ。『神狼』」



 防御貫通の神狼技能で、思いっきり拳骨をたたき落とした。


「あだぁ!? っっ、な、何すんのよ!?」

「え? いや、もしかして偽物なのかな……と思って殴ってみたんだけど」


 彼女は顔を真っ赤にして立ち上がり、僕の胸ぐらを掴みあげてくる。

 ブンブンと力任せに僕を揺するその姿は、やっぱり六紗優だった。


「だ、だからってねぇ! あんた、今さっきまで私に殺されかけてたでしょうが! 良くもまぁ平然と私に接せられるわね!」

「ん? まぁ……六紗だしな」


 僕はそう言って、少し笑った。

 その顔を見て顔を赤くした彼女は、ガバッと手を離してそっぽを向く。


「な、なによ! それってどういう意味かしら!」


 えっ、いや、なに。

 お前って、第一印象『頭のおかしい魔法少女のコスプレ野郎』だったからさ。

 今更どんなヘマやらかした所で、これ以上お前の好感度が下がることはねぇよ。


 と、そう言ってやりたい所だった。

 だが、正直に言ったらなんだか厄介なことになる気がした。


「さぁな。ご想像にお任せするよ」

「ちょ! な、なんなのよ! 言いなさいよ、気になるじゃないの!!」


 ……悪いことは言わない。

 気になったままにしておけ、六紗。

 多分、本当のことを言ったら僕が殴られる。

 ポンタに常日頃から喰らわせているコークスクリューブローが僕の腹を穿つことになるだろう。


「まぁ、それはそれとして」


 僕は無理矢理に話を変えると。

 改めて、少女に問うた。



「どうだった? 今まで生きてきて」



 その言葉に、六紗は大きく目を見開いた。


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