この作品、たぶん今年中に完結だなぁ。
この後の最終章が、余程盛り上がらない限りは。
禁書劫略。
放つと同時に勝利の決まる一撃。
それは確かに六紗へ向かった。
彼女に向けて放った。
だが、結果として強奪するまでは至らなかった。
「……ッ!?」
鋭い音がなり響き、円環が弾かれる。
信じられない光景に目を見開けば、同時に蒼い炎が迫り来る。
僕は咄嗟にその場を退けると、僕のたっていた場所が炎によって食い尽くされる。
「ぐ……!」
やはり……なんという威力。
というか、僕の禁書劫略が……弾かれた?
あの鮮やか万死からも奪えた力だ。
確かに今の彼女は奴より強い。
だが、だからといって奪えないとは思えない。
「……まさか、六紗まで届かなかった?」
嫌な予感を感じ、大地を駆けると同時に円環を放つ。
僕のいた地面を食い破るように地中から炎柱が立ち上り、それと入れ違いになるように円環が飛ぶ。
真眼に力を込める。
一挙手一投足を見逃さぬよう。
必死になって眼を凝らす。
円環が線となり、目にも止まらぬ速さで六紗へと襲いかかる。
普通なら、それで終わりだ。
普通の力で円環は防げない。
今までの誰もが、そうだった。
にも関わらず、六紗優だけは別だった。
「……ッ!?」
その光景に、一瞬で理解と納得が及んだ。
……そうだ、普通ならば防げない。
だが、この女は常軌を逸した【逸常】だ。
目には目を。
歯には歯を。
強奪には強奪を。
逸常には、逸常を。
たとえ一般人には防げない強奪も。
同じ逸常の異能であれば、十分に弾き返すことが出来る、ってことか。
僕は円環を手首へと戻し、舌打ちを漏らす。
「初めて知ったよ……この力の弱点なんて」
作者だから、力の制限は知っていた。
だが、これは生まれて初めて目の当たりにしたよ。僕の、この攻撃を防げる存在がいるだなんて。
僕は大地を駆けると、膨大な炎が僕の居場所を飲み込んでゆく。
圧倒的な威力、手数、そして速度。
僕は思わず歯を食いしばり、加速した。
廃墟跡からここまで。
ずっと【
全盛期の想力が戻ったことで、異能や技能を使っての燃料切れは心配していない。
だが、この状態を保つだけの【神力】が、どこまで持つか……。
「それに……ッ」
全身に走る激痛に顔を歪める。
ふと、シオンに言われた言葉を思い出した。
『おいカイ! 言っとくが、てめぇはこのう○こたれ侍よりずっと重傷だからな! 今はオレ様の特性治癒薬で傷を埋めたが、激しく動けばすぐに吹き出す代物だぜ』
僕の体に包帯を巻きながら、シオンは言っていた。
……そりゃそうだ。
この身には、あの侍の刃を受けた。
本来であれば死んでいてもおかしくない傷。
それをシオンの応急処置で延命し、治癒薬で無理やりに癒着させ、超再生で傷口が開くのを防いでいる。
こうして立っているだけで体力を消耗し続けている。
痛みで意識はハッキリしているが、1度でも攻撃が掠れば……倒れてしまえば、僕はもう二度と立ち上がれない。
そんな直感がある。
前を見れば、頬に涙を伝わせる六紗の姿があった。
その顔には無表情が張り付いており、瞳はどこまでも暗く沈んでいる。
にも関わらず、零した涙。
きっと彼女には、意識があるんだろう。
それでも止められないから、苦しんでいる。
僕を殺してしまうのではないか。
そんなことを気にして悲しんでいる。
そう理解した瞬間。
僕は一気に方向転換し、六紗へ駆けた。
「――ッ!?」
六紗が驚いた気がした。
無数の炎が迫るが、腕の円環を鞭のようにしならせ、それらの炎を打ち消してゆく。
お前が僕の力を無効化できるなら。
僕だって、お前の力を打ち消せるはず。
だけど……ッ!
円環を通り抜けて炎が迫り、僕は再び距離を取る。
荒く息を吐いて視線を戻せば、そこには炎を従え僕を見据える少女が居た。
――炎とは、実に無形。
多彩で多様で、どんな形にだって変わる。
加えて六紗の炎は際限なく広がってゆく。
今だからこそこの程度だが、周囲の無機物を今も尚食らっており、その度に彼女の体の傷が癒えてゆくのが分かった。
時間経過は、そのまま彼女の有利に働く。
そう理解して、僕は奥歯をかみ締めた。
両の拳を握りしめ、足に思い切り力を込める。
「……ビビってんじゃねぇよ」
覚悟なら決まってんだろ。
腹の底から力を込めろ。
勇気を手足に集めて握れ。
下を向くな、前を向け。
迷いはここで切り捨てろ。
『カイ、間違っても本気は出すんじゃねぇぞ』
シオンの言葉が脳裏を過ぎる。
僕は笑った。
「ごめん、嫌だ」
僕の全身から、血の蒸気が溢れ出す。
身体中が弾けては癒えてゆく。
せっかく止血していた傷跡が開き、余命が秒刻みへと変化した。
死ぬつもりは毛頭ない。
かといって、負けるつもりも毛頭ない。
「【
なぁ、六紗。
今のお前を倒すには、これくらいはしなきゃ無理ってもんだろ?
腕を払えば、神狼技能が展開する。
加えて重ねがけ、【
傷のあまりに視界が歪む。
出血多量で体が揺れる。
それでも耐える、必死になって前を向く。
対すれば、なんとなく伝わってくる。
悲しいんだろ。
苦しいんだろ。
辛いんだろう。
寂しいんだろう。
なぁ、六紗。
「なら、助けるよ」
僕は灰村解だから。
それが嫌だと言うのなら。
なんというか……その、ごめん。
「歯ぁ、食いしばれよ」
円環を拳に巻き付ける。
強奪が炎で防がれるのならば。
防ぎようもない、ゼロ距離からぶん殴る。
僕にできることなんざ、それだけさ。
僕は想力の限りを振り絞る。
無限に等しいこの力。
全て使って……かつての力を再現する。
異常稼働を、さらにその先へ。
「【
静かに、僕は呟いて。
直後、六紗の視界から……僕は消えた。
「……ッ!?」
一瞬で僕を見失ったことに、六紗は大きな動揺を見せる。
黒い光が周囲へと軌跡を残す。
真眼から放たれた燐光が線を描き。
六紗は必死に炎を放つが、それら全てを置き去りにして僕は駆ける。
周囲へと視線を巡らせる六紗は、既に僕の姿を捉えることも出来てはいない。
彼女の頬に、冷や汗が滲んだのが見えた。
六紗は両腕を交差させると、体の底から膨大な想力を汲み上げる。
それは、僕の力にも匹敵するだけの想力。
マズいと思った瞬間には。
「【黒死炎天・炎戒】」
真眼が捉えた。
それは全てが死の炎。
彼女の体を中心として、全方位へと同時に、躱す事が出来ないように解放した。
まるで、ドームが広がってゆくように。
蒼い炎が全てのモノを飲み込み、壊してゆく。
それを前に。
僕は、たった一言呟いた。
「【次元】」
瞬間、僕の姿はドームの中に在った。
――瞬間移動。
初歩的も初歩的な。
六紗優であれば、真っ先に警戒するような反則能力だったろう。
拳を振り被る。
目の前には、両手を広げた六紗優。
彼女は大きく目を見開いて、僕を見ていた。
「普段のお前が相手だったら」
ふと考える。
いつもの六紗優が相手だったら。
きっと僕は、何ひとつとして太刀打ちできずに負けたであろう。
だけど、六紗。
今のお前は、僕にとっては易過ぎる。
「悪いが、今日は僕の勝ちみたいだ」
限界まで目を見開く六紗に。
僕は、情け容赦なく拳を振り抜いた。
鮮血が吹き上がり、その全身へと円環が纒わり付く。
弾かれるような気配は、一切無かった。
彼女の体から、黒色が抜け落ちてゆき。
僕の手の甲に【死】の文字が刻まれた。
禁書劫略――強奪完了。
周囲から、青い炎が消えてゆく。
六紗の体は力を失ったように倒れてゆき。
僕は、彼女へと手を伸ばして……。
「――ぁ、がッッ!?」
ドクンッッ、と強く心臓が脈動した。
鋭い激痛。
体の中から炎で焼かれるような痛み。
正気を保っていられぬほどの、気持ち悪さ。
「こ、れは……がほ、ッ、げほっ……」
気がつけば、口から鮮血が溢れ出していた。
それは、無理を通した代償か。
あるいは、
あまりの痛みに膝をつく。
意識が遠ざかってゆき、指先から冷たくなってゆく。
ヤバい。
これは……死んだ時と同じ感覚だ。
僕は思わず歯を食いしばり、爪を肌に突き立てる。
今意識を手放せば、二度と戻って来れない気がする。
もしも、これが禁忌の代償ならば。
灰村解が暴走した時。
きっと、その被害は六紗の比にはならなくなる。
「く、そったれ……がァ!」
こんな所で。
こんなよく分からない力に、負ける訳には行かない。
絶対に、僕は、負けられない。
目標を、叶えるまでは。
10冊のノートを、全て集めるその時までは。
「死んで、たまるか……ッ!」
僕は血反吐を吐き捨て、拳を強く握りしめる。
決意に瞳を見開いて。
激痛に歯を噛み締めて、前を向く。
そして、気がつく。
「………………はぁ?」
いつの間にか、六紗も街並みも消えていて。
僕は全然知らない空間に、倒れていた。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。・特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はパソコン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。