痛い、苦しい、哀しい。
色んな感情がごちゃ混ぜになって。
私は目の前の光景に絶望すら覚えた。
「なんで……どうしてあんたがそんなに頑張るのよ!」
私の体は、誰にも止められない。
この力は禁忌の力。
絶対無二の破滅の炎。
人の体でどうこうできる力じゃない。
制御することはもちろん、それを真正面から止めるだなんて不可能に決まっている。
だからこそ、五代目勇者は私を【ガス欠】で捕獲したし。
クラウディアの異能力者を総動員してもガス欠以外に勝機のなかったこの暴走状態に、たった一人で勝負を挑むなど馬鹿げてる。
そう思った。
だから、私は叫んだ。
聞こえないと分かっていて。
それでも私は、叫ばずにはいられない。
「逃げてよ……逃げてよ! お願いだから!」
悪魔王のくせに。
どうして、そんなに必死になってんのよ。
何が『守る』よ。
何が『助ける』よ。
私に……そんな価値なんてない。
守らなきゃいけないのに。
私が助けなきゃいけないのに。
1度でも守られる側に回ってしまったら。
私はもう、生きる価値を見いだせない。
「お願い、だから……」
私を守ったりしないでよ。
私は、私は……守る側じゃないといけない。
それすら叶わないと言うのなら……。
守られるくらいなら。
誰かを殺してしまうくらいなら、死んだ方がずっとマシなんだ。
「だから……!」
私は叫ぶ。
ふと、頬に涙が伝った感覚があって。
目の前で、悪魔王が青い炎に包まれる。
その光景には絶望すら覚えた。
「あ、あぁ! あぁ……あぁぁ!!」
あの悪魔王が、炎に包まれていく。
フラッシュバックする、昔の光景。
目の前で炎に焼かれていく両親。
友達にペット、近所の知り合い。
みんな死んでゆく、殺されてゆく。
私の手で、炎に巻かれて死んでゆく。
「あ、悪魔王……!」
また、繰り返すのか。
私は、また人を殺すのか。
私は呆然と目を見開いてその光景を見つめていた。
だからこそ、驚いた。
「【消滅】」
目の前で、滅びの焔が消滅したことに。
どこからか聞き覚えのある声がしたことに。
悪魔王が1人の少年に抱えられ、遠く離れた場所に居たことに。
「……ど、う、して」
その光景には、絶望すら覚えた。
今の私は誰より強い。
人の身に余る禁忌を宿したこの私を。
きっと、人の身では止めることが出来ない。
分かってるでしょ。
そんなこと、見れば分かるはずでしょ。
それなのに、なんで。
「……なんで、あんたまで来ちゃうのよ」
こんな私を、一人の人間として扱ってくれた人。
こんな私を、仲間として扱ってくれた人。
こんな私が、生まれて初めて恋をした人。
私の大切な人。
その姿に、今回ばかりは絶望した。
来ないでよ……ねぇ、カイ。
お願いだから、ここから逃げてよ。
私に、殺させないで。
アンタを殺してしまったら。
私はきっと……壊れてしまうから。
☆☆☆
その事態に、理解は追いついていなかった。
ただ、僕がすべきことは理解出来た。
「おい六紗……随分とまぁ、気合いの入ったイメチェンをしたもんだな」
視線の先には、変わり果てた六紗の姿がある。
栗色の髪は黒く染まり果て、瞳は僕の真眼よりもずっと深い青色を灯している。
極めつけは、彼女の体から吹き上がる蒼い炎。
「その炎……」
その炎から感じたのは、かつて幾度か感じたことのある【嫌な感覚】だった。
まるで、解然の闇を前にしたような。
まるで、暴走列車を前にしたような。
触れれば存在ごと奪われる。
そんな、常軌を逸した直感がある。
「……そういえば、出会った時に言ってたな。お前と僕が、同類だって」
異能を指してか、中二病を指してか。
お前はあの時、僕らが同類だと言った。
あの時は『お前の感性イカれてんな』と内心罵倒したもんだが……前言撤回だよ、六紗。
お前の感覚は、何より正しかった。
「【逸常】系統の炎。僕らの同類か」
思わず歯を食いしばり、前を見据える。
その能力……
「……悔しいなぁ、強過ぎるだろ、その強奪」
「ご、御仁!」
ふと、抱えていた阿久津さんが声を出す。
僕は手を離すと、彼女は焦ったように僕の前へと立ちはだかった。
視線は六紗から逸らすことなく。
全身から冷や汗を流しながら、僕を庇うように立っていた。
「御仁は下がってくれ! あの女は私が倒す! あの能力……御仁とて下手に触れれば即死だ!」
「だろうな。あれはそう言う代物だ」
同じ逸常使いだから、かな。
見ただけで、どれだけヤバいかは察しが着いた。
視線を移動させる。
炎に触れた場所は、まるで最初から存在しなかったかのように消えている。
道も、瓦礫も、街灯も、なにもかも。
まるで、全てを喰らう生きた炎だ。
「触れれば即死……というよりは、純粋なエネルギーに変換されて六紗の体に吸収される、って感じだな」
「……っ! な、ならば、不死の怪物というのは……!」
「今までに喰らっただけ、無限コンテニューができるって話だろうさ」
正しく禁忌。
命を喰らい、命を増やす。
強奪よりも、それは食事に近い。
喰らって自分の力にする。
ただ、それだけに特化した力だ。
僕は大きく息を吐く。
手の甲へと視線を向ければ、かつて奪った【文字】は消えてはいなかった。
僕は阿久津さんへと手の甲を向ける。
「悪い。阿久津さんは……こっちを追ってくれないか」
「……っ! そ、それは……」
周囲を見れば、多くの骨が転がっている。
恐らく、ここで成志川たちと万死が戦った。
ここに来る道中、成志川やポンタの姿は確認したが、ついぞ万死の姿は見つけられなかったんでな。
この場所に倒れているのかと思ったが……残っているのは血溜まりだけ。
鮮やか万死は消えていた。
おそらく、逃げたのであろう。
人の死に多く立ち会っているということは。
それだけ死の恐ろしさを知っているということ。
今逃がせば……間違いなく、あの男は姿をくらませる。
それは絶対に避けねばならない。
「な、ならば……御仁が!」
「阿久津さん」
僕が万死を追い、危険な六紗は彼女が背負う。
そう言いかけた阿久津さんの目を見て、僕は笑った。
「頼む。
その言葉に、阿久津さんは困惑し。
すぐに気がついた。僕の腕から滴るモノに。
「……ッ!? それは……だが、しかし!」
「なに、血が出てるだけで、大きな傷じゃないよ。ただ、足もやられていてな。万死に追いつけるだけの速度じゃ走れない」
それに、ここに来るまで随分と飛ばしてきた。
六紗の相手くらいなら出来ると思うが、万死を追いかけ、見つけ出し、その上倒す……だなんて、さすがに厳しい。
「それに、さ」
僕は拳を握りしめる。
バックの中に入った零巻を一瞥し。
禁忌に溺れた六紗優へと、視線を向けた。
「僕は禁忌の劫略者。僕に奪えぬものは無い」
それがたとえ、どんな禁忌であろうとも。
僕の円環は全てを捕らえ、奪い尽くす。
それがどんな概念であろうと。
人の身に扱いきれぬ力であろうと。
「大丈夫。
僕の言葉に、阿久津さんは目を見開いた。
しかし、その視線は直ぐに僕の体へ向かった。
傷だらけで、出血のあとだって多い。
だけど、彼女ならきっと、僕を信じてくれる。
悪魔王、阿久津真央は、いつだって僕の頼れる味方なのだから。
「………………もしも死ねば、許さんぞ、御仁」
長い沈黙の後に、彼女はそう返した。
対し、僕は微笑を浮かべる。
安心してよ阿久津さん。
もう、二度と悲しませないから。
「大丈夫。だって、僕はもう死なないからな」
そう言って、僕は六紗へと視線を戻す。
阿久津さんは歯を砕けそうな程にかみ締めて、遠方を見る。
彼女は勢いよく大地を駆けだす。
その刹那。
「六紗を、どうか頼む」
ふと聞こえた声に、驚いて振り返る。
しかし、既に彼女の姿は消えていた。
僕の真眼ですら、視線を外せば見逃してしまうほどの隠密能力。
僕は思わず苦笑して、前を向く。
「あぁ、しかと任された」
拳を握る。
前方には、ゆらりと佇む六紗の姿があった。
全身から立ち上る青い炎。
触れるだけで全てを喰らう死の力。
敵対し、これほどまでの圧を感じたのは……深淵竜ボイド以来だろうか。
人の身で、これほどまでの力を用いている事実に……戦慄すら覚えるよ。
呪い、禁呪、あるいは禁忌。
まぁ、なんだっていいか。
「
右手を構え、僕は告げる。
「黒き明星、我が力。我が身の上に秩序を示し、環の内にて劫略せし」
詠唱に呼応するように、六紗の全身から炎が吹き上がる。
さすがは同類と言ったところか。
僕がひと目でお前の危険性を察したように。
僕の力の危険性も、理解出来たみたいだな。
僕は笑い、手首から円環が浮かび上がる。
「僕、灰村解の名の元に」
蒼い炎が溢れ出し。
僕は、六紗を見据えて力を使う。
「今からお前を奪う、六紗優」
【
黒い円環は、やがて線となり。
一直線に、六紗優へと向かっていった。
まるで主人公……!
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