この場面をずっと描きたかった。
悲しい少女だと。
少なくとも私はそう思ったよ、六紗優。
私はお前に同情した。
なんという不遇。
なんという不幸。
ただ、力に恵まれただけ。
それがここまで人を苦しめたのを、私は生まれてこの方、見たことがなかった。
親を殺し。
友を殺し。
やめてくれと泣き叫んでも。
自分の力は止まってくれない。
自分に出来るのは、目の前で殺されていく親族を見つめることだけ。
最期の瞬間に吐き出されたであろう怨嗟の声と、絶望の声。
きっとそれは、少女の心に突き刺さっている。
どこまでも深く刻まれた言葉。
それは、永劫に癒せるものでは無い。
死ぬまでずっと付きまとう呪い。
私は思う。
「おい勇者、貴様は……なぜ戦う?」
ある日、裏路地で。
私はその少女へと問うた。
世界を渡り、特異世界クラウディアを離れた私へ、この少女はなんの迷いもなくついてきた。追いかけてきた。
私がいなければ、特異世界クラウディアは平和であろうに。
その少女に、一切の躊躇いはなかったように思う。
何故だ?
何故、そこまでして戦おうとするのだ。
私は問うた。
少女は、奥歯をかみ締め、叫んで返す。
「わ、私は……私は負けられないのよッ!」
その言葉には、悲痛さがあった。
負けられない。
それは使命感からでは無いだろう。
負ければ、自分の存在意義がなくなってしまう。なんのために生きてきたのか。なんのために無数の死の上に立ち続けているのか。……その意味も意義も、失ってしまう。
だからこその、負けられない。
「私が負けたら……世界はあなたのモノになってしまう……そんなことは絶対にさせない! 世界を……不幸にしてたまるもんですか……ッ!」
きっと、それが六紗優の生きる理由。
そんな理由をつけねば生きていくことも出来ない。
――誰かの役に立て。誰かを助けろ。
それは使命感とも呼べぬ、ただの焦燥感。
誰かの役に立っていなければ。
自分に、生きる価値無し。
まるで、自分の生に対する意味付けに、生き急いでいるような感じがした。
私は哀しくなった。
そして、私は思うのだ。
この少女は……もっと、違う生き方をするべきなのだと。
だから、私は笑った。
私は悪しき魔王。
あくまでも、貴様の敵で構わない。
だから、お前はここで負けてくれ。
「夢は力が伴ってこそ、現実足り得るのだ。……お前にはその力がなかった」
私はお前に勝つよ、六代目。
それが、私の悪魔王としての役目。
お前を負かして、呪いを解く。
私はお前を、救いたい。
「己が運命を呪うんだな」
そのまま生きていたかったろう。
だけど、それはもう叶わない。
私に出会ってしまったこと。
その運命を、呪って負けろ。六紗優。
☆☆☆
「はァァァァァァッ!!」
無数の拳が大気を穿つ。
絶対防御が反転したそれは、一撃一撃が必殺の威力を誇っている。
対し、六紗の周りに浮かぶ無数の焔。
それらは彼女の体を守るように拳を防ぐが、それでも攻撃を無効化できた訳では無い。
「……ッ」
六紗の口から、小さな悲鳴が漏れる。
その体はたたらを踏むように後退る。
全身には少なくない傷跡が刻まれており、その光景に阿久津は歯噛みしつつ足を踏み出す。
「フンッッ!!」
大地を砕くような踏み込みと、下から突き上げるような正拳突き。
咄嗟にガードに回された炎と両腕を貫通し、その一撃は深々と六紗へ突き刺さる。
「が……!?」
口から鮮血が吹き上がる。
阿久津の頬に鮮血が跡を残し、彼女は歯を食いしばって拳を振り抜く。
六紗は弾かれるように吹き飛んでゆき、高層ビルへと突き刺さる。
あまりの衝撃にその建物は崩れ落ち、倒れた六紗はその下敷きとなって消えてゆく。
その光景を、阿久津は荒い息を吐いて見つめていた。
「はぁ、はぁっ……」
既に、戦闘開始から10分近くが経過していた。
既に、どれだけ殴ったか。
少なくとも、百や二百ではきかぬだろう。
一撃必殺とは、その名の通りだ。
それをそれだけ浴びせてもなお……戦いは続いている。
その理由は、阿久津の【防御】に匹敵するほど、六紗優の誇る【攻撃力】が高かったということが一つ。
そして、もう一つの理由は――。
「……不死の化け物、だったか。5代目よ」
崩れ落ちたビルの中から、青い炎柱が立ち上る。
そのビルは無数の瓦礫となって吹き飛んでゆき、迫り来る瓦礫を阿久津は両の拳でたたき落とした。
顔を上げる。
前を見れば、炎柱の中から一人の少女が姿を現す。
その黒髪は風に揺れ。
ドレスの端には青い炎が燃ゆる。
全身の傷は、逆再生のように消えてゆく。
『アレを確保するのは、骨が折れたよ』
力の使い方を覚えるより前。
年齢が1桁であった六紗優を捕らえる際ですら、特異世界クラウディアの異能力者はかなりの痛手を負わされた。
そう語った【5代目】の言葉を、阿久津は今になって思い出す。
そして、遅ばせながら理解する。
この少女は……当時の強さから進化している。
純粋に、肉体的な成長で力を引き出せる『底』が深まったのか。
あるいは……異能力者としての活動が……鍛錬が、経験が、そのまま暴走状態の強さに加算されているのかもしれない。
いずれにしても、この少女は強い。
おそらく、特異世界クラウディアの全異能力者を総動員したとて、止められるかも分からない。
そういうレベルに、達しつつある。
「……分かっていたさ。いつだって、勇者を止めるのは魔王の役目だからな」
阿久津は大きく息を吐く。
量の拳を握りしめ、前を向く。
「此処で倒す、お前を救う」
どこの時代に、勇者を救おうとする魔王が居たか。
そう考えて苦笑したくもなるけれど。
笑ってられる時期は、とうに過ぎた。
一部の隙もなく余力を振り絞れ。
ここから先、一切の集中を切らすな。
ここまで、第二異能を使い続けてきた。
想力は第壱巻の補助でまだ残っていても、集中力が切れては全てが泡沫に散る。
ここから先は、自分との戦い。
どれだけ六紗が悲鳴をあげようと。
どれだけ血を流そうと。
どれだけ哀しみに溺れようと。
少女が目を醒ますまで、もう止まらない。
救いたいなら、殴れ。
容赦なく叩き潰せ。
自分は悪魔王。
器用なやり方など出来はしない。
自分に出来る方法で。
目の前の、一人の少女を救い出す。
「たったの一人も救えずに、何が悪魔王か」
阿久津は大地を踏みしめる。
凄まじい勢いで彼女の体は加速し、一瞬にして六紗の目の前へと現る。
その光景に、六紗は大量の炎で迎撃するが。
されど、阿久津はそれら全てを両拳の乱打で吹き飛ばす。
「はァァァァァァァッッ!!」
瞬く間に数十発の拳が乱れる。
炎は瞬く間に消し飛び、後方へと飛び退く六紗の『顎』を、的確に阿久津の拳が撃ち抜いた。
脳が揺れ、暴走状態の身体に歪みが生じる。
――脳震盪。
体は硬直し、体勢は崩れ、倒れ始める。
それは、初めて見えた暴走状態の綻び。
どれだけ回復しようとも。
人体の弱点は、何も変わらない。
その腹を思い切り蹴りあげた阿久津は、上空へと飛んでゆくその姿に目を細めた。
「回復するならば、回復が追いつかぬ速度で攻撃するまで……ッ」
そして、回復にも絶対に限界がある。
どれだけ不死身に見えようと、それも突き詰めれば異能でしかない。
回復に使っている想力が尽きれば、六紗優は敗北する。
ならば、それまで。
自分の集中力が尽きるより先に。
「余力を、削り切るッ!」
阿久津は上空へと跳ねた。
と同時に、はるか上空にいた六紗へと回し蹴りを叩き込む阿久津が、そこには居た。
凄まじい衝撃が上空で響く。
六紗の身体中から嫌な音が響き渡る。
阿久津は目を閉じ、その音に拳を血が流れるほど握りしめる。
奥歯はガッチリと噛み締められ、その顔からは六紗以上の苦痛が見える。
「ら、ァッ!!」
それでも、止めない。
ここで止まる訳にはいかない。
護れ。
たとえ、どんな恨みを買ったとしても。
この少女を不幸の中に沈ませるな。
手を引け、乱暴にでも。
この少女を縛る呪いを、ぶっ壊せ。
それが自分のすべきこと。
「目を醒ませ、六代目勇者、六紗優ッ!!」
蹴りを振り抜く。
六紗の体は地上へと突き刺さる。
大地が波打つように揺れ、周辺が崩壊してゆく。
遠くから悲鳴が聞こえてくる中。
阿久津は、空中を蹴って地上へ急いだ。
一切の、息つく間を与えない。
連続で攻撃し続ける。
集中力が切れるまで。
……いいや、違う。
この少女を、救えるまでだ。
「お前には、もう誰も殺させない」
地上を見据えれば、六紗は仰向けに倒れていた。
うつろな瞳が阿久津を見上げる。
阿久津は奥歯をかみ締めて、一気に加速した。
目論見通り、六紗の回復速度は遅くなっている。
腕はあらぬ方向へと折れて、口からは絶え間なく血液が溢れだしている。
青い炎も勢いが弱まり、既に決着は目と鼻の先だと確信できた。
距離は縮まり、ゼロになる。
阿久津は、六紗の眼前で拳を振り上げる。
百戦錬磨の戦いの経験が告げていた。
今から放つ攻撃の傷を癒せば、六紗の回復能力は【打ち止め】になる、と。
故にそれは、勇者と魔王の決着を意味する拳。
長らく続いた闘争に、終止符を打つもの。
故に、その拳に宿っていた想いは、威力は、今までの比ではない。
「これが、最後だ」
ギリギリと振り上げられた拳は、やがて六紗の顔面へと振り下ろされる。
その拳に一切の迷いはなく。
集中の奥底まで沈みこんだ阿久津は、本能の部分で理解した。
この拳は、確実に直撃する。
事実、その拳は六紗の頭部へと吸い込まれてゆく。
その光景に、六紗は無表情。
虚ろな瞳で虚空を見上げるばかりで。
だからこそ。
六紗の頬を流れた【涙】は、あまりに唐突だった。
「……ッ!?」
阿久津に走り抜ける動揺。
今まで、悲鳴以外の一切を発さなかった六紗優が、涙を流した。
その事実は、拳に歪みを生じさせた。
それは、咄嗟の反応。
阿久津本人も意図せぬ、不具合。
六紗に対する同情。
彼女を救いたいという、強い想い。
本来なら戦いに持ち込むべきではない、暖かくて大切な感情。
悪魔王の
拳から勢いが失せる。
意識が削がれ、集中力は一瞬で霧散した。
「…………っ!!」
マズいと理解した時には、既に手遅れ。
六紗の全身から、蒼い炎が吹き上がる。
彼女は拳に力を込めるが、既に、先程までの威力は宿らない。
集中力が切れたということは。
今まで展開していた『第二異能』が、解除されてしまったということ。
「まず……ッ!」
既に、振り下ろしていた拳は止まらない。
臨界天魔眼を発動しようにも、既に炎は触れる直前。
防御も回避も、間に合わない。
「敵は、殺す」
無機質な声が響いた。
阿久津は大きく目を見開いて。
蒼き炎は、阿久津の体を飲み込んでゆく。
それは、絶対的な死の炎。
絶対に破れぬ盾を持った阿久津が、初めて明確に耳にした……死の足音。
恐怖が心に影を落とす。
だが、それでも彼女は屈しない。
禁忌の炎を目前に、拳を握りしめる。
「こんな、ところでは……ッ!」
炎に掻き消される寸前。
悪魔王は、悔しさに歯を食いしばり。
「【
懐かしい【想力】が、その場に弾けた。
目の前で、炎の限りが消えてゆく。
気がつけば、阿久津は1人の少年に抱えられていて、その少年を見上げて彼女らは目を見開く。
黒髪に、青い瞳。
どこにでもいるような少年の姿が。
今は、誰より心強かった。
「ありがとう。助けに来たよ、阿久津さん」
灰村解、此処に現着。
成志川、ポンタ、阿久津さん。
みんなが、繋いでくれたもの。
彼ら彼女らが、必死になって継いできたもの。
今、受け取った。
ここから先は、僕の出番だ。
次回【禁忌の劫略者】
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