ずっっっと昔に書いた短編作品。
何気なくランキングを見ていたら、コメディ日間7位にランクインしてました。
『偽勇者 なろう』で検索したら出てきますので、妄想クラウディア、最近シリアス続きで疲れるんだよなァ、というお方はぜひご一読ください。
成志川は、大地を駆ける。
悔しかった、あの場所に立てないのが。
自分の弱さが情けない。
「どうして……どうしてっ」
強くなりたい、今よりも、ずっと。
誰にも負けないくらい。
もう、こんな思いをしなくて済むくらい。
強くなるんだ、二度と負けないように。
だけど……今だけは。
たった今、この瞬間だけは……あの二人の戦いに、入っていけない。
助けに入りたい気持ちがある。
だけど、前に動くことが邪魔になると分かっているから、なお悔しい。
後方から大きな破壊音が響き渡る。
その衝撃波に成志川は吹き飛ばされてゆき、その爆心地で阿久津は歯を食いしばる。
袖無しのセーターに、青いジーンズ。
戦闘をあらかじめ予期していた訳でもないだろう。それが、彼女の私服であることは明白だった。
悪魔王としての強力な装備は一つも保有することなく、無防備のまま地獄の炎に身を投じる。
それは、自殺行為に等しい蛮行だろう。
だがそれは、あくまでも『普通』だったらの話だ。
「【
そこに居る悪魔王は、世紀の大天才。
異常も異常。
普通であることなど、ただの一つもありはしない。誰もが認め、嫉妬に狂うほどの……才能の塊。
歴代最強の悪魔王とさえ揶揄された彼女が。
その力を、使えないはずがなかった。
「【
静かに、言葉が紡がれる。
その瞬間、世界に訪れたのはひたすらの静寂。
まるで、世界がひっくりかえったような。
裏側と表側がそのまま反転したような。
とても、嫌な感覚だった。
六紗は、咄嗟に炎を放とうと腕を上げ。
それを見て、悪魔王は笑みを深める。
「今この瞬間……
それは反射異能の極地とも呼べる、反則。
星の概念、物理法則、この世のルール。
それら全てに対する、反射。
ありとあらゆるものを跳ね返す彼女の眼は、飽くなき訓練の果てに、その極地へと辿り着いた。
「この瞬間、全ての【攻撃力】と【防御力】が、反転した」
その瞬間、阿久津の姿は掻き消えて。
瞬くより速く、六紗の後ろに回り込んだ。
「――――ッ!?」
焦る六紗と、拳を振りかぶる阿久津。
六紗優の師、5代目勇者をして『勝てる方法が思いつかない』と言わしめた怪物。
全てを反転させる魔人。
彼女はついに、自身の防御力を、攻撃力への反転させることに成功した。
そして、守るだけじゃない強さを得た。
「言っておくが、今の私は誰より強いぞ」
ただの拳。
それは、凄まじい威力となって六紗に突き刺さる。
彼女の体は弾かれるように吹き飛んでゆき、遠くのビルへと真正面から突き刺さる。
どころかビルをも貫いて、それでも勢い止まらず吹き飛んでゆく。
その光景に、阿久津は驚くことなく大地を踏み締め……蹴り飛ばす。
瞬間、阿久津の体は物凄い勢いで空を駆け、一瞬で六紗へと追いついた。
目の前に現れた阿久津へ、六紗は攻撃しようと炎を放つが……既に、その炎に一切の攻撃力は存在しない。
阿久津は第二射の拳を振り上げる。
咄嗟に六紗は両腕で防御を固め。
その防御を突き抜けて、拳が腹に突き刺さる。
「が……!?」
悲鳴にもならず。
潰れたような声と共に、六紗の体は地上へと叩きつけられる。
高度数百メートルから一瞬での落下。
あまりの衝撃に体が歪むが、それでも大きなダメージはない。
六紗の体は立ち上がり。
上空から、阿久津は音もなく着地する。
「これは、あくまでも攻撃力と防御力を入れ替えるだけ。貴様の凶悪無比な攻撃力は、そのまま防御力に変わっているわけだ」
「…………」
その言葉だけ聞けば、その反転は無意味な異能に思えるだろう。
力の差が埋まったわけでもなく。
ただ、入れ替えただけ。
両者の力の均衡は、未だ変わらない。
だが、それでも。
その異能に現時点での意味はなくとも。
未来を見すえた、意義がある。
これで、阿久津は主導権を握ることに成功したのだから。
「殴られるだけ、というのは存外にキツいものでな。肉体的にも、精神的にも」
攻撃が出来ないと言うこと。
それがどれだけのハンデになるか。
そんなもの、他でもない阿久津本人がよく分かっている。
彼女は拳を鳴らすと、一歩踏み出す。
「ここから先は、私が、私の好きなように、私が思うがままに、お前を一方的に殴り続ける」
そも、力の均衡は阿久津の方が勝っていた。
絶対の矛と、絶対の盾。
今回は、盾の性能の方が勝っていると理解している。何度も炎の直撃を反射していることからも、それは理解出来ていた。
ならば、それが反転したとしたら?
きっと彼女の拳は、
なにせ、彼女の異能の方が優るのだから。
力が反転した今、彼女の矛は、六紗の盾を砕き得る。
無表情の六紗から、炎が吹き上がる。
されどそれに脅威はなく。
今此処に、この空間は悪魔王が支配した。
「往くぞ勇者、負ける覚悟は決まったか」
金色の瞳を煌めかせ。
悪魔王は、決着に足を踏み出す。
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