「はぁっ、はぁ……はぁっ」
息を荒らげ、胸を抑えて膝を着く。
身体中からの流血は、シオンの能力で止めてもらったが……それも『完全に』ではなく、加えてダメージが回復した訳でもない。
灰燼に八つ裂きにされた傷跡は健在だし、いかに痛みを麻痺させようと、激痛は激痛だ。キツいなんてもんじゃない。
「……にしても」
僕は、カバンの中に突っ込まれた【零】巻を見て息を吐く。
戦いが始まる直前。
隠しておいた【黒歴史ノート】を、それぞれの所有者に念の為に貸し与えた。
阿久津さんには壱巻を、シオンには肆巻を、成志川には参巻を、ナムダに拾巻を。
そして、僕は第零巻を。
それは、もしも万が一、ピンチになった時の奥の手として渡したもの。
黒歴史ノートを渡すとか……一時的なものでも断腸の思いだったが、持って来てよかったね、第零巻。
でなけりゃ、せっかく想力が戻っても技能も異能も使えないところだった。
そうこう考えていると、乱暴な足跡が聞こえた。
「おう、カイ! コイツ生きてたぜ! しぶてぇ野郎だな! ぶっ殺すか!」
「やめなさい、シオン」
そちらを見れば、瓦礫の下から灰燼を引っ張り出してきたシオンがいた。
彼女は灰燼を引きずりながら胸を張り、その光景に僕は思わず苦笑する。
「シオン……お前はそいつを、爺ちゃんのいる病院にまで連れてってくれ」
「あ? カイ……お前、自分がどれだけヤベぇのか、分かってねぇわけじゃねぇだろ?」
シオンは顔を顰めてそう問うて。
僕は、彼女に対して微笑んだ。
「頼む、シオン」
遠方へと視線を向ける。
いつの間にか、戦闘の音は消えていた。
視線の先で、上空へと【蒼い炎】が吹き上がる。
先程まで視えていた、眩い光が消えて。
ドス黒い、冷たい氷のような光が溢れ出す。
「……おい、カイ。一つ忠告だぜ。
「同感だな」
見ただけで分かる危険性。
今から、その中に行こうとしているのだから笑えてくるよな。
僕は思わず頬を緩めて。
されど、瞳に一種の覚悟を灯した。
「だけど、行かなきゃいけない」
そこに救えるものがあるのなら。
僕は、なんの迷いもなく一歩を踏み出す。
この傷跡が、そう教えてくれた。
きっと灰村解は、そういう風に出来ている。
そこはもう、どうやったって曲がらない。
☆☆☆
その炎は、絶望の青き炎。
全てを燃やし尽くす悪魔の力。
呪いの如き、死の炎。
成志川は、察した。
それを躱す術はない、と。
言霊で転移しようにも、今の想力量では飛距離は限られる。
仮にこの攻撃を避けられたとしても……間違いなく第2射が来る。
今の六紗優からは、一撃必殺の威力を連発できるだけの力を感じた。
「く、そ……ッ」
「こんな所で……終わらないぽよ!!」
成志川と、ポンタは叫ぶ。
負けたくない、死にたくない。
こんな所で終わりたくない。
なによりも。
ここで死んでしまったら。
六紗優に、仲間殺しを背負わせることになる。
それだけは、絶対に避ける。
それが、その瞬間における二人の共通認識であった。
「真正面から……
それは、鮮やか万死の模倣だった。
どれだけ個の力が優れていようと。
迫り来る剛には、柔を持って制すれば良い。
真正面から打ち勝てないなら。
その威力を低減することだけに、全力を尽くす。
「【略式】ッ!!」
成志川は叫び、全身からありったけの想力を尽くし出す。
「【我が神よ。この身を捧げ、私は一時、破壊と化そう】」
それは、略式の正式詠唱。
長文の末に初めて具現できる超一撃。
それを、成志川はこの一瞬で成立させた。
それは正しく、天才の所業。
「【希望を持つことなかれ。……恐れることなかれ】」
その死はここに、確立された。
成志川は右手を掲げ。
そして、紅蓮の太陽が上空へと浮かび上がる。
それを見て、ポンタは大きく目を見開き。
成志川は、最後の力を振り絞る。
「我が声を、手向けと贈ろう【
そして――太陽が、落ちる。
成志川景、史上最大の超威力。
それを【妨害】に回さざるを得ないほどに、六紗の放った炎は劇的で。
「……ッ!?」
放った太陽が、目の前で消失する。
威力すら発揮できず。
ただ、喰われた。
その事実に成志川は唖然とした。
「……ッ、ダメ……なのか」
二人へと、その蒼い炎が迫り来る。
それは、死の炎。
抗い難い
「……はは、ごめんね……エニグマ、灰村くん」
その刹那、死を理解して。
成志川景は、笑って目を閉ざす。
自分はここで死ぬ。
何も出来ずに殺される。
だけど、それでも。
「……せめて、ポンタだけは」
救える命だけは、救いたい。
成志川の声に、ポンタは驚き、彼を見上げる。
「――!? な、なにを……」
「悪いなポンタ。……お前は生きろ」
そうして、成志川はポンタを振りかぶる。
彼の口から放たれたのは、想力の限りを振り絞った最後の言葉。
「【僕は強い】」
そして、ポンタを投げ飛ばす。
常軌を逸した腕力から放たれたポンタは、一瞬で炎の攻撃範囲外へと消えてゆく。
その光景を見て、成志川は笑って膝をつく。
既に、想力は底を尽きた。
目の前には触れるだけで喰われる炎。
もはや、万策は尽きて。
成志川は、死を理解した。
熱気が肌を焼き。
青い炎が、鼻先をかすめる。
衣服の一部が炎に喰われ。
激痛と鮮血が、視界を埋め尽くした。
その、直後のこと。
「ふむ。相当厄介なことになっていると見た」
凛と、声が響いた。
瞬間、蒼い炎が霧散する。
成志川は大きく目を見開く。
気がつけば、彼の目の前には白髪の女性が立っていた。
「……!? お、お前は……」
「久しいな、妄言使いとやら。次に会った時は、御仁に攻撃したこと……土下座させてやろうと考えていたが」
――どうやら、それどころでは無いらしい。
その女性は、片手に持っていた買い物袋を地面へと置く。
そして、成志川を振り返る。
その瞳は、輝かしい金色に煌めいていた。
「あ、【悪魔王】……阿久津真央!」
その名を呼ばれ、彼女は笑みを深める。
「久しいな……その名で呼ばれるのは何時ぶりか。……まぁよい。して妄言使い。この勇者……正気を失っているのであれば――
瞬間、彼女の体から膨大な想力が吹き上がる。
懐から取り出すのは、【壱】の黒歴史ノート。
「……っ、そ、それは……」
「……ふむ。言っては見たが、本当に潰してしまえば御仁が怒りそうだ。なので、死なない程度に潰すとしよう」
風に黒いコートが揺れる。
彼女は右目に手を添えて、前を見すえて魔法陣を展開する。
「【臨界天魔眼】」
それは、世界最硬の絶対防御。
ありとあらゆるものを無条件で反射する力。
それを前に、六紗の表情は歪むことなく。
それを見て、今代の悪魔王は笑って告げる。
「さて勇者……そろそろ、我らの決着もつけようか」
そして、勇者と魔王の最後の戦いが幕を開ける。
《阿久津さんが援軍に来た経緯》
①最近、御仁が神妙な顔をしている。
②もしや何か悩みがあるのでは?
③聞くのも何だし、美味しいモノでも作って食べてもらおう。
④シオン、冷蔵庫の中のモノ食べ尽くす事件発生!
⑤憤慨する阿久津さん、胸を張って威張るシオン!
⑥御仁は朝から居ないし……仕方ない。自分で買い物に行くか。
⑦買い物の途中で顔バレ。指名手配犯として追われる。
⑧逃げた先で、成志川大ピンチ←今ここ。
というわけで、次回【悪魔王】
買い物ついでに、悪魔王が表舞台に登壇する。
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