時は少し遡り。
壊れかけた廃墟の中で。
少年は脱力し、瞼を閉ざす。
既に満身創痍。
立っているだけで精一杯。
にも関わらず、その場にいた全員の背筋が凍った。
シオンは冷や汗を流して笑みを深め。
灰燼の侍は、焦ったように全ての刃を少年へと向ける。
そこに在るのは静謐だけ。
まるで眠っているような静けさの中で。
少年は、最後の封印を解除する。
「【
その瞬間、
少年は、蒼い瞳を見開いた。
☆☆☆
いつだって、僕は弱者だ。
逆立ちしたって勝てない相手は存在する。
足掻いても越えられない壁は存在する。
そのために、僕はいつだって捨ててきた。
何かを得るには、何かを捨てねばならない。
強さを得るには強さを捨てる必要がある。
そしてそれは、生半可な【覚悟】じゃ進めない道だ。
前言撤回は、無い。
僕が捨てるのは、僕の力全て。
今までに身につけてきた【陰陽師】としての技術、その全てだ。
……まぁ、捨てると言っても、それは一時的なものだ。
だから、得る力に関しても多くは望まない。
ただ、数分でいい。
「おいおい……まじかよ」
シオンの、呆れたような声がした。
迫り来る無数の刃。
それらを前に、僕は右手を掲げて、告げる。
「【
そして、目の前の全てが崩壊する。
迫り来る刃も、斬撃も。
形あるもの、形無きもの。
姿あるもの。姿なきもの。
全て総括し、指定範囲内の【概念】全てが、瞬く間に崩壊する。
「……ッ!?」
「……随分とまぁ、強くなってんじゃねぇか」
以前よりも、遥かに威力が増している。
下手をすれば、王の凱旋を使った時と、同等の威力が出ているかもしれない。
右手を横方向へと伸ばす。
腹の底から溢れてくる、無限に等しいだけの想力。
あまりの量に大気が震える。
高密度の想力は僕の周囲に可視化され、黒いマントと砕けた王冠のような形をとった。
それは奇しくも、
僕は苦笑しつつ、身体中を包み込んだ想力を集い、前を向く。
「モード【
僕は灰燼へと視線を向ける。
右腕に力を込めれば、腕は狼のモノへと変化した。
本日は月曜日。
他でもない、神狼技能が強化される日だ。
「
毛並みが黒から銀色へと変わる。
その光景に灰燼は喉を鳴らし、シオンは僕に向かって爆笑していた。
「おいおいおい……瀕死のくせしてやるじゃねぇか! オレに任しといてもいいんだぜ!」
「任さない。僕はただ、自分の尻拭いをするだけさ」
これは、自分で始めた喧嘩だ。
なら、僕の手でケリをつける。
それにお前、仮に勝ってもこのバカ息子の事殺すだろ? それはいけない。
と、言うわけで。
「手ぇ出すなよシオン、僕がやる」
「うるせぇ! オレが殺るから黙ってろ!」
前門のシオン、後門の僕。
両者に挟まれ、灰燼の侍は歯を食いしばる。
「こ、この……ッ!」
彼は腰の刀へと手を伸ばす。
それを見た瞬間、僕もシオンも動いていた。
「【廻天】」
彼が無数の斬撃を放つと同時に。
僕は、その斬撃全てを捻り潰した。
それは文字通り、ネジって歪めてその場で消した。
それを見た灰燼は驚いたように僕を振り返り。
僕は黙って、彼の前方を指さした。
「――ッ!?」
「忘れちゃ困るぜクソ野郎! てめぇの相手はオレ様だ!」
前方から迫るは完全武装のシオン。
無数の銃に、無数の剣。
左右に持った大盾に、周囲に浮かぶ謎の光。
それを前に嫌な予感を感じたか、灰燼は斬撃を飛ばしつつ後退。
僕に注意を払いながら距離をとってゆく。
「お、お前ら……二人がかりで汚いぞ!」
「道端で漏らす野郎に言われたくねぇ!!」
「お前、拙僧のこと覚えてるよねぇ!?」
シオンの言葉に灰燼は叫び。
そして、はたと気がついた。
自分のすぐ近くに、謎の【渦】があることに。
その渦はシオンのすぐ側にも浮かんでおり、それを見た彼は目を剥き、シオンは獰猛に笑った。
「この力……散々オレ様もやられたっけか!!」
シオンはそう言って、渦へと向かって拳を放つ。
それは寸分たがわず渦の中に吸い込まれてゆき。
「次元技能……【渦】」
僕がつぶやくと同時に。
彼女の拳が転移し、そのまま灰燼の頬を殴り飛ばした。
「が……!?」
灰燼は大きく吹き飛ばされつつ、何とか体勢を整えて立ち上がる。
その背後へと、僕は転移した。
「――ッ!?」
焦るヤツへと、右足を振り抜く。
その蹴りは奴の顔面に突き刺さり、たたらを踏むように後退してゆく。
僕は追撃。
拳に肘打ち、前蹴りに。
連続で無数の打撃を放ってゆく。
「が……ぁ、ッ! こ、この……!」
身体中から血を吹き出して、灰燼は声を上げる。
その瞳には未だ衰えぬ闘気があった。
……あぁ、そうだよな。
負けたくねぇよな。
男なんだから。
負けて悔しくないなんて男じゃない。
だけどさ。
男だからこそ、避けちゃいけない時があるだろうが。
その姿を見て、僕は拳を振りかぶる。
容赦される……だなんて、思うなよ。
「親の目の前でくらい、胸を張って生きやがれ」
僕の拳が、奴の腹をぶち抜いた。
神狼技能が、奴の無けなしの防御をぶっ壊す。
衝撃が突き抜け、骨が碎ける感覚があった。
灰燼は声にもならない悲鳴を上げて吹き飛んでゆき……その体は、廃墟の中へと消えてゆく。
その姿を見送って、僕は『その状態』を解除する。
途端に襲い来る疲労感。
今にも倒れそうな中、膝に力を込め、必死になって前を向く。
……お前は、僕が最大の敵だったのかもしれないが、僕は違うんだよ、灰燼の侍。
お前を倒しても、まだ万死が残ってるんでな。
悪いが、お前に時間は掛けられない。
僕は拳突きつけ、最後に告げる。
「ちったぁ頭冷やせ。でもって、さっさと病院行ってこい」
爺ちゃんと、2人仲良く入院してこい馬鹿野郎。
次回、ふたつの戦場が繋がり始める。
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