クライマックスとか言っておきながら、そこから更に想像のつかない方向へ向かっております。
最強とは、どんな力を言うのか。
その答えは人によって様々だろう。
人は言う、全てを即死させる力であると。
人は言う、全ての能力を無効化する力であると。
人は言う、概念すらも奪う力であると。
人は言う、時を操る力であると。
だがしかし。
物語における主人公。
誰より強くあるべきその人が。
そういった力を持っていること。
それこそ、稀な話である。
ひとつの分野――たとえば、ライトノベルという括りだけでみれば、確かにそう言った能力が溢れかえっているのも否めない。
されど、世の中の物語はそこが全てではなく。
ありとあらゆる分野。
全てを総括して見た時に……主人公と呼ばれる立場のものが、そういった力を持っていることは稀であろう。
何故。
ここで疑問を投げかける。
何故、誰より強くあるべき彼らは、そのような力を持って居ないのか。
その力さえあれば、誰よりも強く在れるのに。
人は答える、それでは強すぎるからだ、と。
人は答える、それは敵の持つべき力だからだ、と。
人は答える、それでは物語が破綻してしまうからだ、と。
確かにそれは否定しない。
否定する必要もなく正しいからだ。
だが、それでも。
……それでも矛盾点は挙げられる。
主人公は能力に恵まれず。
敵対するキャラクターが、最強の力に恵まれる。
それこそ、物語が破綻するのではないか。
正常に考えれば、そんな疑問が浮かぶだろう。
だが、それでも物語は破綻しない。
それは何故か。
何故、苦戦の果てに勝利できるのか。
恵まれない力で、最強を打倒できたのか。
主人公の補正が働いたからとでも言うつもりか。
作者がそうなるように仕向けたとでも言うつもりか。
否、断じて否。
そんなわけがあろうものか。
答えは至極簡単。
敵よりも主人公の方が優れていたから。
最強に見える力が、対した力に劣っていた。
極端まで切り詰めてしまえば、それだけの話。
極端なことを言ってしまえば。
主人公の持つ力こそ、最強なのだ。
誰にも負けない、最後には勝利する。
ハッピーエンドを手中に収める。
そんな人物の持つ力こそ、最強の座に相応しい。
――さて。
ここで一つ問題を挙げよう。
『ならば、最も【主人公らしい】力とはなんだと思う、御仁』
数年前。
壊れる前の、少年のアパートで。
阿久津の問いかけに、灰村解は間髪入れずに答えを発した。
『――炎。シンプルで純粋な力だ』
☆☆☆
真正面から、ふたつの力が衝突する。
大気が弾け、周囲の建物が吹き飛んでゆく中。
爆心地から、ふたつの影が弾かれてくる。
それらは、反対方向に飛んでゆく。
そのうちの片方は六紗のすぐ隣を通り過ぎてゆき、それを理解した彼女は驚いたように振り返る。
「……っ! う、嘘でしょ……!」
他でもない、ポンタの強さを1番よく知る六紗優。
振り返れば、爆心地から弾かれ、吹き飛ばされた『鮮やか万死』が倒れていた。
その体は既に満身創痍。
だが、それでも生きていた。
『ぐえ……、困ったなぁ、思った以上に手こずっちゃったよ……』
その声を聞いて、彼女は走り出す。
向かう先は、万死とは反対方向。
時間停止を使ってまで走った彼女は、その先に倒れる人影を見て悲鳴をあげた。
「ぽ……ポンタ!?」
そこに倒れていたのは、他でもないポンタその人。
彼は血に塗れており、その姿も保てなくなったのか、彼は煙を上げて動物状態へと戻ってしまう。
「ぽ、ぽよ……ッ」
『あは、はははははっ! いやぁ、愚かだなぁ』
笑い声が響く。
振り返れば、鮮やか万死は膝に手を当て、立ち上がっていた。
彼はポンタを見据えており、その瞳には大きな愉悦が歪んでいた。
『お前は僕を殺すつもりで攻撃を放った。対して僕は……
それは、立場と勝利条件の違い。
ポンタには時間制限があり、その一撃で倒すこと以外に勝利条件はない。
対するは万死。
彼は、その一撃で殺されないこと。
それ以外の全てが勝利に該当していた。
勝利条件が違えば選択肢も増えてくる。
その選択肢の多さが、現状へとそのまま直結していた。
『僕は君に殺されなければそれで良かった。真正面から打ち勝て……と言われれば無理だろうけど、不意打ちでも何でも使って生き延びろ、と言われたら……僕に並ぶ奴はいないよ』
その言葉に、六紗は歯を食いしばる。
『安心して。君は僕より強かった。ただ、僕の方がずぅっと、性格が悪かったって言う話さ』
鮮やか万死はそう笑い……次の瞬間、後方へと右手をかざした。
直後、背後から襲いかかった成志川は、万死の掌から放たれた肉塊に捕らえられ、思わず歯を食いしばる。
「ぐ……!」
『僕は性格が悪い。だからねぇ、その時その場所で、どんなことをされたら嫌かっていうのはよく分かるんだァ』
性格が悪いからこそ。
人の『されて嫌なこと』を四六時中考えているからこそ、自然と身についた危機の察知能力。
彼は成志川を振り返ると、右手へと力を込める。
肉塊に強烈な力が篭もり、成志川が悲鳴をあげる。
『……お前には、随分と手こずらせて貰ったからねぇ』
「ぐ、ぁっ、あああああああああああッッ!!」
悲痛な悲鳴に、六紗は目を見開く。
咄嗟に時間を停止させる。
時が動き出したその時には、既に成志川の姿は消えていて、それを見て万死は顔を歪める。
『時間停止……厄介だねぇ、本当に』
「はぁっ、はぁ、はぁっ」
振り返る。
十数メートル先には息を荒らげる六紗優の姿があり、それを見て万死は手を広げた。
直後、地面を食い破って無数の『肉』が六紗へ向かう。
だが、触れる直前で少女の姿は消え、また別な場所に現れる。
『だけど、厄介なだけで強くはない。君の力はあくまでも
その言葉に、六紗は冷や汗を流す。
……彼の言葉は、その通りだった。
確かに時間停止の力は強い。
が、強いのは能力であって彼女自身ではない。
鋼鉄を切り裂けるような力はない。
数キロを秒で駆け抜ける脚力もない。
時間停止以外に特殊な力も使えない。
万死は腕を払うと、空中に無数の骨の刃が生まれ落ちる。
それらは六紗に向かって突き進み、それらを前転しながら躱した彼女は息を弾ませる。
『時間を止めて首でも切られたら、人間ならなんにも出来ず死ぬだろうねぇ。だけど僕らは違う。君の刃は通らない。心臓を穿たれても瀕死にはならない』
『君は、
地面に無数の骨が突き刺さる。
そのうちの数本が彼女の体を掠ってゆき、鮮血が溢れて痛みに顔が歪む。
『そろそろ、想力も尽きてきたんじゃないかなぁ』
事実、時間停止の想力消費は大きい。
ここまで、万死を探すことにも時間停止を多用してきた。
もはや、彼女にはまともに使えるだけの力は残っていない。
『そぉれ』
「ぐッッ!?」
鋭い激痛、足がもつれて体が崩れる。
足へと視線を向ければ、骨の刃が太ももを貫通しており、少し動かすだけで信じられない激痛が走る。
『あれぇ、どうしたの? もう終わり? もしかして……君たちの中では、君がいちばん弱いんじゃないかなぁ? 今まで、警戒してて損したよ』
背後から足音がする。
前を見れば、期せずして、ポンタの姿が目の前にあった。
「こ、こんな所で……」
『諦めなよ、弱い自分が悪いんだから』
すぐ背後で、気配は止まった。
振り返る。
と同時に、背中を衝撃が貫いた。
「が……!?」
見れば、自分の背中を抜き手が貫いていた。
胸から突き出たその手は、真っ赤な鮮血に染まっている。
その手には、脈動する肉のかたまりが握られていた。
それが【自分の心臓】であると、六紗は一瞬で理解した。
「あ、が……っ」
『この畜生には、惨たらしく殺すって言ったけどさぁ……おまえ、さすがに弱すぎ。遊ぶ気も起きないよ』
というわけで。
鮮やか万死はそう続け、にっこり笑った。
『さようなら。死んでくれ、六紗優』
目の前で、六紗優の心臓は握り潰された。
次回【炎②】
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