物の怪は、人間と同じ『仕組み』で誕生する。
親が子を成し、子を育てる。
時にその仕組みすら逸脱的な物の怪も在る。
だが、原則としてその始まりには変わりなく。
がしゃどくろ、鮮やか万死もまた始まりは同じだった。
彼は生まれつき、異様なほど賢かった。
年月を経て育むはずの確固たる自我が、生まれたその瞬間には確立されていた。そう言われたとて信じてしまうほどに。若き万死は天才的で、異常的だった。
しかし、それでも少年は誰からも疎まれず少年期を全うできた。
異常とは疎まれるもの。
どこの世界とてそれは変わらない。
にもかかわらず、彼の世界が平和だった理由。
それは、鮮やか万死の性格に由縁する。
彼はとにかく、性格がよかった。
誰にも優しく、強さに驕らず、才能を誇らず。
謙虚を忘れず、人間性を捨てず、時に同情の涙も流す。
誰もが少年に
老若男女。
誰もが少年の傍に集まるようになった。
親は、万死こそが神の遣いであると本気で思っていた。
それほどまでの人格者。聖人、とすら言ってもいいだろう。
それが、若き鮮やか万死の過ごした少年期。
やがて少年は青年となり、一人の師と出会う。
師の名は『ドラウグル』。
肉体を持つ中では最高位の死霊だった。
師は言った。
『私を超えるつもりで努力しろ』
師は語った。
『お前は才能の塊だ。お前は人の上に立つ為に生まれてきたのだ』
師は告げた。
『強くなれ、さもなくば死ぬだけだ』
師は教えてくれた。
『相手が怖いのは、生きているからだ。死ねば何も怖くなくなる』
その教えに、万死は花が咲いたような笑顔を見せた。
『お前は万死の上に立て。鮮やかな、血色の花道を歩くんだ』
「はい、先生」
その日。
少年の知人は全員殺され。
鮮やか万死は、本当の意味で誕生した。
☆☆☆
『実に、愚かだよねぇ……どいつもこいつも』
万死は語る。
師の肉片を身にまとい。
両親知人の血に濡れて。
血がしみ込んで、黒く褪せただけのコートを羽織り。
達観したように、諦めたように、されど子供のように語った。
『僕は【鮮やか万死】、死体の山を積み上げて、万死の上に君臨するもの』
彼は両腕を大きく広げる。
『鮮やかな血色を咲かせるもの。満開の花道を悠々と歩くもの』
そこに在るのは、限りなく大きな自信。
自分は強いという、圧倒的な自我。
既に駆け出していたポンタと六紗。
ポンタは一気に加速すると、拳を握りしめ、その男を睨み据える。
「だからどうした。ボクは征服王イスカンダルだ」
『うん、気持ち悪い』
瞬間、溢れ出す力と力。
ポンタの体から漏れた武の力と。
万死の体から漏れ出た負の力。
振り抜かれる拳と。
掌から溢れ出る、歯肉の塊。
「『征拳』ッ!」
「『
紅き血肉は螺旋を描く。
それはまるで、巨大な槍のよう。
凄まじい回転に血肉が舞い散る中、それを前にポンタは正々堂々、真正面から拳を撃ち抜いた。
――瞬間、空を割るような鋭い衝撃。
あまりの風圧に成志川でさえ押される中、万死は思わず感心の声を上げる。
『凄いなぁ……これでもまだ、互角なのか』
「くっ……これだからこういう輩は!」
戦う中で強くなる。
その才能は誰しも不平等に与えられる。
善にも悪にも、その才はなんの躊躇もなく力を与え、強くする。
「だが……ッ!」
ポンタはもう片方の拳を握り、その槍へと思い切り叩きつける。
血肉が弾け飛び、その下から圧縮された無数の骨が現れる。
それは、その槍の最硬部分。
それを前に、ポンタは一切揺らぐことなく連打を放つ。
戦う中で強くなる。
確かに、初見で当たれば負けていたかもしれない。
ポンタはそう考え、苦笑した。
「悪いが
1発、2発、3発と、徐々に加速する拳。
骨へと僅かなヒビが入り、それを知覚した鮮やか万死は顔を歪める。
『ぐ……ッ』
「そういう輩の倒し方など、とうの昔に考えついた!」
そして、その骨が砕け散る。
ポンタの拳は血に濡れていた。
真正面から槍を砕いたことのダメージは少なくない。だが、それでも。
それこそ意味があり、意義がある。
「
その言葉に万死は笑みを深め……次の瞬間、背後へと手を回す。
一切の視線を動かさずの行動。
指先に数本の髪が触れるが、直後には背後から人の気配は消えていた。
『ダメだよねぇ、真正面からと言ったそばから背後から不意打ちなんてぇ』
「くっ……!」
六紗は思わず歯を食いしばるが、それと同時にポンタが襲いかかった。
「【征拳乱武】ッ」
放たれるのは、無数の拳。
ほぼ同時に放たれた数百の拳は、まるでひとつの巨大な拳となって万死へ迫る。
『へぇ……これが、
あまりの凶悪さに鳥肌すら覚える。
万死は、ガード越しに拳を叩きつけられる。
瞬く間に身体中へと突き抜ける数百発分の重み。
それは強化された今の彼をして、十分に脅威に値するもの。
万死は吐血しながら、それでも倒れることはなく笑みを深める。
ポンタは痛みに顔をゆがめて腹を押える。
そこには出血の跡があり、あの一瞬で攻撃を返した事実に寒気すら覚える。
だが、これでハッキリした。
その光景には、その場にいた全員が理解した。
――戦力は、全くの互角だと。
時間停止のサポートを受けた物理最強。
それが、あと一歩のところで【トドメ】まで持っていけない。後一歩がどうしても届かない。
それこそが、相手の力量を物語っている。
その事実に戦慄すら覚えるが。
むしろ、戦慄しているのは万死も同じだった。
『……生まれて、三度目かなぁ。あの空間で出会った【黒竜】と、全てを捨てた灰村解。そして……君たちが三度目だよ。万死を尽くして尚、届かないかもしれないと思うのは』
あの規格外の【化け物】たち。
それに対してこの男は……ただの努力だけで匹敵している。血が滲むような鍛錬と集中力、生まれ持っての妄想力。
それだけで、あれらと同じ域にまで達している。
その、事実。
『あぁ……気になるなぁ』
万死は、戦慄と共に呟いた。
『君の大切な人を殺したら、どんな悲鳴が聞けるんだろうか』
万死の視線が、六紗へ向かう。
それを察したポンタから、溢れかえんばかりの怒気が脹れ上がる。
「貴様……ッ!」
『あぁ、そうだった……そんな余裕をカマしていられる相手でもなかったよね』
笑顔でそう返した万死は。
スっと目を細め、端的に告げる。
『余裕があれば、その女、惨たらしく殺すとするよ』
その言葉に、ポンタの全身から闘気が吹き上がる。
対するだけで分かった。
極限まで高められた武の極地。
その真髄が、その一撃には込められているのだと。
「もう、良い。貴様は死ね」
ポンタは呟き、万死は笑う。
その瞳は、表情とは裏腹に、一部の愉悦にすら揺れてはいなかった。
それは、ひとえに恐怖によるもの。
物の怪として……生物としての直感が垣間見た。
彼の全身から吹き上がる膨大な闘気を。
本来であれば見ることが出来ぬそれは、明確な恐怖として具現する。
全身を鳥肌が走り抜ける。
腹の底が冷たくなる感覚。
幾度となく死んできた彼が察する、死の気配。
『僕は、死ぬのかもしれないね』
彼は独白する。
その言葉にポンタは闘気を拳に凝縮させる。
ただ、拳一閃。
それだけに命も余力も全てをかける。
時間制限など既に捨てた。
この一撃で、命を刈るなら余力も要らない。
「【
ただの一撃に、それほどまでの恐怖を感じたことは無い。
彼が初めて目の当たりにする、未知の一撃。
それを前に、鮮やか万死は前を向く。
『だけど、僕が死ぬのは此処じゃない』
彼の周辺を肉片が集う。
それらは巨大な拳となって彼の右腕へと集い、それを膨大な骨が包み込む。
それは、凶悪の一言に尽きる光景。
『【
狂気と闘気。
二つの力が真正面からぶつかり合う。
拳を交えるまでもなく、大気が震えて地鳴りが響く。
睨み合う瞳と瞳。
誰かが喉を鳴らした音すら聞こえてくる静寂の中。
両者は、全く同時に動き出す。
『僕はまだまだ、殺したりないんでね』
「黙れ、貴様はここで死ぬがいい」
大地を蹴り飛ばし。
絶対的な【個】を構え、両者は真正面から激突した。
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