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第四章【禁忌の劫略者】
435『鮮やか万死②』

 物の怪は、人間と同じ『仕組み』で誕生する。

 親が子を成し、子を育てる。

 時にその仕組みすら逸脱的な物の怪も在る。

 だが、原則としてその始まりには変わりなく。


 がしゃどくろ、鮮やか万死もまた始まりは同じだった。


 彼は生まれつき、異様なほど賢かった。

 年月を経て育むはずの確固たる自我が、生まれたその瞬間には確立されていた。そう言われたとて信じてしまうほどに。若き万死は天才的で、異常的だった。


 しかし、それでも少年は誰からも疎まれず少年期を全うできた。


 異常とは疎まれるもの。

 どこの世界とてそれは変わらない。

 にもかかわらず、彼の世界が平和だった理由。

 それは、鮮やか万死の性格に由縁する。


 彼はとにかく、性格がよかった。

 誰にも優しく、強さに驕らず、才能を誇らず。

 謙虚を忘れず、人間性を捨てず、時に同情の涙も流す。


 誰もが少年に(ほだ)された。


 老若男女。

 誰もが少年の傍に集まるようになった。

 親は、万死こそが神の遣いであると本気で思っていた。

 それほどまでの人格者。聖人、とすら言ってもいいだろう。


 それが、若き鮮やか万死の過ごした少年期。


 やがて少年は青年となり、一人の師と出会う。


 師の名は『ドラウグル』。

 肉体を持つ中では最高位の死霊だった。

 師は言った。


『私を超えるつもりで努力しろ』


 師は語った。


『お前は才能の塊だ。お前は人の上に立つ為に生まれてきたのだ』


 師は告げた。


『強くなれ、さもなくば死ぬだけだ』


 師は教えてくれた。


『相手が怖いのは、生きているからだ。死ねば何も怖くなくなる』


 その教えに、万死は花が咲いたような笑顔を見せた。



『お前は万死の上に立て。鮮やかな、血色の花道を歩くんだ』



「はい、先生」



 その日。

 少年の知人は全員殺され。

 鮮やか万死は、本当の意味で誕生した。




 ☆☆☆




『実に、愚かだよねぇ……どいつもこいつも』


 万死は語る。

 師の肉片を身にまとい。

 両親知人の血に濡れて。

 血がしみ込んで、黒く褪せただけのコートを羽織り。

 達観したように、諦めたように、されど子供のように語った。


『僕は【鮮やか万死】、死体の山を積み上げて、万死の上に君臨するもの』


 彼は両腕を大きく広げる。


『鮮やかな血色を咲かせるもの。満開の花道を悠々と歩くもの』


 そこに在るのは、限りなく大きな自信。

 自分は強いという、圧倒的な自我。


 既に駆け出していたポンタと六紗。

 ポンタは一気に加速すると、拳を握りしめ、その男を睨み据える。


「だからどうした。ボクは征服王イスカンダルだ」

『うん、気持ち悪い』


 瞬間、溢れ出す力と力。

 ポンタの体から漏れた武の力と。

 万死の体から漏れ出た負の力。


 振り抜かれる拳と。

 掌から溢れ出る、歯肉の塊。


「『征拳』ッ!」

「『紅裂螺(べにざくら)』」


 紅き血肉は螺旋を描く。

 それはまるで、巨大な槍のよう。

 凄まじい回転に血肉が舞い散る中、それを前にポンタは正々堂々、真正面から拳を撃ち抜いた。

 ――瞬間、空を割るような鋭い衝撃。

 あまりの風圧に成志川でさえ押される中、万死は思わず感心の声を上げる。


『凄いなぁ……これでもまだ、互角なのか』

「くっ……これだからこういう輩は!」


 戦う中で強くなる。

 その才能は誰しも不平等に与えられる。

 善にも悪にも、その才はなんの躊躇もなく力を与え、強くする。


「だが……ッ!」


 ポンタはもう片方の拳を握り、その槍へと思い切り叩きつける。

 血肉が弾け飛び、その下から圧縮された無数の骨が現れる。

 それは、その槍の最硬部分。

 それを前に、ポンタは一切揺らぐことなく連打を放つ。


 戦う中で強くなる。

 確かに、初見で当たれば負けていたかもしれない。

 ポンタはそう考え、苦笑した。



「悪いが()()()()()は知っていてな……ッ!」



 1発、2発、3発と、徐々に加速する拳。

 骨へと僅かなヒビが入り、それを知覚した鮮やか万死は顔を歪める。


『ぐ……ッ』

「そういう輩の倒し方など、とうの昔に考えついた!」


 そして、その骨が砕け散る。

 ポンタの拳は血に濡れていた。

 真正面から槍を砕いたことのダメージは少なくない。だが、それでも。


 それこそ意味があり、意義がある。



()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!!」



 その言葉に万死は笑みを深め……次の瞬間、背後へと手を回す。

 一切の視線を動かさずの行動。

 指先に数本の髪が触れるが、直後には背後から人の気配は消えていた。


『ダメだよねぇ、真正面からと言ったそばから背後から不意打ちなんてぇ』

「くっ……!」


 六紗は思わず歯を食いしばるが、それと同時にポンタが襲いかかった。


「【征拳乱武】ッ」


 放たれるのは、無数の拳。

 ほぼ同時に放たれた数百の拳は、まるでひとつの巨大な拳となって万死へ迫る。


『へぇ……これが、()()()()


 あまりの凶悪さに鳥肌すら覚える。

 万死は、ガード越しに拳を叩きつけられる。

 瞬く間に身体中へと突き抜ける数百発分の重み。

 それは強化された今の彼をして、十分に脅威に値するもの。


 万死は吐血しながら、それでも倒れることはなく笑みを深める。

 ポンタは痛みに顔をゆがめて腹を押える。

 そこには出血の跡があり、あの一瞬で攻撃を返した事実に寒気すら覚える。


 だが、これでハッキリした。

 その光景には、その場にいた全員が理解した。



 ――戦力は、全くの互角だと。



 時間停止のサポートを受けた物理最強。

 それが、あと一歩のところで【トドメ】まで持っていけない。後一歩がどうしても届かない。

 それこそが、相手の力量を物語っている。

 その事実に戦慄すら覚えるが。


 むしろ、戦慄しているのは万死も同じだった。


『……生まれて、三度目かなぁ。あの空間で出会った【黒竜】と、全てを捨てた灰村解。そして……君たちが三度目だよ。万死を尽くして尚、届かないかもしれないと思うのは』


 あの規格外の【化け物】たち。

 それに対してこの男は……ただの努力だけで匹敵している。血が滲むような鍛錬と集中力、生まれ持っての妄想力。

 それだけで、あれらと同じ域にまで達している。

 その、事実。


『あぁ……気になるなぁ』


 万死は、戦慄と共に呟いた。



『君の大切な人を殺したら、どんな悲鳴が聞けるんだろうか』



 万死の視線が、六紗へ向かう。

 それを察したポンタから、溢れかえんばかりの怒気が脹れ上がる。


「貴様……ッ!」

『あぁ、そうだった……そんな余裕をカマしていられる相手でもなかったよね』


 笑顔でそう返した万死は。

 スっと目を細め、端的に告げる。



『余裕があれば、その女、惨たらしく殺すとするよ』



 その言葉に、ポンタの全身から闘気が吹き上がる。

 対するだけで分かった。

 極限まで高められた武の極地。

 その真髄が、その一撃には込められているのだと。



「もう、良い。貴様は死ね」



 ポンタは呟き、万死は笑う。

 その瞳は、表情とは裏腹に、一部の愉悦にすら揺れてはいなかった。


 それは、ひとえに恐怖によるもの。


 物の怪として……生物としての直感が垣間見た。

 彼の全身から吹き上がる膨大な闘気を。

 本来であれば見ることが出来ぬそれは、明確な恐怖として具現する。

 全身を鳥肌が走り抜ける。

 腹の底が冷たくなる感覚。


 幾度となく死んできた彼が察する、死の気配。


『僕は、死ぬのかもしれないね』


 彼は独白する。

 その言葉にポンタは闘気を拳に凝縮させる。

 ただ、拳一閃。

 それだけに命も余力も全てをかける。

 時間制限など既に捨てた。


 この一撃で、命を刈るなら余力も要らない。



「【今此処に、我が御旗を(アレク・シンフッド)】」



 ただの一撃に、それほどまでの恐怖を感じたことは無い。

 彼が初めて目の当たりにする、未知の一撃。

 それを前に、鮮やか万死は前を向く。


『だけど、僕が死ぬのは此処じゃない』


 彼の周辺を肉片が集う。

 それらは巨大な拳となって彼の右腕へと集い、それを膨大な骨が包み込む。

 それは、凶悪の一言に尽きる光景。



『【死骨が上に万死在り(オーラス・オブデッド)】』



 狂気と闘気。

 二つの力が真正面からぶつかり合う。

 拳を交えるまでもなく、大気が震えて地鳴りが響く。

 睨み合う瞳と瞳。

 誰かが喉を鳴らした音すら聞こえてくる静寂の中。


 両者は、全く同時に動き出す。



『僕はまだまだ、殺したりないんでね』


「黙れ、貴様はここで死ぬがいい」



 大地を蹴り飛ばし。

 絶対的な【個】を構え、両者は真正面から激突した。

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