鮮やか万死は理解ができなかった。
それは、見たこともない謎生物。
何故か喋る。しかも正統派の王――六紗優と同じ声で。
加えて語尾は『ぽよ』という。
……なんだ、これは。
何一つとして理解できない。
まるで、不可解の塊のような生き物だった。
これまで生きてきた中で。
理解したくない――と思った生き物なら居た。
灰村解がその筆頭だ。
不快感から、あの男を理解したいとは思わなかった。
だが、それは死骨の王・がしゃどくろをして初めての感覚。
人の幸福を踏みつぶし、不幸をすすり。
そのためにありとあらゆる感情を学んできた男は。
生まれて初めて――
だが、そんな思考は一瞬のこと。
既に、右腕の骨は収納した。
右腕へと力を込めた万死は、骨を固めて手刀を作る。
「まぁいっか! とりあえず殺してから考えよう!」
死。
それは万人に等しく降り注ぐ安寧。
万死にとって、分からないことは恐怖であり。
殺害はそれに対する安心であった。
殺せば皆同じ。
命亡き肉袋に恐れることは、ない。
故に万死は、その小動物へと手刀を振り下ろす。
強い気配は一切ない。
ゆえにこそ、その一撃は容易く小動物の命を奪える。
――はずだった。
「【
その瞬間、万死の【感覚】に狂いが生じる。
目の前に居たのは、強さの欠片も持たない小動物。
――だったのに。
その声が響いた瞬間。
鮮やか万死の全身の細胞が、死を叫んだ。
「――ッ!?!?」
垣間見たのは、最悪の光景。
最弱の化けの皮がはがれる瞬間。
自らの手の中で、見たこともない怪物が生まれ落ちた瞬間だった。
「し、シィッ!!」
殺さねば、殺される。
そんな直感とともに、鮮やか万死は小動物を放り捨てた。
上空で身動きの取れない小動物へと全力全霊、殺す気の貫き手を撃ち放つ。
確実に『入った』と確信があった。
殺したと、百戦錬磨の経験が告げた。
だが、その相手は規格外も規格外。
確実に入った。
それは確かにその動物の心臓を確実に抉る軌跡を描いた。
だが、それでも。
心の臓を穿つ直前で、何者かの『手』により受け止められた。
「な……!」
自分は今、何を相手にしているのか。
弱々しい気配などとうに消え。
目の前にあるのは、史上最大に大きな気配。
その姿を言葉で表すには、たったと2文字で事足りる。
「お、前は……ッ!」
「以前は時間切れで、世話になったな」
ただひたすらに――【最強】。
拳が万死の顔面を貫く。
あまりの威力に鮮血が吹き出し、その体が大きく吹き飛ばされてゆく。
「……なるほど、灰村くんが、最強という訳だね」
成志川が、思わず呟く。
そこに立っていたのは、白髪の男性。
青い民族衣装に身を包むその姿は、威風堂々とそこに在った。
彼は拳を握りしめる。
万死は顔面を抑えながら立ち上がり、その存在へと殺意を向けるが、彼はそれすらも受け流し、余裕の表情でそれに対した。
「征服王イスカンダル、推して参る」
本名、ポンタ。
全盛にして最強の獣が、その場に降り立った。
その光景に、成志川は膝をつく。
自分が勝たなければ。
そういった責任は確かにあった。
だが、それを考慮しても余りある疲労。
相手は毒に侵されているとはいえ、圧倒的な格上。
それをここまで追い詰めただけでも、充分すぎる戦果であろう。
だが、それでも。
成志川は、歯を食いしばって立ち上がる。
「……まだ、僕だって――!」
「アンタ、それ以上やったら死ぬわよ」
凛と、何も無い空間から声がした。
振り返れば、いつの間にかすぐ近くには栗毛の少女が立っており、それを見た成志川は目を見開いた。
「ろ、六紗……優!」
「あんたは良くやったわ。ただ一つ気に入らないとしたら、コイツの居場所を察した時点で私たちに伝えなかった事ね」
そう言って、六紗は鮮やか万死へと視線を向ける。
対し、六紗を見た鮮やか万死は、その殺意を一瞬、鈍らせるほどに動揺した。
「……ッ!? お、お前は――!」
「あら、初めましてだと思うのだけれど」
瞬間、万死の胸から剣が生えた。
その口から鮮血が溢れ出し、彼の背後へと移動した六紗は微笑んだ。
「私も有名になったものね。ねぇ、悪名高き死骨の王様。どうかしら? こうやって、一つしかない命を後ろから串刺しにされるのは」
「……っ、こ、この……ッ!」
万死は背後へと腕を薙ぎ払う。
触れれば柔肌など一瞬で肉塊に変わる。
その一撃にはそれだけの威力があったが。それも、当たらなければ無意味なもの。
振りぬこうと思った瞬間には、六紗優は別な場所に立っていて。
嫌な予感に急かされて見れば。
すぐ目の前で、征服王が拳を振りかぶっていた。
「【征拳】」
それは、ただの正拳突き。
されど、その威力は常軌を逸する。
その一撃は防御越しに深々と突き刺さる。
防御にまわした両腕が
死骨の王、がしゃどくろの本体が砕け散った。
「がぁっ!?」
ここに来て最大の痛みに顔を歪め、それでもなお、膝をつかない鮮やか万死。
彼は歯を食いしばり、前を向く。
と同時に、その全身が無数の剣で串刺しにされていた。
「が……」
「抵抗するだけ無駄って分からない? アンタ、成志川に手間取った時点で負けてんのよ」
その言葉に、鮮やか万死は歯を食いしばる。
今ここに来て理解した。
成志川景は、あくまでも【足止め】。
本人はそんなことは思ってもいなかっただろうが、彼女らにとっては、鮮やか万死の位置を特定し、援軍が到着するまでの足止めに過ぎなかった。
再度、拳をふりかぶる征服王。
それを前に、無数の骨の壁を構築するも……拳の衝撃だけで砕け散った。
あまりに理不尽。
あまりに不条理。
拳が深々と顎に突き刺さり、骨が碎ける。
たたらを踏んで後ずさり、尻もちを着く。
見上げれば、その二名は無表情で彼を見下ろしていた。
「チェックメイト。ここがアンタの墓場よ、鮮やか万死」
「こ、の……人間風情がッ!」
鮮やか万死は、憎悪に顔を歪める。
視線の先には、完全無傷の【時の番人】と【征服の獣】。
誰がどう見ても、詰んでいる。
鮮やか万死本人ですら、直感した。
自分は本当に……ここで死ぬのかもしれない。
そう理解した瞬間。
彼の中で、何かが弾けた。
「…………嫌だ」
それは、端的な否定。
思わず顔をしかめる六紗。
ポンタは難しい顔を浮かべて拳を握る。
「優ちゃん。ここで殺すが問題ないな。この男……一瞬たりとも生かしておきたくない。どこぞの男と似た匂いがするんでな」
「……それってまさか」
「あぁ、時間を与えたくない。それが、コンマ1秒であっても」
敗因が『時間を与えすぎたこと』など、笑い話にもなりはしない。
ポンタは拳を振りかぶると、その男を仕留めるために動き出す。
――死。
目の当たりにしたその光景に。
鮮やか万死は、まるで、子供のように叫んだ。
「死ぬのは……嫌だッッ!!」
それは、知性のない本能的な言葉。
ポンタは拳を振り下ろす……その直前、後方から全景を見ていた成志川は目を剥いた。
「……ッ!? ふ、二人とも!」
その声が2人に届き。
そして同時に理解する。
地上から泥のように湧き上がる、腐臭漂う血肉に。
嫌悪感しか感じぬ光景。
それを理解するより先に、六紗は時間停止、ポンタを連れて後方へと下がった。
「……なんなのよ、あれは」
呼吸を再開すれば、時は動き出す。
鮮やか万死の周囲には血肉が壁となってせり上がり、彼の体を覆うようにまとわりついてゆく。
その光景は嫌な予感を膨らませるには充分過ぎた。
ポンタは舌打ちを漏らし、六紗は思わず喉を鳴らす。
「理解……していたさ。この男は、あの灰村解が全てを捨てて挑み、それでも殺すに至れなかった化け物。……簡単に終わる器じゃない」
「……それ、すごい説得力あるわね」
六紗とポンタはそう会話し合い、互いに拳を構えて戦闘態勢に入る。
2人の目の前で、死肉は一点に集い、その形を明らかにしてゆく。
『死ぬのは嫌だ。終わりは怖い。僕は終わる側ではなく……終わらせる側でなくてはならない』
声がする。
それだけで背筋が凍った。
そして、その場にいる誰もが察する。
これが正真正銘――最後の戦いであると。
「行くわよ、ポンタ!」
「あぁ、いざ征こうか。優ちゃん!」
二人は大地を駆け出して。
その化け物は、血の沼に降臨する。
全身が血肉に包まれ、黒いコートを纏った男。
薄紫色の髪は白色へと染まり、その瞳はどこまでも暗い紫色を灯している。
『お前たちを殺すよ。これは趣味による殺害ではなく……生存のための殺害だ』
次回、VS鮮やか万死、最終局面!
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