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第四章【禁忌の劫略者】
434『時の番人と征服の獣』

 鮮やか万死は理解ができなかった。


 それは、見たこともない謎生物。

 何故か喋る。しかも正統派の王――六紗優と同じ声で。

 加えて語尾は『ぽよ』という。


 ……なんだ、これは。

 何一つとして理解できない。

 まるで、不可解の塊のような生き物だった。


 これまで生きてきた中で。

 理解したくない――と思った生き物なら居た。

 灰村解がその筆頭だ。


 不快感から、あの男を理解したいとは思わなかった。


 だが、それは死骨の王・がしゃどくろをして初めての感覚。

 人の幸福を踏みつぶし、不幸をすすり。

 そのためにありとあらゆる感情を学んできた男は。


 生まれて初めて――()()()()()()()、と思考した。


 だが、そんな思考は一瞬のこと。

 既に、右腕の骨は収納した。

 右腕へと力を込めた万死は、骨を固めて手刀を作る。


「まぁいっか! とりあえず殺してから考えよう!」


 死。

 それは万人に等しく降り注ぐ安寧。

 万死にとって、分からないことは恐怖であり。

 殺害はそれに対する安心であった。


 殺せば皆同じ。

 命亡き肉袋に恐れることは、ない。


 故に万死は、その小動物へと手刀を振り下ろす。

 強い気配は一切ない。

 ゆえにこそ、その一撃は容易く小動物の命を奪える。




 ――はずだった。




「【我、征服の獣なり(ロード・イスカンダル)】」



 その瞬間、万死の【感覚】に狂いが生じる。

 目の前に居たのは、強さの欠片も持たない小動物。

 ――だったのに。

 その声が響いた瞬間。


 鮮やか万死の全身の細胞が、死を叫んだ。


「――ッ!?!?」


 垣間見たのは、最悪の光景。

 最弱の化けの皮がはがれる瞬間。


 自らの手の中で、見たこともない怪物が生まれ落ちた瞬間だった。


「し、シィッ!!」


 殺さねば、殺される。

 そんな直感とともに、鮮やか万死は小動物を放り捨てた。

 上空で身動きの取れない小動物へと全力全霊、殺す気の貫き手を撃ち放つ。


 確実に『入った』と確信があった。

 殺したと、百戦錬磨の経験が告げた。



 だが、その相手は規格外も規格外。



 確実に入った。

 それは確かにその動物の心臓を確実に抉る軌跡を描いた。

 だが、それでも。

 心の臓を穿つ直前で、何者かの『手』により受け止められた。


「な……!」


 自分は今、何を相手にしているのか。

 弱々しい気配などとうに消え。

 目の前にあるのは、史上最大に大きな気配。

 その姿を言葉で表すには、たったと2文字で事足りる。


「お、前は……ッ!」


「以前は時間切れで、世話になったな」


 ただひたすらに――【最強】。

 拳が万死の顔面を貫く。

 あまりの威力に鮮血が吹き出し、その体が大きく吹き飛ばされてゆく。



「……なるほど、灰村くんが、最強という訳だね」



 成志川が、思わず呟く。

 そこに立っていたのは、白髪の男性。

 青い民族衣装に身を包むその姿は、威風堂々とそこに在った。


 彼は拳を握りしめる。

 万死は顔面を抑えながら立ち上がり、その存在へと殺意を向けるが、彼はそれすらも受け流し、余裕の表情でそれに対した。



「征服王イスカンダル、推して参る」



 本名、ポンタ。


 全盛にして最強の獣が、その場に降り立った。




 その光景に、成志川は膝をつく。


 自分が勝たなければ。

 そういった責任は確かにあった。

 だが、それを考慮しても余りある疲労。


 相手は毒に侵されているとはいえ、圧倒的な格上。

 それをここまで追い詰めただけでも、充分すぎる戦果であろう。


 だが、それでも。

 成志川は、歯を食いしばって立ち上がる。


「……まだ、僕だって――!」

「アンタ、それ以上やったら死ぬわよ」


 凛と、何も無い空間から声がした。

 振り返れば、いつの間にかすぐ近くには栗毛の少女が立っており、それを見た成志川は目を見開いた。


「ろ、六紗……優!」

「あんたは良くやったわ。ただ一つ気に入らないとしたら、コイツの居場所を察した時点で私たちに伝えなかった事ね」


 そう言って、六紗は鮮やか万死へと視線を向ける。

 対し、六紗を見た鮮やか万死は、その殺意を一瞬、鈍らせるほどに動揺した。


「……ッ!? お、お前は――!」


「あら、初めましてだと思うのだけれど」


 瞬間、万死の胸から剣が生えた。

 その口から鮮血が溢れ出し、彼の背後へと移動した六紗は微笑んだ。


「私も有名になったものね。ねぇ、悪名高き死骨の王様。どうかしら? こうやって、一つしかない命を後ろから串刺しにされるのは」

「……っ、こ、この……ッ!」


 万死は背後へと腕を薙ぎ払う。

 触れれば柔肌など一瞬で肉塊に変わる。

 その一撃にはそれだけの威力があったが。それも、当たらなければ無意味なもの。


 振りぬこうと思った瞬間には、六紗優は別な場所に立っていて。


 嫌な予感に急かされて見れば。

 すぐ目の前で、征服王が拳を振りかぶっていた。



「【征拳】」



 それは、ただの正拳突き。

 されど、その威力は常軌を逸する。

 その一撃は防御越しに深々と突き刺さる。

 防御にまわした両腕が()()()


 死骨の王、がしゃどくろの本体が砕け散った。


「がぁっ!?」


 ここに来て最大の痛みに顔を歪め、それでもなお、膝をつかない鮮やか万死。

 彼は歯を食いしばり、前を向く。


 と同時に、その全身が無数の剣で串刺しにされていた。


「が……」

「抵抗するだけ無駄って分からない? アンタ、成志川に手間取った時点で負けてんのよ」


 その言葉に、鮮やか万死は歯を食いしばる。

 今ここに来て理解した。

 成志川景は、あくまでも【足止め】。

 本人はそんなことは思ってもいなかっただろうが、彼女らにとっては、鮮やか万死の位置を特定し、援軍が到着するまでの足止めに過ぎなかった。


 再度、拳をふりかぶる征服王。

 それを前に、無数の骨の壁を構築するも……拳の衝撃だけで砕け散った。

 あまりに理不尽。

 あまりに不条理。

 拳が深々と顎に突き刺さり、骨が碎ける。


 たたらを踏んで後ずさり、尻もちを着く。


 見上げれば、その二名は無表情で彼を見下ろしていた。



「チェックメイト。ここがアンタの墓場よ、鮮やか万死」



「こ、の……人間風情がッ!」


 鮮やか万死は、憎悪に顔を歪める。

 視線の先には、完全無傷の【時の番人】と【征服の獣】。

 誰がどう見ても、詰んでいる。

 鮮やか万死本人ですら、直感した。


 自分は本当に……ここで死ぬのかもしれない。


 そう理解した瞬間。

 彼の中で、何かが弾けた。




「…………嫌だ」




 それは、端的な否定。

 思わず顔をしかめる六紗。

 ポンタは難しい顔を浮かべて拳を握る。


「優ちゃん。ここで殺すが問題ないな。この男……一瞬たりとも生かしておきたくない。どこぞの男と似た匂いがするんでな」

「……それってまさか」



「あぁ、時間を与えたくない。それが、コンマ1秒であっても」



 敗因が『時間を与えすぎたこと』など、笑い話にもなりはしない。

 ポンタは拳を振りかぶると、その男を仕留めるために動き出す。


 ――死。


 目の当たりにしたその光景に。

 鮮やか万死は、まるで、子供のように叫んだ。



「死ぬのは……嫌だッッ!!」



 それは、知性のない本能的な言葉。

 ポンタは拳を振り下ろす……その直前、後方から全景を見ていた成志川は目を剥いた。


「……ッ!? ふ、二人とも!」


 その声が2人に届き。

 そして同時に理解する。


 地上から泥のように湧き上がる、腐臭漂う血肉に。


 嫌悪感しか感じぬ光景。

 それを理解するより先に、六紗は時間停止、ポンタを連れて後方へと下がった。


「……なんなのよ、あれは」


 呼吸を再開すれば、時は動き出す。

 鮮やか万死の周囲には血肉が壁となってせり上がり、彼の体を覆うようにまとわりついてゆく。


 その光景は嫌な予感を膨らませるには充分過ぎた。

 ポンタは舌打ちを漏らし、六紗は思わず喉を鳴らす。


「理解……していたさ。この男は、あの灰村解が全てを捨てて挑み、それでも殺すに至れなかった化け物。……簡単に終わる器じゃない」

「……それ、すごい説得力あるわね」


 六紗とポンタはそう会話し合い、互いに拳を構えて戦闘態勢に入る。

 2人の目の前で、死肉は一点に集い、その形を明らかにしてゆく。



『死ぬのは嫌だ。終わりは怖い。僕は終わる側ではなく……終わらせる側でなくてはならない』



 声がする。

 それだけで背筋が凍った。

 そして、その場にいる誰もが察する。


 これが正真正銘――最後の戦いであると。



「行くわよ、ポンタ!」

「あぁ、いざ征こうか。優ちゃん!」



 二人は大地を駆け出して。

 その化け物は、血の沼に降臨する。


 全身が血肉に包まれ、黒いコートを纏った男。

 薄紫色の髪は白色へと染まり、その瞳はどこまでも暗い紫色を灯している。



『お前たちを殺すよ。これは趣味による殺害ではなく……生存のための殺害だ』




次回、VS鮮やか万死、最終局面!

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