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第四章【禁忌の劫略者】
432『死地にて』

 僕は、善人ではなかったと思う。


 そりゃそうだ。

 中二病を誰彼構わず批判して。

 阿久津さんや六紗も、利用するためだけに取り入った。阿久津さんの大切なノートを燃やすためだけに、二人に協力を仰いだ。


 馬鹿みたいな嘘をついてまで。


 それが……いつからか。

 そんな悪人に、一欠片の歪みが出てきた。

 それは、いつからだったか。


 あぁ、そうだ。

 僕が死んで。

 冥府で、あの馬鹿と出会ってからだ。



「……あぁ、くそっ、たれ」



 大地に倒れ、言葉を漏らす。

 胸に突き刺さった凶刃。

 身体中にも複数本の刀が突き刺さっている。胸の一本だけで手遅れだろうに……おそらく、この状況からはどうやったって【助からない】。


 顔を上げる。

 そこには、無傷で僕を見つめる少年少女の姿があった。

 小学生……だろうか。

 残念だな、この可愛らしい少年少女が、数年後には中二病を患うことになると思うと。


「あ、あぁっ、、っ……」

「おい、少年少女。泣くな、逃げろ。とりあえず、立って走れ。立てなくても……なんとか、ほら。頑張って立て」


 思考が上手く回らない。

 やべぇな、そう思った時、背後から力のない足音がした。


「こ、子供……? どうしてこんな場所に……いや、そうじゃない、なんで……ッ!」


 灰燼の声がする。

 少年少女は、恐怖に顔を歪めて逃げてゆく。

 その姿を見送って、僕は笑った。



()()()()()()()!? 見捨てていれば……君が、勝っていただろうに!」



 廃墟に声が響く。

 それを聞いて、僕は疑問を呈すのだ。


「……どうして、だろうな」


 僕が守るべきもの。

 守りたいもの。

 それを押し退けてまで体が動いた。


 その理由なんて、僕だって知らねぇよ。


 僕は、身体中に力を込める。

 全身から血が溢れ出して来る。

 超再生でも回復できない無数の致命傷。

 それらの痛みに歯を食いしばり、それでも必死になって立ち上がる。


「……っ、な、なんで……そこ、までして……!」


 振り返れば、どこか気圧された様子の灰燼が居た。

 なんでそこまでして、立ち上がるのか。

 そう聞きたいんだろうが……悪いな、もう、喋るだけの余力も残ってないんだ。


 出血でふらつく。

 あまりの痛みに意識が遠のく。

 視界が掠れて、もう、何も見えやしない。


 だけど、それでも。

 僕は笑顔を浮かべて、その方向へと目を向けた。



 どうした灰燼、僕はまだ――生きているぞ。



 僕の目を見た奴の気配が、大きく揺らぐ。

 動揺……だろうか。

 吹けば飛ぶ。押せば倒れる、殴れば死ぬ。

 そんな死に体の僕に、何を動揺することがあるのか。


 僕は、一歩踏み出した。


 奴の気配がさらに揺らいだ。

 それは、恐怖にすら近いかもしれない。


「く、来るな……こっちに来るな!」


 叫ぶ灰燼。

 されどその言葉に感じたのは恐怖だけ。

 僕は必死に右腕へと力を込める。

 既に喋る気力も余力も残っておらず、命だって吹き消える寸前。


 それでもなお。


 正真正銘……命を削って、拳を握った。



 ――歯ぁ、食いしばれよクソ野郎。



 僕は、拳を振り抜く。

 見る影もなくなった、弱々しい一撃。

 それは、灰燼の顎に直撃するが、ダメージを与えることも出来ない。


 僕はその場に崩れ落ち、灰燼は目の前で僕を見下ろす。


「どう、して……」


 その疑問に、答える術は何も無く。

 僕は笑って、血溜まり沈む。



 それは、抗い難い終焉。



 何度も味わった死の感覚。

 死神の足音が聞こえてくる。

 意識が遠ざかり、視界が暗くなってゆく。


 きっと、今意識を手放せば二度と目を覚ませない。


 そんな予感があって堪えるも、死神はなんの容赦もなく僕の寿命を奪ってゆく。


 必死になって、手を伸ばす。

 何も見えず、感じられず。



 それでも、目に見えない【何か】に向かって手を伸ばした。



 僕は、こんな所では終われない……。


 全てのノートを燃やし尽くすまで……ッ。

 黒歴史を改変するまで!



「僕は――」



 僕はまだ、生きて成すべきことがある。


 掠れきって、聞き取るのも難しいその声に。

 空に向けて伸ばした手に。




 どこからか、聞き覚えのある声がした。






「――おい、てめぇ何してやがる」





 そして響いたのは、無数の炸裂音。

 灰燼の悲鳴が聞こえた。

 あまりの衝撃に吹き飛ばされて、僕の体は、誰かによって受け止められる。


 僅かに映った視界の中に、()()()が揺れていた。



「おう、助けに来たぜ、カイ!」



 その明るい言葉とは裏腹に……僕を受け止めた手に、強烈な力が篭もる。

 なんでお前がここにいる……だとか。

 どうしてここが分かったのか、だとか。

 そんなことを聞く余力もなかったが……おそらく、止めても無駄なのだということだけは分かった。



「――で、アイツが敵でいいんだな」



 暗く静かな、死の淵で。


 その少女……シオン・ライアーは静かに吠えた。

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