僕は、善人ではなかったと思う。
そりゃそうだ。
中二病を誰彼構わず批判して。
阿久津さんや六紗も、利用するためだけに取り入った。阿久津さんの大切なノートを燃やすためだけに、二人に協力を仰いだ。
馬鹿みたいな嘘をついてまで。
それが……いつからか。
そんな悪人に、一欠片の歪みが出てきた。
それは、いつからだったか。
あぁ、そうだ。
僕が死んで。
冥府で、あの馬鹿と出会ってからだ。
「……あぁ、くそっ、たれ」
大地に倒れ、言葉を漏らす。
胸に突き刺さった凶刃。
身体中にも複数本の刀が突き刺さっている。胸の一本だけで手遅れだろうに……おそらく、この状況からはどうやったって【助からない】。
顔を上げる。
そこには、無傷で僕を見つめる少年少女の姿があった。
小学生……だろうか。
残念だな、この可愛らしい少年少女が、数年後には中二病を患うことになると思うと。
「あ、あぁっ、、っ……」
「おい、少年少女。泣くな、逃げろ。とりあえず、立って走れ。立てなくても……なんとか、ほら。頑張って立て」
思考が上手く回らない。
やべぇな、そう思った時、背後から力のない足音がした。
「こ、子供……? どうしてこんな場所に……いや、そうじゃない、なんで……ッ!」
灰燼の声がする。
少年少女は、恐怖に顔を歪めて逃げてゆく。
その姿を見送って、僕は笑った。
「
廃墟に声が響く。
それを聞いて、僕は疑問を呈すのだ。
「……どうして、だろうな」
僕が守るべきもの。
守りたいもの。
それを押し退けてまで体が動いた。
その理由なんて、僕だって知らねぇよ。
僕は、身体中に力を込める。
全身から血が溢れ出して来る。
超再生でも回復できない無数の致命傷。
それらの痛みに歯を食いしばり、それでも必死になって立ち上がる。
「……っ、な、なんで……そこ、までして……!」
振り返れば、どこか気圧された様子の灰燼が居た。
なんでそこまでして、立ち上がるのか。
そう聞きたいんだろうが……悪いな、もう、喋るだけの余力も残ってないんだ。
出血でふらつく。
あまりの痛みに意識が遠のく。
視界が掠れて、もう、何も見えやしない。
だけど、それでも。
僕は笑顔を浮かべて、その方向へと目を向けた。
どうした灰燼、僕はまだ――生きているぞ。
僕の目を見た奴の気配が、大きく揺らぐ。
動揺……だろうか。
吹けば飛ぶ。押せば倒れる、殴れば死ぬ。
そんな死に体の僕に、何を動揺することがあるのか。
僕は、一歩踏み出した。
奴の気配がさらに揺らいだ。
それは、恐怖にすら近いかもしれない。
「く、来るな……こっちに来るな!」
叫ぶ灰燼。
されどその言葉に感じたのは恐怖だけ。
僕は必死に右腕へと力を込める。
既に喋る気力も余力も残っておらず、命だって吹き消える寸前。
それでもなお。
正真正銘……命を削って、拳を握った。
――歯ぁ、食いしばれよクソ野郎。
僕は、拳を振り抜く。
見る影もなくなった、弱々しい一撃。
それは、灰燼の顎に直撃するが、ダメージを与えることも出来ない。
僕はその場に崩れ落ち、灰燼は目の前で僕を見下ろす。
「どう、して……」
その疑問に、答える術は何も無く。
僕は笑って、血溜まり沈む。
それは、抗い難い終焉。
何度も味わった死の感覚。
死神の足音が聞こえてくる。
意識が遠ざかり、視界が暗くなってゆく。
きっと、今意識を手放せば二度と目を覚ませない。
そんな予感があって堪えるも、死神はなんの容赦もなく僕の寿命を奪ってゆく。
必死になって、手を伸ばす。
何も見えず、感じられず。
それでも、目に見えない【何か】に向かって手を伸ばした。
僕は、こんな所では終われない……。
全てのノートを燃やし尽くすまで……ッ。
黒歴史を改変するまで!
「僕は――」
僕はまだ、生きて成すべきことがある。
掠れきって、聞き取るのも難しいその声に。
空に向けて伸ばした手に。
どこからか、聞き覚えのある声がした。
「――おい、てめぇ何してやがる」
そして響いたのは、無数の炸裂音。
灰燼の悲鳴が聞こえた。
あまりの衝撃に吹き飛ばされて、僕の体は、誰かによって受け止められる。
僅かに映った視界の中に、
「おう、助けに来たぜ、カイ!」
その明るい言葉とは裏腹に……僕を受け止めた手に、強烈な力が篭もる。
なんでお前がここにいる……だとか。
どうしてここが分かったのか、だとか。
そんなことを聞く余力もなかったが……おそらく、止めても無駄なのだということだけは分かった。
「――で、アイツが敵でいいんだな」
暗く静かな、死の淵で。
その少女……シオン・ライアーは静かに吠えた。
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