少し短め
正直な話を言おう。
僕は、灰燼の侍にはまだ及ばない。
こいつと手合わせして、そんな確信を覚えた。
「……ったく、チート共が」
小さく呟き、僕は息を吐く。
炎の鎌を振り払えば、僕を中心として炎の円が描かれる。
僕の視線の先で、灰燼の侍は追い込まれている。
実力で劣る僕に。
負けるはずのない僕に。
その理由は……まぁ、考えるまでもないことだろう。
僕は大地を駆ける。
以前とは比べ物にならない速度。
それでも、灰燼からすれば充分に捉えられる速度だったはず。
にも関わらず、灰燼の反応が僅かに遅れた。
「……ッ!?」
奴は驚いたように居合一閃。
僕へと亡びの刃を放ってくるが、僕は、それを真正面から炎の鎌で相殺する。
熱気が肌を焼く。
あまりの熱波に灰燼の顔が苦痛にゆがむ中、放たれた凶刃は全て、紅蓮の炎に燃えて消失した。
「ぐ……!」
奴は焦ったように後方へと飛ぶ。
まぁ、戦闘中にわざわざ自分の能力を説明する……っていうのは、ラノベでも漫画でもありふれた展開だとは思うけど。
普通に考えて損しかないので、僕はそういうことはやってない。
ので、内心でこの力について確認する。
――神霊デスサイズ。
深淵に棲みつく守護者の中で、最強の存在。
ボイドという規格外を除けば、間違いなく頭一つ飛び抜けた化け物。
活性と超再生を備えた僕でさえ【死】を覚悟した怪物。
それこそが、今回僕が憑依させた守護者統括とも呼べる存在、デスサイズだった。
その能力は【神炎】。
ありとあらゆるものを燃やす炎。
その炎が燃やす対象と燃やさない対象は僕が定めることが出来る。
そして、1度定めてしまえば……物理的に燃やせないものですら、いとも簡単に燃やし尽くす。
そしてこの炎。
つまり……まぁ、なんと言ったらいいのかな。
燃やす対象を選択出来て。
どんなものでも一瞬で燃やし尽くせて。
1度でも掠ったらそれが最期、死ぬまで永遠に燃やし続ける。
という、アホみたいなチート能力なわけだ。
ほんと……どうやって勝てっていうねん。
あの時の僕が勝てたのは、デスサイズが全力を出していなかったと言うのが理由の一つと、もう一つは、奇跡が幾つも重なった結果、っていうのが挙げられる。
まぁ、それは今回どうだっていいことだ。
僕の身に降りたのは、本気のデスサイズ。
僕が戦った当時よりも遥かに強くなった能力に、デスサイズ本人の身体能力も加算されている。
凶悪無比な能力に。
全盛期に近しいだけの身体能力。
加えて、闇の王の完璧サポート。
……まぁ、長々と話してきたけれど。
結論、何が言いたいかと聞かれれば。
「これだけ積んで……まだ届かんとは」
口の中で、小さく呟く。
本当に……アホみたいな男だけれど、さすがは爺ちゃんの血族だな。強さのステータスがイカれてやがる。
まともに戦ったら、多分押し負ける。
今も全力で攻め入ってはいるが、それでもあと一歩届いていない。
ならば、死に物狂いで向かっていけば届くのかもしれないが……なんとなく、届かないような直感があった。
だって、この男の【底】は此処じゃないから。
「……余程、爺ちゃんのが堪えてると見えるな」
僕の言葉に、奴は大きく反応を示す。
……以前より、この男は弱くなっている。
衰弱している、と言ってもいいかもしれない。
思考能力が落ちている。
体のキレも鈍くなった。
技の速度も数も、見る影もない。
それは何故か。
この男が……爺ちゃんを刺したことを引きずっているからだ。
「う、うるさい……うるさいでござる! 拙僧はもう決めたのでござる!! あの男に協力すると! そうすれば……そうすれば! 親父は助かる!!」
「……その犠牲に、何千何万と人が死のうと構わないか?」
鮮やか万死に力を貸す。
つまりは、そういう事だ。
僕は静かに問いかけて。
その答えは、悲痛極まりない掠れ声。
「…………それで、親父が救えるなら」
「…………へぇ」
……なんという、素晴らしき家族愛。
すげぇな、お前。いや本当にさ。
感動したよ、灰燼の侍。
僕は今心の底から感心してる。
――お前、よくもまぁ爺ちゃんの顔に泥を塗れたな。
僕は一気に加速する。
驚く灰燼を完全に無視し、その顔面を掴み取る。
「そうか。なら、もういいよお前」
「ぐっ……!?」
勢いそのまま地面へと叩きつけると、後頭部に衝撃を受けた灰燼は声を漏らす。
そんな男を見下ろして、僕は言う。
「もう喋るな、それ以上恥を晒すな。お前の言動が【老巧蜘蛛】を貶める」
「ぐっ、ぅぅッ!! お、お前に何が! 何がわかると言うでござるか!!」
叫ぶ灰燼。
その顔面へと、無慈悲に拳を振り下ろす。
鈍い音と、嫌な悲鳴。
奴の鼻が潰れ、鮮血が吹き上がる。
「喋るなと言ったぞ。聞こえなかったか?」
「う、ぐ……っ! こ、この……!」
喋る男へ馬乗りになり、今再び拳を振り下ろす。
情けも容赦もかけない。
何度だって殴ってやるよ。
てめぇが黙るまで。
てめぇが、爺ちゃんに謝るまで。
僕は拳を振り下ろす。
何度も。何度も。
その度に鮮血が吹き上がり、悲鳴が上がる。
「こ、の……ォッ!」
灰燼の瞳から、光は消えない。
それだけ、万死の死者蘇生に賭ける思いが強いのか。
僕は思わず舌打ちを漏らし……次の瞬間、上空から【第六感】が嫌な予感を感じ取る。
「……ッ」
咄嗟に回避。
後方へと飛び退ると、僕のいた場所へと無数の刀が突き刺さる。
それはまるで、灰燼の侍を守る砦のよう。
僕は思わず喉を鳴らし……視線の先で、その男は立ち上がる。
その体は、既に満身創痍。
それでも、その体からは気圧される程の威圧感が溢れ出していた。
「確かに。お前の言うことは正しいよ。父さんは……こんな僕を認めはしないだろう」
灰燼は言う。
その顔は悔しさに苛まされていて。
それでも男は、口にした。
「……でも。失望されても、怒られても、見放されたって。それでも、父さんに生きてもらいたい」
それは、男の純粋な思い。
僕は思わず歯を食いしばり。
男は、正真正銘【命をかけて】僕の前に立ち塞がった。
「父さんを守る。例え、世界を敵に回したとしても」
……ったく、厄介な野郎だよ。
内心で、そう吐き捨てた。
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