挿絵表示切替ボタン

配色








行間

文字サイズ

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
114/170
第四章【禁忌の劫略者】
424『決戦の刻』

 その少年が、少しおかしいことは察していた。


 特に、これといった根拠はない。

 ただ、何かがおかしいと考えていた。

 それは、直感でしか無かったけれど。

 間違いないと、僕は思った。


「決戦は一週間後だぜ! 聞いたかオイ! 忘れんじゃねぇぞ、一週間後って、七日後だかんな!」


 赤髪の少女が覚えたての言葉を自慢げに言ってくる中、僕は生返事を返す他ない。

 その少年の横顔を見れば、嫌な予感しか感じなかったからだ。


 なにか、違う気がする。


 その言葉を鵜呑みにしてはいけない気がする。

 咄嗟に、少年へと口を開こうとした。

 だけど、出来なかった。


 思い詰めたようなその表情が。

 僕に問いかけることを許さなかった。


 あぁ、灰村くん。

 君は、何も言ってはくれないんだね。


 少し哀しく思った。

 だけど、そういう人だと知っている。

 僕らを頼らないわけじゃない。

 異能者殺しの時だって、頼ってくれた。


 だけど彼はきっと、本当に危険な時は何も言ってはくれないのだ。


 そう考えて、僕は苦笑する。


「やっぱり君は、優しいね」

「は? なんだよお前」


 灰村解は、呆れたようにそう言って。

 僕は、首を横に振って言葉を返した。



「いいや、僕も……親友として応えないとね」




 ☆☆☆




 3日なんてあっという間に過ぎ去った。


『ぜぇ、はぁっ、ぜぇ……』


 僕の視線の先で、()()解然の闇が息を荒らげて立っていた。

 他を見ると、守護者のほとんどが頭に大きなたんこぶを作ってぶっ倒れている。

 ボイドに至ってはたんこぶを3つほど作ってしくしく泣いていた。


『おっ、おお、お前っ! す、少しは……こう、手を抜こうとか、そういう気は無いのか!? 貴様に付き合わされる我らの気持ちを考えろ!』

「は? 創作物が……作者に対して生意気な」


 僕は拳を鳴らしながらそう言うと、解然の闇は頬を引き攣らせる。



 現実世界での3日間。

 この世界においては……もう数えるのも億劫になるほどの時間をコイツらと戦ってきた。


 解然の闇には、全敗。

 攻撃も1度たりとも掠らなかった。


 深淵竜ボイドにも、全敗。

 ただし3発だけ思いっきり叩き込めた。


 他の守護者たちもかなり強くなっていた。

 最初の全敗続きが祟って、最終的な戦績は負け越しになるのだろうが、最後の方は連勝していたので良しとする。


 といっても、闇の王の力だけで戦ってきたわけじゃない。要所要所で【限定憑依(リミット・オン)】も使ってきた。

 そして、場合によっては()()()もな。

 ……じゃなきなゃ、あのボイドに3発も叩き込めないっての。


「お、王よ! そろそろ止めましょう! 我らも王に暴力を振るうのは心が痛みますし、王の拳はちょっと尋常ではなく痛いです! そう! それこそ防御を貫通してくる感じの拳です!」

「最高じゃないか」


 ボイドの叫びにそう返し、力を解除する。

 僕の体から白銀色の光が飛び出してゆき、再び胸の中へと戻ってゆく。


 拳を握る。


 まぁ……なんだ。

 感謝するよ、お前ら。

 お前たちのおかげで、僕は3日前よりも、少し先の場所まで辿りつけた。

 今の僕なら、難なくアイツらをぶん殴れそうだ。


 そう考えて、久方ぶりに僕のレベルを確認する。


 僅かに使える鑑定技能。

 それで探った以前のレベルは120。

 対し、今の僕のステータスを確認して……僕は、思わず笑ってしまう。



「……さて、そろそろ戻るか」



 何だかこっちで多くの時を過ごしすぎたせいか、現実世界の記憶が曖昧だ。

 たしか、万死に対する対策を立てつつ、学園祭の準備に勤しんでいた気がしたが……。


 とりあえず、悪いなお前ら。

 今日は、学校はズル休みさせてもらうよ。


 僕は解然の闇への振り返ると。

 彼は、呆れたように肩を竦めた。


『まさか、我の力を借りようなど……』

「借りねぇよ、一方的に使うだけだ」


 誰がお前に頭下げてまでお願いしなきゃなんねぇんだよ。

 僕はただ、上から目線で命令するだけだ。

 力を使え、と。


 そんな言葉に、奴は大きく息を吐く。



『全く……実に傲慢。だが、それでこそ我らが創造主に相応しい』



 彼は指を鳴らす。

 と同時に、僕の足元へと転移の魔法陣が浮かび上がる。


『それは、決戦場への直通だ。次に目を開いた先は、血で血を洗う地獄だろう』


 まぁ……な。

 どちらを相手するにせよ。

 あるいは、その両方をいっぺんに相手するにせよ。決して楽な戦いにはならないと思う。

 というか、ならない。


 鮮やか万死も。

 灰燼の侍も。

 一筋縄で勝てるような相手じゃない。


 そう理解しているからこそ。

 僕はやっぱり、笑うのだ。


 笑顔こそ、灰村解の最強装備だからな。



「上等。2人まとめて……ぶん殴るだけさ」


『あぁ、殴れ。貴様の拳は通用する』



 かくして彼は、指を鳴らす。

 と同時に魔法陣は光り輝き。


 解然の闇は、最後の最後にこう告げた。



『では、健闘を祈るよ、灰村解』




 ☆☆☆




 目が覚めた先は、廃墟だった。


「……ここは」


 見渡す限り、灰色の廃墟が広がっている。

 廃墟の屋根の向こうには、森が見えた。

 山の中……だろうか?


 あまりこの街の地理には詳しくないが、街の近辺にこんな場所があったのか……。

 あるいは、異能の秘匿が破られて、世界が変革された際に捨てられた街なのかもしれない。


 ……とまぁ、それはいいとしても。


「さて、と」


 僕は、改めて周囲へと視線を向ける。

 周囲に気配は一切感じられない。

 この眼が捉えないというのだから、本当に居ないのだろうと思う。


「出迎えは無し。……まさか、万死の野郎、約束を反故にする気じゃねぇだろうな」


 ……まぁ、あまり問題児はしていないがな。

 学校にはボイドを転移させた。

 爺ちゃんの居る病院にはナムダを。

 唯一、阿久津さんだけは一人だが、おそらく、阿久津さんの絶対防御を崩せる存在はそうはいない。

 いたとしても、ボイド級の化け物に限る。

 万死や灰燼でどうにかなる硬さじゃないからな。大丈夫だろう。たぶん。


「……まぁ、あのクズに約束どうのと言う方が間違っている、か」


 なんなら、完全に僕を放ったらかしにして、意気揚々と僕の仲間たちを狩り尽くす、なんてこともしかねない。

 アイツ、救えないクズだからな。

 まぁ、だからこそボイドやナムダを配置してきた訳だけど。


 僕はそう考えて、1歩踏み出し。



 ――その瞬間、肌がチリリと殺意を察した。



 左方向へと真眼を向ける。

 廃墟や瓦礫の、ずっと向こう側。

 そこで、緑色の【想力反応】が巻き上がる。



「――【千却万雷】」



 嫌な声が響いて、僕は咄嗟に回避する。

 瞬間、目の前の廃墟全てが灰燼となって消滅し、その向こう側から無数の斬撃が僕へと襲い来る。


 その全てを最小限の動きで躱し、その向こう側にいる変態野郎へ視線を向ける。



「……やっぱり、こういう状況になるか」



 そこには、ちょんまげの中年オヤジ。

 いい歳こいて家出して、親父に迷惑をかけて、道端でう○こを垂れて……。それだけに留まらず、今なお生き恥晒すバカ息子。


「灰燼の侍……!」

「悪いでござるが……此処で、死んでくれると助かる」


 上空から数本の刀が降り注ぐ。

 僕はそれらを一瞥することなく回避すると、大地を思い切り蹴り、前へと駆ける。


 それは、何気ない1歩。


 されど、3日前とはまるで異なる1歩だった。


 何も強化はしていない。

 僕がまだ生身だから、という油断が、奴の中にもあったのだろう。

 それも幸いして――僕は、いとも容易く間合いの内側へと踏み込めた。


「な……っ!?」


 想定外の速度に驚く奴へと。

 僕は、思い切り拳を振りかぶる。



「歯ァ食いしばれよ、糞息子」



 そして、拳、一閃。

 その一撃は咄嗟に刀の鞘で受け止められたが、それでも威力を吸収できず、やつの体へとダメージを叩き込む。


「ぐ、ぅ……ッ!」

「男子、三日会わざれば刮目して見よ。とは、よく言ったもんだよなァ、えェ?」


 お前が相手で残念だよ。

 鮮やか万死が来てくれたなら、その時は……腹の底に溜まった怒りのマグマ、余すとこなくぶちまけてやったと言うのに。

 まぁ、いいか。

 鮮やか万死ほどでは無いが……お前にも、けっこう頭に来てるから。



「おい、爺ちゃんはお前のこと待ってるぞ」



 その言葉に、奴は大きく反応する。

 それでも言葉は返って来ず、僕は大きく息を吐く。


「1度しか言わねぇからよく聞け。今すぐ病院行って、爺ちゃんに謝ってこい」

「……う、うるさいでござるッ!! お前に、何がわかるでござるか!!」


 僕の言葉に返ってきたのは、さらなる怒り。

 それを前に、僕はもう説得を諦めた。


 悪いな、爺ちゃん。

 コイツなんか腹立つから、1発殴るわ。


 僕は拳を固め、腹の底から神力を汲み上げる。



「覚悟しろ。もう、謝っても許してやらん」



 とりあえず、殴る。

 コイツを病院まで引きずっていくのは、そのあとからでも遅くないだろ、爺ちゃん。




 ☆☆☆




「だぁれが約束なんて守るか馬ぁぁ鹿あ!」


 鮮やか万死は笑い転げていた。

 場所は、廃墟から遠く離れた街の中。

 その男は腹を抱え、素直に約束に応じた灰村解に爆笑していた。


「すごぉい! すごいよ灰村解! 馬鹿すぎて凄まじい! 頭イカれてるんじゃないのかなぁ!? この僕が、約束を守るわけがないよねぇ!」


 約束なんてのは虚構だ。

 ただ、嫌がらせをするためだけのハッタリだ。

 少なくとも、鮮やか万死にとっては()()なのだ。

 約束は守るために交わすものではなく。

 破るためだけに、交わすものである。


「せいぜい、そこの捨て駒と踊ってたらいいと思うよォ。僕は、これからゆっくりと、君のお仲間をぶっ殺して、その首を引っさげて帰るからさぁ!」


 彼はそう言って、学校の方向へと視線を向ける。

 ハイライトスクール。

 灰村解の『大切な存在』が数多く在籍する学校。鮮やか万死が狙うには最も適した、灰村解のウィークポイント。弱点。


「問題は、なーんか、嫌な予感がするってことだよねぇー」


 鮮やか万死は、その弱点を前に……されど、1歩も動くことが出来ずにいた。

 まだまだ距離はある。

 この距離で索敵するなどまず不可能。

 視認することすらできない距離にいる。


 にも関わらず、これ以上踏み込めば【殺される】という感覚があった。


「この感覚……この前、僕を殺した黒竜の」


 まさか、あの化け物がこちらの世界にやってきているとでも言うのか。

 そう考えると辟易したが、それはそれでやり方を変えれば済む話。

 あの黒竜とて、常に全員を守り続けられるわけじゃない。

 故にこそ、そこには付け入る隙がある。


「くくっ、くひひ! さぁ、どんな風に揺さぶろうか。僕を殺してくれた君に、どんな屈辱をプレゼントしようかぁ!」


 一方を守って、一方を守れなかった。

 そんな状況に陥れば、あの黒竜はどんな反応を示すだろうか?

 そう考えると鮮やか万死は楽しくってしょつがなかった。


 楽しくて、楽しくて。

 イカレてしまいそうなほど嬉しくなって。








「【君はそこを動けない】」




 次の瞬間。

 凄まじい量の想力が彼の身を縛り上げた。


「………………はぁ?」


 全身が金縛り遭ったような感覚。

 それでも鮮やか万死は、無理やり背後を振り返る。


「誰かなぁ。僕は今、とっても気分がいいんだ。それを邪魔されると……悪いけど、ぶっ殺すしか無くなるよォ?」


 その顔には満面の怒りが滲んでいたが。

 帰ってきたのは、それ以上の怒りだった。


「殺す。そう言ったな貴様。なら当然、殺される覚悟も出来ているに違いない」


 振り返った先の裏路地。

 その奥から、1人の少年が姿を現す。


 ぷっくりとした体格。

 髪型はワックスでガチガチに整えられており。

 その制服は、ゴリッゴリに改造されていた。

 まるでナルシストのようなその姿。

 その姿を見て、鮮やか万死は驚いた。


「うわぁ! 生きていたのかなぁ! この間、確実にぶっ殺したと思ったけれど!」

「あぁ、その節はどうもありがとう」


 暴走列車との戦いで、少年は鮮やか万死に攻撃を受け、瀕死に追い込まれた。

 その痛みを、恨みを忘れたわけじゃない。


 だけどね、と。


 少年は、その恨みすら放り捨てた。


「今回は、別件で君に用事があってね」


 全身から、大量の想力が吹き上がる。

 あまりの威圧感に万死は目を細め。

 その少年は、大きく目を開き、万死を見据える。



 その瞳には、殺意を孕んだ剣呑さがあった。




「貴様、僕の親友に喧嘩を売ったな?」




 妄言使い――成志川景。

 溢れ出す怒りに、万死の頬に汗が伝う。


「やめてくれよ……僕は、けっこー楽に済ませる気をしてたんだからさぁ」

「そうか。じゃあ、楽に終わらせよう。すぐに殺すから【その場を動くな】」


 重ねて放たれた言葉の縛り。

 動き出そうとしていた万死は顔をゆがめて。


 成志川は、彼へと手をかざし、告げる。




「覚悟しろ鮮やか万死、【僕は強いぞ】」




一時期、『あれっ、主人公って成志川だっけ?』とまで言わしめた妄言使い、ここに再臨。

……また、主人公の座を強奪されなきゃいいんですが。

ブックマーク機能を使うには ログインしてください。
いいねで応援
受付停止中
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。
感想を書く
感想フォームを閉じる
― 感想を書く ―

1項目の入力から送信できます。
感想を書く際の禁止事項についてはこちらの記事をご確認ください。

※誤字脱字の報告は誤字報告機能をご利用ください。
誤字報告機能は、本文、または後書き下にございます。
詳しくはこちらの記事をご確認ください。

⇒感想一覧を見る

名前:



▼良い点

▼気になる点

▼一言
X(旧Twitter)・LINEで送る

LINEで送る

+注意+

・特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はパソコン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
▲ページの上部へ