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表題『灰村解』シリーズ、再終幕。

第四章【禁忌の劫略者】
423『灰村解④』

 己が力では倒せない敵を前にし。

 それでも、その男は言った。



「――自分自身には、甘えられない」と。



 その体は満身創痍。

 既に死に体。吹けば飛びそうなほど弱っている。

 言葉を発するだけでも苦労するであろうに。

 よりにもよって……この僕を前にして口にするのが、そのような言葉とは。


 馬鹿馬鹿しい。

 合理性に欠けるとはまさにこの事。

 この男は決定的に理性が足りていない。

 もっと頭を働かせられないのか。


 僕は内心そう罵倒し。



『……気に入った』



 口の中で、小さく呟いた。

 彼は不思議そうに首を傾げた。

 おそらく、この声は彼へと届いてはいない。

 声が届かぬよう簡易的な結界を貼らせてもらった。


 僕はくつくつと笑を零し、男を見下ろす。

 嗚呼、それでこそ我らが創造主。

 僕に対する嫌悪感なんてどうだっていい。


 ――ただ、その在り方が格好いいと思った。


 合理性なんてどこにもない。

 故にこそ、そこには輝きがある。

 理というものを限りなく排除してゆき。

 その果てに、それでも捨てられない【無駄】それこそが、僕らが心より求めるものだ。



 この男の生き様は、まさしく【それ】なのだと理解した。



 実に面白い。

 他人にここまで興味を抱いたのは初めてだよ。

 僕らを作った創造主。

 僕らの根底になった人。

 僕らの在り方を考えた人。


 この人は、ここで死ぬべきではない。


 たとえ、どのような無茶を通したとしても。

 この人は、ここで終わっていいはずがない。


 見てみたいと、そう思った。

 この【無駄】の行き着く先が、何処にあるのか。

 その果てにこの人は何を見るのか。

 その光景を、僕もまた見てみたい。


 そう、思った。


 だから僕は、彼に力を貸すことにした。



 ――【限定融資(リミット・ローン)



 今この場で創った力。

 それは、自分の力を他者へと貸し出す力。


 ……まぁ、それをそのまま伝えたところで、この男は拒否るだろう。だって僕のことが嫌いで嫌いで堪らないらしいし。


 だから、契約だ。


 僕の手首から、黒い円環が彼へと伸びる。

 ……君の力は、僕が一時預かろう。

 その代わり、この一瞬だけは。



『お前に力を貸してやる』



 我らが君主。

 その生き様を……どうか、最期まで貫いて欲しい。




 ☆☆☆




 拳が振るわれる。

 そう理解したのは、その拳が顔面を撃ち抜いた後だった。

 目視もできない速度で、拳が僕の顔面に突き刺さる。

 鮮血が吹き上がり、強烈な痛みが弾けた。


「が……!?」

『――実に、脆弱』


 声が聞こえて、僕の体は大きく吹き飛ばされてゆく。

 受け身も取れずに地面に横たわり、僕は大の字になって天井を見上げる。


『貴様は言ったな。我がその敵を倒してくれるのか? と。答えはノーだ。我はお前を手助けしない。それは、他でもない貴様自身が望んだことだ』

「……減らず口を」


 事情が変わった。

 なりふり構ってられる状況じゃなくなった。

 だと言うのに……お前はまだそんなことを口にするのか。


「ふざ……けんなよ。ふざけてんじゃねぇ……。手助け、しねぇってんなら黙って帰せよ。……黙って、僕に死なせてくれよ」


 膝に手を当て、決死の思いで立ち上がる。

 既に余力は尽き果てた。

 気力も何も湧いてこない。

 どうせ死ぬなら、ここで抵抗するのも無駄で。

 今僕がすべきなのは、この男を説得すること。


 この場で死なず、鮮やか万死に殺されること。


「……くっ」


 立ち上がっても、膝が面白いくらい震えてる。

 これはダメージによるものか。

 あるいは、恐怖によるものか。


 僕は大きく息を吐き、苦痛満面に奴を見る。

 僕を見下ろすその瞳は……どこまでも辛く、哀しそうに見えた。


 うるせぇな。

 辛いのはこっちだ。

 痛いのはこっちだ。

 なんで僕がこんな目にあってんだ。


 なんで、どうして?



 ……そういや、なんで戦ってるんだっけ?



 あまりのダメージに意識も遠くなってきた。

 思考が散漫だと自分で分かる。

 あぁ、ヤベェなこれは。

 本当に死ぬかもしれない。


 そう理解した瞬間、僕は吐息と共に瞼を閉ざし。



 目の前で、ただ純粋な怒りが湧き上がった。



『そうか。では、灰村解はここで死ね』



 拳が振り落とされたのだろう。

 凄まじい衝撃が突き抜けて。



 僕の意識は、プツンと切れた。




 ☆☆☆




「御仁は……なぜ戦っているのだ?」



 あぁ、これは夢だ。

 僕はすぐに理解した。


 普段暮らしている阿久津さんのマンション。

 その一室で、ソファーに座る阿久津さん。

 その対面に座る僕は、彼女から唐突にそう問われていた。


 記憶を遡っても、こんな質問をされた覚えは一切ない。

 彼女は不思議と、僕にその質問を投げなかった。

 いいや、今まで出会ってきた誰も、そんな質問を僕へは投げつけなかった。

 ……何故だ?


「御仁は、あくまでも平穏に暮らしていたように思う。私と出会うまでは、なにも。何ひとつとして困ることなく暮らしていた。きっと、その先も平穏に生きていたはずだ」


 僕はその『仮定』に思いを馳せる。

 あぁ、確かに。

 僕が阿久津さんと出会ってさえ居なければ。

 きっと、僕は何事もなく普通の高校に通っていたんだと思うよ。


 異能力なんて知ることも無い。


 普通の友達を作って。

 普通の青春をして。

 普通の恋愛をして。

 進学して、就職して、結婚して。


 僕は、普通の人生を生きていた。


「なのに、アンタはどーゆーわけか、私たちと同じ舞台に立っている」


 気がつけば、場面は変わっていた。

 懐かしいなぁ、僕の住んでいたアパートだ。

 そこには、出会って間もない頃の六紗優が座っていた。


 あぁ、本当に馬鹿なことをしたもんだと思う。

 あの時、二人と関わってさえ居なければ。

 この世界は何も変わってなんか居なかったし。

 僕は、こんな場所には立ってない。


 僕はソファーから立ち上がる。


 再び場面は移り変わった。


「改めて問おう。何故だ? ボクらが今まで一切聞かなかったこと。()()()()()()()()()()()()()()()。それを改めてお前に問いかける」


 周囲へと視線を向ける。

 アパートを周辺として、周囲は全て崩壊している。

 これは……暴走列車に襲われた直後の光景か。

 声の方向へと視線を向けると、白髪青眼の征服王が立っていた。


 なぜ僕は、戦っているのか。


 場面が変わる。

 そこは冥府、死後の世界。

 僕の体は血塗れで、思わず荒い息を吐く。

 背後から、懐かしい男の声がした。


「君はなぜ、そんなにもボロボロになって戦うんだい? シオンちゃんの復讐なら、もう果たしただろう?」


 振り返れば、霧矢ハチがそこには立っていた。

 僕は、その男へと向き直る。

 大きく深呼吸をして、背筋を伸ばして奴を見すえる。


「それ、は……」

「正直言って、君は頭がイカれてる。一般人が腕やら足やらもがれながら、死さえ経験しながらも、それでも怯まず走り続けた。……今日、この瞬間まではね」


 今日、この瞬間。

 その言葉を聞いて、僕は顔を俯かせる。


 ……認めたくはない。

 認めたくなんてなかった。

 だけどもう、嫌ってほど理解した。



 灰村解は、心が折れかかっている。



 死ぬかもしれない、じゃなく。

 間違いなく、僕は死ぬ。

 3日後に殺される。


 そう理解した瞬間、今まで生きてきた中で最大級の恐怖を感じた。


 身が震えて声も出なくなった。


 死ぬ、死んでしまう……殺される。

 嫌だ、絶対に嫌だ。

 死ぬのなんて御免だ。

 あんなもの、二度と味わいたくなんてない。

 慣れるわけが無い。だって『死』なのだから。


 僕は死が、とても怖い。


 だけどそれ以上に、仲間が殺されるのが大嫌いだ。

 僕のせいで誰か大切な人が死んでしまうと考えると……恐怖で動くことも出来なくなる。


 だから、比較した。


 死ぬことと、誰かが死ぬこと。

 それを無理やり天秤にかけた。

 そして、心を殺して僕の死を選択した。

 僕が死ぬほうが……ずっといい。

 アイツらが生きてくれた方が、ずっといい。


 ()()()()()()()()()


 僕は顔を上げる。

 なぁ、霧矢。

 僕はこれで良かったんだよな?

 僕が死ぬ未来は正しいんだよな。


 そうだ、僕は正しい。

 ……そうでも思わなきゃ、立ち上がれない。


 僕の目を見て、霧矢は微笑んだ。

 それは、どこまでも優しそうな微笑みだった。


 彼は無言でその場を避けると、霧矢の背後にあった扉へと僕を誘導する。


「最初から。俺たちが君に問いたいことは、一つだけだよ」


 僕は目を見開いて、歩き出す。

 霧矢の隣を歩き過ぎ、扉へと手を伸ばす。


 そんな僕へと、彼は問いかけた。



「君は、どうして戦うんだい?」




 ☆☆☆




 そこは……数年前まで僕が住んでいた、実家の一室だった。


 僕の視線の先には、1人の少年が座っている。

 僕に背を向け、勉強机へと向かっている。

 ただし、勉強しているわけじゃない。

 彼は必死になって、10冊のノートへと自分の妄想を書き記している。


「お前、は……」


 声をかけ、一歩踏み出す。

 瞬間、全身がその【熱気】に焼かれて目を見開いた。

 その少年は、夢中になって自分の妄想を書き連ねているだけ。

 にも関わらず、その体からは幻視してしまうほどの熱量が溢れ出していた。


「は、ははっ!」


 少年は、とても楽しそうに筆を動かす。

 その度に滴る汗と、頬に張り付いたその笑顔。


 ……そういや、最近笑ってない気がするな。


 そんなことを、ふと思う。

 こんなにも何かに夢中になったのは、この時が最後だった。

 それ以降、僕がこんなにも熱量を持って何かに取り組んだことなんて……一度もない。




『……本当に?』




 背後から声がした。

 振り返る必要もなく、僕は答える。


「あぁ、こんなにも……楽しかったのは、後にも先にも、これが最後だったろうさ」

『確かにそうだろうね。この時はとても楽しかった。……だけど、君の言葉は間違っているよ。灰村解』


 背後の少年はそう告げる。

 一体何を間違っているというのか。


 僕は鼻で笑って、肩を竦める中。

 その少年は、僕に告げた。



『今の君が、戦う理由。思い出してみたらいいよ』



 その言葉に驚き、振り返る。

 既にそこには誰もいなくて、だけど、確かに誰かが居たのだと直感する。

 それは誰かと考えることは、不思議となかった。


 ここは、夢の中だ。

 僕に語り掛けてくる奴なんて、一人を覗いて誰も居ないはずだから。



「今の僕が、戦う理由」



 彼女らが僕へと問うたこと。

 否、夢の中でまで、僕が僕に確認したいこと。


 分かり切っているからこそ。

 いつの間にか、意識しなくなっていたもの。


 僕の根底にある、絶対に覆せない大嫌悪。


 僕は大きく息を吐く。

 そして、机に向かう数年前の僕を振り返る。



「おい、そのノート、描き終わったらちゃんと燃やせよ」



 間違っても、倉庫の中に封印したりするんじゃねぇぞ。

 そう言った僕に、少年は笑った気がした。


 僕は彼から視線を逸らして、部屋の出口へと歩き出す。

 扉に手をかけ、前を向く。



 既に、体の震えは消えていた。




 ☆☆☆




 その拳を、右手で受け止める。

 凄まじい衝撃が撒き散らされ、僕を殺す気で拳を振るった解然の闇は目を見開いた。


『……ッ!? き、貴様……!』


 奴は驚いたようにそう言って、僕から距離を取る。

 僕は顔を上げて……それを見た解然の闇は、限界まで目を剥いた。


「……なんで、こんな大切なこと忘れてたんだか」


 僕が戦う理由。

 そんなもの、再確認するまでもねぇことだ。



 ――過去の黒歴史を、抹消する。



 というか、世に出回ってる黒歴史ノートを全部回収しなきゃならん。

 そうでなきゃ、うかうか夜も眠れない。

 ま、寝てるけども。


 僕は大きく息を吐き、腕を捲る。

 それを見た解然の闇は思わず笑みをこぼし、言葉を漏らす。



『……漸く眼が醒めたか、この腑抜けめ』



 あぁ、悪いな解然の闇。

 生まれて初めての恐怖に、少しビビった。

 でも、もう大丈夫。


 それ以上の恐怖を思い出したから。


 死ぬことは確かに怖い。

 誰かが死ぬことはもっと怖い。



 だけど、黒歴史が世に出回ってるのも、めちゃくちゃ怖い。



 というか、恥ずかしすぎて死ねる。

 そういや最近忘れかけてたけど、まだ5冊も回収できてないんですよね。

 灰燼の持ってる第弐巻。

 爺ちゃんの持ってる第陸巻。

 漆と捌は行方不明で。

 噂によると、万死は第玖巻を持っているとか。


 おいおい。

 こんな所でビビってる場合じゃねぇよ。


 確かに爺ちゃんのために灰燼の野郎をぶん殴るのは大切だろう。

 今度こそ鮮やか万死をぶっ潰すことも大切だろう。


 だが、ちょっと待て僕よ。

 アイツらが黒歴史ノートを持っている。



 これ以上に、アイツらを殴る理由が何処にある?



 死んでる場合じゃねぇ。

 落ち込んでる場合でもねぇ。

 絶望してる暇もねぇ。


 今僕がすべきことは、死に様を選ばされることじゃない。



 ずっと未来の死に様を、自分で取捨選択することだ。



「僕は、黒歴史(おまえら)をなかったことにする。でもって、一切の汚点なく、平穏に生きて平穏に死ぬ。そのためだけに戦ってんだ」



 その言葉にボイドが吹き出し、解然の闇はニヤリと笑った。

 おいおい、お前らの存在を消すって言ったんだぞ? 何笑ってやがる。もしかしてお前らマゾなのか?


『今、とても失礼な勘違いをされた気がするが』

「気のせいだろ? それより……なぁ、解然の闇。予定変更だ。お前暇だろ?」


 いや、暇に違いない。

 どーせこのよく分からん空間に引きこもってるだけのニートだろ、お前。

 僕の目を見て奴は思わず頬を引き攣らせ。


 僕は、そんな奴を見据えて言葉を重ねる。


「お前の力を借りるつもりは、やっぱり無いわ。有り得ない。だってお前のこと嫌いだもん」

『うわ酷い』

「酷くねぇし……なんなら、これからもっと酷いことを口にするつもりなんだが」


 そう言った僕に、奴を含めた守護者全員が喉を鳴らして。

 そんな彼らに、僕は右手を差し出した。



「てめぇら全員、僕と戦え」



 その言葉に、彼らの頬が思いっきり引き攣る。

 つまり、何が言いたいのか。

 僕が作った君たちなら、もう分かりきっているだろう?


『お、おお、お前……まさか!?』

「いやー、実は、レベルアップ、なんて概念を持ってましてね」


 満面の笑顔でそう言った僕に。

 彼らは等しく、恐怖を浮かべた。


 力を貸せ……なんて、生ぬるいことたァ言わねぇよ。



「お前らまとめて、僕の踏み台になれ」



 お前らは、ただの経験値でいい。

 僕が目的を果たすための、生贄になれ。



ノートを書いてたあの当時。

確かに楽しかった。

熱中していた。


だけど、今ほどじゃない。


中二病共に囲まれて。

ノートを集めることに必死なってる。

そんな今の方が、ずっと楽しい。

それに、昔よりずっと、夢中になってる気がするんだ。



次回【決戦の刻】

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