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人間、一度は死を想像したことがあるだろう。

されど……人生で、一度か、二度か。

本当の意味で死を身近に感じた瞬間。


人は、恐怖せずには居られない。

第四章【禁忌の劫略者】
422『灰村解③』

「誰だってぇ、命は大切だよねぇ」


 鮮やか万死は独白する。


「どれだけ死んだ事があろうと、三途の川を渡ろうと……ねぇ、灰村解。君は今まで()()()()()()()()()()はないんじゃないのかなぁ?」


 力及ばず死ぬことはあれど。

 最初から、死ぬと分かって死ぬことは、ないのではないか? いいや、あの男に限ってそんなこと、あるはずがない。

 そう確信し、彼は笑う。

 とっても嬉しそうに狂気を剥き出す。


「あぁ、どんな気持ちで今をすごして居るのかなぁ? お前は絶対に僕の前に現れなきゃいけない! そうさ、殺されるとわかっていて、それでも僕に挑まなきゃいけない!」


 殺意しか持たぬこの男が、灰村解を見逃した理由。

 それこそが、この【嫌がらせ】に在った。


「君は考える。どうすれば死を回避できるのか。仲間を頼る? いいやその選択肢は僕が潰した。なら僕以上の強者を頼る? そんなことになれば僕が逃げよう。……逆に、君が逃げれば君の仲間は皆殺しさ」


 既に灰村解は詰んでいる。

 いつからと聞かれれば、最初から。

 鮮やか万死の目に付いた。

 その時点で死ぬことは確立していた。


「あぁ、恐ろしい……。我ながら、僕のセンスに恐れ慄くよ。良くもまぁ……ここまで酷い嫌がらせができるものだなぁ!」


 彼は両手を広げ、自分の身を抱く。

 何度死を経験しようとも……それに慣れることなんて決してない。


「僕は誰より死んできた。誰より殺してきた。誰より命に向き合ってきた。だからわかるんだぁ。お前は今、()()()()()()()()()()()()()()()


 それが人間。

 否、命ある生物の摂理。

 その恐怖から逃れ得る者は居ない。

 少なくとも、生に前向きな奴においては。




「死ぬのは、怖いよねぇ」




 そう言って、男は満天の夜空を見上げる。


 あぁ、灰村解。

 そこで壊れるなら、それでもいいよ。



 どっちにしろ、君は死ぬしかないんだから。




 ☆☆☆




『ふんッ!』


 拳一閃。

 腹部に拳の直撃を受けた奴は、大きく吹き飛ばされていく。


 既に何度か攻撃をしている。

 厄介なり……【真眼】と言ったか、あの目。

 既に、こちらの攻撃を見切り始めている。


 咄嗟に今の一撃をガードしたのがその証拠。


 小さく息を吐き――そして、少しだけ手加減を除いて大地を駆けた。


 恐らく、その男には【消えた】ように見えただろう。

 奴は大きく目を見開いて……そして、我が移動した先、自身の背後へと視線を向ける。


 ……ったく、本当に厄介な眼だよ。


 そう思いながら、その背中へと回し蹴りを叩き込む。

 背骨が軋み、砕ける。

 と同時にその体は吹き飛んでゆき、たまたま近くにいた毒提灯がその体を受け止める。


『お、王よ……これ以上は』

『手出し無用と聞こえなかったか。なんなら、我はその男がここで燃え尽きたとて良い。そう考えているぞ』


 無論、手加減ならしている。

 我が普通に攻撃すれば、それこそ簡単に()()()()()

 別段、本気でなくとも、だ。

 故に、矮小な人間……それも、自分を生み出したかもしれない自分自身を攻撃することには、細心極まる注意を払っていた。


 それでも、男にとって、未だかつて感じたことの無い攻撃のはずだ。



 それこそ、一撃で終わっても不思議じゃないほどの。



 我の拳を受け、男は大量の血を吐き出す。

 視線を移動させれば、ボイドが数多保有する能力の一つ【治癒】をあの男へと向けており、それを見て僕は小さく息を吐く。


 ったく、手出しは無用だと言ったはずだが。

 どれだけ生きてきたかも分からぬ今世。

 この番人たちが、僕の命令に背いたのは初めてのことだよ。


 お前には……それだけの『なにか』があるんだろうね。灰村解。


『立て。余力ならあるはずだ。それでも立たぬと言うのであれば……ここで死ね。我が拳に砕け散れ。貴様は、他者を守って死ぬ誉れにすら値しない』

「こ、この……!」


 男は、身体中に力を込めて立ち上がる。

 きっと、彼をつき動かしているのは自分自身に対する憎悪だけ。

 常軌を逸した嫌悪感。

 それだけが、彼を彼足らしめるモノ。


 そう、最初は思っていた。


 男は、体にムチを打ち立ち上がる。

 その姿に、僕は思わず笑ってしまう。



 あぁ、これでこそ。


 ()()を創った創造主。

 常軌を逸した努力の人、【灰村解】だ。




 ☆☆☆




 始まりはもう覚えていない。


 気がつけば、こんな場所に座ってた。


 いつから自分が存在していたのか。

 解然の闇なんて存在があったのか。

 無数の配下はいつ生み出されたのか。


 そんなことは、何も覚えていなかった。

 ただ、理解していたのは『ノート10冊分の設定』だけだった。

 自分は『未解の王にして純然たる深淵の闇』、通称・解然の闇であること。

 無数の配下を率いていること。

 ぶっちゃけ負ける未来が想像出来ないレベルの反則チートだということ。

 というか、即死に強奪は通常装備、その気になれば即興で時間遡行、時間停止なんて能力も発動できる気がする。


 おそらく、()()()使()()()()()()()()()

 そして同じく、()()()()()()()()


 そう理解した瞬間、もはや笑う他なかったのを覚えている。

 間違いない、自分を考えた奴は馬鹿だ。

 敗北を一切視野に入れずに設計しやがった。


『王よ、少々この場も手狭になってきました。深淵を拡張しても宜しいでしょうか』


 そんなことを考えていると、深淵竜の奴がそんなことを言ってきた。

 改めて周囲を見てみる。

 半径1キロ前後のドーム状の深淵で。

 なんだか、日に日に増えていく魔物たち。


 おそらく、僕らを創造したやつがこうしている今も妄想を膨らせているのだろう。

 そう考えるとイラッとした。

 ので、怒りを物理方面に向けることにした。


『あ、うん。それじゃあ……今壊すな』

『えっ』


 驚く深淵竜と。

 僕は、頭上に向けて……かるーく、デコピンした。



 ――その瞬間、深淵に先の見えない穴が空いた。



 凄まじい衝撃に、配下のほとんどが死んで消滅する。

 辛うじて生き延びた深淵竜も完全に腰を抜かしており、かく言う僕も、目の前の光景に空笑いしか出てこなかった。


『お、おおお、おっ、お、王よ……!』

『お、おおお、おっおい、み、見ろよ……いい感じに洞窟っぽいのが出来たぜ?』


 もはや、僕は理解した。


 即死に強奪、時間操作。

 加えて不死に因果律操作、死者蘇生など、使おうと思って使えぬ力は一切なく。

 かと言って非力かと聞かれれば……この始末と答えよう。



 控えめに言って、僕はあまりに最強過ぎた。



 それは、僕に自我が芽生えて比較的すぐに理解した、絶対的事実であった。




 ☆☆☆




 自我が芽生えて、しばらく経って。

 僕は初めて、創造主というものに出会った。


 なんというか。

 驚いたが、創造主は死んだようだった。


 えっ、嘘でしょ。

 僕みたいな規格外の反則を創り出すような輩だろ? そう簡単に死んでいいわけねぇだろ。


 それに、創造主としての記憶も、また僕の中には存在している。

 危ないことに関して、危機感知能力は高かったように思えるけれど。


 それでも……死んだというのか。


 なんとも言えない感情を覚えながらも、僕は奴の夢の中に登場した。

 とりあえず、10冊の設定集から想像したような『解然の闇』キャラを創り、思いっきり偉そうな口調をして登場する。


 が、僕もまた気がついたら殺されていた。


 ファッツ?

 えっ、なんで殺されてんの僕。


 でもまぁ、あれだ。

 こういうのは精神世界的なあれだから、この世界で殺されても蘇るアレだろ。

 というか、僕、不死の力も使えるから死なないはずだし。



 ……そう考えてたんだけど、普通に死んだ。



 創造主に殺された。

 なんて理不尽。

 なんという不条理。

 僕はその男を、ふざけた男だと思った。


 勝手に深淵に攻め込んでくるし。

 知らない奴らを勝手に深淵に招待するし。


 極めつけは……この間の出来事。



 この男は、敵をこの深淵最下層へと呼び出した。



 頭がとち狂ったのではないかと思った。

 だが、その男の置かされていた現状を理解して……僕は、その判断に対してさらなる困惑を覚えてしまった。


 おそらく、男は『自分ではその敵に敵わない』と判断したのだろう。


 だから、道連れにした。

 深淵竜の奴に殺させるため。

 自分の命諸共殺すため、この場所へと転移した。


 それは、自分の命を投げ打つようなもの。

 たったひとつしかない大切な【生】を捨てるということ。


 それは、どれほどの恐怖か。

 それを迷いなく実行できるこの男。

 その胆力はいかほどか。

 ……想像しただけで恐ろしい。



 この男は、頭がだいぶイカれてる。



 そう理解した瞬間だった。

 ドアを突き破り、その男が吹き飛んできたのは。


 まるで死に体。

 生きているのか、死んでいるのか。

 ひと目で区別もつかなかった。


 それでも男は生きていた。

 強運と呼ぶべきか。

 あのボイドにしては『丁寧に』運んできたと言うべきか。元々この男の体に貼ってあった【全反射】の異能が強力だったのか。


 少なくとも、この男はこの場で死ぬ運命にはない。


 そう理解した瞬間、僕は話しかけていた。

 僕の声を聞いた瞬間、その目に凄まじい嫌悪感が宿ったのを理解した。


 さて、今日はどんな憎悪が飛び出してくるのか。


 あるいは、あの侵入者を排除するために僕の力を借りようとするかもしれない。

 ……いいや、ここまでたどり着いたんだ。

 なにか、僕に力を要求する気か。


 様々な想像を膨らませる僕に対して。


 その男は、開口一番にこう言った。




「……間違っても、僕に力を与えるな」




 自分の弱さを思い知ったであろうに。

 強くなりたいと、心底願っているであろうに。


 それでも、なお。


 弱者の口から飛び出した言葉に。

 僕は、心底驚いたのを……今でも覚えている。

解然の闇は、かく語る。


自分自身には、甘えられない。

かつて、そう告げた一人の男。

自分に一切を求めなかった、ただの弱者。


その男は、以前よりも強くなった。

力を失い、なおもここまで辿り着いた。

その事実に賞賛すると同時に……。


今では、その男の姿に猛烈な怒りを感じている。



次回【灰村解④】

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