泥のように眠った。
どこまでも沈んでゆく。
失意と絶望の最果てで。
僕は、自分の弱さに涙した。
なんで……なんで僕は。
こんなにも、弱いんだ。
【使用者を確認。これより試練を開始します】
目を開く。
そこは、暗く静かな場所だった。
壁際には青く燃える松明が並べられている。
「王よ」
声に振り返れば、そこには黒髪の女が跪いていた。
よく見れば彼女は死装束を身にまとっており、その片手には短刀が握られている。
……もう、なんだかそれだけで大体察しはついたけど。
僕はため息ひとつ、彼女に問うた。
「で、何してる、ボイド」
「はっ! 王の危機に駆けつけること叶わず……己が不甲斐なさに、この腹かっ捌いて自害し! 我が忠誠をせめてもの――」
「お前まで爺ちゃんみたいなこと言うなっての」
僕はそう言って、彼女の頭をコツンと拳骨した。
なんなのかな?
最近は自害が流行ってるんですか?
爺ちゃんといい、ボイドといい。
爺ちゃんの息子がうん〇たれになったのはうん〇たれ本人の責任だし。
お前があの時駆けつけられなかったのは、自宅待機を命令した僕の責任だ。
「気にすんな。それよりお前は生きて僕の役に立て。……頼りにしてんだからさ」
「……!! な、なんという寛大な御心……! 感謝致しますッ、我らが王よ!!」
そう叫ぶボイドに苦笑しつつ、僕は彼女から視線を外して周囲を見渡す。
毒提灯に白い甲殻塊、三つ首の番犬に、大鎌担いだ死神まで。
かつての僕が倒したはずの万人が、全員その場に揃っていた。
そして、その中心に佇むのは岩窟の竜。
『……王よ』
「おう、アラガマンド。
いきなり呼び出して、酷使して。
その上、お前の力も十分に使いこなすことが出来なかった。
地竜アラガマンドの力を100パーセント引き出すことが出来ていれば……また、結果は違ったかもしれないのにな。
『……っ、し、しかし……!』
「何も言うな。全部僕が悪かったって話なんだからさ」
戦犯は僕だ。
僕が爺ちゃんとナムダ、二人の足を引っ張った。
何度も懐に入れるチャンスはあった。
拳だって振り抜けた。
にも関わらず、僕は灰燼を倒せなかった。
あの1発で、奴の意識を狩り取れなかった。
僕の――落ち度だ。
「……それで、今回はそれの説教か?」
僕はそう言って、そちらへと視線を向ける。
そこには、一人の男が壁に背を預けて立っていた。
……あの戦いから一晩。
泥のように眠って、目が覚めて。
そうしたらこの空間に呼び出されていた。
少なくとも、僕はこの空間に出入りするトリガーは使っていない。
つまり、何者かが僕をこの場に呼び出した、ってことになる。
そして、僕を深淵に呼ぶことが出来るのは……まぁ、僕だけだよな。
「……相変わらず、臭ぇ服着てんなぁ、
『ちゃんと【厨二病臭い服】と言語化して欲しいものだな。まるで、何日も洗ってない服を着ているみたいではないか』
逆に聞くがお前、この空間に洗濯機なんてあるの?
そう疑問を発そうかとも思ったが、ボイドがシュパッと挙手をした。
「我らが王よ! 御安心を! 王の御召し物に関しては、この不詳ボイドが、毒提灯グレアスの沼(浄化済み)にて、毎晩手洗い、陰干しをしております故!」
『ふむ。本当に助かっているぞ。というか、ボイドが現世について行った時は真面目にどうしようかと思った。洗濯物が溜まる一方になってしまう』
悩みが普通ッ!
お前……仮にも解然の闇だろうが!
洗濯物ひとつで悩むのやめろ!
そしてお前、守護者最強の深淵竜に手洗いさせてんのかよ。自分の洗濯物くらい自分で洗えよ……。
『お前……天下無双のこの我に、まさか洗濯をさせるつもりではあるまいな……?』
そのまさかだよ。
そう言いたくはあったが、なんだろう、この話をしていると限りない彼方まで話が脱線していきそうな気がする。
あぁ、落ち着け、僕。
こいつは僕だ。
いくら解然の闇的な格好をしていても僕。
中身がポンコツなのはこの際全て諦めろ。
なんてったって、中学二年生の僕だからな。
『むむ、いまポンコツと……』
「思ってないよー。で、なんなんだよ、一体。どうしてこんな場所に呼び出した?」
これでも結構忙しいんだが?
学園祭の準備も手伝わなきゃいけないし。
あと、そろそろ冷蔵庫の中身がなくなってきたからな。買い物も行かなくちゃ。
「用がないなら帰るぞ。……本当に、忙しいんだ」
僕はそう言って、上層へと歩き出す。
前回帰った時に使った、転移の魔法陣。
それがまだ残ってるはずだ。別に、コイツにわざわざお願いしなくても現実には帰れる。
そう考えて僕は1歩を踏み出して。
次の瞬間、その男は口にした。
『負けるぞ、お前は』
その言葉に、足が止まる。
振り返れば、ボイドたち守護者はおろおろとしており、壁に背を預けていた男は僕の方へと歩き出した。
『貴様とて我だ、馬鹿ではあるまい。彼我戦力を測り違えているわけではないだろう?』
「……それ、今聞かないといけない話か?」
くだらねぇ話すんじゃねぇよ。
お前のことは嫌いだって言わなかったか?
話していたくねぇんだよ、分かるかな?
僕は男へと向き直り、その目を上から見据える。
「耳が腐ってんのか? 忙しいって言ったよな」
『脳味噌が詰まってないお前に言われたくないな。なぜ、確実に負ける戦いに臨もうとする。確実にお前は負ける。殺される』
その言葉を聞いた瞬間、僕は思った。
あぁ、これは夢なのかもしれない。
心のどこかで、僕はそう考えている。
解然の闇と同じ考え方をしている。
――このまま行けば、僕は万死に殺される。
いいや、そこまでもたどり着かない。
灰燼の侍に粉微塵に切り刻まれて終了だ。
力は得ても強さが伴っていない。
いくら力を失う前に追いつこうとも、所詮はそれまで。灰燼は全盛期の僕よりもずっと強い。それだけの話だ。
殺される、確実に。
そう考えて、僕は大きく息を吐く。
「だから、なんだ?」
『……何を言っている。貴様は死ぬと――』
「だからなんだと言っている」
僕の問いかけに、解然の闇は目を剥いた。
僕の目を見て、配下全員が、頭を垂れる。
それを横目に振り返り、彼は苦笑する。
『……厄介な。風格だけ見れば我以上か』
なにかほざいていたが、僕の考えは変わらない。
殺される? だからって止まれと言うのか?
だとしたらお前は馬鹿だよ。
お前は僕で、僕はお前で。
それなら痛いほど分かってんだろ?
僕の、今の心境なんて。
頼むから……もう、黙ってくれよ。
僕は前を向き、歩き出す。
されと、その足に力は無かった。
フラフラとした足取りで、僕は歩く。
「買い物して……洗濯して、阿久津さんの料理手伝って。明日はまた学校だ。学園祭の手伝いもサボってたからな。……今度こそ、手伝わなきゃ……」
『……ッ! それを思考停止と呼ばずなんと――』
「うるせぇって言ってんだよ!!!」
僕の言葉に、奴は黙った。
僕は声の限り叫ぶ。
頭を抱え、慟哭する。
「どうすりゃいいんだよ……! 分かってんだよ自分の弱さなんて! どんだけ弱いか分かってる!! このまま行けば殺されるのも分かってる!!」
分かってんだよそんなこと!
お前は僕で、僕はお前だ。
お前が僕のことがわかるように……。
僕も、お前の言いたいことくらい分かってる。
僕は、あの二人には敵わない。
僕は振り返る。
前に会った時と比べ、見る影もなくなった僕に、解然の闇は大きく目を見開いた。
「なぁ……僕は、どうすればいいんだ?」
あの時の最善は尽くしたつもりだ。
それでも手は届かなかった。
鮮やか万死の掌の上だった。
何もかもが無駄と理解した。
その上で、万死は僕との対決を望んでる。
きっと、それに嘘偽りは一切ない。
真正面から僕の仲間を皆殺しにして、僕を殺す。
それに勝る僕の絶望なんてないだろうから。
だから、僕はあいつらを巻き込めない。
これは、僕が一人で戦わなきゃいけない闘いだ。
そんなことは分かりきってる。
分かりきってんだよ……最初っから。
「僕がやらなきゃいけない。僕が逃げたら……万死は僕の仲間を全員殺す。それを防ぐためには……僕は、アイツらの前に出向かなきゃいけない」
憎悪はある。
それ以上に死の予感がある。
僕はおそらく、そこで死ぬ。
死んだところで次はある……のかもしれない。
冥府に行くだけだ。
時間はかかるが戻ってこれる。
ただ、僕の仲間全員が『そう』だとは思わない。
輪廻転生の輪から外れられる人間は限られている。
もしも、僕とシオン以外の誰も、輪廻転生から外れることが出来なかったら。
そう考えると……怖くて怖くて堪らない。
なぁ、解然の闇。
僕はどうすればいい。
仲間を頼れば仲間は死ぬかもしれない。
かと言って、僕が単身乗り込めば死しか待っていない。
……だけど、さぁ。
もう、それ以外、選択肢なんてねぇだろ。
僕が死ねば、万死の興味は僕から外れる。
アイツらが危険な目に遭うことは無い。
……言ったろ。僕一人で充分なんだよ。
『……ならば、ボイドを』
「万死はボイドを知っている。どれだけボイドを隠したところで、あいつは察する。察して気配を断ち、影から僕らを殺すだけだ」
そうすれば、もはや手の打ちようも無くなる。
だから、お前らには頼れない。
そう言って、僕は笑った。
「……もう、さ。案がねぇなら引っ込んでろよ。お前みたいなのに、どうこうできるような状況じゃねぇんだよ」
それとも何か?
「……それとも、お前が一人で万死も灰燼もぶっ飛ばしてくれる、っていうのか?」
僕はそう言って、彼を見た。
僕の目を受けて、その男は哀しそうにしていた。
されど、それはこの状況に対するものではなく。
ただ、
『……本当に、見る影もなくなったな、灰村解』
その声が聞こえたのと。
僕の腹が拳で撃ち抜かれたのは、ほぼ同時の事だった。
「が……っ!?」
あまりの一撃に、口から大量の鮮血が溢れる。
僕の体は一直線に吹き飛ばされていくが、焦ったように動きだしたボイドが咄嗟に受け止めてくれた。
「お、王よ! いきなり何を――!」
『ボイド、手出しは無用だ。我は今……なんだろうな、かなり頭に来ているのだ』
口から血を流しながら、僕はその姿を見上げる。
そこには、怒りを満面に浮かべるもう一人の僕がいた。
『【自分にだけは甘えられない】』
その言葉は、かつて僕が言った言葉。
奴は、寸分違わずそう言った。
『かつてそう吠えた男が……なんという体たらく。失望……いいや、その程度の言葉では言い表し切れぬ。我は今、猛烈に怒っている』
その言葉に、僕は思わず言い返す。
「うる、せぇな……! そんなこと言うくらいなら、せめて、現実打破の案でも出してから言いやがれッ!」
必死なって考えて。
夢の中でも思考が止まることは無い。
深く、深く沈みながら。
ずっと、ずっと考えてきた。
いつしか、頭がおかしくなるほどに。
死の恐怖。
それ以上に、大切な人を失う怖さ。
それを一晩中味わった。
そんな僕に。
それでもお前は、そう言うか。
『あぁ、言うともッ!』
それは、即答だった。
『貴様の言葉は否定せぬよ。我らはその打開策が見つけられない。創作物に、作者以上の思考能力は無いからだ』
その言葉に言い返すより、続きの方が早かった。
『その事実が不甲斐ない! 故に、貴様に対して怒る資格などないのだろう! だが、敢えて言わせてもらうぞ創作者ッ!』
男はそう言い、僕を見下ろす。
『この程度で諦めるとは、貴様はそれでも【灰村解】か!』
「………………あ?」
……いま、この程度と言ったか、この男。
僕は腹を押えて立ち上がる。
既にHPは1桁切ってるような状態だが、知らねぇ。今、
「てめぇ、ぶち殺されてぇのか?」
『貴様に負けるほど耄碌はしていない。以前の、我に吠えた貴様ならいざ知らず、今の腑抜けに殺されるほど我は弱くない』
その言葉に、僕は歯を食いしばり、拳を握る。
うるせぇ。
うるせぇ、うるせぇ……うるせぇ!!
いい加減黙れよ!
覚悟は出来てんだよ!
仲間を守って死ぬ!
それくらいの誉れも、許してくれねぇのか!
「創作物が……頭に乗んじゃねぇよ……ッ!」
僕は怒りに拳を固め、大地を蹴る。
もう、僕は僕が、分からなくなっていた。
自分には、多くを救う力なんてない。
誰も彼もなんて守れない。
僕はそんなに、強くなんてない。
なら、せめて。
僕の命は要らないからさ。
せめて、大切な人達くらい守らせてくれよ。
次回【灰村解③】
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。・特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はパソコン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。