殺したい。
あの男を殺したい。
次第に、頭の中はその言葉だけで溢れて行った。
力の欠片を奪われて。
次は無いと脅されて。
劇毒に体を侵されて。
強烈な恐怖に身を震わせて。
それでも、時が経るにつれて怒りが増してゆく。
殺したい、殺したい。
なぜ、自分はこんな目に遭っている。
何故こんなにも苦しんでいる。
どうしてこんな場所にいる。
どうして薄暗い社に身を隠している。
どうして、どうして。
どうしてどうしてどうしてどうして。
どうして。
どうして僕はこんなに苦しんでるのに。
あの男は、今ものうのうと生きていられるんだろうか?
憎い。
殺したいほど憎ましい。
これは憎悪なんて感情とは程遠い。
純然たる嫌悪感。
ただ、殺したいという素直な感情。
――これは、殺意だ。
僕は暗がりの中で立ち上がる。
そうだ、殺そう。
毒に侵されているからなんだというのか。
そんなことは関係ない。
毒の痛みに慣れるまで待つなんてできない。
1年なんて待ってられない。
僕は今、この瞬間に灰村解を殺したい。
思い立ったが吉日で。
僕は目を開き、表舞台へと歩き出す。
さぁ、狂気の幕を切って落とそう。
そうだなぁ、ただ、殺すだけじゃ物足りない。
思う存分、アイツの絶望を見物して。
大切な人を全員殺し尽くして。
その果てに、嘲笑いながらぶっ殺そう。
それが、王級の物の怪。
がしゃどくろ、鮮やか万死の生き甲斐だ。
☆☆☆
爺ちゃんが刺された。
その事実に1番驚いていたのは、爺ちゃん自身でも、ナムダでも……僕でもなかった。
爺ちゃんの胸から刀が落ちる。
カランと音を立てて刀が転がり……そして、その男は限界まで目を見開いて両手を見下ろす。
その体は……震えていた。
「ど、ど……どう、して……! どうして! 拙僧は……ぼ、僕はそんな……! なんで……お、親父!」
灰燼の侍は、涙を流して爺ちゃんに近づく。
その体を、猛速度で移動したナムダが地面へと組み伏せる。
灰燼の侍は、もう体力だって尽きているだろうに。
それでも、胸を刺されてなお、仁王立ちする爺ちゃんから視線を逸らさない。
「お、親父……! なんで! 親父なら、絶対に……!」
……最初から、分かってた。
この男に、爺ちゃんに対する【負の感情】は一切ないということを。
僕らには何度か殺意を向けてきたこの男が、終始、爺ちゃんに対してだけは一切の殺意を向けていなかった。
……今だって、『本気の居合』を使えば両断出来たかもしれないのに……あえてそれをしなかった。
爺ちゃんを殺すつもりが、全く無かったから。
それは何故か。
このふたりが、決して仲の悪い親子じゃないからだ。
……そんなこと、最初から分かってたんだ。
だから、爺ちゃんが『息子を殺さない』ように立ち回った。
爺ちゃんが、サポートに専念するよう動いた。
生意気言ってまで、2人の直接対決を避けた。
すべて、分かっていたんだ。
分かっていたから……あの刹那。
どれだけ本気だったとしても。
この男は、
事実、この反応を見るにそうなのだろう。
この男は、殺意無き全力を放ち――そして、爺ちゃんはそれを完璧に受け流した。
その事実は変わらない。
――ただ、
僕は奥歯が砕けるほどに歯を食いしばる。
視線を移動させると、その姿はすぐに見当たった。
紫色のド派手な髪に。
目に悪い色を連ねた和装は、以前見た時よりもずっと汚れている。
だが、それでも。
毒に侵され、青白くなった顔は。
以前見た時よりもずっと、生き生きとしていた。
「あぁ! やっと会えた! 嬉しいなぁ灰村解!」
その男は、満面の笑みを浮かべてそう言った。
……あぁ、やっぱり。
僕はお前が心底嫌いだ。
顔を見ただけで反吐が出る。
こういう真似を、平然と実行する。
そういうお前が、僕は嫌いだ。
「鮮やか、万死……ィッ!!」
僕は拳を限界まで握りしめ、振りかぶる。
と同時に、僕の【限定憑依】が解除され、僕の体は元の状態へと逆戻り。
「ぐっ……!」
神力が保てず、周囲の【陣】が消失する。
僕は思わず歯を食いしばり……気がついた時には、鮮やか万死は僕のすぐ眼前に立っていた。
「あっれぇー? どうしたのかなぁ、どうしたのかなァ? とっても弱っているように思えるけれど。今ここで捻り潰せるように思えるけれど……。殺してもいいってことなのかなぁ?」
「て、めェ……ッ!!」
神力の切れた体で、僕は奴へと殴りかかる。
されど、その拳は空を切り、目の前から鮮やか万死は消え失せる。
そして、後方から声がした。
「お前もだよ、ナムダ。哀しいなぁ、とても哀しいよ僕は。君ってば、そんなにもすぐ男を変えるような尻軽だったのかい?」
振り返る。
ナムダの目の前に鮮やか万死は立っていた。
「こ、この……ッ!」
不味い……!
ナムダにとって鮮やか万死はトラウマそのもの。
自身を操り、殺戮を繰り返させていた張本人。
僕は咄嗟に動き出すが……僕の心配は、全て杞憂と化した。
【失せるで、外道】
瞬間、拳が振り抜かれる。
それは、見る者全てに【死】を垣間見させる一撃だった。
それを前に、鮮やか万死は回避する。
必要以上に大きく避けて、奴は十数メートル離れたところで息を吐く。
その隙に、僕はナムダへと合流した。
【すまねぇ、カイくん。さっきまでは……手加減せんといかんで、うまく戦えなかっただが……コイツ相手なら、本気で動けるだ】
「……ったく、頼もしいったらありゃしないな」
相手を殺せないというのは、暴走列車にとっては何よりの足枷。通常状態の何割かの力量しか発揮できない。
故に、灰燼との戦いでは僕がメインに戦っていた訳だが――あの暴走列車が、僕より弱いなんてわけないだろう。
「あー、怖っ。次がないってのも困りものだねぇ。さっさとそいつ殺して、完全体に戻りたいわけだけど――」
鮮やか万死はそう言って。
その直後、『きひっ』と狂気の笑みを零した。
「まだまだ足りないよねぇ! お前の絶望する顔が! 憎悪が足りない!」
その言葉に、僕は拳を握りしめる。
爪が肉を裂き、血が溢れるも気にするものか。
シオンを殺し、成志川を傷つけ。
爺ちゃんを殺そうとした、このド畜生が。
僕は大きく息を吐き……そして、背後へと視線を向ける。
爺ちゃんは、まだ生きていた。
血を流しながら、それでも立っていた。
その目は、僕をしかと見つめていた。
「……灰村。熱くなるな、我を忘れれば、負けるのは貴様の方だ」
「……分かってるよ」
心を鎮めろ、冷静に今を見ろ。
今すべきことはなんだ。
この屑をぶっ潰すこと?
……いいや、違う。
今最優先すべきことは、爺ちゃんを救うこと。
僕はナムダへと声を発そうとして。
されど、それを……他でもない爺ちゃんが遮った。
「――今、最優先すべきことは、あの物の怪をここで殺すことだ」
その言葉に、僕も、ナムダも、灰燼でさえも驚き、声を出す。
「それは……」
「だ、ダメだ親父! アンタは……!」
「そうだよねぇ、助けたいよねぇ、大切な肉親だもの」
言いかけた灰燼の肩へと、鮮やか万死は手を置いた。
いつの間に……!
僕が蹴り、ナムダが殴る。
その時にはもうやつの姿はなく、遠く離れた場所に灰燼を連れて立っていた。
「この野郎……!」
「誰だってそうさぁ。お父さんには死んで欲しくない。そうだろう? 口ではなんだと言っていても、認めてもらいたくてしょうがない。父親に認めてもらいたくて、反抗して、本当は褒めてもらいたいのに……」
そう言って。
鮮やか万死は、言っちゃいけない言葉を口にした。
「
その言葉に、灰燼の肩が震え、顔が青白く染まる。
何か反論しかけた爺ちゃんが吐血し、ナムダが怒りに一歩踏み出す。
――その肩を、僕は思い切り掴み、押さえた。
【――ッ!! か、カイく……ッ!?】
怒りを込めて、ナムダは僕を振り返り。
僕の目を見た瞬間、その言葉は消え失せて。
その目に、恐怖が宿った。
「困るよねぇ、お父さんが死んでしまうのは。だから、助けてあげようか。僕が君のお父さんを蘇らせてあげるよ」
「…………ッ!」
灰燼は大きく反応し、顔を上げる。
それを見た万死は気味の悪い笑顔をうかべ。
「だからさぁ、アイツを殺すの手伝っ――」
「――おい」
僕は、奴の言葉に口を挟める。
鮮やか万死は、驚いたように僕を見て。
そして、僕の瞳を見た瞬間、固まった。
「――少し黙れ」
怒りが、完全に沸点を飛び越えた。
証拠はない。
お前が裏で糸を引いた形跡もない。
何をしたのかも分からない。
ただ、確実にお前のせいだという確信はある。
無論、証拠がない以上、何も言わねぇよ。
ただ、お前もう喋るのやめろ。
もしもそれ以上ふざけたことを口にするなら……。
「お前、殺すぞ」
それは、僕が覚えた二度目の殺意。
この男に、最早生きる価値なし。
心の底から【殺すしかない】と理解した。
純然たる、
僕の言葉に、万死は震えた。
ただし、それは殺意ではなく――歓喜によるもの。
「わ、わぁあ! すごい! すごいよ、なんて殺意だ! 目を合しただけで死を覚悟した! あぁ、すごい! 本当にこれ以上喋ろうものなら、
その言葉に、答えはしなかった。
それが何よりの答えだったと思う。
万死は笑い、灰燼へと肩を組む。
「だから、やめるよ。ここで君を殺すのはやめる。下手をすれば噛みつかれそうだからね。代わりに……もっと面白いことを仕組ませてもらうよ」
二人の体が、闇に包まれてゆく。
爺ちゃんが焦ったように立ち上がろうとして、胸の傷に吐血する。
「お、親父――ッ」
それを見た灰燼が声を上げるが。
彼の口を、万死は左手で無理矢理閉ざした。
「――【3日後】にしよう。この街を舞台に、僕らと君らで殺し合おう」
僕は直感する。
それが、僕と鮮やか万死の最後の対峙になるのだと。
鮮やか万死は笑みを深めて。
僕は、殺意を胸に奴を睨む。
「お友達、お仲間、たーくさん用意してきてね? みんな殺して、その首集めてお前の前に差し出して……最強の憎悪と殺意と絶望と、そんな負の感情に晒されながら――お前を殺したいんだからさ」
その言葉に、灰燼が僅かに反応する。
「ぼ、僕は……!」
「黙ってろって。黙って僕にしたがっていろ。君はただの駒でいいんだからサ」
「そ、そんなのって――」
「じゃなきゃ、お前の親父、死んでも治してあげないよ?」
その言葉に、灰燼の抵抗心は完全に飲み込まれた。
彼は、爺ちゃんへと視線を向ける。
爺ちゃんは満身創痍で、彼の姿は灰燼の諦めを加速させることしか出来ない。
「というわけで! こっちのチームはこの侍と、僕が出るよ。ちなみに人数制限はないからね! どしどし参加をお待ちしていマース!」
鮮やか万死はそう言って。
最後に、鋭い瞳でこう言った。
「それじゃ、最後の3日間。せいぜいやり残す事の無いよう過ごすんだね」
かくして、彼らの姿は消えてゆく。
残ったのは、満身創痍の爺ちゃんと、怒りを堪えるナムダ・コルタナ。
僕は大きく息を吐き、爺ちゃんを振り返る。
「……まずは、アンタを治す。……あのクズを見逃したことなら、全部治して、それから全て怒られる。今は動くな」
「……くっ、灰村……。君は――」
爺ちゃんは胸を抑えてそう問うて。
僕は、静かにある方向へと視線を向けた。
……かつて、冥府で。
僕に代わって冥府の王を殺害した男がいた。
そいつはきっと、優しい奴だ。
僕が
だけど……悪いな、霧矢。
お前の優しさ、裏切るよ。
「――アイツを殺す。もうこれは、決定事項だ」
僕は、生まれて初めて他者を殺すよ。
狂気は踊り、殺意が蠢く。
生理的な嫌悪感と。
純粋な殺意とがぶつかり合う。
これは、純然たる殺し合い。
さぁ、陰陽異能大戦の幕を開けよう。
物語は第四章、後半戦へ!
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