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第四章【禁忌の劫略者】
419『鮮やか万死』

 殺したい。

 あの男を殺したい。


 次第に、頭の中はその言葉だけで溢れて行った。

 力の欠片を奪われて。

 次は無いと脅されて。

 劇毒に体を侵されて。

 強烈な恐怖に身を震わせて。


 それでも、時が経るにつれて怒りが増してゆく。


 殺したい、殺したい。

 なぜ、自分はこんな目に遭っている。

 何故こんなにも苦しんでいる。

 どうしてこんな場所にいる。

 どうして薄暗い社に身を隠している。

 どうして、どうして。

 どうしてどうしてどうしてどうして。


 どうして。



 どうして僕はこんなに苦しんでるのに。

 あの男は、今ものうのうと生きていられるんだろうか?



 憎い。

 殺したいほど憎ましい。

 これは憎悪なんて感情とは程遠い。

 純然たる嫌悪感。

 ただ、殺したいという素直な感情。


 ――これは、殺意だ。


 僕は暗がりの中で立ち上がる。

 そうだ、殺そう。

 毒に侵されているからなんだというのか。

 そんなことは関係ない。

 毒の痛みに慣れるまで待つなんてできない。

 1年なんて待ってられない。


 僕は今、この瞬間に灰村解を殺したい。


 思い立ったが吉日で。

 僕は目を開き、表舞台へと歩き出す。



 さぁ、狂気の幕を切って落とそう。



 そうだなぁ、ただ、殺すだけじゃ物足りない。

 思う存分、アイツの絶望を見物して。

 大切な人を全員殺し尽くして。



 その果てに、嘲笑いながらぶっ殺そう。



 それが、王級の物の怪。

 がしゃどくろ、鮮やか万死の生き甲斐だ。




 ☆☆☆




 爺ちゃんが刺された。

 その事実に1番驚いていたのは、爺ちゃん自身でも、ナムダでも……僕でもなかった。


 爺ちゃんの胸から刀が落ちる。

 カランと音を立てて刀が転がり……そして、その男は限界まで目を見開いて両手を見下ろす。


 その体は……震えていた。


「ど、ど……どう、して……! どうして! 拙僧は……ぼ、僕はそんな……! なんで……お、親父!」


 灰燼の侍は、涙を流して爺ちゃんに近づく。

 その体を、猛速度で移動したナムダが地面へと組み伏せる。

 灰燼の侍は、もう体力だって尽きているだろうに。

 それでも、胸を刺されてなお、仁王立ちする爺ちゃんから視線を逸らさない。


「お、親父……! なんで! 親父なら、絶対に……!」


 ……最初から、分かってた。

 この男に、爺ちゃんに対する【負の感情】は一切ないということを。


 僕らには何度か殺意を向けてきたこの男が、終始、爺ちゃんに対してだけは一切の殺意を向けていなかった。

 ……今だって、『本気の居合』を使えば両断出来たかもしれないのに……あえてそれをしなかった。


 爺ちゃんを殺すつもりが、全く無かったから。


 それは何故か。

 このふたりが、決して仲の悪い親子じゃないからだ。


 ……そんなこと、最初から分かってたんだ。

 だから、爺ちゃんが『息子を殺さない』ように立ち回った。

 爺ちゃんが、サポートに専念するよう動いた。

 生意気言ってまで、2人の直接対決を避けた。


 すべて、分かっていたんだ。


 分かっていたから……あの刹那。


 どれだけ本気だったとしても。

 この男は、()()()()()()()()()()()()()()()


 事実、この反応を見るにそうなのだろう。

 この男は、殺意無き全力を放ち――そして、爺ちゃんはそれを完璧に受け流した。


 その事実は変わらない。




 ――ただ、()()()()()()()()()()()()()




 僕は奥歯が砕けるほどに歯を食いしばる。

 視線を移動させると、その姿はすぐに見当たった。


 紫色のド派手な髪に。

 目に悪い色を連ねた和装は、以前見た時よりもずっと汚れている。


 だが、それでも。

 毒に侵され、青白くなった顔は。


 以前見た時よりもずっと、生き生きとしていた。



「あぁ! やっと会えた! 嬉しいなぁ灰村解!」



 その男は、満面の笑みを浮かべてそう言った。

 ……あぁ、やっぱり。

 僕はお前が心底嫌いだ。

 顔を見ただけで反吐が出る。

 こういう真似を、平然と実行する。

 そういうお前が、僕は嫌いだ。



「鮮やか、万死……ィッ!!」



 僕は拳を限界まで握りしめ、振りかぶる。

 と同時に、僕の【限定憑依】が解除され、僕の体は元の状態へと逆戻り。


「ぐっ……!」


 神力が保てず、周囲の【陣】が消失する。

 僕は思わず歯を食いしばり……気がついた時には、鮮やか万死は僕のすぐ眼前に立っていた。


「あっれぇー? どうしたのかなぁ、どうしたのかなァ? とっても弱っているように思えるけれど。今ここで捻り潰せるように思えるけれど……。殺してもいいってことなのかなぁ?」

「て、めェ……ッ!!」


 神力の切れた体で、僕は奴へと殴りかかる。

 されど、その拳は空を切り、目の前から鮮やか万死は消え失せる。


 そして、後方から声がした。


「お前もだよ、ナムダ。哀しいなぁ、とても哀しいよ僕は。君ってば、そんなにもすぐ男を変えるような尻軽だったのかい?」


 振り返る。

 ナムダの目の前に鮮やか万死は立っていた。


「こ、この……ッ!」


 不味い……!

 ナムダにとって鮮やか万死はトラウマそのもの。

 自身を操り、殺戮を繰り返させていた張本人。

 僕は咄嗟に動き出すが……僕の心配は、全て杞憂と化した。



【失せるで、外道】



 瞬間、拳が振り抜かれる。

 それは、見る者全てに【死】を垣間見させる一撃だった。


 それを前に、鮮やか万死は回避する。

 必要以上に大きく避けて、奴は十数メートル離れたところで息を吐く。


 その隙に、僕はナムダへと合流した。


【すまねぇ、カイくん。さっきまでは……手加減せんといかんで、うまく戦えなかっただが……コイツ相手なら、本気で動けるだ】

「……ったく、頼もしいったらありゃしないな」


 相手を殺せないというのは、暴走列車にとっては何よりの足枷。通常状態の何割かの力量しか発揮できない。

 故に、灰燼との戦いでは僕がメインに戦っていた訳だが――あの暴走列車が、僕より弱いなんてわけないだろう。


「あー、怖っ。次がないってのも困りものだねぇ。さっさとそいつ殺して、完全体に戻りたいわけだけど――」


 鮮やか万死はそう言って。

 その直後、『きひっ』と狂気の笑みを零した。



「まだまだ足りないよねぇ! お前の絶望する顔が! 憎悪が足りない!」



 その言葉に、僕は拳を握りしめる。

 爪が肉を裂き、血が溢れるも気にするものか。

 シオンを殺し、成志川を傷つけ。

 爺ちゃんを殺そうとした、このド畜生が。

 僕は大きく息を吐き……そして、背後へと視線を向ける。


 爺ちゃんは、まだ生きていた。

 血を流しながら、それでも立っていた。


 その目は、僕をしかと見つめていた。


「……灰村。熱くなるな、我を忘れれば、負けるのは貴様の方だ」

「……分かってるよ」


 心を鎮めろ、冷静に今を見ろ。

 今すべきことはなんだ。

 この屑をぶっ潰すこと?

 ……いいや、違う。


 今最優先すべきことは、爺ちゃんを救うこと。


 僕はナムダへと声を発そうとして。

 されど、それを……他でもない爺ちゃんが遮った。



「――今、最優先すべきことは、あの物の怪をここで殺すことだ」



 その言葉に、僕も、ナムダも、灰燼でさえも驚き、声を出す。


「それは……」

「だ、ダメだ親父! アンタは……!」



「そうだよねぇ、助けたいよねぇ、大切な肉親だもの」



 言いかけた灰燼の肩へと、鮮やか万死は手を置いた。

 いつの間に……!

 僕が蹴り、ナムダが殴る。

 その時にはもうやつの姿はなく、遠く離れた場所に灰燼を連れて立っていた。


「この野郎……!」

「誰だってそうさぁ。お父さんには死んで欲しくない。そうだろう? 口ではなんだと言っていても、認めてもらいたくてしょうがない。父親に認めてもらいたくて、反抗して、本当は褒めてもらいたいのに……」


 そう言って。

 鮮やか万死は、言っちゃいけない言葉を口にした。



()()()()()()()()()()()()()()()



 その言葉に、灰燼の肩が震え、顔が青白く染まる。

 何か反論しかけた爺ちゃんが吐血し、ナムダが怒りに一歩踏み出す。


 ――その肩を、僕は思い切り掴み、押さえた。


【――ッ!! か、カイく……ッ!?】


 怒りを込めて、ナムダは僕を振り返り。

 僕の目を見た瞬間、その言葉は消え失せて。

 その目に、恐怖が宿った。


「困るよねぇ、お父さんが死んでしまうのは。だから、助けてあげようか。僕が君のお父さんを蘇らせてあげるよ」

「…………ッ!」


 灰燼は大きく反応し、顔を上げる。

 それを見た万死は気味の悪い笑顔をうかべ。


「だからさぁ、アイツを殺すの手伝っ――」



「――おい」



 僕は、奴の言葉に口を挟める。

 鮮やか万死は、驚いたように僕を見て。


 そして、僕の瞳を見た瞬間、固まった。



「――少し黙れ」



 怒りが、完全に沸点を飛び越えた。

 証拠はない。

 お前が裏で糸を引いた形跡もない。

 何をしたのかも分からない。


 ただ、確実にお前のせいだという確信はある。


 無論、証拠がない以上、何も言わねぇよ。


 ただ、お前もう喋るのやめろ。

 もしもそれ以上ふざけたことを口にするなら……。



「お前、殺すぞ」



 それは、僕が覚えた二度目の殺意。


 冥府の王(イミガンダ)に覚えたものと同等か、下手すればそれ以上。

 この男に、最早生きる価値なし。

 心の底から【殺すしかない】と理解した。


 純然たる、()()()()


 僕の言葉に、万死は震えた。

 ただし、それは殺意ではなく――歓喜によるもの。



「わ、わぁあ! すごい! すごいよ、なんて殺意だ! 目を合しただけで死を覚悟した! あぁ、すごい! 本当にこれ以上喋ろうものなら、()()()()()()()()()()()()()()()!」



 その言葉に、答えはしなかった。

 それが何よりの答えだったと思う。


 万死は笑い、灰燼へと肩を組む。



「だから、やめるよ。ここで君を殺すのはやめる。下手をすれば噛みつかれそうだからね。代わりに……もっと面白いことを仕組ませてもらうよ」



 二人の体が、闇に包まれてゆく。

 爺ちゃんが焦ったように立ち上がろうとして、胸の傷に吐血する。


「お、親父――ッ」


 それを見た灰燼が声を上げるが。

 彼の口を、万死は左手で無理矢理閉ざした。



「――【3日後】にしよう。この街を舞台に、僕らと君らで殺し合おう」



 僕は直感する。

 それが、僕と鮮やか万死の最後の対峙になるのだと。


 鮮やか万死は笑みを深めて。

 僕は、殺意を胸に奴を睨む。


「お友達、お仲間、たーくさん用意してきてね? みんな殺して、その首集めてお前の前に差し出して……最強の憎悪と殺意と絶望と、そんな負の感情に晒されながら――お前を殺したいんだからさ」


 その言葉に、灰燼が僅かに反応する。


「ぼ、僕は……!」

「黙ってろって。黙って僕にしたがっていろ。君はただの駒でいいんだからサ」

「そ、そんなのって――」



「じゃなきゃ、お前の親父、死んでも治してあげないよ?」



 その言葉に、灰燼の抵抗心は完全に飲み込まれた。

 彼は、爺ちゃんへと視線を向ける。

 爺ちゃんは満身創痍で、彼の姿は灰燼の諦めを加速させることしか出来ない。


「というわけで! こっちのチームはこの侍と、僕が出るよ。ちなみに人数制限はないからね! どしどし参加をお待ちしていマース!」


 鮮やか万死はそう言って。

 最後に、鋭い瞳でこう言った。




「それじゃ、最後の3日間。せいぜいやり残す事の無いよう過ごすんだね」




 かくして、彼らの姿は消えてゆく。

 残ったのは、満身創痍の爺ちゃんと、怒りを堪えるナムダ・コルタナ。


 僕は大きく息を吐き、爺ちゃんを振り返る。


「……まずは、アンタを治す。……あのクズを見逃したことなら、全部治して、それから全て怒られる。今は動くな」

「……くっ、灰村……。君は――」


 爺ちゃんは胸を抑えてそう問うて。

 僕は、静かにある方向へと視線を向けた。



 ……かつて、冥府で。


 僕に代わって冥府の王を殺害した男がいた。

 そいつはきっと、優しい奴だ。

 僕が()()()()()を決めないように、守ってくれたんだと今になって思う。


 だけど……悪いな、霧矢。

 お前の優しさ、裏切るよ。



「――アイツを殺す。もうこれは、決定事項だ」



 僕は、生まれて初めて他者を殺すよ。


狂気は踊り、殺意が蠢く。

生理的な嫌悪感と。

純粋な殺意とがぶつかり合う。


これは、純然たる殺し合い。

さぁ、陰陽異能大戦の幕を開けよう。



物語は第四章、後半戦へ!

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