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その人に、認めてもらいたかった。

ただ、それだけだった。

誰より強く、気高く、誇り高く。

世界中の誰よりも大好きな父に、認めてもらいたいだけなんだ。

第四章【禁忌の劫略者】
418『リミット・オン』

 限定憑依――リミット・オン。

 目の前に居たアラガマンドは光となって消えてゆき、その光は僕の体へと吸い込まれてゆく。


 瞬間、訪れたのは大きな変化。

 最初に感じたのは、体が一回り大きくなったような錯覚。

 体の中に吸い込まれた光が、体表へと【岩の鎧】となって浮かび上がる。

 全身を包むような硬質感と。

 体の底から湧き上がるような力。


「な、なんでござるか!?」


 変態侍が思わず叫び。

 僕を振り返った爺ちゃんは目を見開く。

 強者二人も、僕すらも驚く変化に。

 されど、一人だけ動じなかった者がいた。



【……カイくん、待ってただよ】



 暴走列車の声が聞こえて。

 僕は、拳を握って笑顔をうかべる。



「――あぁ、待たせたな」



 ある物の怪を倒すため、全てを捨てた。

 全てを捨てても走り続けて、必死になって足掻いてきた。


 その果てに、たどり着いた今。


 体全身を覆い尽くす岩の鎧。

 それを動かす筋肉もまた大きく膨れ上がり、僕の体は以前よりも遥かに大きく変わっていた。



限定憑依(リミット・オン)――【地竜】」



 そう呟いて、大地を蹴る。

 瞬間、僕の体は凄まじい勢いで飛び出してゆき、それを見た変態侍は咄嗟に刀へと手を添える。

 だが。


「【気配移動】」


 眼前で、僕は僕の気配を『奴の背後』へと飛ばした。

 目の前の圧迫感が一気に消えて、背後で膨れ上がる膨大な威圧感。

 それを前に、一瞬、変態の動きが硬直する。

 それはほんの、瞬く間。

 彼は後方へと上空の刀を後方へと降り注ぎ、目の前の僕へと斬撃を向ける。


 硬直から動き出すまで、コンマ数秒。

 だけど、それで十分だった。


 ――刀が飛んでこないだけで、良かったんだ。


 腹の底から神力を汲み上げ、喉に溜める。

 ……頼むぜアラガ、力を貸してくれ。

 僕は大きく息を吸い、そして、思い切り叫んだ。



「『GaaaaaaaaaAAAAAAAAAAッッ!!』」



 それは、地竜アラガマンドの【咆哮】だった。

 深淵で痛いほど身に染みた、威力ある咆哮。

 至近距離で、無数の斬撃と咆哮が激突する。

 それは互いに威力をかき消し合い、僕らへと多大な衝撃波を撒き散らす。


「ぐ……ッ!?」


 変態侍は吹き飛ばされてゆき……僕は、両の足で大地を踏みしめ、前を見る。

 今の衝撃に一切動かぬ力の強さ。

 そして、体感した今の速さ。

 僕は改めて拳を握り、理解した。



()()()()()()()()



 ずっと前を歩いていた、忌々しい自分の背中。

 無数のチートを手中に収め、破竹の勢いで成長し続けていた【力を失う前】の、自分自身の大きな背中。


 それをやっと、掴むことが出来た。

 掴んだ背中を手繰り寄せ、その隣へと並び立つ。


 前を見れば、変態侍は目を見開いていた。


「な、なんなんでござるか! さっきから……その力! おかしいでござる! どうして、最初は拙僧よりも弱かったのに――」

「僕の知る最強に言わせれば、戦う最中に強くなる、らしいぜ?」


 彼は言った。

 僕に負ける最大の要因は――()()()()()()()()()()

 そして、なぁ、灰燼の侍。

 お前は一体、どれだけの猶予を与えたか覚えているか?


 僕は拳を強く握ると、男へ向けて構える。


 それを見て、奴もまた刀を構えて僕を見据えた。



「さぁ、そろそろ終わらせようか、灰燼」


「……同感でござる。そろそろ、下半身も寒くなってきたで候!」



 僕の隣に、ナムダと爺ちゃんが並び立つ。

 ちらりと爺ちゃんへと視線を向ければ……先程までとは比べ物にならない集中を感じた。


「灰村。先に言っておくが……あの愚息は本物の天才。まだまだ底は知れないぞ」

「上等。なら、底が知れないまま終わらせてやるさ」


 底が知れない。

 なら、知る前に潰せばいい。

 底の底まで力を引き出させない。

 ありとあらゆる手を使い、速攻で決める。


 既にもう、交わす言葉もなくなった。


 始まりは下らないとは言えど。

 もう、ここまで来たら……お互い後には引けないよな。


 僕は拳を握りしめ、奴は刀の柄を握る。


 そして、無数の斬撃が視界を埋めつくし。


 僕は、両拳を開いて糸を引く。




 ☆☆☆




 最初に理解しておくべきこと。

 それは、あまりこの状態が『長く続かない』ということだ。

 この状態となっても、召喚獣の活動可能時間は引き継がれている。

 地竜アラガマンドの残り召喚時間は……1分弱。

 加えて、今回は僕の神力量も考えなければならない。

 闇の王も要所要所で使わなければならないと考えると……まともに戦えるのは30秒もあるかどうか。


 つまり、何が言いたいかって言うと。


「30秒で、ケリつけてやるよ!」


 僕は大地を蹴り飛ばし、斬撃の中へと突っ込んだ。

 と同時に、老巧蜘蛛で全ての斬撃を逸らして躱す。

 それを見た灰燼は大きく歯を食いしばると、上空へと手をかざす。


「『千却万雷』――ありったけぶっぱなす!!」


 未だかつてない想力の嵐。

 嫌な予感に頭上を見上げれば、今まで100本単位でしか動いていなかった刀が――今回は、その全数、()()()()()()()()()()()()


「ぐ、ぐぐぅっ!」


 血の匂い。

 視線を前方へと向ければ、さすがに全数操作は無茶があるのか、灰燼の鼻から真っ赤な鮮血が流れていた。


 ――こいつも、もう、体力が限界だ。


 そんなことは分かってる。

 暴走列車の拳を受けて、その状態でたたかい続け、先程の衝撃を至近距離から食らったんだ。

 体の弱い杯壊異能者がたっていること自体、奇跡に近い。

 その状態での、これほどまでの異能行使。


 間違いなく、暴発する。


 それが普通に考えた結論だ。

 あまりの無茶に操りきれず、自爆する。

 そうとしか考えられない。


 けれど、気がついた時、僕は拳を構えて走っていた。


 不思議と予感があった。

 それは間違いなく嫌な予感であったろう。


 ――きっとこの男は、成功させる。


 そんな予感があって、僕は駆けた。

 ナムダも爺ちゃんも足を止めることはなく、僕らは揃いも揃って同じ決断に大地を駆けた。



 そして、その予感は見事に的中した。




「降り、注げッ!【千却万雷】ッッ!!」




 そして、即死の雨が降り注ぐ。

 上空から落ちてくる無数の刀。

 それら1本1本が、触れれば即死も有り得る威力。

 そして斬撃ならばまだしも――【刀】そのものは、さしもの僕でも逸らせない。


 その総数は、先ほどまで精いっぱい躱していたモノの……およそ十倍。


 さすがは腐っても爺ちゃんの血統。

 やることがなかなかどうしてイカレてやがる。

 ナムダは上空を見上げて目を見開き、爺ちゃんも苦悩の表情を浮かべている。

 おそらく、これは阿久津さんでなきゃ防げない。


 ……いいや、もう一人だけ居たな。


 こういう異能を、殺すことに長けてる奴が。


 僕は大きく息を吸い。

 そして、死者の異能を借り受ける。



「――【異能者殺し】」



 僕が呟いた、その瞬間。

 ナムダの暴走状態が解除され。

 上空の刀全てが、一瞬にして消え失せた。


「な……!」


 これはもちろんチートだろう。

 だが、あくまでも使えなくする【だけ】の力だ。

 全反射や時間停止みたいな反則能力に比べて消耗は抑えられる。

 が、それにしたってバカみたいな神力消耗。

 体から蒸気が溢れ始めて、僕は思わず歯噛みする。


「ナムダ!」

「……! ああ、行くだ!」


 彼は再び暴走状態へと入り込む。

 最初に30秒と言ったが、あれはやっぱり正しかった。

 根性出して、それでもようやく30秒。

 その後のことは一切気にせず、やっとそれだけ。

 だけど。


「――十分ッ!」


 それだけあれば、拳は届く。

 僕は大地を踏みしめると、アスファルトが波打つ。

 それらは津波のように姿を変えて襲い掛かり、咄嗟に刀を【召喚】した変態は居合一閃。アスファルトを細切れに崩壊させる。


「一撃! 一撃でござる! 一撃でも掠れば拙僧の勝ちなのに――!」

「うるせぇ! 力に驕ったお前の負けだ!」


 確かにお前は強いよ。

 今まで戦ってきた中じゃ、万死に匹敵する強さかもしれない。

 だけどな、あくまでもそれだけ。

 戦いに慣れてない。戦術が乏しい。

 ただ強いだけの力だ……それなら、ナムダの方がよっぽど怖かったぜ。


 奴は斬撃を放ち終える。

 と同時に、細切れのアスファルトの中に僕は突っ込んだ。


 体の端々が、残っていた斬撃に抉れる。

 痛みに歯を食いしばりながら、決して脚は止めない。


 前を向いて大地を蹴り飛ばす。

 防御を取っ払い、拳を振りかぶれば。


 もう、すぐそこに男は立っていた。


「な……!」

「らぁあぁあッ!!」


 僕は拳を振るうと、奴は真正面から刀で受けた。

 もう、奴も想力が尽きかけているように視える。

 最初は底の見えなかった想力も、今じゃ随分と薄くなった。


 僕は力任せに拳を振りぬく。

 奴の体は大きく吹き飛ばされてゆき……と同時に、振りぬいた拳へと鋭い痛みが突き抜けた。


「ぐ……っ!?」


 みれば、アラガマンドの甲殻を突き抜けて僕の拳は切り裂かれており、超再生が始まらないところを見るに――おそらく、崩壊させられたのだろうと思う。

 前方へと視線を上げると、灰燼の侍は笑っていた。

 これだけ攻撃を受け、満身創痍で、それでも奴は立っていた。


「強いで、ござるなぁ! 拙僧より弱いものが一人、拙僧と同じくらい強いのが一人! 拙僧より強いのが一人! 嗚呼、なんという悪夢か! 夢なら醒めてほしいでござるなァ!」

「うるせぇ! 町中ぶっ壊したお前の落ち度だ!」


 そう叫び、僕は拳を握り締める。

 さあ、これで最後だ。

 残る余力を費やし、この一撃にすべてをかける。



「【地竜の岩爪(アラガ・マンド)】」



 我が配下の名を冠せし、この一撃。

 耐えられるものなら、耐えてみやがれ。


 僕は歯を食いしばり、大地を駆ける。


 それを前に、灰燼の侍は大きく息を吐き――懐へと手を伸ばす。

 そして、懐から取り出したのは……()()()()()()()()



「――ッ!?」



 そのノートを見た瞬間、心臓が強く脈打った。

 理解してしまったんだ。――それがまぎれもなく、本物であることを。

 表紙に【弐】の文字が記されたそれに、僕は大きく目を見開いて。


 そして、男はそのノートを手に呟いた。



「ただ、夢でも負けたくない。それが男児というもので候」



 瞬間、奴の体中から凄まじい想力が吹き上がる。

 僕の目に飛び込んだのは、腹の底から湧き上がる想力の泉。

 ……そうだ。

 黒歴史ノートは、簡易的な願望器。

 視方を変えれば、膨大な想力の貯蔵庫だ。

 そんなものを手に取れば、想力量なんて一瞬で満タンになる。

 たとえそれが――カラっカラのS級異能力者だとしても。


「――ッ!」


 僕は既に、拳を振り下ろしている。

 それに対し、目の前には刀の柄へと()()()()()()()()()灰燼の侍。


 間違いなく、僕の拳より速く――奴の斬撃が僕を分かつ。


 そう理解した瞬間。

 僕が死を直感した、その直後。



 ……奴の脚から、血の蒸気が噴き出した。



「それは――!」


 知っている、その光景を。

 僕が誰より使っていた、その能力を。


 ――異常稼働(フルドライブ)


 限界を超えた活性を用いることで、肉体が崩壊すると同時に治癒。凄まじい身体能力を会得するという――諸刃の剣。

 僕は大きく目を見開いて。


 男は、思わず苦笑した。



「悪いな。お前より先に――強さを示したい男がいる」



 瞬間、僕の前から侍の姿が消える。

 否、僅かに捉えていた、その動きを。


「くそ――ッ!」


 咄嗟に背後を振り返り、拳を振りかぶる。

 そこには、老巧蜘蛛の爺ちゃんへの真っ直ぐに駆ける侍の姿があり、それを前に爺ちゃんは五指の糸を手繰り寄せる。


「やはり――」


 爺ちゃんはそう呟き、侍は叫ぶ。



「行くでござるよ!【千却万雷】ッ!」



 そして、刀が鞘から抜き放たれる。

 初めて見えた、抜刀。


 爺ちゃんは、五指の糸へと膨大な神力を流し、その刀を受け流す。


 ――それは、完璧すぎる防御だった。


 もはや、何の文句も付けられぬ御業。



 それを前に、僕は思わず息を飲み。












「灰村解、みぃーつけたぁ」





 嫌な声が響き渡って。


 僕は、その光景に声にならない悲鳴をあげた。



「あ、あぁ、……あぁぁああああッ!!!」



 完全に受け流したはずの、一撃。


 爺ちゃんが勝ったはずの攻防の、その果てに。




「……がはっ」




 爺ちゃんの胸を、即死の刃が貫いていた。




次回【鮮やか万死】


貫く凶刃。

嫌な予感は現実となり。

そして、物語は急転する。


第四章はここからが本番です。

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