その人に、認めてもらいたかった。
ただ、それだけだった。
誰より強く、気高く、誇り高く。
世界中の誰よりも大好きな父に、認めてもらいたいだけなんだ。
限定憑依――リミット・オン。
目の前に居たアラガマンドは光となって消えてゆき、その光は僕の体へと吸い込まれてゆく。
瞬間、訪れたのは大きな変化。
最初に感じたのは、体が一回り大きくなったような錯覚。
体の中に吸い込まれた光が、体表へと【岩の鎧】となって浮かび上がる。
全身を包むような硬質感と。
体の底から湧き上がるような力。
「な、なんでござるか!?」
変態侍が思わず叫び。
僕を振り返った爺ちゃんは目を見開く。
強者二人も、僕すらも驚く変化に。
されど、一人だけ動じなかった者がいた。
【……カイくん、待ってただよ】
暴走列車の声が聞こえて。
僕は、拳を握って笑顔をうかべる。
「――あぁ、待たせたな」
ある物の怪を倒すため、全てを捨てた。
全てを捨てても走り続けて、必死になって足掻いてきた。
その果てに、たどり着いた今。
体全身を覆い尽くす岩の鎧。
それを動かす筋肉もまた大きく膨れ上がり、僕の体は以前よりも遥かに大きく変わっていた。
「
そう呟いて、大地を蹴る。
瞬間、僕の体は凄まじい勢いで飛び出してゆき、それを見た変態侍は咄嗟に刀へと手を添える。
だが。
「【気配移動】」
眼前で、僕は僕の気配を『奴の背後』へと飛ばした。
目の前の圧迫感が一気に消えて、背後で膨れ上がる膨大な威圧感。
それを前に、一瞬、変態の動きが硬直する。
それはほんの、瞬く間。
彼は後方へと上空の刀を後方へと降り注ぎ、目の前の僕へと斬撃を向ける。
硬直から動き出すまで、コンマ数秒。
だけど、それで十分だった。
――刀が飛んでこないだけで、良かったんだ。
腹の底から神力を汲み上げ、喉に溜める。
……頼むぜアラガ、力を貸してくれ。
僕は大きく息を吸い、そして、思い切り叫んだ。
「『GaaaaaaaaaAAAAAAAAAAッッ!!』」
それは、地竜アラガマンドの【咆哮】だった。
深淵で痛いほど身に染みた、威力ある咆哮。
至近距離で、無数の斬撃と咆哮が激突する。
それは互いに威力をかき消し合い、僕らへと多大な衝撃波を撒き散らす。
「ぐ……ッ!?」
変態侍は吹き飛ばされてゆき……僕は、両の足で大地を踏みしめ、前を見る。
今の衝撃に一切動かぬ力の強さ。
そして、体感した今の速さ。
僕は改めて拳を握り、理解した。
「
ずっと前を歩いていた、忌々しい自分の背中。
無数のチートを手中に収め、破竹の勢いで成長し続けていた【力を失う前】の、自分自身の大きな背中。
それをやっと、掴むことが出来た。
掴んだ背中を手繰り寄せ、その隣へと並び立つ。
前を見れば、変態侍は目を見開いていた。
「な、なんなんでござるか! さっきから……その力! おかしいでござる! どうして、最初は拙僧よりも弱かったのに――」
「僕の知る最強に言わせれば、戦う最中に強くなる、らしいぜ?」
彼は言った。
僕に負ける最大の要因は――
そして、なぁ、灰燼の侍。
お前は一体、どれだけの猶予を与えたか覚えているか?
僕は拳を強く握ると、男へ向けて構える。
それを見て、奴もまた刀を構えて僕を見据えた。
「さぁ、そろそろ終わらせようか、灰燼」
「……同感でござる。そろそろ、下半身も寒くなってきたで候!」
僕の隣に、ナムダと爺ちゃんが並び立つ。
ちらりと爺ちゃんへと視線を向ければ……先程までとは比べ物にならない集中を感じた。
「灰村。先に言っておくが……あの愚息は本物の天才。まだまだ底は知れないぞ」
「上等。なら、底が知れないまま終わらせてやるさ」
底が知れない。
なら、知る前に潰せばいい。
底の底まで力を引き出させない。
ありとあらゆる手を使い、速攻で決める。
既にもう、交わす言葉もなくなった。
始まりは下らないとは言えど。
もう、ここまで来たら……お互い後には引けないよな。
僕は拳を握りしめ、奴は刀の柄を握る。
そして、無数の斬撃が視界を埋めつくし。
僕は、両拳を開いて糸を引く。
☆☆☆
最初に理解しておくべきこと。
それは、あまりこの状態が『長く続かない』ということだ。
この状態となっても、召喚獣の活動可能時間は引き継がれている。
地竜アラガマンドの残り召喚時間は……1分弱。
加えて、今回は僕の神力量も考えなければならない。
闇の王も要所要所で使わなければならないと考えると……まともに戦えるのは30秒もあるかどうか。
つまり、何が言いたいかって言うと。
「30秒で、ケリつけてやるよ!」
僕は大地を蹴り飛ばし、斬撃の中へと突っ込んだ。
と同時に、老巧蜘蛛で全ての斬撃を逸らして躱す。
それを見た灰燼は大きく歯を食いしばると、上空へと手をかざす。
「『千却万雷』――ありったけぶっぱなす!!」
未だかつてない想力の嵐。
嫌な予感に頭上を見上げれば、今まで100本単位でしか動いていなかった刀が――今回は、その全数、
「ぐ、ぐぐぅっ!」
血の匂い。
視線を前方へと向ければ、さすがに全数操作は無茶があるのか、灰燼の鼻から真っ赤な鮮血が流れていた。
――こいつも、もう、体力が限界だ。
そんなことは分かってる。
暴走列車の拳を受けて、その状態でたたかい続け、先程の衝撃を至近距離から食らったんだ。
体の弱い杯壊異能者がたっていること自体、奇跡に近い。
その状態での、これほどまでの異能行使。
間違いなく、暴発する。
それが普通に考えた結論だ。
あまりの無茶に操りきれず、自爆する。
そうとしか考えられない。
けれど、気がついた時、僕は拳を構えて走っていた。
不思議と予感があった。
それは間違いなく嫌な予感であったろう。
――きっとこの男は、成功させる。
そんな予感があって、僕は駆けた。
ナムダも爺ちゃんも足を止めることはなく、僕らは揃いも揃って同じ決断に大地を駆けた。
そして、その予感は見事に的中した。
「降り、注げッ!【千却万雷】ッッ!!」
そして、即死の雨が降り注ぐ。
上空から落ちてくる無数の刀。
それら1本1本が、触れれば即死も有り得る威力。
そして斬撃ならばまだしも――【刀】そのものは、さしもの僕でも逸らせない。
その総数は、先ほどまで精いっぱい躱していたモノの……およそ十倍。
さすがは腐っても爺ちゃんの血統。
やることがなかなかどうしてイカレてやがる。
ナムダは上空を見上げて目を見開き、爺ちゃんも苦悩の表情を浮かべている。
おそらく、これは阿久津さんでなきゃ防げない。
……いいや、もう一人だけ居たな。
こういう異能を、殺すことに長けてる奴が。
僕は大きく息を吸い。
そして、死者の異能を借り受ける。
「――【異能者殺し】」
僕が呟いた、その瞬間。
ナムダの暴走状態が解除され。
上空の刀全てが、一瞬にして消え失せた。
「な……!」
これはもちろんチートだろう。
だが、あくまでも使えなくする【だけ】の力だ。
全反射や時間停止みたいな反則能力に比べて消耗は抑えられる。
が、それにしたってバカみたいな神力消耗。
体から蒸気が溢れ始めて、僕は思わず歯噛みする。
「ナムダ!」
「……! ああ、行くだ!」
彼は再び暴走状態へと入り込む。
最初に30秒と言ったが、あれはやっぱり正しかった。
根性出して、それでもようやく30秒。
その後のことは一切気にせず、やっとそれだけ。
だけど。
「――十分ッ!」
それだけあれば、拳は届く。
僕は大地を踏みしめると、アスファルトが波打つ。
それらは津波のように姿を変えて襲い掛かり、咄嗟に刀を【召喚】した変態は居合一閃。アスファルトを細切れに崩壊させる。
「一撃! 一撃でござる! 一撃でも掠れば拙僧の勝ちなのに――!」
「うるせぇ! 力に驕ったお前の負けだ!」
確かにお前は強いよ。
今まで戦ってきた中じゃ、万死に匹敵する強さかもしれない。
だけどな、あくまでもそれだけ。
戦いに慣れてない。戦術が乏しい。
ただ強いだけの力だ……それなら、ナムダの方がよっぽど怖かったぜ。
奴は斬撃を放ち終える。
と同時に、細切れのアスファルトの中に僕は突っ込んだ。
体の端々が、残っていた斬撃に抉れる。
痛みに歯を食いしばりながら、決して脚は止めない。
前を向いて大地を蹴り飛ばす。
防御を取っ払い、拳を振りかぶれば。
もう、すぐそこに男は立っていた。
「な……!」
「らぁあぁあッ!!」
僕は拳を振るうと、奴は真正面から刀で受けた。
もう、奴も想力が尽きかけているように視える。
最初は底の見えなかった想力も、今じゃ随分と薄くなった。
僕は力任せに拳を振りぬく。
奴の体は大きく吹き飛ばされてゆき……と同時に、振りぬいた拳へと鋭い痛みが突き抜けた。
「ぐ……っ!?」
みれば、アラガマンドの甲殻を突き抜けて僕の拳は切り裂かれており、超再生が始まらないところを見るに――おそらく、崩壊させられたのだろうと思う。
前方へと視線を上げると、灰燼の侍は笑っていた。
これだけ攻撃を受け、満身創痍で、それでも奴は立っていた。
「強いで、ござるなぁ! 拙僧より弱いものが一人、拙僧と同じくらい強いのが一人! 拙僧より強いのが一人! 嗚呼、なんという悪夢か! 夢なら醒めてほしいでござるなァ!」
「うるせぇ! 町中ぶっ壊したお前の落ち度だ!」
そう叫び、僕は拳を握り締める。
さあ、これで最後だ。
残る余力を費やし、この一撃にすべてをかける。
「【
我が配下の名を冠せし、この一撃。
耐えられるものなら、耐えてみやがれ。
僕は歯を食いしばり、大地を駆ける。
それを前に、灰燼の侍は大きく息を吐き――懐へと手を伸ばす。
そして、懐から取り出したのは……
「――ッ!?」
そのノートを見た瞬間、心臓が強く脈打った。
理解してしまったんだ。――それがまぎれもなく、本物であることを。
表紙に【弐】の文字が記されたそれに、僕は大きく目を見開いて。
そして、男はそのノートを手に呟いた。
「ただ、夢でも負けたくない。それが男児というもので候」
瞬間、奴の体中から凄まじい想力が吹き上がる。
僕の目に飛び込んだのは、腹の底から湧き上がる想力の泉。
……そうだ。
黒歴史ノートは、簡易的な願望器。
視方を変えれば、膨大な想力の貯蔵庫だ。
そんなものを手に取れば、想力量なんて一瞬で満タンになる。
たとえそれが――カラっカラのS級異能力者だとしても。
「――ッ!」
僕は既に、拳を振り下ろしている。
それに対し、目の前には刀の柄へと
間違いなく、僕の拳より速く――奴の斬撃が僕を分かつ。
そう理解した瞬間。
僕が死を直感した、その直後。
……奴の脚から、血の蒸気が噴き出した。
「それは――!」
知っている、その光景を。
僕が誰より使っていた、その能力を。
――
限界を超えた活性を用いることで、肉体が崩壊すると同時に治癒。凄まじい身体能力を会得するという――諸刃の剣。
僕は大きく目を見開いて。
男は、思わず苦笑した。
「悪いな。お前より先に――強さを示したい男がいる」
瞬間、僕の前から侍の姿が消える。
否、僅かに捉えていた、その動きを。
「くそ――ッ!」
咄嗟に背後を振り返り、拳を振りかぶる。
そこには、老巧蜘蛛の爺ちゃんへの真っ直ぐに駆ける侍の姿があり、それを前に爺ちゃんは五指の糸を手繰り寄せる。
「やはり――」
爺ちゃんはそう呟き、侍は叫ぶ。
「行くでござるよ!【千却万雷】ッ!」
そして、刀が鞘から抜き放たれる。
初めて見えた、抜刀。
爺ちゃんは、五指の糸へと膨大な神力を流し、その刀を受け流す。
――それは、完璧すぎる防御だった。
もはや、何の文句も付けられぬ御業。
それを前に、僕は思わず息を飲み。
「灰村解、みぃーつけたぁ」
嫌な声が響き渡って。
僕は、その光景に声にならない悲鳴をあげた。
「あ、あぁ、……あぁぁああああッ!!!」
完全に受け流したはずの、一撃。
爺ちゃんが勝ったはずの攻防の、その果てに。
「……がはっ」
爺ちゃんの胸を、即死の刃が貫いていた。
次回【鮮やか万死】
貫く凶刃。
嫌な予感は現実となり。
そして、物語は急転する。
第四章はここからが本番です。
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