挿絵表示切替ボタン

配色








行間

文字サイズ

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
106/170

この作品の代名詞。

キャラクターの語りが始まります。

第四章【禁忌の劫略者】
416『老骨』

 もはや、私は永くない。

 そう気がついたのは、いつだったろう。


 少なくとも、ここ一年以内だったと思う。

 ある日、胸になにかつっかえた様な感覚があって。

 咳をして、掌にこべりつく真っ赤な鮮血を見た瞬間が、私がソレに理解した瞬間だった。


 あと、どれほど生きていられるのか。


 そう考えると、無性に残念に思えた。


 他者と比べ、多くの時を生きてきた。

 100を超えてからは、もう、自分の歳とて数えた覚えがない。

 数え切れないほどの経験をして、多くの人と触れ合って、恋もして。

 それと同じだけ別れを経験して。


 私はもう、やり残した事など無いと考えていた。


 ()()()()()のだ。

 だが、こうして自分の死を間際にして。

 やり残したことが、星の数ほど頭に浮かんだ。


 さすがに、これは無理だろう。

 すぐに分かった。

 だからこそ、私はその中で最も『自分がやりたいこと』を考えた。



 それは――胸を張って誇れる【弟子】を育てること。



 既に、二人の息子は自立している。

 うち一人は、その才能故に多くのものを望みすぎたのか……今は家出し、どこにいるかも分からない。

 だが、もう一人の息子は私の営む学舎にて教鞭を振るう教師となった。

 その娘もまた驚異的な才能を持っている。

 もはや、私が追い抜かされるのも時間の問題であろう。


 だが。


 私は考えてしまった。

 それは天才であれど、怪物ではない。

 いくら神童と呼ばれようとも、あくまでも人間。常識の範疇からは、どうしても出られない。


 ……私は、見てみたいのだ。


 怪物と揶揄されるほどの、才能の塊を。

 人智も常識も超えた怪物を。

 そんな怪物が、私を超えてその先へと進むのを。



 この手で育てる必要も無いほどの、傑物を。



 私は願った。

 そして、その願いは呆気なく叶うことになった。



 さて、我が弟子よ。

 才能の塊よ。


 この老骨。

 老い先短いこの人生。


 残る命は、全て君に預けようか。





 ☆☆☆




 大地を駆ける。

 力いっぱい踏みしめて、蹴り出して。

 僕の居た場所が、直後には消滅してゆく。


 上空には、数えるのも億劫になる程の刀の大軍。下半身がふんどし一丁の侍は、それらを一斉に振り下ろす。

 とはいっても、一度に放たれるのは100発程度。


「召喚に障壁に……拙僧らを囲う白き壁! 分からないでござる、貴様の異能は! 故に、1番の不安要素、最初に潰させてもらうでござる!」


 未知は酷く恐ろしいもの。

 だから、僕だってお前が怖いよ。

 つーか、本当に怖い。

 野糞の恨みだけでここまで粘ってくるお前が怖いよ。一人の人間として。

 そんなことを思いながら、僕は苦笑した。



「なんだ。僕だけを狙ってくれるのか」



 ()()()()()()()


 僕は両の瞳を完全に解放する。

 ――真眼・超過発動。

 これは瞳にかかる負担は大きいが、その分、普段より数割増で力の流れを把握できる。


 上空から降ってくる、無数の刀。

 それを前に、僕は青い瞳を煌めかせる。



「――【軌道計測(ラプラス)】」



 僕の目は、力の流れを把握する。

 そして、過去の力の流れを理解し、未来の光景すら垣間見る。

 それは、とても簡易的な未来予知。


 僕は最低限の動きでそれぞれの刀を回避する。

 回避しきれないモノは横から影の剣を叩き込み、上手い具合に軌道を逸らす。


 目が、肌が、全てが危険な場所を教えてくれる。

 僕はそれに従い、動くだけ。

 放たれた百発余りを無傷で凌いだ僕へ、灰燼の侍は目に見えて歯を食いしばる。


「こ、この……!」

「おい、余所見(よそみ)とは余裕だな」


 僕は彼の横の方へと視線を向ける。

 変態は僕の視線を追ってそちらを向いて。

 次の瞬間、眼前へ迫っていた【大岩】を見て目を見開いた。


 それは、地竜アラガマンドが放った一撃だった。


 ――当たれば即死も十分有り得る。


 その一撃をこの身で経験している僕は思った。

 変態もその威力を察したのか、歯を食いしばって汗を流す。


「……ッ!?」


 咄嗟に、居合一閃。

 無数に放たれた斬撃により、彼の体よりも大きな岩は粉微塵に消失する。


 ――と同時に、その向こう側から暴走列車が姿を見せた。


【GOOOOOOOOOAAAAAAAAAA!!!】


 拳をふりかぶる。

 その姿に灰燼の侍はもう一度刀へと手を伸ばしたが、それよりも暴走列車の拳が先だった。


「が……!?」


 ここに来て、侍は初めて攻撃を受けた。

 そのからだは大きく吹き飛んでゆき、それを見送った暴走列車は……ふと、頭上を見上げてその場を飛び退く。

 次の瞬間、ズダダダッとアスファルトに刀数十本が突き刺さり、暴走列車の立っていた場所は完全に崩壊してしまう。


「はぁっ、はぁ……効くでござるね!」


 視線を向ければ、男は刀を杖にして立ち上がる。

 暴走列車は手加減など(ほとんど)していなかった。殺さぬように……という必要最低限の力加減はあったにせよ、この侍相手に手を抜いていられるほどの余裕は正直ない。


 その腕は変な方向へとへし折れているし。

 口から絶え間なく溢れる鮮血は、体内の異常を報せていた。


「おい、いい加減に諦めろよ……お前、なんて下らねぇ理由で戦ってんだ」


 お前、う〇こ漏らしただけだろが。

 確かにいい大人がう〇こ漏らすとか恥ずかしいと思うけど、だからってお前なぁ、さすがに命を賭けるのはやり過ぎだろう。

 そう考えての発言に。



「黙るでござる! そういうのは1度でいいからう〇こを漏らしてから言うでござる!!」



「…………」

【…………】


 僕らは黙った。

 黙らざるを得なかった。

 そんなこと言われて言葉を続けてしまったら、言外にう〇こを漏らした経験がある、ということになってしまう。


 なんという策士……ッ!

 明らかに変態だが頭はいいようだな!


「……その、なんか、ごめんな」

「…………ッッ!! き、貴様らに分かるでござるか! お腹いっぱい食べて幸せ気分だったところ、突如として襲い来る便意! 幸福から一転、絶望へと叩き落とされた時の拙僧の気持ちが!」

「いや分からないけど」


 即答だった。

 侍の額に青筋が浮かんだ。


「分からないでしょうなァ! 貴様のような悪党に分かってたまるか! 拙僧は……拙僧は何とか堪えていたというのに! 漏らしたくなかったのに! 勢いで家出したからズボンこれしか持ってきてないのに! それを糞尿で汚され、今の今までふんどし一丁で過ごしてきた拙僧の気持ちが分かってたまるかァッ!!!」

【い、いい歳して、家出、だか?】


 ナムダの純粋な疑問に、僕は首を横に振る。


「……止めておけ。奴はもう十分に罰を受けた。これ以上は……ただの死体蹴りになってしまう」

「死んでないでござるよォ!? お前ちょっとカッコイイ台詞言ってる風で罵倒してくるの辞めるでござるよ!?」


 そう叫び、侍はズビシッと僕へ指をさす。

 その手は震えていて、彼は泣きそうな顔をしてこう叫ぶ。


「おっ、お前の、そういう所が気に入らないでござるッッ!」


 それは、子供のような叫び声だった。

 僕もナムダも、一瞬呆れたように顔をゆがめて。




 ――次の瞬間、常軌を逸した【圧】を感じた。




「……ッ!?」


 な、なんだ……この感覚は。

 まるで底なしの沼に足を掴まれたような。

 どこまでも深い死の泉を見てしまったような。


 まるで、命を鷲掴みにされたような感覚。


「もう、良いでござる……ぐすっ。極力、()()()()()()()()()()()()()でござるが、もう堪忍袋の緒が切れたでござるぅ!」


 ……き、聞き間違いか?

 今、殺さないように手加減してた、って?

 いやいやいや、潰すとか何とか言ってた気が……。


『……王よ。これだけ命がけの戦闘で、何故こんなにも軽口を叩き合えるのか。……気になってはいましたが、まさか……』

【……最初からずっと、殺さんよう、手加減されてた、だか?】


 思いっきり頬が引き攣る。

 や、やばい……!

 本当にそうだとしたらシャレにならない! 僕と暴走列車、アラガマンドまで居るんだぞ! それをこいつ……手加減して相手取ってたってことか!?


「ばっ、化け物かよ――!」


 僕が思わずそう叫び。

 そして、奴の手が刀へ伸びた。




「朽ち果てよ――【千却万雷】」




 そして、僕が見たのは無数の【斬撃】。

 今までとは威力も速度も……数も段違い。

 即座に理解した。()()()()()()


 隣を見れば、ナムダとアラガマンド。

 斬撃を見れない二人を庇いながら、この量を凌ぐのは……絶対に無理。


 僕は歯を強く噛み締めて、拳を握る。


 クソ……こうなれば、もう()()()に賭けるしか!

 それは、今まで1度も使ったことのない力。

 というか、アラガマンドを召喚して始めて、頭に浮かんだ新しい力。

 この局面で、全く新しいことに挑戦する。



 ――失敗すれば、全員死ぬ。



 その事実に、少しだけ足が竦んだ。

 だけど、そんな硬直は僅かな一瞬。


「アラガ!」

『……ッ』


 僕は叫び、アラガマンドへと手を伸ばす。


 覚悟を決めろ!

 失敗したら全員死ぬ?

 だからなんだ。

 そもそも出来なきゃ、全員死ぬ!


 前を向け。

 必死こいて足掻いて掴め。

 そのための才能だ!


 アラガマンドは、何も知らない。

 それでも咄嗟に反応し、僕の手へと爪を伸ばす。




 ――だが。




「とっ、届かな――」



 僕の手がアラガに届くより。

 眼前へと迫る斬撃の方が、少しだけ速かった。


 あの一瞬、わずかな硬直。

 それは、瞬きよりも小さな無駄だ。



 されど、その【無駄】が明暗を分けた。




 斬撃が、眼球へと迫る。

 回避も防御も、もう不可能。


 明確すぎる――【死】。


 それを前に、僕は限界まで目を見開いて。






「――【()()()()】」




 聞き覚えのある声と。

 眼前で、()()()()()()()()()()()


 その光景に、僕は思わず目を見開く。

 ナムダとアラガマンドは、何が起きたのかも分からずに固まっており……灰燼の侍は、忌々しそうに歯を食いしばる。



「次から次へと……! 今度は、お前か!」


「……全く、()()()()とは貴様のことだな」



 足音が聞こえる。

 その方向へと視線を向ける。

 そこには、1人の老人が立っていた。


 全身をスーツに包み。

 白髪をオールバックにまとめた、その老年。


 その人物は僕らを見て、五指の糸を操った。


「我が弟子よ。この男……言いたくはないが、私の血縁でな」

「えっ」


 思わず硬直する僕。

 気がつけば、僕らは爺ちゃんの糸に縛られ、陣の壁際へと引きずられていた。

 その糸は……あまりにも乱暴で。

 驚いて見た先で、爺ちゃんは見たこともないほど【怒り狂っていた】。


「――不甲斐ない。我が息子よ。何たる無様……その首此処で斬り落とし、この腹かっ捌いて自害する。そうでなければ示しがつかぬ」

「……ッ!? い、いきなり出てきて何を……!」


 変態侍は思わず叫ぶが。

 爺ちゃんの【怒気】を前に、長くは続かない。


「己が失態を棚に上げ、その責を他者に塗っては暴れ狂い……貴様の行動で、一体どれだけの哀しみが溢れた」


 爺ちゃんは、ド正論を武器に奴を睨む。

 その圧は、変態侍の比ではなく。

 初めて見た【本気の老巧蜘蛛】に、僕もナムダも一歩たりとも動けない。



 ――正しく、別格。



 あまりの強さに声も出ない。

 ……これが、極め抜かれた個の極地。

 思わず喉を鳴らし、爺ちゃんは五指を操る。



「責任とは、時に命で贖うもの。教育者として、貴様に最後の授業をしよう」



 それは、圧倒的なまでの存在感。

 ……だが、しかし。


 僕は、不思議と嫌な予感を覚えていた。



「……爺、ちゃん」



 僕は知っている。

 痛いくらいに知っている。



 アンタは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()




【老巧蜘蛛】

本名、九法院善治。

陰陽師の世界における生ける伝説。

本人の特異性か、あるいは血統か。

人よりも長く(推定150歳前後)生きている。


また、妻は亡く、二人の息子がいる。

一人は陰陽師の学舎にて教鞭を振るい、もう一人はアニメや侍などといったモノに嵌り、陰陽師の修行をボイコット。家出し、コスプレイヤーへの道を歩き出したとのこと。


先日、弟子に『道端で倒れていたう〇こたれ』の話を聞いた瞬間、本能的にそれが自分の血縁であると理解。

弟子がその『う〇こたれ』をあまりにも生き生きと語るもので、思わずイライラしてしまった、と本人は後に語る。

ブックマーク機能を使うには ログインしてください。
いいねで応援
受付停止中
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。
感想を書く
感想フォームを閉じる
― 感想を書く ―

1項目の入力から送信できます。
感想を書く際の禁止事項についてはこちらの記事をご確認ください。

※誤字脱字の報告は誤字報告機能をご利用ください。
誤字報告機能は、本文、または後書き下にございます。
詳しくはこちらの記事をご確認ください。

⇒感想一覧を見る

名前:



▼良い点

▼気になる点

▼一言
X(旧Twitter)・LINEで送る

LINEで送る

+注意+

・特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はパソコン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
▲ページの上部へ