闇の王。
自分の見知った技術を、そのままコピーする力。
もとより、天戒に一切の修行は要らない。
必要なのは神力そのものの修行だけ。
その後は比較的簡単で、ある程度の時間を費やせば、どのような天戒すらも扱えるようになる。
そこから訓練し、修行を積んで、その天戒を実践可能なレベルへと引き上げる。
――その時間を、僕は限りなくゼロにした。
見聞したものを真眼と才能によって見様見真似でコピー。
それを【闇の王】により強化し、習得零秒で実践で用いる。
仕組みとしては、その程度の簡単な力。
されど、誰にも真似できやしない、僕だけの反則武装。
真眼、才能、妄想力に、神力操作能力。
加えて、異能力者灰村解としての、三年以上にわたる経験。
何一つ欠けても成立しない、奇跡の天戒。
そんな奇跡を片手に相対するのは、僕が考える最強の男。
その全身から、蒸気があふれ出す。
それは、最強のイスカンダルが持つ、唯一無二の弱点。
――変身の時間制限。
彼がその限界に達するのは初めて見たが……。
「――おい男。まさか、これでボクが弱体化する、なんて思っていないよな」
たったのひと睨み。
それだけで背筋の底が冷たくなった。
彼を縛っていた糸が、一瞬で弾け飛ぶ。
……世界最強は伊達ではなく、僕が目指した殴り合いの強さはいまだ健在。
あの暴走列車ですら、ついぞ一度も触れなかった物理法則の化け物。
それを前に、僕は笑って両の五指を構える。
「一つ聞くが、マジな質問か?」
「いいや、聞いてみただけぽよ」
そう言いあって、僕らは笑う。
伊達に、長い付き合いじゃないだろう?
お互い、相手が不調だからって手を抜くほど、善人じゃないのは分かり切ってる。
相手が不調で、本気を出せない今だからこそ――徹底的にひねりつぶす。
それが、僕とポンタの関係だろうに。
「ふざけた質問してると調教するぞ、謎生物」
「そちらこそ、出会い頭に土下座するよう躾けてやるぽよ!」
そう叫び、僕らは一斉に走り出す。
ポンタは拳を固め、僕は五指へと力を込める。
僕らの距離は次第に縮まってゆき……そして、僕はありったけの糸を固めて、圧倒的な重量を叩きつける。
「ハァッ!」
こんなもの、爺ちゃんの戦い方とは縁遠いもの。
あの人はこんなことをしなくても強い。
だけど同時に、僕に爺ちゃんと同じ戦い方をしろ、というのも無理な話。
経験が違う。練度が違う。
そもそも大前提として、使用者が違う。
ならば、ここから先は真似をするな。
こっから先は――灰村解の戦いだ。
ポンタは、糸の塊を前に拳を握りしめて。
――次の瞬間、その拳がピタリと止まった。
彼は
「ぐっ……!?」
ポンタは、どこか困惑したように飛ばされてゆく。
僕は糸を全て解いて揺蕩わせる。
糸塊の後ろから現れた僕を見て、ポンタは眉を大きく顰めた。
「お前……!」
「どうしたポンタ。
僕の言葉を受けて、ポンタは歯を食いしばる。
他の誰でもない、僕にしかできない戦い方。
複数の能力を組み合わせ、無数の戦術を組み立てる。
……もとより頭だけは自信があるんだ。
何十手先も読み切って、完膚なきまでに完封する。
僕は右手へと左手を添えると、左手から猛毒が溢れ出す。
それらに汚染された『糸』が紫色へと染まり果て、彼は思わず頬をひきつらせた。
「『毒支配』×『老巧蜘蛛』」
「……冗談キツイぽよ!」
僕は糸を薙ぎ払うと、ポンタはそう叫ぶ。
彼は無数の拳をその場で繰り出すと、空気が爆ぜ、まるで衝撃波のように糸の襲撃を粉砕する。
糸が千切れて、細切れに吹き飛んでゆく。
それらの糸を見て、僕は拳を握りしめる。
「『毒支配・毒霧』」
瞬間、千切れた糸全てから、猛烈な毒霧が溢れ出す。
それを前にポンタは難しい顔をうかべる。
……もとより、征服王に毒が効くとは思っちゃいないさ。
これはあくまで、
「『
それは、零巻で見た習得可能だった技能のうち1つ。
自分の気配を好きな場所へと移動させ。
そして、僕自身の気配を一時的に消す力。
僕は、僕の気配を彼の背後へと移動した。
「――ッ!?」
毒霧の中から、焦ったような声がした。
両眼を見開く。
この目は霧の中でも、しっかりと『ポンタの体』を力の塊として捉えている。
彼は振り返り、全力全開で拳を振りかぶる。
そして僕は、残った神力を全て、ひとつの力へと費やした。
観客席へと視線を向けると、六紗と視線が交差した。
僕の視線を受けて、何かを察したように六紗は目を剥き。
僕は、笑って他人の力を行使する。
「完全模倣――【
そして、世界の時が止まった。
瞬間、迫り来る【以上極まる神力消耗】。
あまりのキツさに目眩がするが、それでも、歯を食いしばって前を向く。
足を踏み出す。
思いっきり大地を蹴って、後ろに飛ばす。
今の身体能力を、フル動員し。
一歩、二歩、三歩と、加速する。
されど、直ぐに僕の神力は尽きた。
ポンタの振り下ろした拳は、毒霧を全てまとめて吹っ飛ばす。
彼はそこに誰もいない事に目を見開いて、僕の方へと振り返る。
その時既に、僕は拳を振り下ろしていた。
振り下ろされる拳は、吸い込まれるようにポンタの頭蓋へと向かってゆく。
その拳を前に、ポンタはただ、限界まで目を見開いて……。
「……ぽよよっ!?」
直撃する――その、瞬間。
ほんの、数ミリ直前で。
ポンタの体が、元の謎生物へと逆戻りした。
「な……!? ふがっ!?」
あまりの事態に、僕の拳は虚空を空振り。
勢いそのまま、顔面から地面へダイブした。
あまりの痛さに呻きつつ、疲労のあまり全く動くこともままならない。
「こ、れが……神力切れか」
初めて痛感する『燃料切れ』。
キッついなぁ! めちゃくちゃキツイ、すごく吐きそう!
僕は仰向けになって苦笑していると、近くから似たような声が聞こえてきた。
「ぽよぽよぽよ……だから嫌だったんだぽよ。あっ、やばいぽよ。口から朝食べたドックフードがまろびでるぽよ。おい男、ちょっとボクの体を横向きにして欲しいぽよ」
「うるせぇ、さっさと吐き散らせ謎生ぶ……うぉっぷ」
僕は吐き気を抑えて口を噤むと、すぐ近くから『ぽろろろろろ……』という妙な吐き声が聞こえてきた。
「ちょ、ちょっとあんたたち……救護班! 今すぐ担架持ってきなさい!」
遠くから六紗の声が聞こえてくる中。
僕は、思わず笑って息を吐く。
「くっそ……こんな引き分け、有りかよ」
灰村解とポンタの戦いは。
互いの神力と想力切れという結末で、幕を閉ざした。
☆☆☆
「あんたら熱くなり過ぎよ!」
その後。
医務室へと運ばれた僕らは、六紗にそんな理不尽な事を言われていた。
ので、僕は当然のように反論した。
「いや、お前が戦えって……」
「た、確かに言ったわよ! だけどあんなに善戦すると思わないじゃない! アンタが一方的に負けるとしか思っちゃいなかったのよ!」
「よし、ぶっころ」
僕は拳を振りかぶると、それを見ていた六紗の護衛、シーラが僕を羽交い締めにした。
「はっ、灰村解! 気持ちは分かる! とても分かるが我慢してくれ! 貴殿は今、かなり深刻な燃料切れ状態だ! 今動けば下手をすれば命に関わるぞ!」
「えっ、そうなの?」
なにそれやばいじゃん。
想力(神力)切れ=死、って。
お前ら、もしかして今までそんな死と隣り合わせで戦ってたわけ? びっくりしたよ新事実過ぎて。
……まぁ、僕は想力が切れる心配がなかったからあれだけどさ。そういうことはもうちょっと先に言って欲しい。
そうこう考えて大人しくしていると、六紗が大袈裟な程のため息を漏らした。
「つーか、アンタなんなのよ? いきなり能力に目覚めて? というか私の力使ってなかった!?」
「えっ? 何言ってんだよ。気のせいだろ?」
「えっ? あ、私の気のせい? …………んなわけないでしょ!? だ、騙されないからね!」
嘘つけ、今一瞬騙されただろ。
やっぱりこいつちょろ過ぎるよ。
「ほんとお前……将来、悪い男に引っかかりそうで心配だよ」
「う、ううう、うるさいわね! 私は悪い男になんて引っかからないわよ! 私が好きなのは…………ぁっ! な、なんでもないわよバカ!」
「理不尽すぎる……」
お前が勝手に自爆してるんだろうが。
いいって、もう隠しきれてないから。
そうは思うが、隠しているつもり満々の六紗を前に何かを言う気も起きず。
僕はポンタを見ると、彼は案の定、自ら虎の尾を踏み潰しに言った。
「いや、優ちゃんが好きなのってこの男ぽy――」
「フンっ!!」
瞬間、六紗の拳がポンタの腹にめり込んだ。
ポンタは声にならない悲鳴をあげ、気絶。
僕は御冥福をお祈りした。
ほらな? 勝っても負けてもお前は死ぬ運命にあったんだよ。それは引き分けでも同じことだ。
ポンタはぴくぴくと痙攣しており、それを見て真っ赤な顔をした六紗は僕を睨みつける。
「な、何も聞いてないわよね!?」
「ん? あぁ、耳糞詰まってて聞こえなかったわ」
そう、僕は難聴系だからね!
昔に流行ったでしょ、難聴系主人公。
あれだよアレ。
だから、ほら。
拳をこっちに向けないで?
なんだ殺意を感じるよ。
おっかないから、ほら。
なんにも聞いてないって。真面目に。
必死に弁明すると、彼女は何とか拳を収めた。
あっ、あっぶねー!
危うくポンタの巻き添いで死ぬところだったわー!
「そ、そう! それは良かったけれど……ちゃんと耳かきしなさいよ? なんなら私がしてあげても……」
「いや、なんか鼓膜破れそうだからいいわ」
「なんでよ!!」
六紗はそう叫び、面白そうにシーラは笑った。
それを見た六紗の怒りがシーラへと向かい、僕は息を吐いて窓の外へと視線を向ける。
……さて、これでスタートライン。
やっと、力を失う前の『背中』が見えた。
あとは追いつき、追い越すだけ。
拳を握れば、僅かながら回復した神力が集まる。
「……もっと、たくさんの異能が見れる場所」
ふと呟いた言葉に、死んだはずのポンタが蘇り、反応を示す。
「……ぽよ。やっぱりお前の能力。コピー系ぽよ? 強奪系と言い……反則ばかり手にする男ぽよ」
「うるせい」
短くそういうと、体を起こしたポンタはこんなことを口にした。
「……もしも、そのコピーが見るだけで完成するものだとしたら。ボク、ちょうどいい【異能見学会】を知ってるぽよ」
「……ホントか?」
僕は思わず反応し。
ポンタは、したり顔をしてこう言った。
「【正統派一武闘会】。正統派の中で一番の異能力者を決める大会が、一ヶ月後に行われるぽよ」
少なくとも、全然したり顔をするような名前ではなかったと思う。
最近、なんだか六紗が可愛い。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。・特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はパソコン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。