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――第三者から見たときに。

自分の過去は、暗くなんてないかもしれない。

自分の過去は、黒いだけのものかもしれない。

大したことが無いように、映るかもしれない。


ただ、自分自身がそれをどう思うかは、きっと別の話だ。

第四章【禁忌の劫略者】
410『闇の王』

 自分は決して強くない。

 元々、そういう考えを僕は持っていた。

 僕は特別なんかじゃない。

 至って平凡な人間であると。

 そう考えていた。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()


 昔、1人の少年が夢を見た。

 夢を現実に垣間見た。


 あれは、何がきっかけだったか。

 寒空の星の下、何かを見たような気もしたけれど、正直なところよく覚えていない。

 僕は何かをきっかけに、自分が特別な存在であるように思い始めていた。


 それは、子供ながらの英雄願望……だったのかもしれない。


 特別になりたい。物語の中の最強になりたい。特別な力を使ってみたい。

 そういう願望が狂い歪んで、いつしか『ああいうもの』に成り果てたのかもしれない。


 そして少年は、その先に地獄を見た。


 自分は特別である。

 そんな理由の付かない自信は、粉々に砕け散った。


 特に自信のあった学力で、大敗を喫した。


 それは、大きな衝撃だったと思う。

 平均以上の力を持っていただけあって、並大抵の勝負事では勝ってきた。

 学力にしても学年3位。

 他と比べりゃ大記録だろう。


 それでも、突き詰めて行った先では。

 何ひとつとして、僕は1番にはなれていなかった。


 その瞬間、僕は自分が何者かに劣っていると自覚した。


 それまで見ていた『自分だけの独りよがりな世界』にヒビが入り、鮮烈に声がしたのをよく覚えている。

 それは、決して大きな声ではないだろう。


 ただ、嘲笑うような声が、いくつもあった。


 ……人は、それをくだらないと笑うだろう。

 暗い過去ではなく、黒い過去だと一蹴するだろう。

 だけどさ。

 人間、どんな出来事が自分の中で大きかったかなんて、その人その人によるんだと思う。

 人によっては、それは大したことの無い過去であっても。

 人によっては、黒歴史足りえるんだ。



 今でもたまに、夢に見る。

 思い出して死にたくなる。


 これが、僕の黒歴史。


 あの日、あの瞬間。

 僕が味わった羞恥こそが、今の僕を作っているんだと思う。



 だから僕は、考えない。



 自分が特別である、等と。

 自分は絶対に負けない、等と。


 自分こそが最強であるなどと、僕は絶対に考えない。




 ☆☆☆




「ハァッ!」


 鋭い一撃が、最短距離を走ってきた。

 咄嗟に後方へと上体を反らせど、ポンタの一撃は僕の顎を捉え、思わず衝撃にたたらをふむ。

 脳が揺れて視界がブレる。

 その中で、ポンタは次弾の拳を固めていた。


「仮に今のが偶然でも。最早、手加減などしまい」


 瞬間、迫り来る無数の拳。

 力の世界で見れば分かった。

 それは連打など、生易しいものでは無い。

 ()()()()()()()()()、10数発の拳が飛んできた。


 まるで、拳がそのまま増えたような。

 あまりの攻撃に、その過半を防ぐことも逸らすことも出来ずに体に受ける。

 ……武の極致とは、正にこの光景を言うのだろう。


 全身から血が溢れ出し、ポンタは一時、拳を止める。

 そして、自身の頬へと視線を向けて、その目を薄く細めて見せた。

 その頬には、一筋の傷跡が刻まれていたから。


「…………男、お前」

「がほっ、げほ……ッ、どう、したポンタ。まだ、立ってるぜ?」


 口から絶え間なく血が溢れる。

 痛いし辛いし、嫌になるけど。

 確かに、こうして戦えば僕に何が足りないのか、よく分かる。


 動体視力についていけるだけの速度がない。

 仮に速度が用意できても、それについていけるだけの肉体強度が足りてない。

 伴って、相手に打ち勝つための筋力量が足りてない。


 なにもかも、足りてない。

 僕は察した。

 こんなにも多くの【不足】。たったひとつの『天戒』でカバーしきるのは、まず無理だと。


 ならば、2つ以上の天戒を取る?

 いいや、だとしても。

 二つ三つで以前と同等の力を得るなど、まず不可能に近いだろう。


 ならばと僕は考え、右の拳を開く。

 五指をゆっくりと広げ、ポンタへと向ける。




「――以前の力に『こだわる』のは、もう辞める」




 元よりそのつもりだったろう?

 なにも、天戒で取り戻せると考え、捨てたわけじゃない。

 相応の覚悟をして、僕は全てをドブに捨てた。

 なら、もうそんなもんにこだわるな。



『そういや爺ちゃん。その……爺ちゃんの天戒とかもさ。どうやって覚えたんだ? なんか、能力に応じて特別な修行方法とかってあったりするのか?』



 ふと、そんな会話を思い出す。


 神力をある程度操作できるようになってきて。

 ふと気になったのは、能力を編み出す時もまた、似たような修行があるのか、ってことだった。


 そして、あるのだとしたら、爺ちゃんはどんな修行をして、その力を手に入れたのか。

 そんな僕の質問に、爺ちゃんは簡潔に答える。


『いいや、そんなものは無い』

『…………ないのか?』


 想定外の言葉に、僕は思わず固まった。

 そんな僕を見て、爺ちゃんが言った言葉。

 それが、今唐突に思い起こされた。


『元来、天戒とは妄想(イメージ)だ。神力さえ修めてしまえば、あとは心の持ちようひとつで、どんな能力をも具現できる』

『……つまり?』



『君だって、私の【力】を使える、という話だよ』



 僕は五指に力を込める。

 ……妄想、イメージする力。

 そんなもん、僕のとっちゃ朝飯前さ。

 想力が妄想力に直結するというのなら。

 僕の妄想力は、紛うことなき最強だ。


 なにせ、黒歴史ノートの生みの親。

 こと『妄想』に関していえば、僕は誰にも負けるつもりは無い。


 指先に力を込めて、一気に具現する。

 イメージは、神力を想力に見立てて、基礎三形の『具現』を発動させるように。

 僕は、記憶の中のその力を、現実へと呼び起こす。




「完全模倣――【()()()()】」




 その時、その瞬間。

 僕の中で、その天戒が完成する。

 溢れ出した神力に、ポンタの足が止まる。

 強く周囲を警戒した彼は、僕の指から伸びる糸を見て顔を顰める。


「これだから嫌だったんだ……。お前は、必ず戦う度に強くなる。それも、信じられない速度で、だ」

「そりゃどうも。そんだけ必死こいてるってこったろうさ」


 そうでもしなきゃ殺されちまうような相手ばっかりなんだよ。残念ながらな。

 それも、今回の相手は飛びっきりでな。

 僕が1番【最強】だと思う奴に、相手してもらってるんだ。


「……最低限。一矢報いなきゃ失礼ってもんだろ」

「一矢報いる……か」


 僕の言葉にポンタは反応したけれど。

 その目は、先程までと一転。

 ()()()()()()()()モノへと変わっていた。



「……お前を相手にした奴の気持ちが、よくわかったよ」



 威圧感が、一気にふくれあがる。

 これこそが、近接最強の征服王、ポンタの本気。

 僕は思わず両手の糸を構えて。

 それと同時に、ポンタは僕へと向けて走り出す。


 ……さすが、僕がされて嫌なことを分かってやがる。

 思わず頬をひきつらせ、全ての糸へと【攻撃性】を付与させる。


 爺ちゃんの天戒【老巧蜘蛛】。

 糸それぞれに攻撃性、防御性、捕縛性等、多くの性質を付与して、ありとあらゆる面から相手を追い詰める嫌な能力。

 それをコピー出来たとはいえ……それはあくまでもコピー。


 ――当然ながら、本物に比べれば大きく劣る。


「フッ!」


 全ての糸を、一気に薙ぐ。

 凄まじい斬撃がその場を削り取り、それを見たポンタは難しい顔をしながら、それでも掠ることなく距離を詰めてくる。


「戦う度に強くなる。戦いの中で、更に強くなって攻撃してくる。……男、お前は本当に嫌な奴だ。清々するほど忌々しい!」


 拳が振るわれ、僕は防御用の糸を束にし、防御する。

 凄まじい衝撃が響き、糸の束にヒビが入る。


「そして同時に、彼らの敗因も理解がついたよ」

「……なに?」


 僕は思わず問いかけて。

 ポンタは、拳で糸束を粉砕した。




「お前に時間を与えすぎた。それが、お前に負けた全員の敗因だ」




 瞬間、目の前からポンタが消える。

 それでも僕の瞳は微かに捉えた。

 その体がその場に残した、僅かな力の『流れ』ってヤツを。


「……ッ!?」


 咄嗟に背後を振り返る。

 そこには一人の男が、僕へと拳を振り下ろしていて。



「だからボクは、お前に時間を与えない」



 その拳を理解したその瞬間には。

 既に、回避は不可能な場所までやってきていた。


 脳裏を過る走馬灯。

 かつての記憶が一気に思い上がってくる中。

 ふと気にとめたのは、深淵での出来事だった。


 技能を選ぶため、ノートを開き。

 ああでもない、こうでもないと頭を悩ませ。

 結果として、黒狼技能を取ってしまった。

 あの時に見た、いくつかの技能。


 その中に――確か、こんな力があった気がする。


 僕は限界まで目を見開いて。

 力の世界で、なにか、自分の中に()()()()()()()()()()()




「――【()()】」




 瞬間、ポンタの拳が『僕を透過した』。

 僕の体は打ち砕かれて、無数の泡へと変化する。

 彼は大きく目を見開いて、後に立っている僕の姿に唖然とした。


「泡沫技能。1度だけ、自分の受けた攻撃を、死を、無かったことにできる技能」


 まぁ、言ってみれば鮮やか万死の【無窮の洛陽】、あれの便利版だな。

 ポンタは拳を握りしめ、僕へと裏拳を叩き込む。

 だけどその姿……その『未来』は、数瞬前に視えてたよ。



「【振動】」



 僕は、奴の横腹へと拳を当てて、技能を使う。

 振動技能。

 指定したものを振動させる力。

 また、相手の体内へと衝撃を流す力。


「が、は……!?」

「擬似発勁、さっきのお返しだ」


 自分の中に、新しい力が生まれては、使う度に消えてゆく。

 真眼で捉えるその光景は、僕が生まれて初めて見知る事態だったと思うけど。


 その傍らに。

 心の芯に、ひとつ、それらとは別に巨大な力が存在していた。


 闇より黒い、深淵の力。

 その力を中心に、無数の力が産まれてくる。


 僕は糸を強く引くと、ポンタの四肢が縛られる。

 いくら糸を強くしようが、ポンタがその気になれば、この程度の糸、容易く引きちぎることが出来るだろう。

 だけどポンタは、攻撃よりも警戒心を優先した。


「お、お前、何故そんなにも、複数の……ッ!」

「……複数? いいや、僕が使ってるのは、たった一つの天戒らしい」


 老巧蜘蛛も、泡沫も、振動も。

 それぞれを天戒として覚えたのではなく。

 僕が見知った技術をそのまま、完全コピーしているだけに過ぎない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ……真似する、っていう考えが、あまり宜しくなかったのかもしれない。

 そのため、元々僕が持っていた力は真似出来ないし、真似だから本家本元には絶対に及ばない。


 それでもあまりある有用性。

 そして、思わず笑っちまうようなチート加減。

 しばし考えていたポンタは……やがて、ひとつの可能性に行き着いたらしい。


「ま、まさか……いや、そんなこと、絶対に不可能だ! 天戒について詳しくないボクでも分かる! そんな反則みたいな力、よっぽど、飛び抜けた才覚でもなければ……!」


 そこまで言って、彼は思わず口を噤んだ。

 悪いな、()()()()()()()()()()()


 自分が特別だと認めるのは嫌だった。

 なんだか、昔に戻った気がするから。

 昔の記憶を思い出してしまうから。

 僕は平凡であると、言い聞かせていた。


 でも、それはあくまで昔の話。

 今は違う。

 この世界に身を置いて。


 もう、特別だなんだと言ってられる次元は過ぎた。


 僕が歩く先に待つのは、いかに反則を押し付け合うかの反則合戦。

 自分の特別性を主張し合うだけの、泥仕合。


 そんな世界に、僕は足を踏み入れたんだ

 もう、過去から目を逸らすだけの僕は居ない。


 ここにいるのは、無能力者に堕ちた灰村解で。

 たった今、反則系異能力者に舞い戻った、陰陽師・灰村解だ。




「天戒【闇の王】。()()()()()()()()()()()()()




 下手をすれば、禁書劫略よりもチートな力。

 それを前に頬を引き攣らせるポンタに対し。

 僕は、五指に力を込めてこう言った。



「悪いな、こっから先は――本気でお前を倒しに行くよ」




な、なんだってぇえええ!?〈作者の心の声〉

作者すら予想だにしない展開が此処に。

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