お 待 た せ し ま し た
アルバス・ダンブルドアは焦っていた。
原因は管理人に伝達された生徒5人の負傷の件、授業中にも関わらず、この生徒達は廊下で大規模な決闘を行い全員が傷を負った。
怪我人の一人が全身打撲、数ヵ所の粉砕骨折による治療の為、聖マンゴ送りになる大事件だ。
「何故じゃ、ヨーテリアや、何故お主が」
その大惨事を引き起こした少女の名を呟き、少女の居る医務室へと急ぐダンブルドア。
これから彼女を校長室へと護送しなくてはならない。
校長はお怒りだ、直々に処罰を言い渡すつもりだ。その前に事情を把握し、言い分を用意せねば下手をすれば退学だ、それだけはダメだ。
医務室の扉を開いて室内を見回すと、ヨーテリアがベッドに寝かされた生徒の横に何をするでもなく、此方に背を向けただ佇んでいた。
見る限り、ギプスを取り替えただけに見えるが。
ーー寝かされている彼、アーガス・フィルチ君じゃな。
ヨーテリアの友人、であるかのう。
寝かされていたフィルチが彼に気付きヨーテリアに声をかけると、彼女はゆっくりとダンブルドアの方を振り向いて、彼を見つめた。
その硝子玉のような目のせいで、感情が読めない。
「ヨーテリアや、校長がお呼びじゃ。
しかし校長室へと参る前に聞かせておくれ。何故、このような事になってしまったのじゃ」
ダンブルドアか彼女の目の前まで近寄り目線を同じになるようかがみ、彼女を見つめる。
彼女はじっとダンブルドアを見つめ返していたが、やがて目を伏せ、ギリと歯軋りしてフィルチの方へと顔を背けてしまった。
「先生、ヨーテのは正当防衛なんだ、本当だぞ。
あいつらが、廊下でヨーテを襲ったんだ」
「本当かね、ミスター・フィルチ君。
すると君の怪我は、一体どうしたのかね」
「怪我人相手に卑怯だって割って入ったら、手酷くやられちまった。ダサいだろ?」
フィルチが目元に手の甲を当て、自虐的にくっくと低く笑い、ヨーテリアは拳を握り締めた。
「なーんも、出来なかった。それどころか俺がやられたせいで、ヨーテがプッツンしたんだ。
ははッ、足手まといなんて物じゃ無いな」
その言葉を聞き、ダンブルドアは合点した。
ヨーテリアがここまでの凶行に出た原因、それは友人を傷つけられた怒りによる物だったのだ。激怒して当たり前だ、しかも襲撃者は相手側と来た。
彼自身義憤に駆られかけたが、それを抑えフィルチの自虐を首を横に振って否定しようとする。
しかし次のフィルチの告白を聞いて身を裂かれる錯覚と共に、言葉を失った。
「ダンブルドア先生。俺、ホグワーツを辞めるよ」
ヨーテリアがぐらり、と揺れ、ダンブルドアはあまりの衝撃に頭が回らなかった。
ホグワーツを辞める、つまり自主退学だ。その考えに至るのに相当の時間を要した。
「ミスター・フィルチ、待っておくれ。どうしてーー」
「ヨーテの足手まといだ。また俺がやられたら今度こそヨーテは相手を殺しちまうよ。
それだけはダメだ。ヨーテは父親とは違う、そんな事はさせちゃいけないんだ」
一度言葉を切り、彼は深くため息をついた後、苦しげに、呻くように呟く。
「それに思い知ったんだ。
やっぱり俺は、魔法を使うことは出来ないんだ」
最後の言葉は震えていた。
彼は泣いているのだ。
押さえた目元からは涙が静かに伝っている。
「魔法が使えるようになりたくて入学した。
スクイブだって魔法は使えるんだってみんなを見返したい一心でここまで来た。
早々折れかけたけどヨーテが立ち直らせてくれた、だから五年間頑張れた、ヨーテには感謝してる。
でも、俺はヨーテに何かしてやれたか? なにもしてないんだよ、俺は!
この五年間、友達の足を引っ張るばっかりで少しも助けてやれてなかったんだ! こんなッ、こんな情けない話があるかよッ!」
声を荒げ、五年間分の本音をぶちまけるフィルチ。
彼は五年間、ずっと悔しくて仕方無かったのだ。
ヨーテリアに助けられ、ずっと一緒に居た。
だのに己は、彼女に助けられるばかりで彼女が他の生徒に差別され、襲われている中何も出来ず、そんな状態の彼女に気遣われ側に置かれず、庇う事すら許されなかった事もある。
そして今回、怪我をしているにも関わらず襲撃を受けたヨーテリアを助けようとしたが、彼女を激昂させただけで何も出来なかった。
それが悔しくて仕方無い、魔法さえ使えれば! そんな思いで、ぐちゃぐちゃに潰れそうだった。
「だから・・・っ、俺はホグワーツを出ます、魔法はもう諦めるよ、俺には無理だ。
ダイアゴン横丁かホグズミードで働きます。
ヨーテも、今までありがとう、就職決まったら・・・ッ、会いに、来てよね」
フィルチは自力で涙を止め無理に微笑み、ヨーテリアは一切表情を変えずただ一言、「ああ」と返事をしてみせた。
ーースクイブであるが故に、か。
ダンブルドアは悲しげにフィルチを見つめた。
スクイブ。魔法を使えない魔法族の落ちこぼれ。
訓練次第で脱却も出来るが、下手をすれば彼らはマグルのような生活を強いられる。
ダンブルドアはそれを憂いて、世論を納得させホグワーツのスクイブ受け入れを実現した。しかしこの件を見て、ダンブルドアは自分の判断を正しいとは思えなくなった。
「酷な話じゃが、君に相談がある。
ホグワーツがスクイブの入学を認めておるのは、君のように意欲ある若者のためにわしが理事会と魔法省を説得したが故じゃ。
理事会は毎年取り止めを要請しているが、わしは若者の可能性を信じたい。
しかし君はどう思う、ミスター・フィルチ」
スクイブであり、五年間ホグワーツで学んだ男。
彼の意ならば、自分はスッパリと判断出来る。
酷であっても、彼に聞かなければならない。
そう思ってダンブルドアはフィルチに尋ねると、彼はしばらく沈黙した後、再び口を開いた。
「スクイブは、魔法を使えないよ。先生」
「・・・ありがとう、ミスター・フィルチ」
ダンブルドアはそれだけ言った後、ヨーテリアを校長室へと連れて行く事にした。
少々抵抗されると覚悟していたが、彼女はフィルチへ別れを告げた後にむしろ進んで校長室へと歩みを進めた。
何を考えているのか、何を感じているのか、それは一切分からない。
しかしだ、彼女を弁護しなくてはならない。それは不動だ。
彼女の扱いは他の子供達とは違う。親が親故に、自分が守らなくては、彼女は・・・。
「ディペット校長、お待たせした」
校長室へと入室し静かに言い放つダンブルドア。
ディペット校長は室内の長椅子に腰掛け、黙って彼ら二人を見つめていた。
「ご苦労じゃ、アルバス。
ミス・グリンデルバルド、お掛けなさい」
ヨーテリアが用意されていた椅子に着席し、ダンブルドアはその側に立ち、校長を見やる。
校長は届けられた手紙や資料に目を通しながら、厳粛にヨーテリアへ語りかけた。
「ガラテアの話では、正当防衛、だそうだね。
普通なら罰則を与えるだけなのじゃが、物事にはやり過ぎという言葉もある。
君と争った生徒は一人聖マンゴ送りじゃ。過剰防衛、勿論知っておるね?」
ディペット校長がヨーテリアに向き直り彼女の反応を待つが、期待できそうにない。
彼女は依然として、無機質な顔のまま、硝子玉のような目で校長を見つめている。
「ディペット校長、それには理由がある。
彼女は友人を傷つけられたからここまでの事を起こしたのじゃ。
その生徒は先程退学する意思を示した。彼女だけの責にするのは、いささか・・・」
「君には闇祓い一人と、吸魂鬼一匹がつく。
次に事を起こせば、アズカバンに送れと魔法省から達しが来ている」
思わずダンブルドアは杖を取りかけた。
この老害が、今なんと言った! ふざけるな! そう言い掛け、必死に抑えようとしたが。
「アーマンドッ! お主ッ、今なんと言った!?」
抑えられなかった、到底無理な話だった。
闇祓い、闇の魔法使いを捕らえる専門家。
吸魂鬼、地上で最も忌まわしい魂を吸う化け物。アズカバンの看守にして極刑執行人。
それらをただの一生徒の監視につけるなどあってはならない、そんな暴挙はありえない。
「そんな決定、認められん、認められんぞ!
理事会も反対する、世論も黙ってはいない! 何よりわしが許さん、許さんぞ!」
「いい加減にしろアルバスッッ!」
激を飛ばすダンブルドアに校長は怒鳴る。
アーマンド・ディペットは滅多に怒る事はない、温厚で思慮深く、情のある人間だ。
そのディペットが、怒鳴ったのだ
「その子が何人生徒を医務室送りにしても何通退学要請が届いて来ても! 君の言い分を聞いて全て黙殺してきた! しかしもう我慢ならん、そうじゃとも!
大体、その子の父親が、今月に入って殺害せしめたのは何人じゃ? 28人じゃ! その中には我が校の生徒の身内もおる!」
「あ奴とこの子は関係ない、そう言った筈じゃ!」
「もうそれも通らんのだよ、アルバス!」
ディペットが一通の手紙を投げて寄越した。聖マンゴ送りになった生徒の親からの物だ。
「良いか、その子は医務室ならまだしも生徒を聖マンゴ送りにしているのじゃ!
つまる所、一歩間違えば死人が出ていた!
アルバス、奴とこの子の何が違う? 人を殺めるような子では無い? ここまでしてどの口で申すのかね!?
被害者は、この子が件の事件の黒幕と言ったが、生憎とわしもそう思えて仕方無い」
ヨーテリアを鋭く睨み付け、冷たくそう言った。
「罰則も勿論与える。校内でも監視員をつける、次に大事を起こせば魔法省に引き渡す。いいね?
寮に戻りなさい、アルバスに話がある」
「そうかよ」
掠れた声でヨーテリアが呟き席を立つ。
ダンブルドアはその時、彼女の目を見てしまった。
硝子玉のような、などと言う生易しい物では無い。硝子玉その物だ! 目が完全に色を失っている。
「ヨーテリアッッ!」
「アルバス、話があると言った筈だぞ」
「アーマンドお主、あの子の状態を・・・」
「ダンブルドア」
校長に食って掛かろうとしたダンブルドアをヨーテリアが静かに呼び止めた。
「余計な事をするな、私は放っておけ。
迷惑なんだよ、どいつもこいつも」
一切感情を感じさせない声色で機械のように言い放つヨーテリア。その言葉にダンブルドアは声を無くしてしまう。
何を言えば良いのだ。どうしてやれば良いのだ。自分に何が出来る? どうすればこの子を救える?
ーーわしは、家族を守れず、友を止められず、挙げ句、友の子を救えもしないのか・・・ッ!
ヨーテリアが校長室を出るのを、彼はただ黙って見送る事しか出来なかった。
トム・リドルは談話室前の廊下で壁に寄りかかり、チラチラと周りを見渡していた。
結局フィルチ共々ヨーテリアは帰って来なかった。
心配などしていない、しかし気にはなる。仮にも自分のお気に入り、手元に無ければどうしようもなく不安になってしまう。
だから彼は無人の廊下で彼女を待つ、柄にもないと自嘲しつつ、だ。
「やっと来たか」
ゆらりと角から現れた女子生徒を見て、リドルは微笑みながら壁を離れた。
「グリンデルバルド、フィルチはどうした?
あいつは無事だった筈なんだが・・・」
そう声を掛けていた途中、リドルは目を見張る。
ヨーテリアの目だ。
何なのだこの目は。死人のそれにしか見えない、無機質な目だ。
この目には見覚えがある、一年の頃に見ている。この女を怖いと思ったあの真っ暗な目だ。
「アーガスなら、退学するらしい」
「は?」
ぼそりと呟かれた一言にリドルは戸惑った。
フィルチが退学? 一体何故だ、何があったのか?
経緯を問おうとしたが、ヨーテリアはふらりとリドルの真横を通りすぎてしまった。
「そうだ、リドル。もう私に関わるなよ」
その一言に彼は雷にうたれたような衝撃を受ける。
関わるな? 一体どういう意味だ、何を意図して・・・。
思わず彼女を呼び止めた。了承出来る筈が無い、自分の所有物が、何を血迷っているというのだ。
「グリンデルバルド、関わるなってなんだ? 一体どうして、何を馬鹿な事を言っている」
「どうして? だって事件解決の英雄様と事件の黒幕が一緒に居たらおかしいだろう?
もう一度言う、二度と私に関わるんじゃない。お前とはもう、これっきりだ」
それだけ言い捨ててヨーテリアは歩いていく。
リドルは焦ると同時に怒りを覚えた。所有物とは、使う事はあるし捨てもするだろう。
しかし自分から離れる所有物なんて無いのだ! だから、自分から離れるんじゃない!
「待てグリンデルバルド、止まれ! 関わるなだと? ふざけるなよ!
貴様は僕の物だ、僕だけの物だ! だから離れるなんて許さん、止まるんだ!
命令なんだぞ!? グリンデルバルド!?」
大声でヨーテリアへ止まるよう命令するが彼女は止まらない、振り向きすらしない。
リドルは怒りを抑えられず、杖を抜いてヨーテリアへと向け、鋭く言い放った。
「決闘だ、グリンデルバルド。お辞儀をしろ」
その一言にヨーテリアが反応し、振り向いた。
「僕が勝ったら僕の側から離れるな。何があっても共に居ろ、いいな?
怪我はハンデにならないぞ、貴様は規格外だ。さあお辞儀をするんだ、貴様が教えたんだぞ」
ヨーテリアはしばらくリドルを見つめていたが、やがて数秒俯いて、錫杖を構え顔を上げた。
「あぁ、そうだともリドル。
格式ある儀式は守らねばならない」
立つのもやっとである筈なのに。
彼女はそう言って腰をゆっくりと曲げながら右足を後ろに下げ、膝を曲げて実に優雅に、リドルに一礼してみせた。
リドルもそれに従い同じように一礼する。そしてヨーテリアが一礼したまま、一言呟いた。
「お辞儀をするのだ、リドル」
その言葉の終わりを合図に、両者は杖を構えた。
「〈エクスペリアームス!〉」
まず動いたのはリドルだった。
呪文によりヨーテリアの錫杖を弾き飛ばそうとする。加減、精度共に完璧な武装解除呪文だった。
「〈ルーデレ〉」
しかし彼女の呪文は、その程度では突破出来ない。
″ルーデレ″ ーー プロテゴの派生。悪く言えば暴発。しかしてこれは彼女の研究成果、独自の魔法だ。
引き起こされた空気の爆発は呪文を弾き返し、リドルへと飛来させ杖を奪おうとする。
しかし彼は杖をもってこれを弾き飛ばしてみせた。
それだけでは終わらない。リドルはあろう事か、今日習ったばかりの無言呪文を放ってきた。
「・・・ッ!?〈ルーデレ!〉〈プロテゴ!〉」
ギリギリ呪文に反応して弾いた後、すぐさまプロテゴを展開。守りを固める。
「〈レダクト!〉無駄だグリンデルバルド!」
リドルの放った呪文が一撃で盾の呪文を粉砕する。
ヨーテリアはギリ、と歯を鳴らした後錫杖を高く掲げ、魔力を集中し始めた。
魔力量は少ないが間違いない、あの呪文だ!
「〈プロテゴ・エンゴージオ!〉」
彼女が錫杖で地面を強く突くと同時に緑の膜が彼女を覆い隠す。
このままではまずい、あれを中断させるのは不可能、巻き込まれれば確実に負ける!
距離を離さなければならない。しかしリドルは、同じように杖を高く掲げた!
「〈プロテゴッ・エンゴージオッ!〉」
なんと彼は、ヨーテリアと全く同じ呪文を詠唱した!
彼の周囲をプロテゴの青い膜が覆い尽くし、ヨーテリアの呪文開放とほぼ同時に彼も呪文を発動。
凄まじい打撃音と共に両者の膨脹した防護膜が激突する!
「・・・リドル!?」
ヨーテリアが驚愕に目を見開き、彼を見る。
防護膜はしばらく拮抗していたが両者共一瞬歪んだかと思えば、巨大なヒビが走りガラスが割れるような音と共に崩壊してしまった。
緑と青の粒子が入り乱れる中、ヨーテリアは自分の研究成果と同じ呪文を発動した男を見て、動揺した様子で棒立ちになっていた。
「驚いたろうグリンデルバルド。
貴様が僕を打ち負かした呪文だ。偉大な魔法だ。
だから必死に研究した、必死に再現した。
なあ、分かるか? グリンデルバルド。
僕は貴様をこんなにも見ているんだ、だから離れるな! 貴様は特別なんだよッ!」
リドルは怒鳴るように言った。
もはや懇願だった。
唯一、自分を打ち負かした憎むべき大事な所有物。
それを手放したくはない、そばに置いておきたい。その一心で最早彼は吼えていた。
ヨーテリアはそんな彼を眺め、一瞬鉄面皮を緩めた後、ゆったりと錫杖を構え呪文を詠唱した。
「〈クーンヌディア 固めろ〉」
「グリンデルバルド、貴様・・・!?」
リドルは反撃しようとしたが、動かなかった。
否、動けなかった。
何かが自分の動きを止めている。とてつもなく硬い何かが、自分を覆って指先に至るまで完全に固定してしまっている。
その質感は、まるで金属の ″盾″ 。
「なんだ、これは、何をしたんだ、貴様っ!?」
「クーンヌディア。プロテゴを相手の周囲に展開し、密着させて完全に拘束する。前に話したよな。
私の勝ちだ、じゃあなリドル」
ヨーテリアが踵を返し、談話室へと向かう。
「待てグリンデルバルド、まだ僕は動ける!
まだ決闘は終わってない! 戻ってこい!」
リドルが呪文から逃れようとしながらヨーテリアを大声で呼び止めようとするが、今度こそ彼女は止まらない、振り向きすらしない。
「グリンッ、デルバルドォォッッ!」
リドルの生まれて初めての絶叫はただ虚しく、廊下に響き渡るばかりだった。