ホグワーツの生徒達を守った英雄、トム・リドル。
事件解決の功績を讃えて特別功労賞を受賞した日、教師陣からも賛美されつつも彼は多忙だった。
ーーああ、どいつもこいつも、邪魔をするな!
彼はある物を作りたいのに、偽物の偉業を褒め倒し何かにつけて彼を呼び止める教師達のせいで作業が一向に進まず、彼は苛立っていた。
彼らが見ている中作業は出来ない、当たり前だ、秘密の部屋を再び開くための特別な日記帳など人前で作っていい代物では無い。
仮に見つかれば非常にまずい事になる、特にダンブルドアだ、あれに嗅ぎ付けられたら人柱は学校にめでたく凱旋、自分はブタ箱行きだ。それだけは避けなくてはならない、絶対に。
だからこそ作業は早急に、隠密に行わなければ。
授業後、図書館の隅に逃げ込み作業を進めた。
保存がきくようにカバーやページ全体に細工を施し全ページに自分の意思を模造した記憶を植え付ける。何十とあるページにそれを全て行うのはいかに優秀な彼であっても、生半可では無かった。
「34ページ・・・まだ、半分か」
ふと、図書館の壁にある時計を見ると、針は予定の時間まで残り数分の地点をさしていた。
リドルはため息をついて、日記を懐にしまう。
これから殺された生徒の親が会合に来る、仇を討った扱いの自分もそれに立ち会わなくては。
ーーあの蛇め、殺しておけば良かった。
全ての原因たる狂った蛇の王を思い浮かべ、苛立ちを抑えきれず、ぎりと歯軋りするリドル。
あの蛇が好き放題してくれたおかげで必死になって探した秘密の部屋は閉じてしまったし、自分は事後処理や隠蔽とスケジュールに追われ、自分で人柱に利用したとは言えど、数少ない素を出せる貴重な友と蜘蛛を手放すはめになった。
今すぐ部屋を開けて殺してやりたい気分であった。
実質今回の自分の利益は不要な特別功労賞に、確固たる物となった多くの教師からの信頼と山のようなスケジュールと作業だけ。
彼からすれば不利益の塊だ、不愉快きわまりない。
「ロジエール、ドロホフ、ご苦労だった」
勉強の邪魔が入ると嫌だ、そういう名目で近場で見張りをさせていた取り巻き達を散らし、図書館を出て会合のため校長室へ向かう。
ーーそういえば、フィルチは奴を見つけただろうか?
血眼になって友人を探していた男を思い浮かべ、リドルはぼんやりとそう思った。
「校長、失礼します」
校長室の扉をノックし扉を開けるリドル、中にはディペット校長と喪服を着た夫婦が居た。恐らくは生徒の両親、ウォーレン夫婦だろう。
「ウォーレンさん方、彼がトム・リドルですじゃ」
「すると、彼がうちの子の・・・?」
ウォーレン婦人がリドルの目をじっと見つめる。
リドルは努めて悲しそうな素振りをしつつしばらく婦人を見つめ返し、目を伏せた。
「娘さんの事は、御悔やみ申し上げます。
もし、僕がもっと早く解決していれば・・・」
「君が悔やむ事は無い、リドル君」
ウォーレン氏がリドルの肩に手を置いて首を横に振り、暗い顔を無理に微笑ませてみせた。
「むしろあのまま誰も事件を解決出来なければ、他にも何人もの子が亡くなっていただろう。君は皆を守り、マートルの仇を討ってくれたんだ。
きっとあの子も君に感謝している筈だよ、本当にありがとう、リドル君」
その言葉を聞いたリドルはウォーレン氏の手を取り厳粛に、深々とお辞儀をしてみせた。
ーー間接的にだが、あれを殺したのは僕なんだがな。
「ウォーレンさん方、わしからも御詫びを。
娘さんを守れず、本当にッ、申し訳無いッ」
ディペット校長が頭を下げ、夫婦に謝罪する。
生徒の襲撃を止められず、挙げ句一人死なせ、その両親が今喪服を着て目の前に居るのだ。立つ瀬が無い、所の話では無い。
「彼が犯人を捕らえてくれなければ、わしらは解決どころか、尻尾すら掴めなかった。わしらが無力なばっかりに、かの子はッ」
「頭を上げてください。私達は断じて校長のせいだなんて思ってはいないんです。悪いのは犯人です、そうですとも。
むしろ然るべき処罰を与えて下さった校長には感謝しているんです」
「ウォーレンさん・・・っ!
申し訳無い、本当に申し訳無いッ」
ウォーレン氏の手を取り、涙ながらに謝罪する校長。
耐えきれなくなったのか、ウォーレン夫婦も涙を静かに流し、ただただ校長の謝罪を聞いていた。
リドルもその場で胸に拳を当て、静かに黙祷する。
ーー犯人が目の前に居るのに、まるで茶番だな。
唯一真相を知る彼は、優等生の仮面の下で目の前の大人達の様相を冷たく嘲笑っていた。
ーーもっと早く解決していれば?笑えるぞ、僕の所有物以外がどうなろうと知った事か。
むしろ、よくもタイミング悪く居てくれたな、おかげで部屋は閉じなきゃならないし所有物を二つ使うハメになったんだぞ。
仇を討った?その仇は目の前だ、馬鹿め!
リドルは内心で散々に彼等を罵倒しながら、表面だけの黙祷を数分間続けるのだった。
会合を終えた後日、リドルは寝不足だった。
校長達のあの様が長引き、部屋に戻ったのは夜中、作業を中断する訳にはいかないので同室のドロホフに邪魔しないよう伝え、夜通し日記帳に記憶を埋め込み続けた。
「なん、とか、終わった、ぞ・・・ッ」
ふらりふらりと談話室へ向かうリドル。滅多にしない徹夜はひどく体に堪えた。
とにかく顔を洗わなければならない。自分は事件解決の英雄、しゃんとしなければ。
「よう、リドル。数日ぶりだな、お前を日の出から待ってたぞ」
洗面所に向かう途中、何者かに呼び止められた。
振り返るとそこ居たのは見知った金髪長身の女と、付き従うアーガス・フィルチの二人組だった。
ーー何故、グリンデルバルドはボロボロなんだ?
右腕の二の腕半ばから先をギプスで固め、錫杖を支えにようやく直立しているような様、そんな状態で無表情にリドルを見つめていた。
「犯人を捕まえたそうじゃないか、ん?」
首を少し傾けて、硝子玉のような目で彼の顔を眺めるヨーテリア、感情が読めない。
「ああ、事件は解決した」
「そうか、ご苦労な事だなエリート坊や。
ところで、ハグリッドが居なくなったそうだが」
彼女はゆらりとリドルに近付き、ほぼ零距離で考えを読み取るように彼の目を覗きこみ、実に穏やかに彼に語りかけた。
「何か知らないか?トム・リドル」
その態度からリドルは察した、この女は間違いなくすでに(それ)を知っており捕らえたのが誰か、何もかも知っている、余すこと無く。
考え無しのヨーテリアの事だ、ごまかせば間違いなくやられる、しかも今は早朝、先生方が騒ぎを聞きつける事は、無い。
「・・・犯人はハグリッドだった」
リドルはでっち上げの真実を話すことにした。
「ほお?」
「恐らく散歩に逃がしたアラゴグが襲撃者だ、女子生徒が死んだトイレと廃倉庫は近い。
アラゴグが毒を持っているのは知ってるな?生徒は外傷が無かった、毒で死亡したんだろう」
あらかじめ用意しておいた言い分を並べヨーテリアの反応を窺うリドル。
彼女は少し顔を離して下顎を指で一撫でし、目を細め彼の顔を見つめていた。
「で、ハグリッドとアラゴグを売ったと?」
「その通りだ、被害者の為に突きだした」
その言葉を聞いた彼女は静かにため息をつき、フィルチに支えの錫杖を預けた。
「リドル、よく聞け」
「なんだ?」
リドルが返事をした瞬間、あろう事か彼女は腰を沈め、左腕を構え、大きくリドルへ踏み込んだ。
その動き、正しく技術も糞もないただの殴打!
「歯ぁァ食いしばれェ″ァ″ァ″ア″ッッ!」
全力の暴力が、リドルの頬に突き刺さり彼の脳を揺らし、ソファーへ崩れ落とす。
「あ″あ″っ、あばらがァ・・・ッ」
「ヨーテ何してるんだ!?立つのもやっとなのにそんな事したら怪我酷くなるよ!?」
脇腹をおさえてうずくまっていた彼女はフィルチを振り払いリドルへと近付き、胸ぐらを掴んで引っ張り起こした。
「ハグリッドがどんなにあの糞蜘蛛をよ、大事に思ってたか知ってた筈だよな?それなのに予想だけ頼りに売ったんだな?」
先程の怒りは静まり返り、静かに言い放つ彼女。
ここまでしておいて目が据わったままだ、弁明しなければ不味い、殺される。苦し紛れでもいい、何か言わなければ。
「すまッ・・・すまなかったと、思ってる」
ヨーテリアの目を真正面から見つめ返し、平静を保ったままそう呟いた。
「・・・え?」
「本当にすまなかったと思っている、でも僕は、早く事件を解決したかったんだ、同級生の無念を晴らす事で頭が一杯だった。
ハグリッドにはすまなかったと思う、きっとあいつは、僕を恨んでるだろうな。
叶うなら、僕は会って直に謝りたい」
必死に今考えたでまかせを口走るリドル、ヨーテリアは目を丸くして固まっている。
「へぇー・・・それは・・・はぁ」
リドルから手を離して考え込むヨーテリア。
ーー言葉を間違えたか、いや、これが最善だ。
固唾を飲んで目の前の女を見つめるリドル、やがて彼女は真顔でフィルチに尋ねた。
「アーガス、オッグは壊れた壁直してたよな?」
「ああ、昨日も早朝に作業してたらしいよ」
「んじゃ、ちょうど良いのかな・・・アーガス、この馬鹿運んでくれ。森番の小屋行くぞ」
「合点。リドル、ごめんよ」
フィルチが錫杖をヨーテリアに返しリドルを人さらいのように肩に担ぐ。
そして三人は談話室を出て、校外へ向かう。
「お、おい!何故森番の小屋に連れていく!?」
「すぐに分かるよ、エリート坊や」
ふらふらの状態で二人を先導しながら、ヨーテリアは振り返りもせずに呟いた。
「ハグリッド!遊びに来たぞ!」
エリート坊やを連れてな!開けるんじゃ!
リドル坊やを連れて森番の小屋に来た俺達、あばらは死ぬほど痛いし目眩もするが無視する。
教師?こんな朝っぱらに起きてるもんか。
絶交するつもりで殴ったが予想外の言葉が聞けた、リドル坊やの言葉が本当なら、会わせてやる。会って謝れ、そうしたいんだろ?
俺だって前世はそうしてきた、上司に客に部下に、自分が悪いと思ったら、必ず誠意籠めて謝ってきた。
正しい正しくないは関係ない、気持ちの問題だ。
謝りたいのをそのままになんて、馬鹿じゃないのか、悪いと思ったまま過ごすとか、修行僧かっての!
「ヨーテ?こんな早くになんして・・・リドル?」
ハグリッドがリドルを見た瞬間、固まった。
リドルは目を見開いて、ハグリッドを見つめている。
「何で、ここに、どうして」
「リドル・・・おめぇ、なんしてる」
険悪な空気が流れていたので割って入る。
「ハグリッド、リドルが謝りたい事があるとよ。
リドル、邪魔はしないから二人きりでどうぞ」
リドル坊やを小屋に放り込んで扉を閉めた、俺達は見張りだ、誰も来ないことを願うか。
トム・リドルは焦っていた。
何故人柱がこんな所に居るのだ、確かに退学になるよう仕向けた筈なのに。
「ダンブルドア先生に助けてもらってな、森番として残してくださったんだ。
そんな事より、謝るってなんだ?英雄様よう」
自分の考えを読んだのか分からないが、ハグリッドはぶっきらぼうに言い放った。
「まさか、アラゴグの事か?」
「・・・ああ、そうだ」
自分がここに来た、それが知られてはならない、事が露呈すれば教師はこう思う、何故事件の犯人と、犯人を捕まえた英雄が密会しているのだ?と。
それは不味い、怪しまれるに決まっている、だから彼は話を合わせる、穏便に済ませる為に。
「僕は、君を犯人として突きだした、事件を解決したい一心で、憶測でだ。
結果君を退学にし、アラゴグと離れ離れにした」
そう言ってハグリッドへと頭を下げた。
「君は僕を恨み、憎んでいるだろう、だが僕は間違った事をしたとは思わない。
それでも君には、悪かったと思っている。本当に、すまなかった」
心から謝るように演技し、謝罪する。
恐らく人柱は猛るだろうが、なんとかするしかない、どうにかして静め、納得してもらわなければ、そう冷や汗を垂らしながらリドルは思ったが、ハグリッドはリドルに、優しく声をかけた。
「頭あげろや、リドル」
顔を上げてハグリッドの顔を見ると、目の前の大男はその黄金虫のような目を悲しそうに細めて、リドルを見つめていたが、その目には紛れもなく慈しみが宿っていた。
「確かにおめぇに杖を向けられた時は、信じてた奴に裏切られたって、絶望した。だがな、俺はおめぇを恨んじゃいねぇよ」
リドルは耳を疑った、今なんと言った?恨んでいない?そんな馬鹿な、売られたのにか?
「ル、ルビウス?恨んで無いと言ったか?
そんな馬鹿な、僕は君とアラゴグを」
「見逃してくれたじゃねぇか、そうだろうが?」
ハグリッドはリドルの肩を叩いて、微笑んだ。
「確かにアラゴグは疑われっちまうだろう。あんな子だ、間違えるのも無理はねぇ。
おめぇならアラゴグを仕留められた、だのにおめぇが唱えた呪文は蜘蛛避けだ、殺す呪文でも、捕まえる呪文でもねぇ、ただただ追い払う呪文だ、だろ?
確かに俺は退学になった、でもアラゴグはおめぇのおかげで、どっかで生きてる」
ハグリッドはリドルを見つめ、笑顔を浮かべた。
「アイツを見逃してくれて、ありがとな」
リドルは言葉が出なかった、出せなかった。
ーー何を馬鹿な、お前はハメられたのだ、真犯人はここだ、お前の目の前の男だ!
お前を人柱に仕立て、破滅させたのは僕だ!何も知らず、滑稽だぞルビウス・ハグリッド!
そう散々に罵倒した、だが愉悦は感じなかった。
何故、この男は自分を憎まないのだ?罵声を浴びせ、殴りかかって来ないのだ!あまつさえ、感謝だと?何を馬鹿な!
「ハ、グリッド、ハグリッド、僕は」
リドルは生まれて始めて、己のした事を後悔した。
自分は、彼を人柱にするべきでは無かった、彼を利用すべきでは無かった、彼だけは!
こんなにも、自分に忠実な所有物を!自分は、潰してはいけなかった!彼は、自分の後ろを歩かせるべきだった!
唯一自分に勝ったあの女と、一緒に!
「許してくれ、友よ」
「あぁ?」
衝動だった、意識しての行動では無かった。
リドルはハグリッドの手を取り、ひざまずいた。
「すまなかった、僕は、僕はッ!」
リドルはマートルに捧げた上っ面だけの黙祷よりずっと長く、心からハグリッドに謝り続けた。
「待たせた」
「遅い、もう少しで他も起きてくるぞ」
ハグリッドの小屋を出ると、ヨーテリアがニヤニヤ笑いながら、軽口を叩いてくる。
「で、どうだ?許してくれたか?」
「どの顔で言う、貴様全部知ってたな?」
リドルが苛立ちながら言うと、ヨーテリアはわざとらしく首をかしげてみせた。
「私にはなんのことやら、気紛れだしな。
で?これからも会いに来るのか?」
「逮捕した本人が犯人に会えるか、ハグリッドとはこれっきりだ」
そう仏頂面で言い放つと、彼女は肩をすくめ、フィルチに脇を担がれ校内へと歩いていく。
ふと、愉快な考えが浮かんだリドルは二人へ向けて、微笑みながら呼びかけた。
「グリンデルバルド!お前に殴られたのを校長に告げ口したら、どうなるかなぁ!?」
「ほあぁぁッ!?」
ヨーテリアが首だけ振り向いて、鬼気迫る顔でリドルに叫び返した。
「バッ、馬鹿お前、冗談じゃないぞ!」
「ヨーテ、暴れないで」
「いいかッ!?絶対、絶対チクんなよォッ!?」
フィルチに引き摺られる彼女を見ながらリドルも校内へと戻っていく。
その道中、彼は再び森番の小屋を振り返り、ぎりと歯軋りして、一言呟いた。
「本当にすまなかった、友よ」
ロジエールの名前のミスを修正。