さらに物語は加速する。
ずっと暗闇の中を走っていた。
いいや、走っていたのかも分からない。
歩いていた? 立ち止まっていた?
座っていたのかもしれない。
随分と長い間、暗闇の中にいて。
もう、感覚もなくなってきた。
『誰か……』
だけど、一つだけ。
僕には、一つだけ残っていた。
それは、誰かを殺してしまった、という感触。
殴った時の嫌な音。
蹴り抜いた時の背筋が凍る感触。
潰した時の、吐きそうになる悲鳴。
何も無くなった世界で。
僕には、それだけがあった。
殺した。
たくさん殺した。
何も無くなった世界で、死体だけが重なってゆく。
黒い世界に血溜まりが広がり、何も言わない無垢な死体が積み上がってゆく。
僕は必死に目を瞑る。
殺したくなんてない。
見たくないのに、体が言うことを聞いてくれない。
拳が、脚が。
体が、勝手に人を殺してしまう。
『誰か……頼む、から』
両手を重ね、神様に願う。
こんな僕を救ってくれる、神様なんて居ないだろうけど。
僕を殺してくれる神様くらいは、居てもいい。
僕は天を仰いで、一時、過去に思いを馳せる。
……始まりはもう、覚えていない。
どこで間違えたのかも、分からない。
両親の顔は、忘れてしまった。
なにか、大切な人が居た気がする。
……そうだ、大切な女の子。
あの子は、元気にやっているだろうか。
思い出せない。
なにも、自分の名前さえも。
殺した人の顔も、忘れてしまった。
この場所で息をする度、何かを忘れてゆく。
自分の過去も。将来の夢も。
いつか語り合った、二人の未来も。
愛していたはずの少女の顔も、今や遠い。
僕は背後を振り返る。
無数の死体。
その一番下に、小さな手が見えて、僕は、何かを感じてその手を握る。
……涙が溢れた。
理由は、分からない。
ただ、とても悲しくて。
僕は、その手を握りしめて、涙した。
『頼むから……僕を、殺してくれ』
もう、僕は生きたくない。
人を殺したくなんて、ない。
だから、頼むから。
ねぇ、そこの君。
僕のことを、殺してくれないか?
☆☆☆
「…………っ」
思わず、目を見開いた。
……なんだ、今の声は?
その声を、悲しみを。
前も……どこかで聞いた気がする。
僕は、目の前の男を見下ろした。
そこには、頭を潰され、倒れふす一人の男の姿があった。
既に体は原型を留めず。
活性は奪い、回復する術はない。
ふと、白いもふもふが肩に乗っかってきた。
ポンタだ。
元の姿に戻った彼は、大きく息を吐いて口を開いた。
「……倒した、ぽよな」
「……あぁ、そうだな」
両方の手の甲を見る。
奪った【脚力】と【活性】は、既に文字として消えている。それは、何よりも明確に【ナムダ・コルタナの死亡】を表していた。
……実質、初めての人殺し。
あまり、いい気分はしない。
それでも、今の声……。
もしも、僕の殺害が望まれていたものだとしたら。少しは気が軽くなる……のかも、しれないな。
十中八九、ただの空耳だろうけど。
「……さて、それじゃ、あとは正統派に任せて帰るとするか! 疲れた!」
僕は、空元気を出してそう言った。
今にも殺されてしまいそうな、恐怖。
いつ、力を奪われてしまうか分からない、不安。
様々なものが入り混じって……トラウマも混ざって。
正直、見た目以上に消耗している自分がいる。
戦い自体は、短時間だったはずなのにな……。
今になって、膝が笑い始めてやがる。
僕の言葉に、四人は苦笑する。
さあ、帰ろう。
帰って寝よう。本当に疲れた。
「……あ、そういえば、ノートの回収……」
そうだ、戦いつかれてつい忘れてた。
暴走列車の手に入れたノート、それぞれ『肆』『伍』『拾』の回収をしないと。
……というか、第伍巻。思いっきり喰われてたけど無事なんだろうか?
僕はそう考えながら、暴走列車を振り返り。
――
「「「「……ッ!?」」」」
その姿に、僕らの間へ緊張が走り抜ける。
薄紫色の髪が、風も吹いていないのに揺れている。
目に悪いド派手な和装は、反現実性を覚えさせた。
されど、その立ち姿。
その、風格。
気配は感じずとも、理解できた。
……理解、せざるを得なかった。
此処にいた、全員が即、理解しただろう。
この男……此処にいる誰よりも強い。
そして、おそらく暴走列車よりも。
「お、お前は……二年前の!」
「……【万死】!」
成志川と、阿久津さんが声を上げる。
されど、僕はその男から、一切目が離せなかった。
理解不能なまでの、隔絶した実力差。
どう足掻いても、勝てない。
そう思ったのは、いつぶりだろうか。
……そうだ、きっと。
冥府の王イミガンダの経験、過去の知識を奪い。
……あの時、以来だ。
「……ねえ、どうして勝ってるのかな」
その問いかけに、背筋が凍った。
誰も、誰一人として動けない。
指先まで無数のワイヤーで縛り付けられているような感覚。
それは、純粋無垢な恐怖による、拘束だった。
それでも必死に、口を動かす。
されど、声が出てこない。
他のみんなも、似たようなものだった。
ポンタでさえ、体を丸めて僕の髪を握り締めている。
「……僕はさぁ。君が死ねば、それでよかったんだよ。ねぇ、灰村解。なんで君はそんなにも死なないのかな? もしかして主人公補正? だとしたら厄介だね。とても厄介だ」
「……主、人公?」
何言ってんだこいつ。頭沸いてんのか?
そうは思ったが、そこまでの言葉は口にできない。
何とか絞り出した言葉に、男は清々しいほどに胡散臭い笑顔を浮かべた。
「うん。だってそうでしょ? どこからどう見ても一般人。世界を動かす10のノートの関係者。異常なほどの想力量。加えて、仲間にも恵まれている。……これ、どこをどう切り取っても、主人公の待遇だよね」
理解できない……とは、言い切れない。
僕も作者のはしくれだ。
確かに……単語だけ羅列すればそう見えるかもしれない。
けど、それはあくまで条件を満たしてるだけ。
僕が主人公なんかじゃないってことは、誰もが知ってる一般常識。
この世界は平等だ。誰か一人の主人公なんていやしない。
そう思った。
されど、それを語るより先に奴は言った。
「僕はさぁ、君を見てると、胸糞悪くなるんだよねぇ」
男は、暴走列車へと視線を向ける。
倒れ伏す、頭部の消えた死体。
それに向かって手を伸ばした――次の瞬間。
全身に、泡立つような寒気が襲った。
「ま、まずい――ッ!」
なにか、とてつもなく嫌な予感がする。
そう理解した瞬間には、既に遅すぎたのだと思う。
男の手が、死体に触れる。
その笑顔が、空虚なモノから狂気に変わり。
男は告げる。
「大丈夫、
それは、他者を救い上げるような優しい言葉。
それが、どうしようもなく気色悪かった。
男の手から、想力が溢れる。
それは暴走列車の体内へと流れ込み。
そして――ドクンっ、と、心臓が強く脈打った。
「……ッ!? ど、どうして――!」
心臓は確かに止まったはず!
両方の手の甲へと視線を向けると、消えたはずの【活】と【脚】の文字が再び浮かび上がってくる。
僕は泣きたくなる気持ちを必死にこらえ、前を向く。
一度は殺した。確実に死んだ。
それが……完全に死に逝く前に。
魂が冥府にたどり着くより先に――強制的に呼び戻した。
そんな芸当ができるのか?
「……いいや、できる、のか」
でなけりゃ、こんなことはあり得ない。
僕は頬を引き攣らせる。
前方で、首なし死体は立ち上がる。
万死、と呼ばれた男がさらに想力を流すと。
まるで逆再生のように、暴走列車の傷は癒えた。
ふと、その目と視線が交差する。
その目はどこか、……悲しげに見えた。
【GOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!】
咆哮が響く。
僕らはそれだけで吹き飛ばされる。
間違いない……死ぬ前より、ずっと強くなっている!
竜血暴走が働いたか……。傷を負えば負うほどに力が増す異能。そりゃあ、死ぬほどのダメージを喰らったら、これだけの強化も頷ける。だけど……ッ!
「あぁ、うれしいねぇ、しあわせだねぇ。こうして、また人を殺すことができるんだから。僕の道具として働けるんだから。……君は、これ以上ない幸せ者だぁ!」
とっても嬉しそうに、そう言ったその男に。
僕は、今までで一番の怒りを覚えた。
「てめぇ……!」
「……おや? どうしたんだい、灰村解」
万死と呼ばれた男は、僕を振り返る。
と同時に、僕の体へと影が差す。
「話くらいは聞いてあげるよ。だって、君はもうすぐ死ぬのだから」
顔を上げる。
既に、眼前へと暴走列車の拳が迫っていた。
回避は――不可能。
そう理解した時には、既に拳は直撃していた。
「がは……ぁ!?」
腹が、消えた。
一切の誇張なく、一切の冗談もなく。
拳が直撃し、僕の胴体が消し飛んだ。
活性に超再生の影響で、消し飛んだ胴体はすぐに再生、繋がって元通りになったけれど……今の一撃、反応することも、対応することもできなかった。
僕は地面に大の字になって倒れる。
そんな僕へと、暴走列車は第二射を振り下ろすが……直撃の寸前、僕を阿久津さんの障壁が包み込んだ。
「【臨界天魔眼】!」
弾けた鮮血と、肉片。
暴走列車の放った拳は全反射され、爆散する。
純粋な防御において、阿久津さんの力は他の追随を許さない。
にも、関わらず……ッ!
「……なッ!?」
阿久津さんの臨界天魔眼――
かつてない、緊急事態。
暴走列車は反転された衝撃に上体をそらしながら……それでも、一切の後退はなく、その場で踏みとどまっていた。
嫌な予感が加速する。
阿久津さんはさらなる想力を込めて。
それをあざ笑うように、奴のもう片方の拳が降り落とされる。
【GGGGGGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAああああ!!】
それは、暴走列車が見せた、渾身の一撃。
未だかつて見た記憶の無い、超威力。
それはきっと、隕石の衝突にも近しい威力。
それを前に、ヒビの入った障壁は、その威力の過半を反射。
されど、残る数割を反射しきることができず、あっけなく、僕の前で砕け散る。
「……ッ、じ、次元!」
僕は咄嗟に、上空へと転移。
それは、直撃間際の、奇跡的な緊急回避。
暴走列車は僕のいた場所へと拳を振り下ろし。
――瞬間、地球が歪むような錯覚を覚えた。
まるで、その一撃を中心として、地球が波打つような。
言葉にしてみれば実に幼稚で。
目の当たりにすると、実に恐ろしい、嫌な光景。
僕は地上へ着地する。
尋常ではない汗がしたたり落ちて、知らず喉が鳴る。
そんな僕の姿を、万死は嗤った。
「いいねいいねぇ、その調子で死んでくれよ! 僕はね、君が生理的に受け付けないんだ! 実をいうと、主人公云々もこじつけの理由さ! ただ、今すぐに死んでほしくてたまらない!」
「ドイカれ野郎が……!」
僕はそう吐き捨てて。
男はやはり、嗤うのだった。
「君にだけは言われたくないねぇ。だって、僕と君は同じだろう?」
「……なに?」
僕がお前に対して、何かしたわけじゃないだろう。
つーか、同じってどういうことだ?
僕は眉根を寄せて問いかける。
それに対して男は答えた。
それは、ひどくシンプルな答えだった。
「君が中二病を嫌うように、僕も君が嫌いなんだよ」
それは、なんという暴論だろうか。
正直、頭のねじが随分と外れていると思う。
何故、どうして、の部分が抜け落ちている。
僕には中二病を嫌う、れっきとした理由がある。
だけど……こいつは根っこの部分からして違う。
コイツには理由がない。
容易に分かった。
こいつの言葉に重みがないから。
ただ、在るのは骨も溶けるような憎悪だけ。
「一目見た瞬間から、君を殺すと決めていた。だから、悪いとも思わないよ。悪いのは、僕を害した君自身。君の生は僕の生の汚点だった。それだけの話で、君は死ぬ」
そう言って、男は両手を広げて宣言する。
「さあ、今再びの、抗い難い終焉だ」
僕は歯を食いしばり、拳を握った。
悪意が蠢き、狂気が飲み込む。
理由などなく。
ただ、気に入らないから殺すだけ。
さあ、再び終焉を始めよう。
灰村解。
これは、君を殺すためだけのシナリオだ。
次回【それは、抗い難い終焉②】
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