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さらに物語は加速する。

第三章【始まりの因縁】
323『ナムダ・コルタナ』

 ずっと暗闇の中を走っていた。


 いいや、走っていたのかも分からない。

 歩いていた? 立ち止まっていた?

 座っていたのかもしれない。

 随分と長い間、暗闇の中にいて。


 もう、感覚もなくなってきた。


『誰か……』


 だけど、一つだけ。

 僕には、一つだけ残っていた。


 それは、誰かを殺してしまった、という感触。


 殴った時の嫌な音。

 蹴り抜いた時の背筋が凍る感触。

 潰した時の、吐きそうになる悲鳴。


 何も無くなった世界で。

 僕には、それだけがあった。


 殺した。

 たくさん殺した。

 何も無くなった世界で、死体だけが重なってゆく。

 黒い世界に血溜まりが広がり、何も言わない無垢な死体が積み上がってゆく。


 僕は必死に目を瞑る。

 殺したくなんてない。

 見たくないのに、体が言うことを聞いてくれない。


 拳が、脚が。

 体が、勝手に人を殺してしまう。


『誰か……頼む、から』


 両手を重ね、神様に願う。

 こんな僕を救ってくれる、神様なんて居ないだろうけど。

 僕を殺してくれる神様くらいは、居てもいい。


 僕は天を仰いで、一時、過去に思いを馳せる。


 ……始まりはもう、覚えていない。

 どこで間違えたのかも、分からない。

 両親の顔は、忘れてしまった。

 なにか、大切な人が居た気がする。

 ……そうだ、大切な女の子。

 あの子は、元気にやっているだろうか。


 思い出せない。

 なにも、自分の名前さえも。


 殺した人の顔も、忘れてしまった。


 この場所で息をする度、何かを忘れてゆく。

 自分の過去も。将来の夢も。

 いつか語り合った、二人の未来も。


 愛していたはずの少女の顔も、今や遠い。


 僕は背後を振り返る。

 無数の死体。

 その一番下に、小さな手が見えて、僕は、何かを感じてその手を握る。


 ……涙が溢れた。


 理由は、分からない。


 ただ、とても悲しくて。

 僕は、その手を握りしめて、涙した。



『頼むから……僕を、殺してくれ』



 もう、僕は生きたくない。

 人を殺したくなんて、ない。



 だから、頼むから。


 ねぇ、そこの君。

 僕のことを、殺してくれないか?




 ☆☆☆




「…………っ」


 思わず、目を見開いた。


 ……なんだ、今の声は?

 その声を、悲しみを。

 前も……どこかで聞いた気がする。


 僕は、目の前の男を見下ろした。

 そこには、頭を潰され、倒れふす一人の男の姿があった。


 既に体は原型を留めず。

 活性は奪い、回復する術はない。


 ふと、白いもふもふが肩に乗っかってきた。

 ポンタだ。

 元の姿に戻った彼は、大きく息を吐いて口を開いた。


「……倒した、ぽよな」

「……あぁ、そうだな」


 両方の手の甲を見る。

 奪った【脚力】と【活性】は、既に文字として消えている。それは、何よりも明確に【ナムダ・コルタナの死亡】を表していた。


 ……実質、初めての人殺し。


 あまり、いい気分はしない。

 それでも、今の声……。

 もしも、僕の殺害が望まれていたものだとしたら。少しは気が軽くなる……のかも、しれないな。

 十中八九、ただの空耳だろうけど。


「……さて、それじゃ、あとは正統派に任せて帰るとするか! 疲れた!」


 僕は、空元気を出してそう言った。

 今にも殺されてしまいそうな、恐怖。

 いつ、力を奪われてしまうか分からない、不安。

 様々なものが入り混じって……トラウマも混ざって。

 正直、見た目以上に消耗している自分がいる。


 戦い自体は、短時間だったはずなのにな……。

 今になって、膝が笑い始めてやがる。


 僕の言葉に、四人は苦笑する。

 さあ、帰ろう。

 帰って寝よう。本当に疲れた。


「……あ、そういえば、ノートの回収……」


 そうだ、戦いつかれてつい忘れてた。

 暴走列車の手に入れたノート、それぞれ『肆』『伍』『拾』の回収をしないと。

 ……というか、第伍巻。思いっきり喰われてたけど無事なんだろうか?


 僕はそう考えながら、暴走列車を振り返り。



 ――()()()()()()()()()()()()()



「「「「……ッ!?」」」」


 その姿に、僕らの間へ緊張が走り抜ける。


 薄紫色の髪が、風も吹いていないのに揺れている。

 目に悪いド派手な和装は、反現実性を覚えさせた。

 されど、その立ち姿。

 その、風格。

 気配は感じずとも、理解できた。

 ……理解、せざるを得なかった。


 此処にいた、全員が即、理解しただろう。


 この男……此処にいる誰よりも強い。


 そして、おそらく暴走列車よりも。


「お、お前は……二年前の!」

「……【万死】!」


 成志川と、阿久津さんが声を上げる。

 されど、僕はその男から、一切目が離せなかった。

 理解不能なまでの、隔絶した実力差。

 どう足掻いても、勝てない。

 そう思ったのは、いつぶりだろうか。


 ……そうだ、きっと。


 冥府の王イミガンダの経験、過去の知識を奪い。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……あの時、以来だ。


「……ねえ、どうして勝ってるのかな」


 その問いかけに、背筋が凍った。

 誰も、誰一人として動けない。

 指先まで無数のワイヤーで縛り付けられているような感覚。

 それは、純粋無垢な恐怖による、拘束だった。


 それでも必死に、口を動かす。

 されど、声が出てこない。

 他のみんなも、似たようなものだった。

 ポンタでさえ、体を丸めて僕の髪を握り締めている。


「……僕はさぁ。君が死ねば、それでよかったんだよ。ねぇ、灰村解。なんで君はそんなにも死なないのかな? もしかして主人公補正? だとしたら厄介だね。とても厄介だ」

「……主、人公?」


 何言ってんだこいつ。頭沸いてんのか?

 そうは思ったが、そこまでの言葉は口にできない。

 何とか絞り出した言葉に、男は清々しいほどに胡散臭い笑顔を浮かべた。


「うん。だってそうでしょ? どこからどう見ても一般人。世界を動かす10のノートの関係者。異常なほどの想力量。加えて、仲間にも恵まれている。……これ、どこをどう切り取っても、主人公の待遇だよね」


 理解できない……とは、言い切れない。

 僕も作者のはしくれだ。

 確かに……単語だけ羅列すればそう見えるかもしれない。

 けど、それはあくまで条件を満たしてるだけ。

 僕が主人公なんかじゃないってことは、誰もが知ってる一般常識。

 この世界は平等だ。誰か一人の主人公なんていやしない。


 そう思った。

 されど、それを語るより先に奴は言った。



「僕はさぁ、君を見てると、胸糞悪くなるんだよねぇ」



 男は、暴走列車へと視線を向ける。

 倒れ伏す、頭部の消えた死体。

 それに向かって手を伸ばした――次の瞬間。

 全身に、泡立つような寒気が襲った。


「ま、まずい――ッ!」


 なにか、とてつもなく嫌な予感がする。

 そう理解した瞬間には、既に遅すぎたのだと思う。


 男の手が、死体に触れる。

 その笑顔が、空虚なモノから狂気に変わり。

 男は告げる。



「大丈夫、()()()()()()()()()()()()



 それは、他者を救い上げるような優しい言葉。


 それが、どうしようもなく気色悪かった。


 男の手から、想力が溢れる。

 それは暴走列車の体内へと流れ込み。

 そして――ドクンっ、と、心臓が強く脈打った。


「……ッ!? ど、どうして――!」


 心臓は確かに止まったはず!

 両方の手の甲へと視線を向けると、消えたはずの【活】と【脚】の文字が再び浮かび上がってくる。

 僕は泣きたくなる気持ちを必死にこらえ、前を向く。

 一度は殺した。確実に死んだ。

 それが……完全に死に逝く前に。

 魂が冥府にたどり着くより先に――強制的に呼び戻した。

 そんな芸当ができるのか?


「……いいや、できる、のか」


 でなけりゃ、こんなことはあり得ない。

 僕は頬を引き攣らせる。

 前方で、首なし死体は立ち上がる。


 万死、と呼ばれた男がさらに想力を流すと。

 まるで逆再生のように、暴走列車の傷は癒えた。


 ふと、その目と視線が交差する。


 その目はどこか、……悲しげに見えた。




【GOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!】




 咆哮が響く。

 僕らはそれだけで吹き飛ばされる。

 間違いない……死ぬ前より、ずっと強くなっている!

 竜血暴走が働いたか……。傷を負えば負うほどに力が増す異能。そりゃあ、死ぬほどのダメージを喰らったら、これだけの強化も頷ける。だけど……ッ!


「あぁ、うれしいねぇ、しあわせだねぇ。こうして、また人を殺すことができるんだから。僕の道具として働けるんだから。……君は、これ以上ない幸せ者だぁ!」


 とっても嬉しそうに、そう言ったその男に。

 僕は、今までで一番の怒りを覚えた。


「てめぇ……!」

「……おや? どうしたんだい、灰村解」


 万死と呼ばれた男は、僕を振り返る。

 と同時に、僕の体へと影が差す。



「話くらいは聞いてあげるよ。だって、君はもうすぐ死ぬのだから」



 顔を上げる。

 既に、眼前へと暴走列車の拳が迫っていた。


 回避は――不可能。


 そう理解した時には、既に拳は直撃していた。


「がは……ぁ!?」


 腹が、消えた。

 一切の誇張なく、一切の冗談もなく。

 拳が直撃し、僕の胴体が消し飛んだ。


 活性に超再生の影響で、消し飛んだ胴体はすぐに再生、繋がって元通りになったけれど……今の一撃、反応することも、対応することもできなかった。


 僕は地面に大の字になって倒れる。

 そんな僕へと、暴走列車は第二射を振り下ろすが……直撃の寸前、僕を阿久津さんの障壁が包み込んだ。


「【臨界天魔眼】!」


 弾けた鮮血と、肉片。

 暴走列車の放った拳は全反射され、爆散する。

 純粋な防御において、阿久津さんの力は他の追随を許さない。

 にも、関わらず……ッ!


「……なッ!?」


 阿久津さんの臨界天魔眼――()()()()()()()()()()()


 かつてない、緊急事態。

 暴走列車は反転された衝撃に上体をそらしながら……それでも、一切の後退はなく、その場で踏みとどまっていた。

 嫌な予感が加速する。

 阿久津さんはさらなる想力を込めて。


 それをあざ笑うように、奴のもう片方の拳が降り落とされる。



【GGGGGGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAああああ!!】



 それは、暴走列車が見せた、渾身の一撃。

 未だかつて見た記憶の無い、超威力。


 それはきっと、隕石の衝突にも近しい威力。


 それを前に、ヒビの入った障壁は、その威力の過半を反射。

 されど、残る数割を反射しきることができず、あっけなく、僕の前で砕け散る。


「……ッ、じ、次元!」


 僕は咄嗟に、上空へと転移。

 それは、直撃間際の、奇跡的な緊急回避。

 暴走列車は僕のいた場所へと拳を振り下ろし。



 ――瞬間、地球が歪むような錯覚を覚えた。



 まるで、その一撃を中心として、地球が波打つような。

 言葉にしてみれば実に幼稚で。

 目の当たりにすると、実に恐ろしい、嫌な光景。


 僕は地上へ着地する。

 尋常ではない汗がしたたり落ちて、知らず喉が鳴る。

 そんな僕の姿を、万死は嗤った。


「いいねいいねぇ、その調子で死んでくれよ! 僕はね、君が生理的に受け付けないんだ! 実をいうと、主人公云々もこじつけの理由さ! ただ、今すぐに死んでほしくてたまらない!」

「ドイカれ野郎が……!」


 僕はそう吐き捨てて。

 男はやはり、嗤うのだった。


「君にだけは言われたくないねぇ。だって、僕と君は同じだろう?」

「……なに?」


 僕がお前に対して、何かしたわけじゃないだろう。

 つーか、同じってどういうことだ?

 僕は眉根を寄せて問いかける。


 それに対して男は答えた。

 それは、ひどくシンプルな答えだった。



「君が中二病を嫌うように、僕も君が嫌いなんだよ」



 それは、なんという暴論だろうか。

 正直、頭のねじが随分と外れていると思う。

 何故、どうして、の部分が抜け落ちている。


 僕には中二病を嫌う、れっきとした理由がある。


 だけど……こいつは根っこの部分からして違う。


 コイツには理由がない。

 容易に分かった。

 こいつの言葉に重みがないから。

 ただ、在るのは骨も溶けるような憎悪だけ。


「一目見た瞬間から、君を殺すと決めていた。だから、悪いとも思わないよ。悪いのは、僕を害した君自身。君の生は僕の生の汚点だった。それだけの話で、君は死ぬ」


 そう言って、男は両手を広げて宣言する。




「さあ、今再びの、抗い難い終焉だ」




 僕は歯を食いしばり、拳を握った。


悪意が蠢き、狂気が飲み込む。

理由などなく。

ただ、気に入らないから殺すだけ。

さあ、再び終焉を始めよう。


灰村解。


これは、君を殺すためだけのシナリオだ。


次回【それは、抗い難い終焉②】

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