金曜日。
「はぁっ、はぁ……はぁっ!」
深淵最下層。
僕は、息を荒くして魔物の死体に立っていた。
既に、遥かなるGは倒してきた。
その先も、何度も苦戦し、何度も倒れ。
無限コンテニューを続けて来た。
最終的には勝ってきた。
それはひとえに『活性』と『超再生』のおかげだろう。
どれだけ致命傷を負っても回復する。
想力が尽きる心配もなく。
Gとの戦い以降、苦戦はしても【殺されそうだ】と思う戦いはなかったと思う。
――今回の魔物を、除いては。
「く、クソっ……し、死にかけた!」
僕は腹を抑えて、膝から崩れる。
足場にしていた魔物が消えて、僕の体は地面へと落下する。
衝撃と、痛み。
されど、悲鳴をあげるのも億劫だ。
僕は上を向き、息を整えながらステータスを掲示した。
灰村 解
Lv.95[Sランク]
異能[禁書劫略][暦の七星][超加速]
技能[神眼][神狼][廻天][復讐][指揮][次元][消滅]
特異[飛行][毒支配][超回復]
基礎三形
活性[S]
遮断[A]
具現[S]
Lv.95。
それはいい、強くなってきてるんだからな。
問題は……
「耐性……じゃないな、これは」
間違いない。
そんな感覚があった。
そして、誰が妨害しているのか、と考えた。
……その答えは、すぐに出てきた。
「……やっぱり、居やがるな。王が」
僕とはまた別の、なにか。
この深淵に君臨するもう一人の王。
未解の王にして純然たる深淵の闇。
作者を自称する、何者かが。
「……まぁ、察しはついてるが」
僕以外の誰なら、あの立場に君臨できるのか。
そう考えたら、僕は一人しか浮かんでこない。
「あー、くそ、相変わらず厄介なことばかりして来やがって……!」
僕は叫んで、体を起こす。
前を見る。
そこには巨大な扉があった。
――深淵最下層。
現実世界で、1ヶ月と少し。
この世界だけで、一年以上。
今の僕は、シーゴと戦った時とは比べ物にならないほど強くなった。そういう自覚が確かにある。
今なら、2年前の暴走列車くらいは片手間に倒せると思う。
それだけの、自信と実感。
それがある。
されど、それでも勝てるか分からない。
「最後の敵……【深淵竜ボイド】」
まぁ、1番強い種族はドラゴンなわけで。
この先には、作者の僕をして【どうやって勝てばいいか検討もつかない】相手が、よりにもよって強化された上で待ち構えてる。
「…………」
僕は、立ち上がって扉へと手をかける。
挑みはしない。勝ち目なんてどこにもないから。
だから、見るだけ見ておこうと思う。
これから挑む、頂きを。
僕の誇る最高傑作を。
最凶の名に相応しき、化け物の姿を。
僕は、扉を僅かに開く。
――次の瞬間、身体中を殺意の剣が串刺しにした。
「――ぁッ!!?」
扉を閉ざすことも出来ずに、気圧された。
後ずさり、情けなくしりもちを着く。
な、なんだ……い、今のはッ。
幻覚、錯覚?
無数の剣で串刺しにされた。
その痛みが、確かに感じられた。
だと、言うのに……ッ。
「うそ、だろ……?」
自分の体へと視線を下ろすが、全くの無傷。
ただ、尋常ではない汗が溢れ出していた。
僕は喉を鳴らし、扉の隙間から奥を見る。
姿は見えない。
そこにあるのは暗闇だけ。
……だけど、居る。
間違いなく、居る。
扉を挟んだ、すぐそこに。
見えない何かが、僕を見下ろしていた。
「………………っ」
息を飲む。
一秒が永遠にすら感じるとは、きっと今の状態を言うんだろう。
殺意だけで、死にそうになった。
その時点で察した、格の違い。
今、この瞬間、向こうが殺意を持てば。
僕はきっと、なんの抵抗も出来ずに殺される。
「…………こ、の……ッ」
恐怖に膝が震える。
体は屈した。恐怖に折れた。
……だから、心まで折れたら、もうおしまいだ。僕は唇をかみ締め、痛みで恐怖をごまかし、前を向く。
『…………』
扉の向こうで、気配が揺らいだ。
緊張感がはしりぬける。
されど、張り詰めたのは一瞬だけだった。
「…………あ」
不思議と、去ったのだと理解した。
視線が僕から外された。
興味を失われた。
そう理解した瞬間、僕はその場に倒れていた。
「……は、ははっ」
気がつけば、扉は閉じている。
……これが、最強。
これこそが規格外。
設定上、どんなことをしても倒せないと自信満々に胸を張れる、作者【灰村解】としての最高傑作。
最凶そのもの。
――深淵竜ボイド。
僕は仰向けに倒れ、頭を押さえる。
「くっそ、こいつに勝つのに……何百年生きればいいんだか」
僕はそう言って、その場から帰還した。
どうやら、こいつに挑むのはずっと先のことになりそうだった。
☆☆☆
土曜日の朝。
僕は自分で髪を切っていた。
深淵で過ごした、一年以上。
まぁ、学校と行き来していたこともあり、冥府で過ごした二年と比べると……なんというか、薄っぺらい一年間ではあったが、学ぶことは非常に多かった。
そして、そのうちひとつが自分の体について。
「……背は、伸びてない、か」
肉体的には高校2年生。
成長期も成長期。
身長の一つや二つ、伸びてないとおかしいはず。……にも関わらず、僕は毛髪や筋肉などの成長はあれど、身長の変化はほとんど無いに等しかった。
どころか、1年前とほとんど顔も変わってない。
「……成長が、止まってる」
僕は背後を振り返る。
そこには、申し訳なさそうにする阿久津さんの姿があった。
「……すまない。御仁の死後、遺体を劣化させないために付与した保存技術。それが体内に残留し、何らかの影響を与えているのだと思う」
「実質的な、不老ってわけか」
肌を触って、鏡を見る。
後ろの阿久津さんは、頭を下げていた。
なので、僕は振り返って頭を振った。
「気にしないでくれよ。生き返った時、骨になってるか不老になってるか。どっちかと聞かれれば不老で良かったと思ってる」
「いや、言葉の端々から嫌々感が伝わってくるのだが」
そりゃ……ねぇ。
だって人間やめてますし。
これからどうやって生きろと?
一般人に戻って、彼女も作って。結婚して。
それでも一向に歳を取らなかったらどうすればいいの? 奥さんとの気まずい雰囲気、責任取ってどーにかしてくれるんですか?
……まぁ、阿久津さんには、僕の体を守ってくれた手前、すごい感謝してるんだけどさ。
「あ、安心してくれ! もしもその体のせいで貰い手がいなければ、全ての責任を取って私が貰う!」
「それはちょっと」
「何故だ御仁!?」
阿久津さんと結婚……ねぇ。
別に嫌いじゃないんだけどね。
美人だし、家事全般万能だし、料理美味しいし、性格もいいし。悪い所が悪魔王以外に見当たらない。
でもって、その悪い所が問題なんだ。
僕は立ち上がると、窓の外へと視線を向ける。
空も明るくなってきた。
今日はいよいよ、地下格闘技へと殴り込みの日。
場所と時間は聞き出した。
ならばあとは、万難排して向かうだけ。
「ま、まぁ、それはそれとして……大丈夫なのだろうか。御仁よ、情報を聞き出した輩は逃がしてやったのだろう? ならば、ここぞとばかりに罠を張っていても……」
「おかしくない。というか、張ってるだろうね」
異能者殺し。
一定範囲内において、異能全てを封じる化け物……と、調べたところそんな情報がでてきた。
間違いなく、シオンたちと同格。
冥府の王や、シーゴとは別格と見るべきだろう。
ただ………いいや、この先はやめておくか。
良くも悪くも、フラグってのがあるからな。
「まぁ、それでも。真正面から打ち破るだけ、だろ?」
僕がそう言うと、阿久津さんは口元を歪める。
――自分もついて行きたい。
明らかにそんな顔だが、それは許さない。
「先に言っとく。指名手配犯を連れて歩くなんてこと、絶対にしないからな」
「うぐっ!?」
世界中の女子トイレを使えなくしたり。
世界中のスマホを【Now Loading】から動かなくしたり……色々と大罪を犯してきた阿久津さんだ。
もしも万が一、一緒にいるところを見られてしまったら……。
そう考えると嫌な予感が止まらない。
それに。
「今回は、僕とシオン、それと……あと二人。助っ人を頼んである。心配しなくても大丈夫だよ」
「……助っ人、とな」
あぁ。
僕より強くて。
そんでもって、暇を持て余してる野郎共だ。
僕は笑って、そいつらの顔を思い浮かべる。
一人の妄言野郎と。
一匹のペット。
それに加えて、僕とシオン。
戦力としては、過剰な程に整っている。
そして、異能者殺し。
お前に対する策もある。
「万難を排する準備は、万端」
僕はそう言って、拳を握る。
さぁ、もうすぐ日が昇る。
第伍巻を、取り戻しに行こう。
深淵攻略は、一旦打ち切り。
ここからは今回の章のメインデッシュ、第伍巻の争奪戦へと進んでいきます。
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