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第二章【秘匿の消えた世界】
224『成志川景』

 切り落とした右腕から、血があふれ出す。

 されど、それは問題視していない。

 腕の欠損程度なら、異常稼働をもってすればじき治る。


 僕が今問題視しているのは――妄言使いの、その姿。


 ワックスで固められた黒髪が解け、後ろになびく。

 服装は具現によって一新され、神々しい衣に身を包んでいる。……それだけならいい。妙な太っちょがイカレたかっこうしてるだけ、だからな。

 だけど、これは……。


「なんつー、想力だよ……」


 想力の化け物、シオンが呟く。

 奴の全身からあふれ出す、金色の想力。

 先ほどまでとは、その想力量は一変している。

 この量……間違いなく、シオン・ライアーすら超えている。

 どころか、僕に匹敵する可能性だってあるだろう。


「化け物、かよ……」

「その言葉は、僕に使うべきではないよ。少なくとも僕は、僕より強い化け物を、二人知っている」


 奇遇だな。僕も二人、知ってるよ。

 暴走列車――ナムダ・コルタナ。

 そして、冥府で出会ったあの男、霧矢ハチ。

 化け物っていうのは、あいつらに使う言葉なんだろうな。

 でも、なあ、妄言使い。

 ……いいや、成志川、景。


「……同格に見えるぜ、今のお前は」


 僕が呟いた、次の瞬間。

 僕の背後へと、成志川の姿はあった。


「ありがとう。君が負けるまでは覚えておこう」

「……ッ!?」


 咄嗟に体をひねり、彼の拳を回避する。

 僕が直前までいた場所へと、金色の拳が通り抜ける。

 その距離、わずか数センチ。

 それだけで風圧が全身を襲い、僕の体は大きく吹き飛ばされてゆく。


「ぐ……っ!」


 な、なんつー、速さだ!

 眼で追うのが精いっぱいだ。

 というか、目で追えても体がついてこない。

 理性が、早く逃げろと叫んでる。

 コイツ、本当に強い……ちょっとシャレにならないレベルだ!

 ただでさえ格上が、なんか奥の手を出してさらに自分を強化してきやがったんだ。もう勝ち目なんて無いに等しい。


「ここで、君には敗北を知ってもらおうか!」


 成志川は、そう叫ぶ。

 たしかに、負けるかもしれない。

 僕が勝つ確率なんていくらもないさ。

 だけど。


「こなくそがぁ……ッ!」


 僕は奥歯を噛みしめ、一気に駆けだす。

 此処で下がれば、何か、大切なもので負ける気がした。

 理性が止めても、本能が叫んでいた。


 ――ここで逃げたら、目標になんて届かない、ってな。


 僕は拳を握り締める。

 消えた右腕に想力込めて、左手にはそれ以上の力を籠める。

 成志川は僕の姿を見て、警戒したように拳を構えた。

 その意識外を狙うように、僕は回し蹴りを顔面へと叩き込む。


「が……っ」

「うるせぇな! 敗北なんて見知り過ぎてんだよ!」


 成志川は、たたらを踏みながら後ずさる。

 その目は強く僕を睨みつけていて、僕は真正面からその目を受けて立つ。


「何度も何度も、自分の力の無さを呪ったよ。目の前でこぼれていく命を、どうにかできなかったのか、ってな。それでもその度に歯ぁくいしばって、前向いて歩いてきた!」


 絶対にかなえたい、願いがあるから。


「辛いんだよ、過去が! お前にわかるか! ふとした瞬間にあふれ出してくる黒い過去! 忘れたくても忘れられない、中学二年生、同級生だった女の子たちのこそこそ声!」


 昨日のように覚えているよ!


『ねぇ、ちょっと。あいつまた……』

『あ、知ってる。調理実習の話でしょ?』

『もう学園中で噂になってるよ。アレでしょ? 自分はなんたらの生まれ変わりだから料理なんてしない、なんて言い放って、家庭科の先生にめちゃくちゃ怒られた、って』

『それで涙目で料理して、包丁で手ぇ切ったんでしょ? あいつの邪龍が封印された右腕って、実はフツーに怪我しただけらしいよ?』


 うるせぇ!

 僕の右腕に邪龍が封印されていた時期はねぇ!

 右腕に邪龍が封印されてたのは隣のクラスの小森くん!

 それと、一年先輩だった大貫先輩!

 同じ中二病だからって同一視すんじゃねぇ!


「いや、ちょっとそれは分からないが」

「だろうね! お前は二年前の時点でも中二病真っ盛りだったもんな! どーせ今もまだ中二病患ってんだろナルシスト野郎が!」

「な……!」


 成志川は目を見開き、やがて僕を睨みつける。

 その様子……中二病は卒業したようだな。

 自覚がある時点で、お前はもう中二病じゃないらしい。

 そうこう考えていると、彼は叫ぶ。


「う、うるさい! お前にこそ分かるか! 僕達が……どれだけの過去を生きてきたか! どれだけ辛い思いをして、今を生きているか!」


 成志川は、僕へと向かって殴り掛かる。

 その姿を見て、僕は拳をにぎりしめる。


 ……知らんよ、お前らの事情なんざ。

 僕は、僕の人生に精一杯だ。

 今を生きるだけでキツキツだ。

 もう、一生懸命生きてんだよ。

 他人の人生を気にする余裕は、正直ない。


 だからこそ、勝手にしろ。


 僕は他人に興味無い。

 僕は僕の目的のためだけに生きてんだから。

 時に他人を蹴落とすし、目的のためなら情け容赦なく人の想いも踏みにじる。


 その道中で、どれだけ憎まれ、恨まれようと。

 僕は、絶対に過去を改変し、今を変える。


 そういう覚悟で、ここに立ってんだ。



「覚悟決まってんのが、自分だけだと思ったか」



 僕は、拳を振り被る。

 その拳に何を見たか、成志川は大きく目を見開いた。


「――ッ!?」


 彼は何かに脅えたように、その場を跳ねる。

 瞬間、僕の拳がその空間を撃ち貫き、強烈な風が周囲へと撒き散らかされた。


「な……! なんだ、その威力……!」


 驚き、十数メートル先へと着地した彼へ。

 僕は、ただ、何となく思ったことを口にした。



「……所詮、他人は他人で、僕は僕だ」



「……っ!? そ、その言葉……!」


 僕の言葉に、成志川は異常な反応を見せた。

 だけど、僕は彼の事情を知りはしない。

 ただ、彼の言葉を聞いて、こう思った。


「お前の過去には興味無い。だから、知ろうとも思わない。お前が言うなら辛かったんだろうし、それならそれでいいんだ」


 お前が辛いなら、それは辛い過去なんだよ。

 他人はもっと辛かったからと、自分はまだマシなんだと。そういう辛い考えは、僕は嫌いだ。

 他人がどれだけ不幸でも、今の自分が自分で不幸だと思うのならば、それは不幸にほかならない。

 まぁ、簡単に言ってしまうと。


『こら! 隣のタケシくんはもっと勉強してるのよ! あんたも見習って勉強しなさい!』

『クソ喰らえ! 僕は僕だクソババア!』


 ということだ。

 全国の親御さん。

 ○○もそうなんだから、という単語はやめましょう。息子がこんな風に育ちますよ。


 閑話休題。


「だから、僕のやろうとしてることも、お前に否定される筋合いはない。僕は辛い。それはもー、本っ当に辛い。死にたくなるくらいに辛い。だから消す。消去する。全てなかったことにする」


 僕は息を吸い、僕の持論を叩きつけた。



「過去は、消すために存在する」



 願望器なんて無ければ、最初から破綻しているようなその言葉に。

 成志川景は、真正面から言葉を返した。



「……過去は、乗り越えるために在る」



 あれっ、なんだろうこれ。

 もしかして、主人公逆転してない?

 みたいな考えが頭を過った。

 けれど、すぐに吐いて笑った。


 そりゃそうだ。

 僕は最初から、主人公なんて器じゃねえだろ。


 僕は一般人。

 どこにでもいる普通の男。

 だから、特別な力なんて何も無い。

 忌むべき中二に教えを乞うて。

 死んでもなお走り続けて。


 ひとつ、ひとつと積み重ねて。


 それでも届かぬ、あと少し。

 特別と普通の間にある、隔てりを。


 僕は結局、忌むべき異能で埋めている。



「【禁書劫略(イクリプス)】」



 手首へと円環が浮かび上がる。

 成志川は警戒したように目を細め、僕は笑った。


「さて。一体お前の何を奪えば、特別(おまえ)一般(ここ)まで堕ちてくるかな」

「……貴様」


 成志川景は、何かを言いかけて。

 その直前で、口を噤んだ。

 きっと彼が告げたのは、思っていたものとは別の言葉だったろう。


「……それが、君の本気だね」


 僕が言葉を返すより先に、変化が起きた。

 先程まで、溢れんばかりに感じられた想力が、徐々に小さく、変化してゆく。


 その姿に、僕は思わず目を細め。


 次の瞬間、僕の眼前には拳があった。


「が……はッ」


 回避は不可能。

 気がついた時には、僕の全身を拳が撃ち抜いていた。

 5、6……いいや、それ以上。

 瞬く間に、10発近い拳が飛んできた。


「くっ、お前……!」


 僕はたたらを踏んで後ずさり。

 成志川景は、まぶたを閉ざして口を開いた。


「私は弱く、私は小さく、私は何より劣るだろう。ゆえに私は忘れない。我が金色の太陽を。我が身を照らしたその神を」

「……なにを」


 その言葉に、一瞬理解が追いつかなかった。

 だけど、次の言葉を聞いた、瞬間。


「我が神よ。この身を捧げ、私は一時、破壊と化そう」


 全身が、一気に粟立つ。

 僕は察した。察してしまった。

 言葉が力となる、妄言使い成志川景。

 今までは、ほぼ全てが短文による能力使役。

 それだけでもこの強さ。

 ならば、と僕は考える。



 ――長文を詠唱した時、その力はどこまで大きく膨れ上がるのか、と。



「……! ま、まずい! シオン!」

「おう! 精一杯貯めといたぜ、カイ!」


 後方を見れば、シオンの両腕が合体し、巨大な銃身を作り上げていた。


 元より、この男に1VS1で勝つつもりはない。

 というか、勝てない。

 だって格上ですもの。

 だから、シオンに攻撃を溜めさせて、頃合の良いタイミングでぶっぱなし、妄言使いを倒す。

 それが最初のシナリオだった。


 まぁ、途中で思った以上に熱くなってしまい、シオンの存在も忘れていた訳だが……そっちがその気なら僕も情け容赦はしない!


「ぶっぱなせ、シオン!」

「おうよ!」


 彼女はそう叫ぶと、両腕の銃口から、超高密度のエネルギー体をぶっぱなす!

 その速度は目を見張るほど。

 目で追うことも出来ない超絶威力。

 それは、ま正面から成志川へと直撃した。

 だが。


「私は理を示す者、私は理を壊す者、私は理を超える者」


「ちょ、ちょっと! 効いてないわよあの男!」


 無傷で現れた妄言使いに、六紗は叫ぶ。

 僕は思わず歯噛みし、詠唱は加速する。


「声は心理なり。名は道理で、その身は定律」


「蹲うことを、善しとはしない」


「其の姿を見ることを、善しともしない」


「私は許さない。私は許しを与えない」


「愚しくも生きるその様を、私は決して許容しない」


 声が、言葉が、重なってゆく。

 その度に想力が小さく、小さく圧縮されてゆく。

 それを知覚すると冷や汗が流れ出てくる。

 まるで、いつ爆発するともしれない爆弾を前にしているような……そんな感覚。

 いいや、それ以上の恐ろしさだった。


「……ちょっとあんた! これまずいわよ!」

「……わかってる! わかって、るんだ」


 逃げようとしてる!

 だけど……体が動いてくれない!

 妄言使いが最初に定めた【不退転】のルール。それが僕らをしばりつけていた。

 背後を振り返ると、シオンと六紗。

 2人を前に、僕は覚悟を腹に据えた。


「私は殺す。私は潰し、切り裂き、焼き殺す」


「そこに痛みは介入せず、在るのは消滅の理のみ」


 僕は大きく息を吐く。

 そして、2人の前へと移動する。


「お、おい、カイ! なにして――」

「シオン、ありったけの影を僕の前に。……お前の影と、僕の杭と。ありったけの防御でも耐えきれなかった分を、僕が相殺する」


 僕の技能のうちひとつ【復讐】。

 耐性技能の最終進化系。

 この力にはもちろん、あらゆる攻撃に対する耐性も含まれている。

 ……たとえ即死の攻撃だとしても、僕を殺すには1分以上かかるぞ、成志川。


 僕の言葉が、聞こえたわけではあるまい。

 それでも成志川は、笑って僕らを見下ろした。



「希望を持つことなかれ。……恐れることなかれ」


「その死はここに、確立された」



 かくして、放たれるのは史上最大の超威力。

 極めた先にある、一種の奥義。


 それはきっと、異能の到達点とも呼ぶべきものだ。



「我が声を、手向けと贈ろう【我が太陽に讃美歌を(ミスディア・マイサン)】」



 金色に太陽が、僕らへ堕ちる。

 それは、滅びの一撃だったと思う。



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