その時のことを、今でもよく覚えている。
小学校の、屋上。
フェンスはなく、人が落ちるにはあまりにも呆気ない。
そんな場所で。
僕は、ただ必死に右手を突き出していた。
頬に感じる冷たい風。
1月の、雪が降りしきる銀世界。
……今にして思えば、なんであんなことをしたのか、よく分からない。その動機を覚えてない。
それでも当時の僕は、必死だったんだ。
好きで、好きで。
その人のことを愛していた。
だから、手を伸ばした。
その先で。
僕の好きだった人は、屋上から転落死した。
☆☆☆
「……はぁ、今日は、懐かしい人達とよく出会う」
その言葉に、その姿に。
シオン・ライアーは直感した。
本能の部分で理解した。
せざるを得なかった。
それだけの力が、その場所に存在していた。
「……てめぇだな。妄言使いってのは。ビシバシ来たぜ」
「こちらこそ。初めまして死地の紅神。君……聞いていたより強そうだね。まあ、僕ほどじゃないみたいだけど」
「抜かせ、クソ雑魚ッ!」
シオンは叫ぶと、一気に駆けだす。
その光景に六紗は目を見開き、妄言使いは瞼を閉ざす。
相反する反応。
そして二人は、ほぼ同時に異能を行使した。
「【
妄言使いが、目を開く。
既にそこは、妄想の世界と化していた。
「な……っ!?」
シオンが大きく目を見開いて。
次の瞬間には、はるか後方へと移動していた。
その隣には六紗優の姿があり、彼女はその光景を見て歯噛みした。
「……聞いていた通りの、異能ですね。妄言使い」
「おいおいおいおい……異能を見て、理解したくねぇと思ったのは初めてだぜ! なんだこの反則の権化みてーな能力は!」
その空間は、控えめに言っても常軌を逸していた。
揺蕩う水に、床を覆い尽くす新雪。
曇天の空に、燦々とその空間を照らす黄金の光。
そんな空間が、室内に広がっていた。
「……最強は界刻、最恐は杯壊。一般的にはそう知られていますが……私が思うに、真に強きは、極め尽くされた個の力。……その事実を前に、異能種別など関係ない」
六紗は告げて、シオンは笑った。
「極めたものが強ぇ。なるほど、シンプルじゃねぇか!」
目の当たりにしたのは、一種の極致。
異能の完成度だけで見れば、おそらく世界最高峰。
常軌を逸したその力。種別はおそらく、【久理】だろう。
魔法でもなく、超能力でもなく。
その力の本質は――
「僕の力は現実の汚染、空間の侵食。想力でこの空間全てを支配する力。この空間では、僕の発言がそのまま現実として具現する」
「……おいおい、いーのかよ? 異能を簡単に教えちまってよ」
妄言使いに、シオンは笑みを浮かべた。
されど、その挑発は無意味と化した。
妄言使いが、右手を二人へと差し向けたから。
「――無論。教えたところで何も変わらない」
瞬間、その空間が彼女らへと伸びた。
2人は咄嗟に後方へと下がるが、あまりの速度に一瞬にして空間へと飲み込まれた。
「くっ……!」
「忘れていたよ、【そこは針地獄だった】」
六紗が歯を食いしばり、妄言使いが告げる。
瞬間、二人の居た空間が変質する。
まるで、最初からそうであったように、四方八方、全方向から膨大な量の針が産み落とされる。
それらは無慈悲に二人へと襲いかかるが……またも二人の姿は掻き消える。
「……厄介だね、その力」
「……貴方ほどじゃ、無いわよ」
妄言使いは、背後へと視線を向ける。
そこには息を荒らげる六紗と、その隣に転がるシオンの姿があった。
「【
「て、てめぇら! 時間停止とか空間支配とか! さらっと反則的な異能使ってんじゃねぇ!」
シオンにしては、珍しく常識的な発言だった。
時間停止の【我が前に刻は要らず】。
空間支配の【妄言此処に極まれり】。
いずれも、単体で見れば最強と言って差し支えない力だろう。ただ、今ばかりは時代が悪すぎた。
この時代には、反則の限りが集い過ぎている。
能力を無条件に強奪する者。
攻撃全てを無慈悲に反射する者。
時の全てを停止させる者。
妄想の存在へと成り代わる獣。
破壊兵器の限りを生み出す者。
妄言を現実へと替える者。
――肉体ひとつで、それら全てを壊す者。
あまりに多くの
故にこそ、反則も一般へと成り下がる。
ここにあるのは、反則同士の潰し合い。
反則の限りを尽くし、互いの最強を押し付け合う。
その様相は……泥仕合と言って差し支えない。
「悪いけれど、押し通ります。行きますよシオン」
「うるせぇ! 言われなくてもわかってらァ!」
2人の体から、膨大な想力が吹き上がる。
それらを前に、妄言使いは表情一つ崩さない。
「……君たちは強いよ。ただ、僕の強さは異質。君たちとは、覚悟も想いも桁違い」
妄言使いの体から、想力が溢れ出す。
彼は両手を広げ、空間を拡大する。
「ここを通せば、彼女に危険が及ぶ」
その言葉に、2人は小さく反応した。
されど、妄言使いに交渉するつもりはなく、2人にも、交渉の余地はなかった。
「悪いね。君たちには、ここで眠ってもらう」
「やれるもんならやってみやがれ!」
「力技で押し通ります。……そちらこそ、痛い目を見る覚悟は出来てるんでしょうね」
かくして、三人は大地を蹴って走り出す。
その瞬間から、その戦いは目にも追えないものへと変化していた。
☆☆☆
「いいじゃない! とてもいいわカイ! あんた、これで合コン行ったら間違いないわ!」
「えっ、そうかな……、えへへ」
体育館。
外から爆発音が響いてくる中。
僕らは特に、変わらなかった。
「おいお前、ちょっと外の戦闘音とんでもないことになってきたぽよ。大丈夫ぽよ?」
「大丈夫だろ、シオンと六紗だし」
あの二人が揃って負けるとは思えない。
だから僕は、エニグマ先生の持つ手鏡で自分の髪型を見ていた。
今僕は、生まれて初めてのワックスを使っている。
髪型はエニグマ先生にセットしてもらった訳だが……ほんと、見れば見るほど凄いな、これ。不思議と自分がイケメンに見える。
「私の手にかかればこんなもんよ! 一体誰が成志川の髪型をセットしてると思ってんの、この私よ!」
「おお! あの遊〇王みたいな!」
すげぇなエニグマ先生!
リアルにあの髪型を作れるだなんて……尊敬します!
あと妄言使いの野郎、お前には失望したよ! 彼女に髪型作ってもらってるなんてなァ! 僕らに謝れ! 全国のぼっち全員に謝れお前!
だけど……そう考えると、さっきの妄言使いにも納得できる。
どこかげっそりとした顔に、髪型は以前に見たものよりもずっと大人しくなっていた。
いや、今の大人しい状態でも十分うるさいんだけど。
それは、エニグマ先生が人質に取られて、しばらく会えていないから、なんじゃなかろうか?
「……おい男」
「ん? なんだ」
ポンタが話しかけてきて、僕は視線を向ける。
すると、彼は僕の後方を見つめており、僕はその視線を追って……ポンタの真意に理解がいった。
「おいおいおい……なぁに人質同士でくっちゃべってんだよ、てめぇら」
そこにいたのは、さっき僕のことをボコってくれた侵入者の男だった。
さっきまではいなかったけど……この戦闘音を聞いて急いで戻ってきたのかな。
そいつはご愁傷さま。
お前ら、もうすぐ終わりだよ。
六紗とシオンが攻めてきてんだからな。
僕はそう考えると……次の瞬間、目の前へと男の靴裏が迫っていた。
「ぐっ……!」
「おい、その反抗的な目……オレが気に入らねぇって分からなかったか? 止めろや」
思いっきり蹴り飛ばされて、鼻血が吹き出す。
「か、カイっ!」
エニグマ先生が、咄嗟に僕へと駆け寄ってくる。
だけど、彼女が僕へ辿り着く直前で、侵入者の男がエニグマ先生の首根っこを掴んだ。
「おおっと、そーはいかねぇよ、お嬢ちゃん。お前には、俺らの大先生、妄言使いのコントローラーになってもらわにゃ困るんでな」
かくして、男は僕を見下ろした。
「だけど、てめぇは要らねぇよな」
それは、どこまでも静かで、冷たい言葉だった。
まるで、喉元に刀を突きつけられたような。
たったの一言で、この男の力量が分かる。
そんな言葉だった。
男の言葉を受けて、侵入者達が僕を囲い、銃口を向けて構えてくる。
「……っ」
「気づかねぇとでも思ったか? てめぇ、さっき手ぇ抜いてたろ。だから危険だと思った。てめぇは、ここでぶっ殺しておいた方がいい、ってな」
僕は周囲へと視線を向ける。
360度、全方位から僕へと向けられた銃口。
思わずゴクリと、喉がなる。
……もしも、もしも万が一。
これらが、一斉に僕の体へと放たれたとしたら。その時僕は……はたして、生きていられるものだろうか?
そこまで考えて……僕は、笑った。
「……てめぇ、何笑ってやがる」
「いんや。お前、思ったより賢かったんだな。僕ァ、手を抜いてもらって調子乗ってる、ただの馬鹿かと思ってたよ」
僕の挑発。
それに、男は青筋をうかべた。
「――撃て。今すぐそいつの息の根ェ止めろ」
それが、合図だった。
周囲から、一斉に放たれた弾丸。
それらを前に、僕は両手の拘束をぶっ壊し。
そして――僕の眼前で、声が響いた。
「【
光が瞬き。
目を開いたその空間で。
僕へと飛来した全ての弾丸が、地に落ちていた。
「……!? な、何してやがるテメェら! 撃て! とにかく撃って撃ちまくれ!」
「り、リーダー! い、いつの間にか銃がぜんぶ壊されてます!」
「アァ!? んでそんなことになってんだよ!?」
リーダーの男が激昂する。
その中で、僕は目の前の男を見上げていた。
身長、およそ2メートル。
腰まで伸びる、白い髪。
青い瞳は空のようで、その姿からは2年前と変わらない……いいや、それ以上の風格、威圧感を感じ取れた。
災厄の獣にして、征服王。
自称イスカンダルの生まれ変わり、ポンタ。
変身状態の彼が、そこには立っていた。
「……変身が、遅いんじゃないか?」
「小煩い。ボクもボクとて、変身のタイミングを見計らっていたのだ。そして、このタイミングこそ、ベストだと断じた」
嘘つけ。僕のピンチを眺めてただけだろ。
お前、どんだけ僕のこと嫌いなんだよ。
まぁ、僕もお前のこと嫌いだから『おあいこ』だけどな!
そうして僕は、彼の隣へと歩いてゆく。
2年前は、その背に守られるしか無かった。
でも、今は違う。
僕は、彼の隣に並び立つ。
拳を構えれば、彼も笑って、拳を構える。
「足を引っ張るなよ、男」
「うるせぇ、こっちのセリフだ征服王」
僕らは互いにそう言って。
侵入者たちは、武器を捨てて僕らを睨む。
彼らへ向けて、僕とポンタは嘲笑う。
「さぁ、戦おう」
「死にたいやつから、前に出ろ」
侵入者たちは、一斉に僕らへ襲いかかった。
僕とポンタは、同時に大地を蹴り出した。
【妄言使い】VS【シオン】&【六紗】
【侵入者】VS【カイ】&【ポンタ】
虐めとしか思えないパワーバランス。
主に後者。
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