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第二章【秘匿の消えた世界】
209『シオンの異能』

 瞬殺劇。

 劇というだけあって、その後の変化は劇的だった。


「「「…………っ」」」


 僕が歩けば、自ずと道が開いた。

 僕の視線から、野次馬たちが逃げていく。

 その多くは、さっきまで僕に悪感情を持ってたやつらだろう。

 ざまあみろ、ってんだ。

 僕はシオンの方へと歩いていたが……ふと、足を止めて隣を見た。


「おい、今度は、出さなくていいのか?」

「ひいっ!? す、すんません!」


 そこには、さっき僕へと足をかけてきた男子生徒たち。

 彼らは僕の視線を受けて怯えたような悲鳴を漏らす。

 が、同情の余地なし。

 気を付けてよね。ああいう陰口って結構心に刺さるのよ。

 いじめ、だめ。ぜったいに。

 さもなくばぶん殴るぞ?

 僕は、『次からは気をつけようね』と彼らへと手を伸ばす。

 だが。


「ひっ、ひいいいいいいっ!? ば、化け物っ!」


 少年たちは、絶叫しながら逃げだした。

 その光景に、僕は手を伸ばしたまま硬直。

 そして……ズキリと、胸が痛んだ。


「ぐっ!」


 ばっ、化け物だなんて!

 そんなの普通の人が言われたら、普通に傷つくからね!

 僕は辛うじて『化け物って呼ばれるのがうれしい』時代があったから耐えられたものの、アンタら、間違っても普通の人に化け物だなんて言うんじゃないよ? 傷つくんだから。

 ちなみに化け物と呼ばれて嬉しいそこのあなた。

 お前は中二病だ。間違いない。


 僕は胸を押さえつけ、大きく息を吐く。

 落ち着け……化け物と呼ばれて蘇りそうになってる中二の僕。

 お前は死んだ。二度と出てくるんじゃない。


「あっ、あの……ひとつお聞きしてもいいでしょうか?」


 ふと、全然知らない声がした。

 そちらを見ると、小柄な少女が立っている。

 彼女は僕の視線を受けてびくっとしたが、深呼吸して僕を見据えた。


「あの……先ほどのは、どうやったのでしょう?」


 先ほどの。

 つまり、大学生をどうやって倒したか、ってことかな。

 まあ、答える義理もないことだし、テキトーにはぐらかして済まそうか。

 そう考えていると……ふと、後方から足音がして振り返る。

 いつの間にか、他の試験も一通り終わっていたらしい。

 周囲に戦っている者は居らず、さて、次の一巡かな? なんて思っていたのもつかの間。

 僕は、ぞろぞろと歩いてくる試験官たちを見て……嫌な予感がした。


「それについて、私たちにも説明頂きたいところですね」


 先頭を歩く、女性の試験官がそう言った。

 なので、僕は笑って即答した。


「いやですよ。こんな公衆の面前で言えと?」

「ならば、公衆の面前でなければよいと?」


 わるいねぇ。少なくとも良くはない。

 僕の事情を知るのは、僕と……霧矢ハチ。あの男だけでいい。

 阿久津さんやシオンにも明かしてないことを、なんでったってこんな見ず知らずの人に明かさなきゃならんのか。信用できない。

 そうこう考えていると、試験官は口を開いた。


「正直、私たち教師陣、貴方を測りかねている部分があります。……事前の調査で、基礎三形の『遮断』に長けているとの結果は出ましたが。それだけ。それ以外の部分について、貴方は先ほどまで『受験者の中の内一人』でしかなかった」


 今は違うけど、って話かな?

 僕が黙っていると、彼女は続けた。


「……貴方は間違いなく合格となるでしょう。……ただ、その実力を知りたい。それこそ、目で追えぬ一瞬ではなく、最低でも数分間。貴方の実力を見て、それから合格させたい」


 ……無茶言いやがる。

 今の僕に数分も戦えと?

 一分も戦えるかどうか怪しいってのに。

 僕はため息を漏らすと、問いかける。


「で、僕のメリットは?」

「……そうですね。入学後に様々な便宜を図る、というのでどうでしょう? あまり他の生徒に対する差別はできませんが、……最低限、学園生活において掛かる全金額の補償。学食での特別メニューの解放。その他諸々、極力あなたの希望には応えるつもりです」


 そう告げる、女性試験官。

 僕はその言葉に、目を見開いた。

 金銭の補償……は、うれしいけれど、今重要なのはそこじゃない。

 僕は恐る恐ると背後を振り返る。

 されど、振り向くより先に、肩を掴まれた。

 赤髪がちらりと視界の端に映り込み……僕はすべてをあきらめた。



「いいじゃねぇか! とくべつメニュー! 超喰いてぇ!」



 僕は考える。

 試験官の提案を断り、シオンと長々ぐだぐだと言い争いをする未来と。

 一分だけ我慢して、あとはすべて円滑に進む未来と。

 どちらがいいかを考えて……やっぱり答えはすぐに出た。


「…………わかりました。それでいいです」

「さすがカイだぜ! 今度オレの頭を撫でさせてやるぜ!」

「それは要らん」

「うるせぇ! たまにはオレを褒めろ!」


 襲い掛かってきたシオンを押さえていると、試験官たちはどこか安心したように、ほっと胸をなでおろしていた。

 不思議に思って首をかしげるが……すぐにその理由は察せられた。

 だって、片や異能者潰しで有名な『死地の紅神』。

 もう片方は、全てが謎に包まれたイレギュラー、この僕。

 こんなのを前にして、緊張するなってのがおかしい話。

 僕らがバカみたいな会話を始めたことで、多少、その緊張が解れたのだろう。


「で、どうするんですか? 正直、本気出して『戦える』ような相手、受験者の中にはいないように思えますけど。……六紗でも呼び戻しますか?」

「……いいえ。その必要には及びません」


 先ほどより、少しだけ柔和な表情を浮かべる女性試験官。

 彼女は僕の隣を指さすと、当然のようにこう告げた。



「今回の受験者。計り知れない【S級】が、もう一人いるんです」


「「…………あ?」」



 僕とシオンの、声が重なった。




 ☆☆☆




「……いつか、こうなるだろうとは思っていたぜ」


 最終決戦。

 親友とも恋人とも、相棒とも呼べる相手と。

 愛憎の限りを込めて、戦うことになった。

 的な雰囲気を込めて、シオンは言った。


「何馬鹿なこと言ってんだ。冥府で何度戦ったと思ってる」

「忘れた! 細けぇこと気にしてたらアレだぜ! 負けだぜ!」


 彼女の発言に大きなため息を漏らす。

 僕らの間に立っている女性の試験官は、僕らを交互に見て口を開く。


「それでは、両者ともに準備はいいですか」


 彼女の提案は、とても簡単なものだった。

『彼女と一般人を戦わせるのはアレなんで、せっかくですし化け物同士で戦ったらどうですか?』と。包まれていたオブラートを開けばそんな感じになるだろう。

 ……まあ、シオンを普通の受験者と戦わせたら、たぶん相手の方が大変なことになっちゃうし。

 僕も彼女の力を見たい半分、相手の心配半分だったわけだし、今回の試験官の提案には乗っかるべきなのだと判断した。


 僕は、シオンへと視線を向ける。

 僕の視線を受けて、シオンは笑った。


 それは、獰猛な、獣のような笑顔だった。


「先に言っとくぜ、カイ。冥府でのオレと一緒にしてたら……怪我すんぜ」


 瞬間、彼女の全身から想力が吹き上がる。

 あまりの量に、圧に、全身が粟立った。

 彼女から、久方ぶりに感じた【殺意】。

 シオン・ライアーが本気であると、今ここに来て、理解した。


 彼女の体から、光が瞬き。

 そして、異能が顕現する。


「………それが、お前の異能か」


 光が瞬き、その後の姿。

 それを見て、僕はようやく彼女の力に理解が及んだ。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()彼女が、そこには立っていたから。



「【死搭載の我が身(ルナティック・マイン)】、全身凶器の全身狂気! 言っとくが、今のオレは馬鹿ほど強いぜ!」



 今の彼女は、全身凶器。

 右腕からは血濡れた剣を。

 左腕は銃へと換わり、背中からは婉曲した砲台が伸びている。

 両足の踵にはタイヤが生まれ、腰の両脇にはジェットエンジン。


 彼女は、バイクを召喚していたわけではない。

 自分の体を、乗り物へと【変換】していたのだ。


 ここに来て、ようやくその事実に気がついた。


 彼女の異能は、自分の体をあらゆる【兵器(モノ)】へと変換する力。

 ……異能力が蔓延るこの世界において、鉄臭蔓延る銃火器は、魔法やなんだと新しいものに対して古く感じるかもしれない。

 だが、あの威力を、想力で強化することが出来たのならば。


 それはきっと、常軌を逸した兵器と化すだろう。


 僕は両腕を構えて、彼女は叫ぶ。


「さぁ、始めようか! 1年半越しの、オレらの喧嘩を!」


 彼女は大地を踏みしめ、駆け出した。

 僕は拳を握りしめ、彼女を迎え撃つ。


「あぁ、そうだな。お前もせいぜい、怪我しないよう気ィつけろ」


 僕はここに来て、初めて遮断を全解除した。

 途端、溢れ出したのは膨大極まる僕の想力。

 常軌を逸したシオンの想力量が、赤子に思える程の量。

 それはまさしく、力の濁流。

 彼女は大きく目を見開いて、僕のつけている耳飾りへと視線を向けた。


「ま、さか、てめぇ!」

「使わせてもらうよ、第二の異能」


 冥府から持ち帰った、深淵剣の残骸。

 僕は阿久津さんに依頼し、あの灰を加工し、小さな耳飾りへと作り直すことに成功していた。

 さっきの大学生と鍵が被っていたのは少し癪だが、気ィつけろよシオン。

 さっきの筋肉バカとは、別格だぜ、僕は。



「【暦の七星(セブンスタ)】、本日は土曜、界刻の日だ」



 この入試は、土曜日開催。

 でもって、本日強化されるのは【次元】の異能。

 僕の変化に気がついたシオンは、楽しげに笑う。


「カッケーな! 髪、逆立ってるし、目の色変わってんぜ!」

「え、マジで? 後で鏡見よう」


 彼女は全身全霊、ただの拳を振り下ろす。

 その場所、その瞬間、ピンポイントで【穴】を発生させ、その拳を彼女の顔面すぐ隣へと転移させる。

 それは威力そのまま、彼女の横っ面へと突き刺さった。


 ……かのように、思えた。


「……く、はっ! はははは! すげぇすげぇ! 今のは危なかったぜ!」

「……今のを防ぐか。化け物だな」


 彼女は拳が当たるその直前で、逆手で拳を受け止めていた。


 ……さっきの少年たち、見てるかい?



 こういうのを、化け物と呼ぶんだよ。



 一拍遅れて衝撃波が突き抜ける。

 あまりの風圧にシオンの前髪が吹き上がる。

 紫色の瞳に、闇のような黒い眼帯。


 僕は彼女の目を見て、嫌な予感に突き動かされた。

 咄嗟に僕は転移して、直後、それが正解だったと理解した。



 僕のいた場所を、シオンの【目からビーム】が撃ち抜いたから。



「なは! これを躱すか! 初見殺しだったのにな!」


 こっ、殺す気でぶっぱなしやがったな、こいつ!

 僕は頬を引き攣らせ、再び彼女へ拳を構える。

 ……さて、あと僕はどれくらい戦っていられるか。

 詳しいことは分からないけど……最低限、一矢報いてやりたいところだ。


 僕は大地を蹴って走り出し。

 シオンは、銃火器の限りを背負って笑っていた。



「Go Ahead! 安心しな、手加減くらいはしてやるからよ!」



 Go Ahead。

 先に逝け。


 少なくとも、安心できるような英単語ではなかった。



――1年半。

少女は生きていた。少年は死んでいた。

さぁ、どちらがより、強くなったのか。

答え合わせを始めよう。


次回【カイVSシオン】

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