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第二章【秘匿の消えた世界】
208『一般人をやめた男』

 緊張に喉が鳴る。

 糸が張り詰め、今にもちぎれてしまいそうな空間で。



「感謝するぜ! お前のおかげでカイに会えたんだからよ!」



 響いた声は、完全に予想外のものだった。


「…………は?」


 六紗もまた、驚いたように目を丸くしている。

 彼女はしばし硬直していたが、やっとの思いで口を開く。


「……言っている、意味が分からないのですが」

「あ? 分かんなくてもいいよ。カイは、なんとなーくてめぇに会いたくなさそうにしてたからよ。だから言わねぇ。教えねぇ。オレはただ、言いたいことを言いに来ただけだ」


 シオンの言葉に、今度は僕が目を丸くする番だった。

 ……確かに、その通りだ。

 僕は何故か、六紗と顔を合わせづらいと思ってる。

 理由は……なんだろうな。

 僕のせいで阿久津さんと仲違いさせてしまったから、だろうか? これといった理由はよく分からない。

 それでも、確かに僕は六紗を避けていた。

 それを、シオン・ライアーは理解していた。



「……まさか、生きている、の? あの人が……!」



 六紗は、大きく目を見開き、周囲を見渡す。

 僕は人混みに隠れているため、彼女は僕を見つけられない。

 六紗もまた、これだけの中から僕を見つけるのは至難の業と理解したのだろう。焦ったようにシオンを見た。


「あ、貴女……!」

「言わねぇ。オレはてめぇよりカイの方が好きだからな。あいつが本当に嫌がることはやらねぇよ」

「し、知らない……そんなの知らないわよ! 教えなさいよ!」


 六紗の体から、膨大な想力が溢れ出す。

 あまりの威圧に、多くの生徒たちが後ずさる中。

 それを真正面から受けて立ち、それでもシオンはブレなかった。



「うるせぇな。言わねぇって言ってんだろ」



 その声に、その目に、姿に。

 最強の代名詞、六紗優でさえ圧倒された。

 嘘の欠けらも無い、圧倒的な誠実さと、謎の自信。

 そして、僕に対する絶対的な信頼。

 彼女は、僕が本当に嫌がることは絶対にしない。

 シオンがそう言った以上、それはきっと本当だ。


「とはいえ、だ。お前のおかげでカイに出会えて、感謝してるのは事実だぜ? そうだな……なんか一つだけ。一つだけ答えてやるよ。何がいい? アイツが嫌がらねぇ範囲内でなら答えてやるぜ」


 シオンは、六紗に向かってそう言った。

 それに対して、六紗は咄嗟に口を開いた。


「あ、あの人は今……ッ」


 何処にいるのか。

 それが、咄嗟に出た彼女の本音。

 余程、僕の死が彼女にとって重かったのか。

 僕は制服の胸の部分を握りしめる。

 シオンは困ったように頭をかいて。


 六紗優は、その本音を、途中で止めた。



「…………アイツは、この学園に入学する気なわけ?」



 それは、六紗優が見せた、2年前と同じ顔だった。

 周囲の野次馬が、少し驚いたのがわかった。

 口調が違う、雰囲気が違う、顔が違う。

 いつも見ている【外向きの顔】ではない。

 それは、六紗優の本来の姿だった。


「……おう。これくらいは言ってもいいのかもしれねぇな。理由はわかんねぇが、なんか入るみたいだぜ? だからオレ様もついてきてやったんだ! アイツ1人だとすぐに死んじまいそうだからな!」


 なんだとコラ。

 お前はただついてきたかっただけだろ。

 僕は思わず青筋をうかべ、六紗は笑った。


「……ふふっ、そうですね。勝手に死んで、かと思ったら生きていて。私もこの学園に受かるでしょうし、次会った時はぶっ叩いてやりますよ」


 既に、彼女は外面を被り直していた。

 その姿にシオンは少し目を丸くしたが、やがて楽しそうに笑っていた。


「おう! アイツは親分のオレ様をぶっ叩くような奴だからな! お前にだけはカイをぶっ叩く権利をやろう! ……けんりの使い方、これで合ってるか?」

「………………まぁ、あってますが。次にお会いする時は……その、なにか、国語の教科書でも持ってきましょう。それでは、またいつの日か」


 六紗はそんなことを言いながら、今度こそ学校を去ってゆく。

 その後ろ姿を見送るシオンと、呆然とする野次馬たち。



 そんな中で、僕はシオンへと近寄った。

 そして。


「おっ、カイ! なんかあいつも良い奴だぶほっ!?」

「お前なぁ……!」


 思いっきり、その頭をぶっ叩いた。

 僕は頭を抑えて蹲るシオンの首根っこを掴むと、そのまま彼女を引きずり、試験会場グラウンドの隅っこの方まで連れてきた。


「な、何すんだカイ!」

「うるせぇ! お前こそいきなり何してんだよ! 心臓止まるかと思ったよ(小声)!」


 観衆の目があるため、小声で叫ぶ。

 なんか良い感じで締めてたけどさ!

 お前……いきなり六紗に話しかけるってどういうこと?

 そして【死地の紅神】って異能者襲撃で有名な、反正統派の異能力者じゃねぇか! お前なにやってんの? 大方気に入らなかったからぶん殴った、的な答えが帰ってくるんだろうけどさ!


「そうカッカすんじゃねぇよ! キンタマついんだろ?」

「2年経ってもタマタマ、タマタマと……お前は!」


 どんだけ僕のタマが気になってんだ!

 普通についてるよ! お前1回、水浴び中に乱入してきて目撃してるだろうが! お前、もしかして馬鹿すぎて見たこと自体も忘れてるのか?

 だとしたら1発ぶん殴らせろ。

 女の覗きだって犯罪になるんだと、その身に叩き込んでやる。


「お、怒るんじゃねぇよ……。つーかカイ、お前呼ばれてんぞ」

「はぁ?」


 シオンの露骨な話題逸らし。

 背後を振り返ると……本当だ、第1周目の試験が終了してる。

 傷だらけになったもの、無傷のもの。

 結構ばらつきはあれど、騒動の裏側で戦っていた受験者たちは、みな疲れたようにしながら教室へと戻ってゆく。

 そして、次に呼ばれている第二陣。

 その中に、僕の名前は確かにあった。


「……命拾いしたな、シオン」

「ま、マジで怒ってやがる……」


 僕はシオンを置いて歩き出すと、妙に視線を感じた。

 大方、六紗とシオンが僕について話してたから、それについてうんたらかんたら、という視線だろう。

 名前が呼ばれている場所へと歩いていると、ふと、僕の前に足が突き出された。

 このまま歩けば転びそうだったため、僕は普通に躱して歩き出す。

 背後から舌打ちが聞こえた。


「チッ、いい気になりやがって……」

「どうやってS級に媚び売ったんだよ」

「腹立つぜ……なんであんな野郎が」


 どうやら、S級に媚び売って目立とうとする嫌な奴、みたいに思われてるみたいだな。なんつー風評被害。

 僕は思わずため息を漏らす。

 その頃には、既に試験会場まで辿り着いていた。


 そこには、先程六紗の試験を執り行っていた試験官と、僕の対戦相手らしい、体格のいい大学生の姿があった。


「へへっ、おいガキ。てめぇも運がなかったな? ここで、よりにもよってこの俺様にぶつかっちまったんだ。……明日も今日と同じく歩いていてぇなら、棄権しな。でなけりゃ不能は両足どころじゃ済まねぇぜ!」


 そう言って、大学生は自分のイヤリングを指さした。

 その姿に、野次馬の受験生たちが少なからず動揺する。

 それは試験を執り行う試験官も同じ事で、冷や汗を流しながら大学生を見つめていた。


「ま、まさか……鍵の保有者……【持つ者(ホルダー)】か?」

「その通り!てめぇら雑多の基礎三形なんか比にならねぇ! 俺は本物の異能力者、ホルダーだ! その時点でてめぇら一般人とは格がちげぇんだよ!」


 ……そういや、ホルダーって言葉、さっきも聞いたな。

 確か、あの金髪イケメン少年に言われたんだったか。

 こいつらの言葉から察するに、ホルダーっていうのは鍵の所有者のこと。つまり、基礎三形ではなく、本物の【異能】を使える者のことを言うのだろう。

 なるほどなぁ……。さっきのマラソンも、基礎三形ばかりで異能を使っている者は少なかった。この大学生の話を信じるのなら、きっと鍵を保有する人はそう多くないのだろう。


「……最初に問おう。得意分野はなんだ」

「戦うこと」

「戦闘! オレの種別は【災躯】、シンプルで強烈なパワーで、どんな奴でもぶっ潰す!」


 僕らの言葉を受け、試験官は大きく息を吐いた。

 彼は僕へと視線を向ける。

 その目は、憐憫に満ちていた。


「……あまり、表立って言えることではないが、棄権を推奨する。相手が鍵付きの異能力者だとするならば……まともに戦えば命に関わる。最終試験で結果を残せない以上、今回は不合格となるだろうが……、来年も、再来年ある。生きてさえいればチャンスはやってくる」


 こんなところで人生を棒に振るんじゃない。

 そう言ってくる試験官に、僕は少しだけ笑った。

 いい人だなぁ、この人。

 ただ、出来ることなら相手の心配をしてあげて欲しい。

 というわけで、僕は首を横に振った。


「大丈夫ですよ、この程度には負けません」

「……ほォ、よく言った。ぶっ潰される準備は整ってるみてぇだなァ!」


 試験官より先に、大学生の対戦相手が声を出す。

 彼の体から想力が吹き上がり、僕は思わず目を見開いた。

 試験官の男性は、本格的に始動した【災躯】に喉を鳴らし、瞼を閉ざす。


「……忠告はしたぞ。それでは、両者構えて……!」


 それは、半ばあきらめに近かったかもしれない。

 僕の目の前で、大学生の男は大きく声を張り上げた。


「俺は一般人を超越した男! 我が異能は【超人極致(ハイ・ビースト)】!」


 奴の筋肉が、一気に膨れ上がる。

 凄まじい圧力だ。

 周囲の野次馬から悲鳴が上がる。

 数名、僕がとんでもねぇ相手とぶつかり、ほくそ笑んでる性格の悪い奴もいるけれど。基本的には『あいつ死んだな』ってお通夜ムードになりつつある。

 試験官は、いつでも試合を止められるように注意しながら、僕らを見据える。

 大学生の変化はさらに加速し、既に人間の形を留めてもいない。


「さあ、開始何秒持つか! せいぜい楽しませてくれよォ……!」


 筋肉が溢れんばかりに膨張したその男は、まるで獣のよう。


 僕は大きく息を吐くと、目を細めて前を見据えた。


 そして、開始の合図が鳴り響く。



「それでは、試合開始……ッ!」



 試験官が、振り上げた右手を振り下ろす。


 と同時に、僕の姿は掻き消えた。


「…………………はぁ?」


 誰かが呟いた、そんな言葉。

 僕は一瞬で、大学生の目の前まで移動していて。

 目の前で、大学生は力を失い、倒れ伏す。

 砂塵が舞い、大きな音が響く。


 歓声は聞こえない。


 聞こえてくるのは、瀕死になった男の呼吸音だけ。

 会場中が静まり返り、全ての視線がこちらへと向かう中。

 僕は、顔面に拳の跡がクッキリ残った【超人】を見下ろした。



「奇遇だな。僕も一般人はやめているんだ」



 試験官へと視線を向ける。

 彼は唖然と僕を見ていたが、すぐに正気に戻ったようで、焦ったように声を上げる。


「し、勝者、灰村解!」


 勝者コールが鳴り響き、僕は感慨もなく息を吐く。


 まぁ、とりあえずはこんなもんだろ。

 六紗が受かるというのなら、僕も同じことをすればいいだけの事。

 つまり、奴と同等の速度で瞬殺すればいい。

 異能力者が相手と聞いた時は少し驚いたけど……まぁ、一般人ならこんなもんだろう。


「まさか、ホルダー? だとしても、その強さ、その速さはまるで……」


 試験官がボソボソとつぶやく中。

 僕は、欠伸を噛まして歩き出す。


 後方では、倒れた大学生が担架に乗せられて運ばれてゆく。

 ふと、隣を通り過ぎた彼の顔面には、しかと【狼の拳跡】が刻まれていた。

 前方へと視線を向けると、僕の瞬殺を見て、シオンがとても楽しそうに笑っていた。



「……それじゃあ、お手並み拝見といこうかな」



 これで、僕の試験は終了した。


 残るは、他の生徒の実技2次試験。



 つまり、シオン・ライアーの『戦い』が見られるって訳だ。




TUEEEEけど最強じゃない。

TUEEEE奴は、もっと、ずっといる。


次回【シオンの異能】

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