緊張に喉が鳴る。
糸が張り詰め、今にもちぎれてしまいそうな空間で。
「感謝するぜ! お前のおかげでカイに会えたんだからよ!」
響いた声は、完全に予想外のものだった。
「…………は?」
六紗もまた、驚いたように目を丸くしている。
彼女はしばし硬直していたが、やっとの思いで口を開く。
「……言っている、意味が分からないのですが」
「あ? 分かんなくてもいいよ。カイは、なんとなーくてめぇに会いたくなさそうにしてたからよ。だから言わねぇ。教えねぇ。オレはただ、言いたいことを言いに来ただけだ」
シオンの言葉に、今度は僕が目を丸くする番だった。
……確かに、その通りだ。
僕は何故か、六紗と顔を合わせづらいと思ってる。
理由は……なんだろうな。
僕のせいで阿久津さんと仲違いさせてしまったから、だろうか? これといった理由はよく分からない。
それでも、確かに僕は六紗を避けていた。
それを、シオン・ライアーは理解していた。
「……まさか、生きている、の? あの人が……!」
六紗は、大きく目を見開き、周囲を見渡す。
僕は人混みに隠れているため、彼女は僕を見つけられない。
六紗もまた、これだけの中から僕を見つけるのは至難の業と理解したのだろう。焦ったようにシオンを見た。
「あ、貴女……!」
「言わねぇ。オレはてめぇよりカイの方が好きだからな。あいつが本当に嫌がることはやらねぇよ」
「し、知らない……そんなの知らないわよ! 教えなさいよ!」
六紗の体から、膨大な想力が溢れ出す。
あまりの威圧に、多くの生徒たちが後ずさる中。
それを真正面から受けて立ち、それでもシオンはブレなかった。
「うるせぇな。言わねぇって言ってんだろ」
その声に、その目に、姿に。
最強の代名詞、六紗優でさえ圧倒された。
嘘の欠けらも無い、圧倒的な誠実さと、謎の自信。
そして、僕に対する絶対的な信頼。
彼女は、僕が本当に嫌がることは絶対にしない。
シオンがそう言った以上、それはきっと本当だ。
「とはいえ、だ。お前のおかげでカイに出会えて、感謝してるのは事実だぜ? そうだな……なんか一つだけ。一つだけ答えてやるよ。何がいい? アイツが嫌がらねぇ範囲内でなら答えてやるぜ」
シオンは、六紗に向かってそう言った。
それに対して、六紗は咄嗟に口を開いた。
「あ、あの人は今……ッ」
何処にいるのか。
それが、咄嗟に出た彼女の本音。
余程、僕の死が彼女にとって重かったのか。
僕は制服の胸の部分を握りしめる。
シオンは困ったように頭をかいて。
六紗優は、その本音を、途中で止めた。
「…………アイツは、この学園に入学する気なわけ?」
それは、六紗優が見せた、2年前と同じ顔だった。
周囲の野次馬が、少し驚いたのがわかった。
口調が違う、雰囲気が違う、顔が違う。
いつも見ている【外向きの顔】ではない。
それは、六紗優の本来の姿だった。
「……おう。これくらいは言ってもいいのかもしれねぇな。理由はわかんねぇが、なんか入るみたいだぜ? だからオレ様もついてきてやったんだ! アイツ1人だとすぐに死んじまいそうだからな!」
なんだとコラ。
お前はただついてきたかっただけだろ。
僕は思わず青筋をうかべ、六紗は笑った。
「……ふふっ、そうですね。勝手に死んで、かと思ったら生きていて。私もこの学園に受かるでしょうし、次会った時はぶっ叩いてやりますよ」
既に、彼女は外面を被り直していた。
その姿にシオンは少し目を丸くしたが、やがて楽しそうに笑っていた。
「おう! アイツは親分のオレ様をぶっ叩くような奴だからな! お前にだけはカイをぶっ叩く権利をやろう! ……けんりの使い方、これで合ってるか?」
「………………まぁ、あってますが。次にお会いする時は……その、なにか、国語の教科書でも持ってきましょう。それでは、またいつの日か」
六紗はそんなことを言いながら、今度こそ学校を去ってゆく。
その後ろ姿を見送るシオンと、呆然とする野次馬たち。
そんな中で、僕はシオンへと近寄った。
そして。
「おっ、カイ! なんかあいつも良い奴だぶほっ!?」
「お前なぁ……!」
思いっきり、その頭をぶっ叩いた。
僕は頭を抑えて蹲るシオンの首根っこを掴むと、そのまま彼女を引きずり、試験会場グラウンドの隅っこの方まで連れてきた。
「な、何すんだカイ!」
「うるせぇ! お前こそいきなり何してんだよ! 心臓止まるかと思ったよ(小声)!」
観衆の目があるため、小声で叫ぶ。
なんか良い感じで締めてたけどさ!
お前……いきなり六紗に話しかけるってどういうこと?
そして【死地の紅神】って異能者襲撃で有名な、反正統派の異能力者じゃねぇか! お前なにやってんの? 大方気に入らなかったからぶん殴った、的な答えが帰ってくるんだろうけどさ!
「そうカッカすんじゃねぇよ! キンタマついんだろ?」
「2年経ってもタマタマ、タマタマと……お前は!」
どんだけ僕のタマが気になってんだ!
普通についてるよ! お前1回、水浴び中に乱入してきて目撃してるだろうが! お前、もしかして馬鹿すぎて見たこと自体も忘れてるのか?
だとしたら1発ぶん殴らせろ。
女の覗きだって犯罪になるんだと、その身に叩き込んでやる。
「お、怒るんじゃねぇよ……。つーかカイ、お前呼ばれてんぞ」
「はぁ?」
シオンの露骨な話題逸らし。
背後を振り返ると……本当だ、第1周目の試験が終了してる。
傷だらけになったもの、無傷のもの。
結構ばらつきはあれど、騒動の裏側で戦っていた受験者たちは、みな疲れたようにしながら教室へと戻ってゆく。
そして、次に呼ばれている第二陣。
その中に、僕の名前は確かにあった。
「……命拾いしたな、シオン」
「ま、マジで怒ってやがる……」
僕はシオンを置いて歩き出すと、妙に視線を感じた。
大方、六紗とシオンが僕について話してたから、それについてうんたらかんたら、という視線だろう。
名前が呼ばれている場所へと歩いていると、ふと、僕の前に足が突き出された。
このまま歩けば転びそうだったため、僕は普通に躱して歩き出す。
背後から舌打ちが聞こえた。
「チッ、いい気になりやがって……」
「どうやってS級に媚び売ったんだよ」
「腹立つぜ……なんであんな野郎が」
どうやら、S級に媚び売って目立とうとする嫌な奴、みたいに思われてるみたいだな。なんつー風評被害。
僕は思わずため息を漏らす。
その頃には、既に試験会場まで辿り着いていた。
そこには、先程六紗の試験を執り行っていた試験官と、僕の対戦相手らしい、体格のいい大学生の姿があった。
「へへっ、おいガキ。てめぇも運がなかったな? ここで、よりにもよってこの俺様にぶつかっちまったんだ。……明日も今日と同じく歩いていてぇなら、棄権しな。でなけりゃ不能は両足どころじゃ済まねぇぜ!」
そう言って、大学生は自分のイヤリングを指さした。
その姿に、野次馬の受験生たちが少なからず動揺する。
それは試験を執り行う試験官も同じ事で、冷や汗を流しながら大学生を見つめていた。
「ま、まさか……鍵の保有者……【
「その通り!てめぇら雑多の基礎三形なんか比にならねぇ! 俺は本物の異能力者、ホルダーだ! その時点でてめぇら一般人とは格がちげぇんだよ!」
……そういや、ホルダーって言葉、さっきも聞いたな。
確か、あの金髪イケメン少年に言われたんだったか。
こいつらの言葉から察するに、ホルダーっていうのは鍵の所有者のこと。つまり、基礎三形ではなく、本物の【異能】を使える者のことを言うのだろう。
なるほどなぁ……。さっきのマラソンも、基礎三形ばかりで異能を使っている者は少なかった。この大学生の話を信じるのなら、きっと鍵を保有する人はそう多くないのだろう。
「……最初に問おう。得意分野はなんだ」
「戦うこと」
「戦闘! オレの種別は【災躯】、シンプルで強烈なパワーで、どんな奴でもぶっ潰す!」
僕らの言葉を受け、試験官は大きく息を吐いた。
彼は僕へと視線を向ける。
その目は、憐憫に満ちていた。
「……あまり、表立って言えることではないが、棄権を推奨する。相手が鍵付きの異能力者だとするならば……まともに戦えば命に関わる。最終試験で結果を残せない以上、今回は不合格となるだろうが……、来年も、再来年ある。生きてさえいればチャンスはやってくる」
こんなところで人生を棒に振るんじゃない。
そう言ってくる試験官に、僕は少しだけ笑った。
いい人だなぁ、この人。
ただ、出来ることなら相手の心配をしてあげて欲しい。
というわけで、僕は首を横に振った。
「大丈夫ですよ、この程度には負けません」
「……ほォ、よく言った。ぶっ潰される準備は整ってるみてぇだなァ!」
試験官より先に、大学生の対戦相手が声を出す。
彼の体から想力が吹き上がり、僕は思わず目を見開いた。
試験官の男性は、本格的に始動した【災躯】に喉を鳴らし、瞼を閉ざす。
「……忠告はしたぞ。それでは、両者構えて……!」
それは、半ばあきらめに近かったかもしれない。
僕の目の前で、大学生の男は大きく声を張り上げた。
「俺は一般人を超越した男! 我が異能は【
奴の筋肉が、一気に膨れ上がる。
凄まじい圧力だ。
周囲の野次馬から悲鳴が上がる。
数名、僕がとんでもねぇ相手とぶつかり、ほくそ笑んでる性格の悪い奴もいるけれど。基本的には『あいつ死んだな』ってお通夜ムードになりつつある。
試験官は、いつでも試合を止められるように注意しながら、僕らを見据える。
大学生の変化はさらに加速し、既に人間の形を留めてもいない。
「さあ、開始何秒持つか! せいぜい楽しませてくれよォ……!」
筋肉が溢れんばかりに膨張したその男は、まるで獣のよう。
僕は大きく息を吐くと、目を細めて前を見据えた。
そして、開始の合図が鳴り響く。
「それでは、試合開始……ッ!」
試験官が、振り上げた右手を振り下ろす。
と同時に、僕の姿は掻き消えた。
「…………………はぁ?」
誰かが呟いた、そんな言葉。
僕は一瞬で、大学生の目の前まで移動していて。
目の前で、大学生は力を失い、倒れ伏す。
砂塵が舞い、大きな音が響く。
歓声は聞こえない。
聞こえてくるのは、瀕死になった男の呼吸音だけ。
会場中が静まり返り、全ての視線がこちらへと向かう中。
僕は、顔面に拳の跡がクッキリ残った【超人】を見下ろした。
「奇遇だな。僕も一般人はやめているんだ」
試験官へと視線を向ける。
彼は唖然と僕を見ていたが、すぐに正気に戻ったようで、焦ったように声を上げる。
「し、勝者、灰村解!」
勝者コールが鳴り響き、僕は感慨もなく息を吐く。
まぁ、とりあえずはこんなもんだろ。
六紗が受かるというのなら、僕も同じことをすればいいだけの事。
つまり、奴と同等の速度で瞬殺すればいい。
異能力者が相手と聞いた時は少し驚いたけど……まぁ、一般人ならこんなもんだろう。
「まさか、ホルダー? だとしても、その強さ、その速さはまるで……」
試験官がボソボソとつぶやく中。
僕は、欠伸を噛まして歩き出す。
後方では、倒れた大学生が担架に乗せられて運ばれてゆく。
ふと、隣を通り過ぎた彼の顔面には、しかと【狼の拳跡】が刻まれていた。
前方へと視線を向けると、僕の瞬殺を見て、シオンがとても楽しそうに笑っていた。
「……それじゃあ、お手並み拝見といこうかな」
これで、僕の試験は終了した。
残るは、他の生徒の実技2次試験。
つまり、シオン・ライアーの『戦い』が見られるって訳だ。
TUEEEEけど最強じゃない。
TUEEEE奴は、もっと、ずっといる。
次回【シオンの異能】
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