DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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ダイ・ハードの象徴でもある、クリスマスの日までに日本編終わらせる
ステイサムも「クリスマス」って名前の傭兵役をやっているんですけどね


Aim for Moskau

 悪魔の山手線運休騒動から、十時間ほどが経過する。

 東京は夜に染まり、退廃的な空気を漂わせ始めた。

 

 

 六本木のビル街は、彩り豊かな光で満ちていた。

 乱痴気騒ぎの欲望が、さめざめと振る小雪と共に舞っている。

 

 

 華やかな宵街の一角、特に過激な雰囲気を醸す地帯。

 朝方、チェリオスが押し入った、あのクラブだ。

 

 

 

「………………」

 

「チャカよぉ……おめえ、どうしたその顔……」

 

「なんでもねぇっすよ」

 

「なんでもねぇ訳ねぇだろ」

 

 

 クラブのオーナーであるチャカの顔は、包帯とガーゼだらけだった。

 明らかに異様な彼の姿を気になったのか、小太りの男が聞く。

 

 

「喧嘩か? それにしちゃあ、おめぇがボコされんのは珍しいな」

 

「不意打ち食らわされただけっすから、タカさん。普通にやってりゃ勝ってた」

 

「あー、なるほどなァ。今日のおめぇなんか大人しいと思えば、負けて悔しい訳か」

 

「んな訳ねぇよ」

 

 

 図星を突かれ、自身の上司にあたる人物にも荒い口調を使う。

 

 

 

 チャカの注意はずっと、一つに向けられていた。

 

 絢爛なライトとミラーボールの乱反射が照らす店内。

 お立ち台で踊るストリッパー達と、ねっとりとした視線を向ける客らを見下ろせる二階の個室で、彼らの密会は敢行された。

 

 

 ロシア人と日本人の集団が、テーブルを中心にちょうど二分割された状態で話を進めている。

 その中にはロック、レヴィ、そして全員を束ねるバラライカと、彼女の右腕であるボリスの姿があった。

 

 

 

 チャカがチェリオスに提示した、香砂会系ヤクザとロシアンマフィアの報告会だ。

 イカれた殺し屋に啖呵切った手前、情報収集にリソースが向き、他にはほぼ無関心だった。

 

 

 

 

「あの、クソハゲ……今に見てやがれ……地獄に送ってやっからなぁ……」

 

 

 だが、決して彼はチェリオスに屈服している訳ではない。

 怒りに燃える頭の中では、様々な謀略が巡らされていた。

 

 

「……チャカ坊、どうした? 目がヤベェぞ。キメたか?」

 

「キメてねぇよ」

 

「なんだおめぇ……」

 

 

 不機嫌な顔付きのままタバコを乱暴に咥え、勢い良く紫煙を吐き散らす。

 

 

 

 

 

 

 タバコの煙が空気の海に混じり流れる中、バラライカは眼前にいる男と対話を続けている。

 

 

「……ところで『板東』さん。香砂会側は現在、どのような動きを見せていますか?」

 

 

 彼女の口から放たれた英語を、通訳であるロックの口から日本語に変換して、「板東」と呼ばれた男にパスされる。

 板東は関西弁で質問に答えた。

 

 

「炙り出しすんのは読んどったんやが、ちょいと不可解な事をしとるんやわ」

 

「不可解な事?」

 

「せや」

 

 

 ひたいを爪で掻いてから、板東は続ける。

 

 

「……どういう訳か、歌舞伎町や錦糸町のオカマども締め上げとる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、錦糸町の某所で、彼の言った「締め上げ」が行われている最中だった。

 

 

「やめてーーッ!? やめてーーッ!!??」

 

 

 全裸のまま亀甲縛りで天井に吊るされたオカマを見ながら、巨軀の男がギラリと睨む。

 

 古めかしいダックテール。チェリオスが追っている、「モロ」だ。

 

 

「おめェ、サカモト……なんだコソコソ、ウチの組の事ァ探ってやがるようだなァ」

 

「知らないわっ!! 知らない過ぎるわよっ!?」

 

「知らない過ぎる訳がねェ。おめェだけじゃなくてなァ、色んなトコのカマ野郎が香砂会の情報を集めてやがる」

 

「ワテクシは関係ないわ!?!?」

 

「寧ろおめェが筆頭なんだ」

 

 

 モロは部下に合図し、何かを持って来させた。

 

 それは大きな肉切り包丁だ。

 サカモトと呼ばれたオカマの顔からサァーっと、血の気が引く。

 

 

 

 

「オカマなんだからよォ。『後ろだけあれば良い』よなァ?」

 

 

 彼の部下たちが、サカモトの両足を掴んで暴れさせないようにする。

 モロは肉切り包丁の峰でトントンと肩を叩きながら。ゆっくりとサカモトに近付く。

 

 

「駄目駄目駄目駄目駄目待って待って待ってッ!?!? ワテクシ『タチ』だから前も使うのッ!?!?」

 

「じゃあこっから後ろだけにしろ」

 

「アッー!! 思い出したーッ!! 思い出しましたわーーッ!? 確かワテクシッ、フラット・ジャッ君に頼まれただけだったのですわーーッ!?!?」 

 

 

 サカモトが吐いた名前を聞き、モロはピタリと足を止める。

 彼の眼前には、サカモトの「アレ」がぶら下がっていた。

 

 

「フラット・ジャッ君ってなんだ?」

 

「歌舞伎町で、海外マフィア相手に医薬品の横流しをしているブローカーです。フラット・ジャックですね」

 

 

 部下の情報を聞き、モロは不敵に笑う。

 

 

「海外マフィア相手かァ……ウチの組に戦争仕掛けた奴と関連があるかもな」

 

「い、言ったからもう、ワテクシ許される?」

 

 

 モロは考え事をするかのように口をモゴモゴさせてから、吊るされている彼を見上げた。

 

 

「俺ァ、正直モンが好きだ。こっちの質問に、ちゃァんと包み隠さず答えてくれる、正直モンが好きだ」

 

「そ、そうでしょそうでしょ!? ワテクシ正直者なのッ! 近所でも評判なのよッ!!」

 

 

 サカモトの言葉を聞いた途端、モロはなぜか嬉しそうに笑いながら突然歌い出す。

 

 

 

 

「知ってるぜ! 日本中知ってるあの歌だろっ! 交差点で百円拾ぉったぁよぉ〜♪」

 

 

 足を捕まえている部下二人を指差し、続きを歌わせる。

 

 

「今すぐコレ交番に届けよォぉ〜ぅオゥッ!!」

 

「いぃ〜つぅ〜だぁ〜、って、俺は正直さぁ!」

 

 

 次に吊るされているサカモトを指差す。

 戸惑いながらも、続きを歌う。

 

 

「き……近所でぇもぉ……ひょ、評判さぁ〜あ、ア〜♪……?」

 

 

 差した指を左右に動かし、指揮者のように振る舞い出すモロ。

 彼の指に合わせるように、部下とサカモトでのコーラスが始まる。

 

 

「リぃ〜ンリン♪ ラァンラン、ソォ〜セェジィーッ♪」

 

「ハァーイハイ、ハァームゥーじゃあなァいぃ〜♪ なんて事わっ!」

 

「ぜ……ぜぇ〜んぜん、かぁーのぉーじょーもー言ぃ〜ってない〜♪」

 

 

 全員で声を合わせる。

 

 

「「「へぇ〜いへいっ! にぃ〜ほぉ〜ん〜じゅうぅうぅ〜〜っ!」」」

 

 

 最後は、モロが独唱で締めた。

 

 

「知ってい〜るぅ〜さぁあ〜ぁあ〜〜〜〜っ!」

 

 

 肉切り包丁を振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「正直モンならハナから吐いとけジャリぃーーーーッ!!!!」

 

 

 鮮血と悲鳴と、切られたサオとタマが宙を舞う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の正午となり、エアロビをするフラット・ジャックは眉を顰めていた。

 

 

「おかしいわね……オカマ仲間から情報が来なくなっちゃったわ。サカちゃんからも来ないし……」

 

 

 トレッドミルで最大スピードにして走るチェリオスが叫ぶ。

 

 

「時間だぁぁーーッ!! 電話貸せーーッ!!」

 

「もう五十デシベルほど声量下げられないの?」

 

 

 エアロビをしながら、固定電話の子機をチェリオスに投げ渡す。

 受け取ると彼はトレッドミルから降り、アンナカを振りかけたメロンを食べながら電話をかける。

 

 

 

 

 

 

 着信したのは、勿論だがチャカの携帯電話だ。

 彼は路地裏で、数人の仲間たちを前にしながら応答する。

 

 

「お……お前か……! 待ってたぜ……!」

 

「約束の時間だ。会合とやらはやってたか?」

 

「あぁ。ちゃんとなぁ? 色々聞いたぜぇー?」

 

「全部話せ」

 

 

 チャカは昨夜の密会での内容を思い出し、チェリオスに伝える。

 

 

「まず、連中は束ねてんのは『バラライカ』って女だったぜ」

 

「バラライカだとぉ?」

 

 

 チェリオスは思わず、エアロビ中のフラット・ジャックを見る。

 ステップニーをしながら、彼もまた驚いた様子で話す。

 

 

「ホテモスの超大物じゃないの! まさか日本に来ているなんて……!」

 

「噂じゃあ、アフガン帰りのイカれた軍人崩れどもを従えてるって聞く」

 

「合点がいったわ……! 新宿での騒ぎは、間違いなくバラライカの仕業よっ!」

 

「じゃあ待て待て、オイ……じゃあなんで、香砂会系のヤクザと密会してんだ? こいつらが襲ってんのは、香砂会のクラブだろが?」

 

 

 チェリオスは即座に、「そこのところどうなんだ」とチャカに聞く。

 唇の下に開けたピアスを弄りながら、彼は情報を伝えてくれた。

 

 

「謂わば、クーデターだ!『鷲峰組』が、親殺しをすんだよ! ホテル・モスクワはそれを助ける為に雇われたんだ!」

 

 

 チャカから奪った、スタームルガーを確認しつつチェリオスは、鷲峰組の事をフラット・ジャックに聞く。

 

 

「確かに香砂会系のヤクザね。戦後に香砂会が出来てからの古株って聞いたわ。まぁ、あまり派手な噂は聞かないけど」

 

「それはまぁどうでも良い。チョコの名前はあったか?」

 

 

 電話越し、顔が見えない状態でチャカはニヤリと笑う。

 

 

 

 

「──あぁ! あったぜ!『本拠地で匿っている』ってぇ、話だ!!」

 

 

 舎弟たちの方を見ると、全員が下卑た笑いを浮かべていた。ついでにガッツポーズ。

 だがそんな様子を、チェリオスらが気付けるハズもない。

 

 

「ホテル・モスクワの本拠地にいんだなぁ!? 間違いねぇな!?」

 

「え? あんたに毒盛った奴、ホテモスと組んでるの? おかしくない?」

 

 

 エアロビのキックトントンをしながら、フラット・ジャックは疑問を呈す。

 

 

「おいフラット・ジャックッ!! ホテル・モスクワの本拠地を言えッ!!」

 

「港区のレストランにあるわ……一応、あたしの顧客だし……」

 

「そこに行くッ!!」

 

「いや待って待って!? だからおかしくない!?」

 

 

 チェリオスは電話を切り、即座に出動しようとする。

 エアロビの片足上げをしながらフラット・ジャックは、待ったをかけた。

 

 

「あんたに毒盛ったのはヤクザでしょ? で、そのヤクザのいたクラブはホテモスに吹き飛ばされたんでしょ? で、ホテモスは香砂会と戦争中なんでしょ?……チョコの味方じゃなくない?」

 

 

 しかしチェリオスは全く、聞く耳を持っていない。

 テーブルに積まれたアンナカを全て懐に詰め込むと、早速部屋を出ようとする。

 

 エアロビのポニーをしながら、何とか説明を叫ぶ。

 

 

「それに考えれば考えるほどおかしいわよ!? なんか、ややこしくなってない!?」

 

 

 ターンを決めた後に、チェリオスの方へ振り返る。

 

 

 

 

 もう彼は出て行った後だった。

 片付けをする嫁の姿だけが、そこにある。

 

 

「もう出て行ったの?」

 

 

 嫁はコクリと頷く。

 次に両手を突き出し、円形に回す仕草を取った。

 

 

「え? 車のキーも持ってっちゃったの?」

 

 

 また嫁はコクリと頷く。

 

 

「……なんで渡しちゃったのよぉ〜〜?」

 

 

 呆れながらもエアロビだけは止めないフラット・ジャックだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガレージから現れたランボルギーニ。

 法定速度を完全に無視したスピードで、道路を爆走している。

 

 

 運転手は勿論、リンゴをアンナカにまぶして食らうチェリオスだ。

 

 

「最高かよランボルギーニぃーーッ!!!! フォーーッ!!!!」

 

 

 フラット・ジャックの車であるランボルギーニは、良く良くメンテナンスされていた。

 極上の乗り心地とスピード感、そして三徹目による異様な興奮から、チェリオスはおかしくなっていた。

 

 

「目指せモスカァーーウッ!!」

 

 

 

 溢れ出る高揚感は、見えているものを見えなくしてしまう。

 

 

「アッ!?」

 

 

 息を吐くように信号無視。

 その時に歩道から飛び出して来た歩行者を、ブレーキが間に合わずに轢いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼下がりの街の中を、男は一人歩いている。

 コートを靡かせ、疲れた顔でタバコを咥え、道路脇を行く。

 

 

「………………」

 

 

 彼は昨夜の会合での話を、何度も想起していた。

 

 あの時、「火傷だらけの女」は言った。

 

 

「我々は立ち塞がる全てを殲滅する」

 

 

 黒く澱んだ目で睨みながらも、馬鹿にした笑みを見せる彼女の表情が思い出される。

 

 

「我々は無条件の力を行使し、利潤を追求する。それがマフィアと言うものだ」

 

 

 あの目には、幾多の修羅場を超えた彼でも思わず、底冷えを感じてしまった。

 

 

「その上で我々は、リスクの多くを負担している──」

 

 

 こいつらは闇だ。

 最初はモスクワと語感が似ている事と、自分たちの味方だと言う意味で「モスラ」と形容したものだ。

 

 

 

 

 

「──つまり、『全ての決定権はあなた方でなく、我々にある』」

 

 

 

 それが間違いだったと。

 

「ゴジラ」を呼んでしまったのだと察した。

 

 

 

 

 

 

 だからこそ、この男──板東は焦っていた。

 鷲峰組の存続の為にホテル・モスクワを引き込んだのは、他でもない彼の提案だ。

 だからこそ、焦っていた。

 

 事の発端は香砂会の現会長の決定だ。彼は鷲峰組を潰す気でいる。

 板東は、今は亡き鷲峰組組長の恩義に報いるべく、何としてでもそれは避けたかった。

 

 

 外道と言われようが、麻薬の売買に手を染めてでも組を守った。

 だが限界は来るものだ。

 

 

 追い詰められた彼は──だからこそ、ホテル・モスクワを呼び込んだ。呼び込むしかなかった。

 共に協力し、香砂会を制する大勝負に出ようと、考えていた。

 

 

 

 

 

 昨夜の会合で分かった。

 ホテル・モスクワは奪うつもりだ。香砂会も、東京も……鷲峰組さえも。

 

 

 自身の考えた計画は、「オジャン」となったのだと悟る。

 

 

 

 板東は焦っていた。

 表情に出さずとも、焦っていた。

 

 

「……窮鼠猫を噛んだまではエエが……根こそぎ犬に喰われるっちゅー訳か……最悪やな」

 

 

 横断歩道の前で立ち止まる。

 信号は青だ。ヤクザが律儀に信号を守るのも滑稽だなと、苦笑いする。

 

 考え事をする為に立ち止まったのだと、自分を納得させた。

 

 

「……始末をつけなアカンわなぁ……」

 

 

 信号機の青いライトが、黄色へと移り変わる。

 

 

「……せやけどまずは」

 

 

 そして赤となった。

 

 

 

 

 

 

「……銀公とメシでも食うか」

 

 

 横断歩道を渡るべく、一歩彼は踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途端、信号無視のランボルギーニに轢かれる。

 板東はまずボンネットに全身をぶつけ、血を撒きながら路上へと吹っ飛んだ。

 

 

「ッ!?!?!?」

 

 

 アスファルトを二転三転、着ていたコートはボロボロに破れる。

 

 皮膚は裂け、骨は折れ、体内体外問わずに血が吹き出す。

 

 

 

 衝突によるエネルギーが消えた頃、板東の姿は酷い有り様だった。

 身体をくの字にし、血溜まりに塗れ、惨めに車道で寝っ転がる。身体が全く動かない。

 

 

 

 

 薄れ行く意識の中で、板東は一言呟く。

 

 

 

 

 

「んなアホな……」

 

 

 ぷつりと、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チェリオスはすぐに車を停めて、轢いてしまった男の様子を運転席から見る。

 

 

 

 

「悪い」

 

 

 再びアクセルを踏み込み、その場を後にした。

 彼が目指すはただ一つ。ホテル・モスクワの東京支部の拠点のみだ。

 

 

 車を全力で走らせ、麻布にあるロシアン料理専門の大きなレストランに辿り着く。

 フラット・ジャックの情報ならば、ここをホテル・モスクワ日本支部が根城にしているとの事だ。

 

 

「見えて来たぜ」

 

 

 チェリオスは車を徐行させつつ、アンナカをありったけ吸い込みながらコーヒーを飲む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、このレストランから数メートルほど離れた所に、一台の車が停まっていた。

 中には一人のチンピラと、チャカが乗っている。

 

 

「チャカさん。あそこが、ロシア人の拠点っすか?」

 

「俺の情報網舐めんじゃねぇーし。ダチがあの店で何回か会合してる怖いロシア人を見たんだってよ」

 

「でも……チャカさんの言った、火傷だらけの女は見なかったっすね」

 

「知らねーし、んなのは。今はあの、薄らハゲがノコノコかちこんで間抜けに死ぬ様を見てぇんだ」

 

 

 ホテル・モスクワがチョコを匿っている云々の話は、勿論の事だが嘘だ。バラライカの口から、一言も出ていない。

 チャカは聞いた情報に嘘を混ぜ込ませて、チェリオスを乗せてやったに過ぎない。

 

 

「あのクソハゲ……俺のイカしたルガー持って行きやがってなぁ〜……こーなりゃ、火種ばら撒いて死んで貰っちゃうぜぇ〜……!」

 

「火種ってなんすか?」

 

「戦争だ戦争! 俺っちのシナリオはこうだ!」

 

 

 忌々しげに、チェリオスと無理矢理交換させられたニューナンブを見ながら、チャカは計画を話す。

 

 

「さっきになぁ、あのレストランにタレ込んでやったよぉ。『鷲峰組からの刺客が来る』ってなぁ!」

 

「例の薄ハゲを、鷲峰組の人間に仕立て上げたんすか?」

 

「そーそー! で、あいつはみすみす突撃して、あっさり死ぬ! で、ホテル・モスクワは報復に動く! そうなりゃ、香砂の連中も勘づくもんだべ?」

 

「そうしてから……なにすんすか?」

 

「鈍チンだなぁ〜おめぇ!『お嬢』攫って、どっちかに売って金にすんだよ!」

 

「あー、アレっすね。マッシュアップっすね」

 

「マッチポンプな?」

 

 

 ケタケタと下品な笑い声をあげる。

 

 

「残念だけど、昨日のあの様子じゃ鷲峰は終わりだにゃぁ。せめて俺の為、金のなる木になって枯れてくれってな」

 

 

 

 プランを語り終えたと同時に、舎弟がレストランの方を指差し報告する。

 

 

「来ました! あの、外人っすよね!」

 

「うおっ、マジで来た。見た目も頭も筋肉かよ」

 

 

 ランボルギーニが一台、レストラン前で停車した。

 フロントガラス越しに見えるチェリオスは、白い粉を吸っていた。

 

 

「うわ。チャカさんの言った通りっすね。キメてますよ」

 

「筋金入りのヤク中だなアイツ……」

 

「降りました降りました」

 

 

 降車し、店の風貌を見渡してから彼は堂々と、正面から入って行く。

 

 

「マジかよ! 正面突入か!?」

 

「イカれて普通の考え出来ねーんだろ。まさか向こうはタレ込まれて、てめぇの襲撃に備えているなんざ夢にも思わねーだろーなぁ!」

 

「マヌケっすね。ちょっと野次馬やって、帰りますか」

 

 

 車内から様子を伺う二人。

 その時はすぐに訪れた。店内から甲高い銃声が、三発響く。

 

 

「撃った!! 撃ったっすよ!!」

 

「あー。ありゃ死んだな」

 

 

 構成員で満席のレストランに、ネジの外れた暴漢一人。多勢に無勢だ。間違いなく、さっきの三発の銃声で、チェリオスは死んだ。

 

 

「近くを通りかかったフリして覗きましょうよ!」

 

「いやぁ、待て待て! すぐに行ったら俺らも怪しまれんだろ鈍チン! 三分待つぞ!」

 

 

 チェリオスが死んだ事を確信し、ご機嫌なチャカ。二人は口々に、作戦の成功を喜び合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、また三発、銃声が響く。

 

 

「え? また聞こえた……」

 

「多分、トドメ刺したんだろぉ? マジモンのガンマンは、確実に死ぬまでタマ撃ち込むもんだ!」

 

 

 チャカの解説を聞き、舎弟が感心する。

 これでやっとチェリオスが死んだと安堵し、また二人は喜び合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六発、追加で鳴る。

 

 

「え? さすがに多くないっすか?」

 

「お? おぉ? アレじゃね? 防弾チョッキ着てたんじゃね?」

 

 

 次は単発の銃声ではなく、連続したものが響く。

 拳銃ではない。ライフル銃やサブマシンガンの類だ。

 

 

「ガガガガガって鳴ってますよ?」

 

「…………チタンでも腹に仕込んでんのか?」

 

 

 銃声は鳴り止む事はなく、様々な銃のものが混ぜこぜに響き始め、更に激しさを増す。

 店内からマズルフラッシュによる閃光が、入口から漏れていた。

 

 

「いやいやいや。戦争になってんじゃないっすか」

 

「………………裏口に仲間でも隠してたんじゃねーの?」

 

 

 一階の窓が割れ、中から人間が飛び出して来た。

 一人、二人、三人と飛び出す人間は増える。

 

 

「ど、どうなってんすか!? ロシア人がやられてるっぽいっすよ!?」

 

「いや、ありえねーって。おかしいだろ」

 

 

 店内からロシア語の怒号や悲鳴が、銃声に混じり始める。

 壁から貫通した弾丸が外に飛び、レストランは弾痕だらけになって行く。

 

 

 終いには爆発が起き、後方の壁が丸ごと吹き飛んだ。

 

 

「……………………」

 

「ありえねぇって。ありえねぇって」

 

 

 戦争は一階のみならず、二階にも移動する。今度は二階で爆発が起き、吹き飛んだ人間が地面に落ちた。

 看板が落下し、電気が全て消え、爆発と銃声が断続的に発生。

 

 破片と流れ弾で、辺りは凄惨な光景と化していた。

 

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

 

 身体に火が付いた男三人が店内から出て来て、路上で力尽きる。それを最後に、喧騒は鳴りを潜めた。

 

 

 

 

 そしてもう一人、ボロボロの状態で入口から出て来る。

 髪を振り乱し、腰も砕けんばかりの足取りで逃げようとする、口髭を生やしたロシア人だ。

 彼は路上で膝立ちとなり、ロシア語で叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

「いきなりなんだお前はーーッ!? 俺を誰だと思ってんだぁーーッ!? モスクワの頭目なんだぞぉーーッ!!!!」

 

 

 

 廃墟同然となったレストランから、男が一人のしのしと顔を出す。

 

 

 男の姿を確認した途端、チャカは思わず「ヒュウ」と、情けない息を漏らした。

 

 

 

 

 

「俺ぁ反共主義者だ」

 

 

 ロシア人の顔面を蹴飛ばし、気絶させてやる。

 

 

 

 

 その男とは、チェリオスだ。

 悪鬼が如くの極悪面で、レストランからかっぱらって来たであろう紅茶をティーポットのまま飲んでいた。

 

 

 

 

 

 

「……チョコいねぇじゃねぇか」

 

 

 煩わしそうに、ティーポットを投げ捨てる。




「めざせモスクワ」
「ジンギスカン」の楽曲。原題は「Moskau」のみだが、邦題をサブタイトルに起用。
1979年発売「Dschinghis Khan」に収録されている。
西ドイツ出身の六人組音楽グループで、この曲と「ジンギスカン」で世界的ヒットを叩き出した。
オリジナルメンバーは二人のみとなってしまったが、何と現在も活動中と言う生きる伝説。

思いっきり洋楽ですが、70年代ディスコシーンや、80年代「竹の子族(派手な格好して道端で踊る人たち)」などにブームメントを巻き起こし、和訳カバーが作られまくったと言った点から一つの日本的カルチャーミュージックとして起用しました。「ヤングマン」と「USA」みたいなノリ。

昭和どころか、「もすかう」として平成でもネットミームになるほど、長く愛される名曲。「恋のマイヤヒ」も好き。

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