「ェヘン。さあ、かわいい生徒ちゃん。やましいことがないならポケットの中を見せてちょうだいね?」
アンブリッジが廊下で、カツアゲするかのごとくに生徒に威圧的に振る舞っている。
先日から"バッジ狩り"を始めたアンブリッジ。マクゴナガル先生の話によると監督官にそんな権限はないはずなんだけど、バッジが「いたずらを意図したグッズ」としてフィルチによってリストに加えられ、それを根拠に通りすがった生徒を片っ端から(といっても、省になんらかのコネクションがある家の生徒は器用に避けながら)尋問している。
いくらいたずらグッズ探しって名目があっても生徒の持ち物検査をする権限はないはずなんだけど、多少でもやましいことがあって、かつ大人にそう詰められると従っちゃう人が大半だよね。
「まずいわね、ディーン・トーマス。署名集めもアンブリッジにバレたみたい。バッジもそうだけど探して抑えようとしてるみたいよ」
「そう思って、手渡しで回してた署名ファイルは一旦手元に戻したけど……隠れながらやるとなるとずいぶん効率は下がるね」
物陰に隠れながらパーキンソンさんと話し合ってるけど、現状は芳しくない。
「今集まってるのはどれぐらい?」
「だいたい3割ぐらいだね、あと少しで過半数ではあるんだけど。やっぱ上級生とかにはツテが乏しくてね」
「しょうがないわね。その辺はパーキンソン家のツテを使ってこっちでも集めてみるわよ」
「頼りになるなあ」
反対運動自体はとんでもない勢いで広がっていて、特に上級生は怒り狂っている人も多い。
まあ、僕たち下級生にとってはせいぜいホグズミード村に遊びに行けない程度のものではあるけど、就職を間近に控えている人間、アカデミックの道に進もうとしている人間にとっては突然の外出禁止令というのは生命線で、インターンの予定を潰された人間や資格の取得のための外出を潰された人たちには心底同情する。
とはいえ、そもそもこの署名活動というのがアンブリッジに隠れてやっているということもあって……そういう人まで情報が届ききってはいないようだった。
「魔法の署名簿はコピーもできないし、複数の名簿を集約したりもできないみたいだからなあ。不便だよね」
「なに? 署名簿を複写しようっていうの? おそろしいこと考えるわね」
「いや、二重記名やらなにやらを弾いてくれる魔法がかかってるからこそ、信頼されるってのはわかるんだけど……できるだけ多くの人から集めたい時とか、あるいはアンブリッジに原本を抑えられたくないときとかは困るよね」
「原本? あらあらあなたたち……なにやら面白そうな話をしているようね?」
突然の猫なで声。
僕らはパッと振り向くと……そこには元凶、アンブリッジ監督官がいた。
まずい! 見つかった!
「
「
とっさに放った呪いはあっさりと防がれ、署名の原本が入っているトートバッグを見咎められる。
これが見られたら……おそらくあらゆる手段を使って奪うなり消すなりしてくるだろう。なんとかして逃げ切らないと……
「あー。ごめんなさい、アンブリッジさん。ちょっとびっくりしちゃって。僕、いじめられっ子でよく後ろから上級生に呪いをかけられるんですよ。本当にごめんなさい」
「なんて哀れなんでしょう。でも、手荷物検査の手を緩めるわけにはいかないの。見せてちょうだい?」
「監督官に持ち物を見せる権限はないって聞きましたけど」
「そうよ! こいつはパーキンソン家の私の連れなの。余計なちょっかいかけないでくれる?」
パーキンソンさんが加勢してくれたおかげで、アンブリッジは少しひるんだようだった。
「まあ。高名なパーキンソン家のご令嬢なのですね。でもルールはルール。そこの男の子の荷物を見るぐらい許してちょうだいね?」
「見せなきゃいけないなんてルールはないぞ! 横暴だろ!」
「そうは言ってもねえ。私、先ほど呪いを受けた被害者ですもの。『廊下で魔法を使ってはいけない』ってルールを破った生徒に対して、より邪悪な悪戯グッズを持っていないか確認するのは正当……と、フィルチ用務員もおっしゃってくれるでしょう」
「ぐ……」
痛いところを突かれた。ほとんど有名無実化している『廊下で魔法を使ってはいけない』ってルールだけど、みんな知っているホグワーツの規則の一つだ。
それに反して呪いを撃った僕のペナルティとしてなら……正当なのかもしれない。
こういうのに詳しいハリーがいてくれたらとっさに言い返せたかもしれないんだけどなあ。
「さあ、さあさあ! 見せてちょうだい……見せなさい!
僕のカバンに向けてアンブリッジが杖を振ると、カバンは持ち主の意に反して飛んでいき、アンブリッジの手におさまった。
ああ、なんてことだ。アンブリッジに僕が目をつけられたり、罰則をフィルチから言い渡されるのなんてどうでもいいけど……みんなに協力して集めたものなのに、僕の凡ミスで一からやり直しになるなんて。みんなに顔向けできなくなりそうだ。
ニヤニヤと笑みを隠さないアンブリッジは僕のカバンを開けた。
しかしその笑みは――ごそごそと漁っていくうちに――いつのまにか消えていった。
「ない! ない! ない! 何もありません! 薄汚いバッジも、原本とやらも! いったいどこに消したのですか!? なにも入ってないなんて!」
「えっ……なんのことかわかりません。ホントに」
見つからない? そんな凝ったところには隠してないはずだ。
名簿自体には魔法がかかっているはずだけど、僕のカバンは単なるカバンだ。アンブリッジに対抗して隠してくれるなんて機能はない。
「ぬぐぐ……ありませんありません! 絶対になにかあるはずなのです! ペンの一本すら見つからないというのはどういうことですか!?」
「ハロー、アンブリッジ監督官。なにかお困りですか?」
血眼になってカバンを漁ろうとするアンブリッジ……になにかトラブルの気配を聞きつけたか。
ポッター教授が僕らとアンブリッジの間に割って入った。
「ェヘン……これはポッター教授。先ほどあなたのところの生徒が私に呪いを撃ち込んできましてね。なにかやましいことがあるのかと手荷物検査をしているところなのですよ。薄汚い悪戯グッズなどないかをね!」
「なるほど。それはうちの生徒がご迷惑をおかけした。それで手荷物検査と……なるほど、お仕事熱心で素晴らしいですな。しかし、見たところ、そのカバンにはなにもないようですが」
「そんなはずは! 絶対にあります!」
「廊下での魔法は確かに規則違反だが……罰則自体はないからね。怪我人がいないようでなにより、ということで収めませんかね」
「ぐぐぐ……いいでしょう。しかし、絶対にわたくしを愚弄する怪しい動きは許せません。必ず尻尾を掴んでみせましょう!」
そう言ってアンブリッジはイライラを隠さない様子で、ドスドスと足音をたてながら去っていった。
「はっはっは。あいつ間抜けだぜ。探しものがないだけならともかく……なにも入ってない空のカバンなんて不自然極まり無いものを見逃すとは」
「あー。ポッター教授がなにかしたんですね」
「何を探してるか遠目にはわからんかったからな……とりあえず、そのカバンを"空のカバン"に変身させた」
「へー。ポッター教授が仕事するなんて珍しいわね」
「おっ、生意気だな。ミス・パーキンソン。点差っ引くぞ」
中身の入ったカバンを空のカバンに変身させる?
ポッター教授は変身術が得意ってのはよく聞いてたけど、それにしても魔法ってそんなデタラメなこともできるんだな。
「で、何入ってるんだ。見せろよ。新しいゾンコの商品か?」
「やっぱ最低じゃない? この教授」
「あー、外出禁止令への反対署名です」
「うわ、思ったより真面目なもの出てきたな……なんかもっとバカで面白いものかと……」
「やっぱ最低じゃない。この教授」
まあ、ひとまず危機は脱することができた。
目前に迫るバレンタインデーには間に合わないけれど、
何か、よほどひどいことが起きない限りは。
─────
「えー。明日は待ちに待ったグリフィンドール寮チームとの交流試合だけど……天気も良さそうだし、いかにも箒飛行日和で……とにかく今日も練習頑張ろう!」
「おいハリー、スピーチがヘタすぎるぞ」
「ええー。じゃあドラコは上手く話せるの?」
あんまりにもあんまりな話下手なので、割って入る。
なんだよ「とにかく今日も練習頑張ろう」って。
「スリザリン寮のみんなはもちろんやる気は十分だろう。なにせ、グリフィンドールの一軍チームをボコボコにできれば寮での評判はうなぎのぼりだ」
グレゴリーがうおー、と雄叫びをあげる。先日、ずいぶんな言い様だったクラッブもやはり対グリフィンドールチームの一戦をサボるわけにはいかないのか、今日は大人しく顔を出していた。
一方、ウィーズリーが眉をひそめたので、そちらを見ながら今度はグリフィンドール生たちに呼びかける。
「グリフィンドール寮の連中はどうだ? 普段世話になってる相手に強く当たるのは抵抗があるか? そんなお前たちに教えてやる。僕とハリーは先ほどグリフィンドールのウッドキャプテンに交流試合前の挨拶に行ってきた……そのとき僕たちが言われたのは『いいゲームになるといいな』、だ。どうだ? あっちは僕たちなんて眼中にない。ゲームとして成立すれば上々、負けるなんてありえない……そんな言い方だった。どうだ? 油断してるところの鼻っ面に一発痛い目食らわせてやりたくないか?」
僕がそう言い放つと、あのウィーズリーもどうやらそれなりに気合が入ってきたようだった。
でも、ハリーは納得いってないようで声をひそめて耳打ちしてきた。
「絶対ウッドさんそんなつもりで言ってないよ……」
「いいんだよ。こういうのは方便だ」
よっしゃー、ぶっ倒すぜー! やっつけてみせるわー! とディーン・トーマスとハーマイオニー・グレンジャーは盛り上がっている。確かに煽ったが、君ら自分の寮を忘れたのか?
「それではグレンジャーが作戦について話す」
「オホン。ではチームアナリストの私がまず相手チームの特徴を説明するわね」
知らない役職だ。勝手に作るな。
「まず……一番の要はやっぱりキーパーのウッドキャプテンね。昨年のシュートセーブ数は四寮でグリフィンドールが1位。鉄壁の守りだけではなく、その真価はキャッチしたあとのクアッフル捌きにあるわ。セーブしてからパスするまでが約0.2秒。そのほとんどは最前線にいるゴールゲッターのチェイサー、アンジェリーナさんをターゲットにして放たれるわ。敵チームが攻撃から守備に入れ替わる前の瞬間を突いたキーパーからの超速カウンターが作戦の軸のチームね」
いつのまにかガラガラと車輪つきの黒板をゴイルが持ってきていた。
グレンジャーは慣れた様子でそこにチョークでガリガリと敵チームのフォーメーションを描いては消している。
「ビーターのロンのお兄さんたちも連携バッチリで超強敵。でも……明快な穴があるわ! それがここ!」
バシン、と黒板の丸をつけた点をグレンジャーが叩く。
どうやら敵シーカーを示しているようだ。
「今年新加入のシーカー、コーマック・マクラーゲンは率直に言って四寮のチーム全体でみてもかなり劣るシーカーで、はっきりいってハリーのがほぼすべての面で上回ってる。このアドバンテージを活かすためにチェイサー戦でできるだけ差をつけられずに粘り倒すのが勝利の鍵よ!」
そうグレンジャーは高らかに宣告した。
このあたりは実際はグレンジャーではなく僕やハリー、ウィーズリーあたりで組み立てた戦略なのだが……まあグレンジャーに話させておいていいだろう。やけに弁が立ってるし。
「はい。そしてそれを実現するための作戦だけど、まずキーパーのロンはディーンが提唱した、レネ・イギータ作戦で動いてもらうわ」
「なにそれ?」
「僕が説明するよ。レネ・イギータってのはフットボール……マグルのスポーツ選手で、南米コロンビア国の代表選手なんだよね。彼のポジションもキーパーと呼ばれてて、飛んでくるボールを止める役割ってのは一緒だ」
「なるほどね」
ウィーズリーがトーマスの説明に頷く。
どうやらこのぐらいの話なら脳みそが追いつくらしい。
「で、この選手はゴール前からすごい勢いで飛び出して、もう一人のフィールドプレイヤーのように動いてるんだよね。そのおかげで、フィールドで使える駒が一つ増えるんだけど、その分キーパーはクアッフルの位置や敵チェイサーの位置を把握して素早く出たり戻ったりしなきゃいけなくなるんだ」
「うへー。すごい負担が大きくなりそう。できるかな」
「ただ、僕が見る限りそういう広い視野の判断はロンはかなり優れてるから、いけると思うんだよね」
「……そこまで言うなら、やれるかもね。まっかせて!」
やはり予想通り、ウィーズリーはおだてるとこちらの目論見通り動いてくれる。
まあ、言ってる内容に関しては僕もある程度同意できるし、あいつにはせいぜい馬車馬のように働いてもらおう。
「それで、戦術の性質上カバーに入るチェイサーを中心に、全選手がかなり細かく移動することを要求されるわ。この判断を急ごしらえのチームで各自がこなすのは難しいということで、このブレスレットを使って司令塔が指示を出すことになります。みんな、つけてみてね」
グレンジャーが全員にブレスレットを配っていく。
ハリーとウィーズリーが持ち込んできた遠隔感覚操作が可能なブレスレットだ。ゴールスニッチというスポーツで使うものらしい。
「これが加熱されたときは前進、冷却は後退の合図ね。その他ポジションに応じて追加の指示があるわ。あくまでこれは司令塔からの指示なので絶対ではなくプレイしてる本人の感覚を最優先していいけど、迷ったら従って……」
「待て待て待て!」
クラッブが慌てて声を上げる。
まあ、クィディッチの経験がある人間であればだいたい今の話に納得できない部分はすぐ出るだろうな。
「理屈はわかった。その手のマジックアイテムも防水メガネをはじめ、プレイに持ち込むのが許されているのも知っている……が、競技場の外の人間が試合中に指示を出すのは禁止のはずだ」
「あ、それなら大丈夫よ。キーパーのロンが大雑把な方針を叫んで、それを元に競技場のプレイヤーと各ボールの位置をもとに全選手に指示を出すのはディフェンス・チェイサーの私がやるから」
「は? ちょっと待て、そんなことクィディッチしながらできるわけ……」
「私も不安だったんだけど、やってみたらできたわ!」
「は??」
クラッブが困惑するのも無理はない。無理はないが……やってみたらできた、で実際できてたんだからもう何も言えない。
グレンジャーは間違いなくワーストレベルの飛行技術の持ち主だが、練度の低いチームでここまで素早く的確にリアルタイムで指示を出せるというのは全体の質を大きく底上げする。もう外そうにも外せない。
「まあ、その分グレンジャーのクアッフルと箒の扱いはお粗末だ。率直に言ってシュートコースを体で遮る程度しか期待できないから、その分カバーしてやるように」
「まったくマルフォイはこれだから。余計なことを言わないと気がすまないの?」
「余計なことではない。必要なことだ、自分の弱みを隠したがるのは悪い癖だぞ、グレンジャー? ……まあ、これで必要事項は伝えた。各ポジションの人間への合図は競技場に出てから説明する。さあ、練習するぞ!」
「らしいよ、みんな。よーし行こう!」
ミーティングの終わりを伝え、手を叩いて全員を競技場に追いやる。
試合に向けての最後の練習だ。気を引き締めなければ。全員がピッチに向かったことを確認し、
あっち側には誰もいないはず。まさかまたトロールが……? と不安になって裏手に回り、見渡してみたが、周辺には誰もいなかった。気のせいだろうか。
いかん。このままだと練習に遅れる。そうなればグレンジャーにドヤ顔をお見舞いされるだろう。急いで向かわなければ。
「兄弟、これは俺の手柄だな」
「いやいや、咄嗟に隠れる場所としては真下ってのも悪くはないだろ? 今回はたまたま真上しか試さなかっただけだ」
「試した上で成功したんだ。これは俺の手柄ってもんだ」
グリフィンドールのローブの男二人は、建屋のちょうど真上で
「しかしなかなか凝った作戦みたいだな。愚弟をボコボコにして泣かせるなんて忍びないなんて思ってたが」
「油断していると足が掬われるかも知れない。足を掬うのは好きだけど、掬われるのは嫌いだね。ところで、忍びないなんてホントに思ってる?」
「もちのロンさ」
双子は、ニヤリと笑った。