ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

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18.何食わぬ顔してるならず者

「トムさんじゃない。今日はお仕事は早上がり?」

「ええ、今日は半休であがらせてもらいましてね。家で友人とタッツヒル・トルネードズの応援でもしようかと」

「あらあら。私の旦那とおんなじね。たまにはうちでパンでも買っていってね」

「ええ。お伺いしますよ」

 

 にこやかに手を振りながら老婆と別れ僕の屋敷に入ろうとすると、扉の前に男が棒立ちしていた。

 

「お帰りなさいませ、リドル様。先ほど話していた方はお知り合いで?」

「ああ。君よりは随分親しい」

 

 半純血の取るに足らぬ老婆で、興味もない相手ではあるのだが。こう言ってみると扉の前に立っていた男――クラッブ家の家長だ――は実にいい表情を見せる。

 

「は、はあ。い、意外な交友関係ですな。ですが、私もリドル様には十二分に貢献していると考えております。ところで先日お願いした我々の土地の件ですが……」

「クラッブくん……申し訳ないのだが、火急の話し合いがある。一度出直してもらっていいかな?」

 

 こいつは純血の伝統ある家の人間ではあるが、家格は低く駒として有用ではない。

 露骨に軽く扱うと実に愉快な表情を見せるところだけがそばに置いてやっている理由だ。

 

「ルシウス。来てくれ」

「はっ」

 

 クラッブは追い払う一方で、扉を開けて屋敷の玄関ホールに座っているルシウスに声をかけてみると案の定悔しげに顔を歪ませる。

 

「リドル様! お供いたします、どのような案件であってもわたくしはなにか助けになれるかと」

「ははは。ルシウスぐらい金を出してから言ってくれ」

「ぐっ……」

 

 開心術なしでも表情だけで言いたいことが伝わってくる。

 大方「家の財産をほとんどつぎ込み、自分の代で家を潰そうとする愚か者と並ぶなど無理だ!」といったところだろう。

 まあ、普通は無理だろうな。服従の呪文でも食らっていない限り。

 クラッブを追い払い、奥の応接間へと歩を進めると中にはすでにカロー家のアレクトがいた。

 杖を二度振り、扉に鍵と盗聴防止の呪文をかける。

 

「その顔を見るに……任務は十二分に達成できたと思っていいのかな」

「はっ。次期講師の体でホグワーツにはいつでも入り込めるようになりました。いつでも……サラザール・スリザリンの友に対して新たな指示を出せます」

「なるほど、なるほど……いい呼び方だ、サラザール・スリザリンの友とは。蛇はいい。大概の人間より役立ってくれる。なあ? ルシウス。椅子に座れなどという命令は出していないが?」

 

 そう言うとルシウスはソファから飛び上がり、無言で地べたに四つん這いになる。

 アレクトはすでにそうした光景に慣れており、すぐにその顔に靴をぐりぐりとねじ込みはじめた。

 動きは実に自然で、恍惚とした笑みさえ浮かべていた。

 

「名家マルフォイの家長を好きに扱える。実に愉快だ。そう思わないか?」

「はい。まったくもってそう思います」

「だろう? 彼には幾度となくチャンスを上げたのに……結局最後に考えたことは僕に噛み付くことだった。彼の父とは随分良い関係を結べたものだが……残念だね。まあ、次代のことを考えずに金を吐かせられるのはありがたいが。正当な報いというものだな」

「おっしゃる通りです」

 

 アレクトの暴虐にもルシウスは顔色一つ変えない。

 まあ、当然だろう。誰かを介してのものではない……僕直々の服従の呪文だ。しかも毎日かけ直している。一切抵抗できまい。

 

「とはいえ懸念事項をご報告させていただきます。一つはアンブリッジです。なにやら企てているようですが、リドル様のご指示でしょうか?」

「僕はなにも出していない……が、予想はつく。どうせ僕がくれてやった立ち位置を利用して小銭かなにかを稼ぐつもりなのだろう」

「おっしゃる通りです。どうやら外出を原則禁止とし、賄賂で特別に許可を出すという目論見のようです。……リドル様の意に反するのでしたら、消しますか?」

「いや。我々の邪魔にならぬのなら捨て置いておけ」

「はっ」

 

 アンブリッジに限らず、その手の小物が周囲には多すぎる。

 上司が露骨な不正をしているからといって下の人間にそうした不正を許可したつもりはないのだが、独自に解釈して省の仕事を滞らせている者がかなりの頻度で見受けられるようになった。

 マグル生まれを虐めるのは好きにすればいいが、だからといって懐を肥やせとは言っていないんだがね。

 

「もう一つは……ハロウィンのトロールによる襲撃です。ホグワーツの医務室もチェックしましたが、どうやら全てのスタッフの怪我は癒やされ。後遺症もないようです。残念なことに」

「スネイプもよく対処したものだ。かなり手こずるサイズのトロールを送り込んだはずだが」

「申し訳ございません!」

「いやいや。怒っているわけではないよ。誰が悪いわけでもない。怪我でも負わせられれば御の字の威力偵察のようなものだった。わかったこともいくつもある」

「というと?」

「まず一つに……忌々しいことだが、ダンブルドアはやはり厄介だ。本気で事を起こすタイミングにおいては何らかの手段でホグワーツから引き剥がす必要があるだろう」

「薄汚い老人一人、いざとなれば私が、刺し違えてでも……」

「その献身ぶりには頭が下がるが、君のような価値のある魔女を使い捨てにするわけにはいかないさ」

「ああ、リドル様! もったいないお言葉でございます!」

 

 カロー家の妹、アレクト・カロー。

 彼女は先ほど追い払ったクラッブなどと違い、打算抜きで僕の指示に従ってくれる実に使いやすい駒だ。マグルが関わるものに対してなにやら恨みがあるようで、こういった人間の憎悪を煽るのは造作もない。

 

「二つ目はポッターだ。省を辞めてからは積極的に殺すほどの理由もなくなり放置しておいたが……なかなか邪魔な存在であることがわかった。最優先のスネイプやダンブルドアほどではないが、奴も手を抜かずに始末しておきたい」

「家族を狙いますか?」

「んー……どうしようかな。なかなか面白そうではあるが……脅迫で転ぶタマかな? グリフィンドール生はそこが読めないんだよな。実際のところあいつが邪魔な理由はホグワーツを守る教員としてだから、そこに手をかけてスネイプに警戒されるのは本末転倒かもしれない」

「ご慧眼かと思います」

「スネイプを襲撃するタイミングで仕掛けるのが一番だろうな。よし、そうしよう。さて、ではそれに向けてだが……試運転もかねて、一人守りが手薄なあたりを殺しておきたいかな。間違いなくホグワーツを弱体化させられる相手だ」

「手薄と言うと……生徒でしょうか?」

「いや」

 

 一番殺したいスネイプ、ダンブルドア、ポッターは流石に手練だ。下手すると怪我ぐらいで凌がれ、バジリスクという強力な手札を晒すことになる可能性もある。

 だが、たいがいの怪我は治るという保障を潰してしまえば、向こうとしてはなかなか動きが難しくなる。

 さすがに聖マンゴを完全に抑えてはいないものの、金と権力というコストをかけさえすれば入院しているやつを狙うのはホグワーツの中の相手よりもよほど楽だ。

 よし。ならばその治療の手段を破壊する。

 

「標的はマダム・ポンフリーにしよう。サラザール・スリザリンの友に指示を出してくれ。優しい優しい学校医には、残念だがこの世を去ってもらおうか」

 

 

 ─────

 

 

「あー。冬休み明けだから真面目に授業する気しねえな……よし! 今日は実技の日とする」

 

 グリフィンドールとスリザリンの悪ガキどもは喝采をあげ、一方できちんと授業を受けてるいい子ちゃん組は露骨に眉をひそめる。

 特にハリーは露骨にため息をついた。

 ハリーじゃなかったら減点してるぞ。まったく。

 

「ポッター教授、クリスマス前の最後の授業も実技でしたよ」

「うるさいぞドラコ。俺が実技といったら今日は実技をやるんだ……よし、本来は2年生以降のカリキュラムだが武装解除格闘術をやろう。習得できなくても減点対象にはならんが、学期末試験でも加点の対象とはする」

「武装解除格闘術?」

 

 ハリーの近くに座るロン君が聞き慣れない言葉に反応して問い直した。

 まあそうだよな。もちろんハリーは知ってるし、ネビル君も知ってるだろうが……一般的な用語ではない。

 

「うむ。魔法警察や闇祓い局で用いられている技術だ。さて、この技術の根幹となるのは『武装解除呪文(エクスペリアームス)』という呪文だが、誰か知っているかな?」

 

 まっ先に手を上げたのはもちろんグレンジャー嬢。他には……珍しいことに、スリザリンのグリーングラス嬢も挙手をしていた。今日はこちらに当ててみるか。

 

「では、ミス・グリーングラス」

「はい。対人チャームの一種で、当てた相手がその時に持っていたもの、通常は杖を手から飛ばします」

「満点の答えだ。スリザリンに2点。今の説明聞いたか? お前ら? ちゃんとノート取っておけよ。この呪文のキモはその時に持っていたものを飛ばす部分でな。たとえば無力化するんだったら麻痺呪文(ステューピファイ)でも石化呪文(トタルス)でも申し分ない。その中でこの武装解除呪文(エクスペリアームス)が重宝される理由は、その時相手が武器として認識しているものすべてを吹き飛ばす点だ」

 

 それじゃあハリー、出てきてくれと促すとやっぱり僕が呼ばれるのか……と呟きながら壇上に歩いてきた。

 仕方ねえだろ。武装解除呪文をしっかり使えるってわかってる1年生はお前ぐらいだし。

 

「じゃあハリー、俺に向かって武装解除呪文(エクスペリアームス)を唱えてくれ。3……2……ぶへあ!」

 

 壇上に招いたハリーが唱えた武装解除呪文(エクスペリアームス)はしっかりと俺にクリーンヒットし、よろめかされる。

 持っていた杖、および腰に下げていた予備の杖もホルダーから飛び出し弾かれていった。

 

「おい、カウントの途中だぞ、ハリー」

「あ、ごめんパパ。つい」

「ついかよ! えー、まあこのように。奇襲は非常に有効で……じゃなかった! 今のを見てわかるように俺が右手に持っていた杖だけではなく、ホルダーに入ってた予備の杖も吹き飛ばしていった。これが武装解除呪文(エクスペリアームス)の強みだな。スポーツデュエルをやってた人はよく予備杖を持っているけど、実戦の場の人間、つまり闇祓いやら魔法警察やらになると持たない人が大半なのは結局武装解除されてしまうリスクや杖の慣れや忠誠心の問題とかを重く見てるからだ」

「じゃあ、ポッター教授はなんで持ってるんですか?」

「それはね、ロンくん。俺はメインの杖をよく部屋に忘れてきたりするからだよ」

「思ったよりひどい理由だった」

 

 教室中が呆れているような気がする。いやいいだろ別に。俺のマホガニーの杖は雑な忠誠心してるから影響ないんだよ。なら予備の杖ぐらいあったほうがいいだろ。

 

「さて、ここまでは前置きだ。武装解除格闘術ってのは、この武装解除呪文(エクスペリアームス)の弱点も含めて織り込んだ総合技能だ。じゃあ、今のを見て武装解除呪文(エクスペリアームス)の欠点に気付いた奴はいるか?」

「えーと……杖を飛ばされただけで、ポッター教授はピンピンしてること?」

「さすがだネビル! グリフィンドールに2点。武装解除術はクリーンヒットさせれば吹っ飛ぶぐらいは期待できるものの、武器を拾い直せばすぐに元通りになる。一方で麻痺呪文(ステューピファイ)は少しの間完全な無力化が期待できるが、かかり具合によっては部分的に麻痺してない部分を使って反撃される恐れがある。この二つの欠点を補うための運用法が武装解除格闘術だ」

 

 一旦杖を拾い直し(予備の杖もしまって)黒板に向かって杖を振って大きな丸を2つ描き、そのそれぞれの中に『杖を失った相手を完全な無力化に追い込む』と『杖を失ったときに無力化されない』と書く。

 

「基本的な考え方はこの2つだ。まず一つ目……『杖を失った相手を完全な無力化に追い込む』だが、言うことはシンプルだ、油断大敵! これに尽きる。杖を失った相手に対して目を切らずきちんと何をやられるか予測し続ける。一番ありがちなのは武装解除術がクリーンヒットしておらず、予備の杖やナイフや銃などが懐から出すケースだ。特に後者は悪事を企んでマグル世界と魔法世界を行き来してる連中はしばしば抱えてる。余計なことをさせないのが大事だ。次に盲点になりがちなのは杖なし呪文」

 

 実は俺もほんのちょっとできる、と前置きして杖を持たないままチョークを浮かせると教室中から感嘆の声があがる。

 そうそう、そんな感じで毎回褒め称えてくれねえかなあ。

 

「まあ、俺はほんのちょっと浮かしたり動かしたりとかその程度だがな。イギリスでは貴重な技能だが、ウガンダのワガドゥー出身者はかなり器用に操ってくる。レアケースとしてヨーロッパの杖あり呪文もアフリカの杖なし呪文も修めてる人間もいる……が、まあお前さんたちが将来とんでもなく悪いことをしない限りそんなのと相対することはないだろうが」

 

 そう言って元同僚のキングズリーの兄貴について思いを馳せる。ちょいちょいやってた省内決闘大会で毎回闇祓い局が優勝できてたのは反則じみてた兄貴がいたからだったなあ、としみじみ思う。

 

「2つ目は『杖を失った状態でも反撃できる手段を持つ』……それこそ、飛ばされた杖を素晴らしい反射神経で掴めるならピンチがチャンスになるってわけだ。が、この辺りはお前たちに今から叩き込むって話じゃない。自分ができないとしても、相手がそうしてくるかもって知ってるだけで動きは変わってくる。お前らが活用する機会がないことを祈るが頭の片隅に入れておけ。さあ、実技だ実技! 武装解除呪文(エクスペリアームス)やるぞ!」

 

 

 

 

 

「さーて。今日はこれでお終いだ。さあ散った散った!」

 

 授業の終わりを知らせると、騒がしくしながら蜘蛛の子を散らすように生徒が教室から出ていく。

 次のコマは無いから一呼吸つけるか……と思っていたところ、教室の入り口のほうから見知った顔がこちらを覗いているのに気付いた。

 

「授業は終わったかい? ほら、あんたがウチに忘れてった時計だよ」

「あ! バチルダお婆ちゃん!」

「うお、バチルダ婆さん。わざわざホグワーツまで届けに来たのか?」

「んなわけないだろ、特別講師でこのあと1コマ教えるからそのついでだよ。ハリーの坊やも元気そうだね」

「え、バチルダお婆ちゃん授業やるの!? 潜り込みに行っていい!?」

「おいハリー、教師の目の前でサボる算段を始めるんじゃない。お前はこのあと変身術だろ」

「ちぇー。それじゃあバチルダお婆ちゃん、またね!」

 

 そう言ってハリーは手を振って去っていく。

 まったく。マクゴナガル教授の授業をサボるなんて……俺だって両手両足ぶんぐらいしか考えたこと無いぞ。

 

「あんたとリリーの子とは思えないほどいい子だねえ、ハリーは」

「失礼な。というかリリーもかよ」

「あの子も割と大概アレだよ」

「まあいい。そんで? わざわざこっちまで足を運んだ理由は?」

「不肖の弟子の話だ。先ほど会ってきたんだが……なんか心ここにあらずって感じだったね。なんかあったのかい?」

 

 クィリナスはもともとは魔法史学をベースとした考古学者を目指しており、いつかデカい業績を立ててやると温厚な見た目とは裏腹の野心を抱えていたそうなのだが、その野心をボキボキに折ったのがこのバチルダ婆さんだ。

 バチルダ婆さんに『考古学は山師じゃないんだよ!』『デカい遺跡じゃなくて小さい陶器の破片をまず見な!』『あんたのテーマの選択は軽薄すぎるんだよ!』などとバッチバチにしごかれ、その時にどもり癖も悪化したとかなんとか。

 

「来年の準備で忙しいんじゃねえの。ここんとこは飲みに出ることもなくなったしなあ。それかアレだな、怖いババアが来たからじゃねえか」

「言うじゃないか、ジェームズ」

「アッハハハハー! 怖いババアが歩いてる! 階段でイタズラしたらゴーストの仲間入り?」 

「ピーブズか。撃て(フリペンド)

 

 教室の入り口で話し込んでいると、廊下のほうからフラフラとポルターガイストが寄ってきた。

 お騒がせ物のピーブズだ。とりあえず撃っとこう。バチルダ婆さんに怖いババアなんて言うの許せねえからな。

 

「ストップストップ! でっかいポッターちゃん、僕らイタズラ友達でしょ? 仲良くしよ?」

「あんた……ピーブズから友達認定受けるって相当だよ。いい歳してまったく……」

 

 バチルダ婆さんが大きなため息をついた。

 いや、そんなことねえし! シリウスとかウィーズリーの双子とかにもまあまあ懐いてたし!

 

「いやいやいや。若い頃の俺を覚えててからかってるだけだよ。な? ピーブズ?」

「でっかいポッターちゃんから貰ったタッチでカッチコッチ豆(セイズ・フリーズ・ビーンズ)、サイコーにアンブリッジに効いた!」

「いや、あの、ほんと……リリーには言わないでください」

 

 ケヒャヒャ、次はどこにイタズラしようかな? と甲高い笑い声を上げながら去っていくピーブズを尻目に、俺は大きく頭を下げるハメになった。


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