どの時代にも、尽きぬ仕事というものはある。
権益、土地、人脈、資産。
貴族というものは必ずそういった力の源泉を持っている――というのは正確さに欠けるだろうか。
より正確に言うならば力の源泉を握り、放さずにいられたものが貴族という地位に君臨することが許されるのだ。
フランスとのコネクションを元に拡大再生産を繰り返したマルフォイ家はその代表格だろう。
人と人の繋がりの需要というのはいつの時代でも尽きないものだ。
死も、需要は尽きることはないものの一つである。
グリーングラス家は代々、葬式と暗殺を司っている。
「やあ、ダフ。せっかく君がホグワーツに入学してきたというのに挨拶の一つもないから寂しかったよ。まあ、座ってくれ」
「愛称で呼ばれるほど親しくしていたつもりはないのですけれど」
「そうかい? 毎年君の家で行われてるパーティで顔を合わせていただろ?」
「ええ。つまり、年に1回だけ」
何から何まで気に食わない。
この2つ上のスリザリン生、グラハム・モンタギューがやたら馴れ馴れしいのもそうだが、この男が自分と同学年の男(どうやら半純血の彼はあまり立場がよくないらしい)を顎で使うのもそうだし。
突然夕食会と称して私を部屋に呼び出したのも、呼び出すのに自分じゃなくて他人を使うのも、ホグワーツでは禁制品であるはずの
「話というのは……まあ、君はとても賢い。わかっていると思うが、モンタギュー家は旧き名家だ。よって、僕はこのスリザリンでも非常に尊敬を集めている」
「へえ。そうなんですか」
「もちろん、グリーングラス家を下に見ているというわけではない。むしろ、強い敬意を払っている……つまり、ホグワーツでもその家格に釣り合う家というのは限られてくるだろう」
「なるほど、存じておりませんでした」
「そこで、僕がいる。スリザリンの卒業生にも顔が効く僕と親しくしていれば君の学生生活は間違いなく豊かなものに……どうした? 座らないのか」
「はい。座りたくなったら座ります」
早く切り上げて大広間に行きたいわね。
今日はクリスマスも近いからかフィンランド料理が出ると聞いている。サーモンスープが楽しみね。
「あー、ダフはまだ小さいからね。まだ僕の言っていることがわからないのかもしれないが社会勉強としてね。今日の夕食会もそうだし、クリスマスも近い。年明けには君たち1年生もホグズミードに行けるようになる。僕が案内するから、二人でいろんなとこを回ろうじゃないか」
「あの。もう帰ってもよろしいでしょうか」
どうやらこの男は私が断っているということがわからないらしい。
足を運んでしまったのは迂闊だが、明確に断って期待を断たなければ。
「な、なに? お、おい! 僕が後見人になれ、ば、ほぐ……」
目の前の男は口をパクパクさせて自分に何が起きたのか確認しようとする。
まあ、もう声も出ないだろう。もう十分に痺れ薬が回った頃だ。アルコールを摂取している彼にはよく効いているだろう。
「用は済んだようですね。では失礼します」
スリザリンのテーブルでも、私の周りに人はあまり寄り付かない。
「おい、グリーングラスが2つ上の先輩を毒殺したらしいぞ……」
「いや、流石に死んではいないだろ。でも髪が緑色になって一生落ちないらしい」
「俺が聞いた話だと肌が全部カエルと同じものに置き換わったとか」
「その二つの噂は矛盾していないから、おそらく両方だろうな。近くに居たらなにを盛られるかわかんねえな……」
聞こえてるっての。というか、そんな奴がホグワーツ生にいたら一瞬でわかるでしょ。なんでそれ信じるのよ。
「あ、ダフ。またなんかやらかしたらしいわね」
「やらかしてません」
「えー。入学早々にノット君を1日昏睡させてたじゃない」
「……あれはノーカウントよ、ノーカウント。というかトレーシーはなんで怖がらないのよ」
「おじいちゃんがね、『ブリテン魔法界で安心して食事ができる場はグリーングラスの隣だけ』って教えてくれたから」
「……」
「冗談よ、冗談! 私はダフのこと好きよ」
「やめて。抱きつかないで」
打算抜きで私に近寄るのは、もともと親しかったトレーシーぐらいで――
「こんばんわ、グリーングラスさんにデイヴィスさん。このパイ包み貰っていい?」
……と思っていた矢先に、目の前の席に腰を下ろす人間が現れた。
グリフィンドール生のハリー・ポッターだ。
「もちろんよハリーくん。ピーラッカって言うらしいわ」
「そうなんだ! クィディッチクラブの練習なんだけど明日は昼休みにやるよ。もう今年最後だね」
「早いものね。私もクォドポットを布教できて楽しかったわ」
「寮チームとの交流戦の手配も進んでるから、来年もよろしくね。ドラコにも伝えたいんだけど、どこにいるか知ってる?」
「あっちのテーブルにいるわ」
「ありがとう!」
そう言って
「寮も違うのに親切ね、ハリーくんは。ダフもそう思わない?」
まったく。グリフィンドール生はこれだから。グリーングラスの悪評を気にせずに平気で近寄って、あまつさえテーブルに乗ったスナックさえつまんでいく。
「トロール騒ぎのときも一番最初に身を挺してくれてかっこよかったわよね……ダフ?」
もしかしたら単にグリーングラスの生業を知らないのかもしれない。ポッター家も伝統ある家のはずだけど、ポッターくんはそういうところに疎いから。
知ってしまえば、あんな態度はもう取れないだろう。
「ダフ?」
「……ちょっと。つつかないで」
「ダフー? ねえねえ」
「つつかないでよ! もう!」
「じゃあ代わりに抱きついてもいい?」
「なんでよ!」
「ダフがすごい可愛かったから」
ニヤニヤしながらトレーシーが頬をつついてくる。
トレーシーはこういうところがある。勝手に勘違いしておせっかいを焼きたがるのだ。
まったく。トレーシーを無視してパイ包み焼きに手を伸ばしたところで――再び邪魔が入った。
「ちょ、ちょっと……ここ座ってもいいかしら?」
「あら。今日はお客さんが多いわね。ダフに用事?」
「そうね。でもまあ、あんたも一応……」
さっきの自然体だったハリーくんと違い、おっかなびっくりとはす向かいの席にちょこんと座ったのは、同級生のパンジー・パーキンソン。
同じスリザリンで同じ学年で同性……ということでそりゃあ面識はあるけど正直避けている相手だ。いくらスリザリンでは家柄が尊ばれるとはいえパーキンソン家であることを事あるごとに振りかざすのはあまり好ましいと思わないし、なにより……まず間違いなく波長が合わない相手だと思っていた。
「あんた、モンタギュー家の跡取りとの交際を断ったらしいじゃない。なんで断ったのよ」
「気に入らなかったからよ。というか、あなたに関係ある?」
不愉快な出来事を掘り下げにきたので、少し言い方に棘が出てしまう。
まあ、この手の醜聞をこよなく愛している人間は山程いる。確かにパンジー・パーキンソンは聞いた噂を学校中に広げるのが趣味のようだったし、そういう類の人間なのだろう……と思っていた。
ところが、どうも彼女の話の行き先は少し違った。
「そ、その……あんたが断ったのは……ほ、他に好きな人がいるからじゃないの!?」
「は?」
トレーシーはあらあらと口を抑えている。やめなさいよ。あんたがそういう態度取ると間違っててもそう思われるでしょ。
「た、確かにグリーングラス家は家格としても申し分ないけど……私だって負けないんだからね!!」
「いや、えーと、なんの話かしら」
「なにって……ドラコの話よ! 最近クラブ活動やらなにやらでなんかすっごく親しいじゃない! 横からかっさらうなんて認めないんだから! 正々堂々と勝負しなさい!」
あー、そっちかー、とトレーシーが呟く。そっちもこっちもないわよ。どっちだと思ってんのよ。
「悪いけど勘違いよ。私、今のところ色恋沙汰とか興味ないもの」
「嘘よ! 色恋沙汰に興味ないホグワーツ1年生なんてレイブンクロー以外にいるわけないわ!」
「私もそう思うわ!」
トレーシーまで同調し始める。こいつら同類じゃない、あんたらでつるんでなさいよ。
「とにかく……もうすぐ始まるクリスマス休暇でドラコのハートをモノにするんだから! 覚悟しなさいよ! デイヴィスもグリーングラスも諦めなさいよ!」
「えー。あー。好きにしたらいいわ」
「なに言ってるのよダフ! 立ち向かうのよ!」
「やめて。混沌を拡大させようとしないで」
─────
「結構。1年生が作る味覚阻害薬としてはグリーングラスのものは及第点だろう。クラスで最も優れた調薬としてスリザリンに5点……もっとも、我輩としてはこれに点数を渡さずに済むレベルまでクラス全体が上がることを期待したいが」
共同作業者のトレーシーがグッとサムズアップした。
魔法薬は一番自信のある科目だ。座学ではハーマイオニーさんに譲るだろうけど、実技では負けたくない。
「そして、これが諸君らの今年最後の授業となる。諸君らは明日からクリスマス休暇を迎える」
歓声があがった。普段騒がしいグリフィンドール側はもちろん、スリザリン側からもだ。
「無論、諸君らがクリスマス休暇を経てきれいさっぱり魔法薬学の記憶をなくしてしまわないように、しっかりと宿題を用意してある。忘れたものには相応の罰が下される。しっかりとこなしてくるように。そして、キングスクロス行きのホグワーツ特急は本日の午後より運行が始まる。帰省する者も多いだろうが、いくら念を押しても実家に忘れ物をしてくる愚か者に諸君らが仲間入りしないことを願っている」
が、釘を刺すようなスネイプ教授の宿題の宣告で喧騒のトーンが下がっていく。
それでも、高揚した気分は下がり切るわけではないようで、普段は騒がしいとは縁遠い魔法薬学の教室でも喋り声が響き始めた。
一喝するかと思ったが、流石に今日ぐらいはスネイプ教授も大目に見るようだ。クリスマス休暇をどう過ごすか口々に言う生徒たちを縫って歩き、宿題を各テーブルに配っていった。
そして雑談は外でやりたまえ、とっとと出ていくがよいと寮監が促すので皆が慌てて教室を出ていく。
荷物は既に送ってあるから、駅に向かうだけだ。
「もう荷造りはすんでる?」
「大した量がないから送っちゃったわ。もう家に届いてる頃ね」
始業と終業のホグワーツ特急が一便しかないのに対して、クリスマス休暇のときは複数の日時で運行している。すぐに帰省する生徒、クリスマスもホグワーツに残る生徒、年始は実家で迎える生徒とさまざまだが、比較的自由なタイミングでキングズクロス駅に向かうことができる。
特にホグワーツに残る理由もないし、帰るなら早いほうがいい。クリスマス当日は午前中だけホグワーツのパーティを楽しんで帰省する……なんて考えてる生徒も多く意外と混む(客車の数も始業終業のときと比べると遥かに少ないそうだ)とスリザリンの諸先輩がたから聞いている。
一番の便であれば比較的空いていると聞いたから、トレーシーと私はそれで帰ると決めていた。
「さすがダフ、手際がいいわねー。寮に戻って荷物を取ってくるから待ってくれる?」
「ええ。大広間にいるわ」
まだ出発まで時間はあるから、待っている間大広間を見て回る。
既にクリスマスの飾り付けが始まっており、ヒンメリ、モミの木、キャンドル、クリスマスオーナメント……と、雑多なクリスマス飾りが方向性もなく並んでいた。
あまりの統一感のなさに取っ散らかった印象しか受けないが、一方でこの乱雑さこそがホグワーツらしさなのかも、とも思う。
各寮ごとに大雑把ながらも席がわけられた大広間のテーブル。
ここもクリスマスに向けて飾り付けが進んでおり、いつもよりも綺羅びやかな装いになっている。グリフィンドールのテーブルも飾り付けが進んでおり、マクゴナガル先生がスタスタと歩きながら壁にはめられた石像に杖を振り、クリスマスらしい? 生き物(トナカイとか、天馬とか)に変えていた。
それを手伝う監督生らしきグリフィンドール生もいるし、自らの思うままに独自の飾り付けを進めていく上級生もいる。
あたりを少し見回して赤と金のローブの人間を探してみるが、見知った人はいないようだ。
「お待たせ、ダフ。誰か探してたの?」
「いいえ、少し手持ち無沙汰だからクリスマスの飾り付けを見てただけよ」
「そう? じゃあいきましょうか」
─────
四人がけのコンパートメントを私とトレーシーで占拠する。入学前のときと違い、乗客は確かにまばらだ。
「ダフはクリスマスはどうするの?」
「そうね。夜は家族といると思うけど昼間はなにも予定がないわね。どこか行く?」
「いいわねー。せっかくだから他の人も誘ってみる?」
「例えば?」
「ハーマイオニーさんとか?」
ハーマイオニーさんはグリフィンドール生の女の子だ。
少し真面目すぎるきらいはあると思うけど、利発で授業でも点を多く稼いでいる。変身術などではもう私では敵わないぐらい上手だし、マグル
得意な科目、特に魔法薬学とか薬草学では負けたくないけれど。
「いいわね。予定が合うなら私達3人で――」
「ふっふっふ。グリーングラス! 女だけのクリスマスなんて……臆したわね!」
突然、コンパートメント席の後ろから耳慣れぬ声がした。
そこにはパンジー・パーキンソンが仁王立ちしていた。
「既に私はドラコを……ででで、デートに誘う手紙を送っているわ! クリスマス休暇は単なる休み期間じゃない、恋の戦争の期間よ! 悪いけど、ライバルのあなたとは一歩も二歩も差をつけさせてもらうわ!」
「確かにその通りね」
「確かじゃないわよ、トレーシー」
パーキンソンにはこの前の夕食以来勘違いされている。
トレーシーは割と悪ノリしがちな悪癖があるが、それが迷惑な形で出ている感じだ。
「あのね、パーキンソン。前も言ったけど私はマルフォイとの恋愛沙汰に興味ないから」
「そうよね、ダフが狙ってるのは違うわよね」
「色恋沙汰に興味がないって言ってんのよ!」
あれあれー? という顔をするトレーシー。んー? そんなことないと思うんだけどと呟くパーキンソン。なんで人の気持ちにそんなに興味津々なのだろうか。
静かに秘めておくべきものだろうに。
「ドラコじゃないというと……ゴイル?」
「ゴイルなわけないわよ!」
「あら。つまり他にいるのは確かなのね」
迂闊だった。パーキンソンの揚げ足取りの誘導にまんまと引っかかってしまった。
いや、別に他が気になっているわけではないのだが。
「まあいいわ。狙いがドラコじゃないっていうなら……お近づきのしるしにクリスマス休暇を使ったオトコの落とし方っていうのを教えてあげるわ」
「素敵ね! 教えて、教えて!」
「……別に、いらないわよそんなの」
まずい。トレーシーとパーキンソンはなにやら波長が合ってしまったようで私を置いてけぼりにして進んでいくが、そんなもの特に必要ない……と思う。
その私の返事を聞いて、パーキンソンが呆れたように呟いた。
「あのねえ。男の子ってのはバカだから何もしないと私達の魅力に気付かないの。それでもっていつのまにかライバルに掠め取られる……なんてスリザリン的じゃないと思わない? 周りに他の寮の女子だっているでしょ。ガリ勉グレンジャーとか」
「ハーマイオニーさんはいい人よ」
ハーマイオニーさんは魅力的な人だ。明るくて人怖じせず、寮の垣根を超えて私と仲良くしてくれている。
目の前のパーキンソンのように揶揄する人は多いけれども、彼女を好きになる男の子は必ずいる。
もし私がグリフィンドール生の男子なら、ハーマイオニーさんを選ぶはずだ。
しかし、そんな風に考えている私に構わず、高らかにパーキンソンは私にこう主張した。
「いい? そんな弱気じゃ誰もなびいてくれないわよ。クリスマスに気になる相手を誘って、そしてできるだけロマンチックなデートにする。これが最高の恋愛戦略ってものよ。私が提案する最高のデートコースは……ダイアゴン横丁のクリスマスマーケットね!」