魔法界では、トロールの危険性はよく知られている。暴力的で凶暴で攻撃的だと。
では、マグル生まれにとっては?
あまり変わらない。なぜなら、奴らを見れば暴力的で凶暴で攻撃的だと一瞬でわかるからだ。
「うわああああ! トロールだ!」
「ガアアアア!」
ロンが思わず叫ぶと、どうやら箒置き場と絵画に向いていたトロールの注意がこっちに向いた。
トロールの叫び声に反応してグレンジャーさんとデイヴィスさんが悲鳴をあげる。
まずい。ロンが思わず叫んだのは仕方ない。でも、一番危ないのはパニックになってみんなが散り散りに逃げることだ。今はその一歩手前にあるような気がする。
デイヴィスさんやグレンジャーさんを遮って一旦僕が前に出ながら声をかける。
「みんな落ち着いて。杖を抜いて固まろう、今は誰かがはぐれるのが一番まずい」
「あ、ありがとうハリー。悲鳴なんかあげちゃって……みっともないよね」
「ロンがあげてなかったら僕が叫んでたよ。とりあえず、見た目からして機敏に動くタイプの魔法生物じゃないさ。落ち着いてゆっくり離れよう」
「そ、そうよね。確かトロールは鈍重な生き物って本に書いてあったわ」
一旦落ち着いて静かに後ずさりするとトロールはこちらに再び威嚇したが……突っ込んできたりはしない。
僕たちの対処をどうしようか迷っているようだ。
「トロールよ、お前は絵画である私にすら敵わないだろう……愚かなことにな! 悔しくばかかってくるが良い! ハハハハ! うわやめて額縁壊れちゃう」
それを察したニーン卿が挑発して気を惹いてくれた。
すると、トロールはより手近にあった箒置き場の扉に殴りかかり始めた。
僕らは一旦、この隙にトロールの方から視線が通らない大きな木陰に隠れる。
「どうしたらいいかしら、ポッターくん」
「今の状態なら離れてるだけでそれなりに安全だけど……授業がある日ならともかく今日だと僕らがいないことに先生がたも気付かないかもしれないから、なんとかして助けを呼ぶのが一最優先目標だと思う。粘るにしてもトロールが1体だけとも限らないし」
「となると無理にでも向こうに渡るしかないわね。それこそ、ハーマイオニーが言うように命綱でもなんでも使って」
スリザリン生のグリーングラスさんはかなり腹をくくっているようで、落ちた橋の向こうに渡るしかないと考えているようだ。
正直、そのための手はもう思いついている。思いついているんだけど……さっき自分の言ったことと矛盾するようなことなんだよなあ。
「うん。かなり僻地だから目立つ閃光とか助けの声とかあげても届かないだろうし、結局向こうに渡って大人の助けを呼ぶしかないしかないと思う」
「ん? ハリー、向こうに渡れたら報告はいるだろうけど、助けを呼ぶ必要はなくない?」
ロンに突っ込まれる。そう、向こうに全員が渡ったなら助けは必要ないのだ。
全員が渡ったなら。
「今のところトロールは1体だ。でも、どこから来たかわからないし……もう1体、2体と増えていくかもしれない。だから出来ればすぐやらないといけない」
「なにをだ、ハリー?」
「僕が囮になってトロールを引き離すから、みんなで箒を取ってホグワーツ城に行くんだ」
「はあ!? なに言ってるのよハリー!」
グレンジャーさんが僕をつかんで揺さぶってくる。
いやまあ、そういう反応になるのはわかってたんだけど。
「でも、囮をやるなら僕が一番適任だ。もう日没も近いけど、僕のメガネにはパパが暗視ルーンを刻んでくれてるから暗くなっても逃げ切れると思う。それにシーカーとして、動体視力なら誰にも負けるわけにいかないしね!」
「アホポッター、お前がさっき誰かがはぐれるのが一番まずいって言ったんだろ! 僕も残るぞ」
ドラコが言う通り、確かにそうなんだけど……たぶん僕が残るのが一番リスクが低い。
「大人の人を見つけるまでにはぐれたら元も子もない。ホグワーツ城側がどうなってるかわかんないし、箒で行くにしてもまとめる人間が必要なんだ。頼むよクラブリーダー。じゃあみんな離れて……僕が挑発する」
箒置き場に入る姿が見られないように……入り口が死角になる位置に誘導する。
僕はロンやドラコが止める声を聞かずに駆け出した。
「やーい、ウスノロ!」
トロールが僕の言葉を理解できるとは思わないけど……バカにしているニュアンスはしっかり伝わったような気がする。無抵抗のニーン卿の絵画を打ちのめす手を止めて、僕の方に向き直ってバタバタと走りはじめた。
「待ってよハリー!」
「クソッ、僕らの返答も待たずに勝手に決めやがって……いくぞウィーズリー、二人で箒を取りに行く。ビンセントはここで待機していてくれ。もしトロールが来たらお前の判断で一旦逃げていい」
ロンは僕を引き留めようとしたが、素早く動いたからもう手の届く範囲ではない。
ドラコも悪態の一つや二つ僕につきたそうな顔はしていたけど、今すべきことはしっかり理解してくれているようできちんと周囲の人間に指示を出し、ロンと一緒に箒置き場に走り始めた。
「作戦は理解した。勇敢なる若人たちよ、扉は開けてあるぞ。急ぎたまえ!」
─────
「トロールの侵入じゃ! 山トロールに川トロール、わんさかいるようじゃぞ!」
ケトルバーン教授が大声でパーティが始まろうとしていた大広間に向けてそう叫んだ。
そして、その警告を裏付けるような唸り声が聞こえると、あちこちで悲鳴があがる。大パニックだ。
「ケトルバーン教授。今回はあなたの仕業でないでしょうな」
「さすがにこれは断じて違う。どこから入ったかわからんが……廊下をうろついているのでひとまず撒いてここまで走ってきたところだ。ダンブルドア校長、どういたします?」
大広間の教員テーブルについていた我々は顔を見合わせる。
トロール。かなり厄介な魔法生物だ……それも複数で所在もはっきりしないとなるとそれなりに腕の覚えのある人間でなければ教員としてもあまり自由にうろつけるものではないだろう。実際、アンブリッジなどは震え上がっていた。
「わんさかいるとなると、トロールに十分対抗できるであろう上級生に引率させて一旦帰させるというのはあまりいい手ではなさそうじゃのう。とはいえ、パニック寸前の大人数を一箇所で管理するというのはちと不安があるが……やむを得んじゃろうな」
「では、ひとまずこの大広間の守りを固めます。ジェームズ・ポッター、変身術の腕は落ちていないでしょうね? 手分けして扉を固定しますよ」
マクゴナガル副校長は得意の変身術で扉を強固な素材に変化させて封鎖を考えているようだ。
「俺も大方針としてはそれでいいと思いますが、それを手伝うよりもやったほうがよさそうなことがありまして。生徒が全員ここにいるって確認とれてるわけでもないですよね? ちょっと自室に便利なものがありまして……」
「ふむ。確かにアレは今まさに必要なブツじゃな……ミネルバ、ここはわしが代わってもいいかの? 実力が足りているといいのじゃが」
「はあ。まったく、くだらない用事でないでしょうね。よろしい、ここは私とアルバスでなんとかします。手早く済ませなさい」
「恩に着ます、副校長」
廊下に出ていったポッターは立ちふさがるトロールを一撃でノックアウトし(無言の
「生徒はジェームズに任せるとして、スタッフも一部姿の見えないものがおりますね。セブルス、申し訳ありませんが廊下の制圧も兼ねて安否確認をお願いします」
「大広間の要塞化が終わればわしも遊撃に出る。なにか緊急の事態があれば守護霊を走らせるよう頼むぞ」
「了解しました。校長、副校長」
今の所、安否が確認できていないのはクィレル教授とセプティマの二名のようだ。どちらを先に確認すべきか迷うが……クィレル教授のほうは身を守る程度はできるだろう。
セプティマは……ヘタするとトロールに気付いていない可能性すらある。
仕方ない。彼女の部屋がある地下階のほうをまず探索しよう。
地下へと進む階段でフラフラしていたトロールに一撃
つくづく私の得意とする呪文とは相性が悪い。山トロールに川トロール……魔法生物飼育学はあまり得意ではなかったからきちんとは覚えていないが、魔法の効きが悪い強靭な肌を持っているんだったか? 山トロールが山に住む大型のトロール、川トロールのほうは主にモンゴルに住んでいる種だったか。
目の前のトロールがどちらかはわからないが、ひとまず切り裂くのは諦め顎に向かって
どうやらこれはそれなりに効果的だったようでトロールの目が虚ろになってふらついた。そのまま頭に打ち込み続け、気絶して倒れたので壁にあいた穴に
そのまま階段を降りていく。スリザリンのコモンルームの入り口も近い、教員の部屋が並ぶ廊下。
そこに足を踏み入れると……とんでもない悪臭が鼻を突いた。
間違いなくトロールが近くにいる……だが姿は見えない。
そのとき、違和感を感じた。なぜ私の部屋に明かりがついている? 絶対に部屋を離れるときに消しているはずだ。しっかりと習慣になっている。
明かりがついている理由として思いつくのは……セプティマだ。彼女は確かに、私の部屋に(勝手に)ちょくちょく侵入することがあった。間が悪くそのタイミングで襲撃を受けたか?
それを裏付けるように私の部屋の中から先ほど聞いた唸り声とは別物の、より重低音の大きな声が聞こえた。きちんと施錠したはずの扉は強引にこじ開けられていた。
「カトラリー!!」
「お呼びでしょうか、スネイプ教授」
「業務外の話だろうが、私の部屋にいるトロールの気を一瞬惹けるか?」
「御意でございます」
先ほどやった
リドルからの刺客が来たときのための切り札のアンプルを内ポケットから出し、走りながら使う準備を進める。
本来の機能を失った扉を蹴飛ばし、自室を見据える。
家具や棚もあらかた破壊されつくされ荒らされきっており、中にセプティマがいるかどうかは確認できない……そして、私の部屋を荒らしきった張本人がこちらに気付いて吠えた。
先ほどの唸り声とはまったく違うレベルの声量だ。思わず身がすくみそうになるがぐっと堪える。
なるほど。大型のトロール……間違いなくこちらが山トロールだ。
杖を抜き、アンプルの中の液体に浸していた針を一本、触れないように慎重に浮遊させる。高級品かつ超危険物。
ポーションマスターだけが用意できる、対魔法生物も考えた最高の切り札だ。
無論、当てられなければ意味がない。バタバタと暴れるトロールに躱されては困る……が、そこはカトラリーがうまくやってくれたようで、私と相対した瞬間にトロールの耳元で破裂音が響いた。思わずトロールはなにが起きたか探すためあたりを見渡しはじめた。十分な隙だ。浮遊魔法を駆使して針を素早く飛ばす。それはしっかりとトロールの皮膚へと突き刺さった。
このトロールがどこに住んでいたかはわからないが、魔法世界の森やらなにであれば危険な生物はうじゃうじゃいるだろうし、その中には毒を扱うものもいるだろう。
それでも食らった針の痛みをこのトロールが意に介さないのは自身の分厚い皮膚にそれだけの信頼を置いているということなのだろう。
それで今までは問題なかったのだろう。巨大な山トロールを毒で殺すとなれば相当な量が必要に違いない。
通常の毒であれば。
一瞬、くぐもった声を出し……悲鳴すら立てずにそのまま昏倒した。
ズシン、と重い音が地下階全体に響く。どうやらしっかりと効いたようだ。解毒剤が一つしかない、最強の猛毒が。
「カトラリー、すまない。助かった」
「いえ、お役に立ててなによりです……その毒はいったい?」
「バジリスクの毒だ」
「ああ、なるほど……ずいぶん物騒なものを持ち歩いておいでなのですな。コートのクリーニングの際にはポケットに入れたままにしないことをいちしもべ妖精としてはお願いしておきたいところ」
「無論だ。それよりも部屋のどこかにセプティマがいるかもしれない。場合によっては危篤な状態だ、一刻も早く……」
部屋は粉々になった家具やらなにやらで死角だらけだ。考えたくはないが、倒れた棚の下に……いや、魔法使いは強靭だ。今すぐ見つけてマダム・ポンフリーのところへと運べば……
「セブルスくん。すごい音したけど何事……うわなにこの部屋、メチャメチャじゃない」
必死になって探そうとしていた当人が、後ろから部屋の惨状をながめながら呑気につぶやいていた。
……おおかた、明かりもつけずに研究に打ち込んでいて騒ぎにほとんど気付かず、今になってようやく出てきたのだろう。
「この……研究狂いで世間知らずのウスノロ女!!」
「突然ひどくない!?」
「適切な評価を口に出してなにが悪い」
「え……なんか私、セブルスくんにすごい怒られることした? さっき紅茶缶もらってったのが良くなかった?」
「今まさに怒られるべき行動をしていたが、更に一つ増えた」
ひとまず、懸念は一つ解消した。クィレル教授への救援はこの女を先頭にして行うとしよう。
頭が覚めてる間であればまあまあ役に立つはずだ。