「ぜえ、ぜえ……」
「ちょっとポッターくん、なんで止めるのよ!」
僕らにクィディッチ用品を届けるために現れたフレッチャーという男。
ベクトル教授が襟首にかけた手にも力がこもり、息が止まりかけていたので慌てて引き離した。
「あのですね、人の首はあんまり絞めちゃいけないもので……」
「そうだ! 坊主いいぞ、言ってやれ!」
「ポッターくん。世の中は難しくてね……首を絞めてはいけない人間と絞めてもいい人間がいるの。ポッター君やセブルス君は前者。君のパパやこいつは後者。これは数秘術的にも証明されてるの」
謎理論で僕を丸め込もうとするが、さすがに僕らが使う予定のクィディッチ競技場で死者を出すのは縁起が悪い。
「あのー……この人何者なんですか? ただの運送屋さんじゃなくて?」
「今日の俺はただの運送屋さんだよ」
「違うわよ、こそ泥よ。ダンブルドアを騙くらかしてホグワーツにも潜り込んでた悪党よ」
「人聞きが悪すぎるだろ! 講師やってたんだよ!」
「半年でクビになったのによくそんな堂々と名乗れるわね」
「そうなんですね。どの科目だったんですか」
どうも、ホグワーツの元講師だったらしい。
比較的若手であるベクトル教授が知っているあたり、それほど昔の話ではないのだろう。
「『闇の魔術の防衛術』をちょっとな」
「あ、パパの科目なんだ」
「ん? 教員の息子か? ……ああ、そういや俺が抜けた次の年に新任で入ったって聞いたな。しかし、スネイプの旦那に息子がいるとは……」
「違うけど!?」
「違うわよ! 独身のはずよ!」
確かに入ったタイミングが同じとは聞いている。入学も就任も同期だとかなんとか。
「勘違いか。そりゃすまんな。いや、昔世話になった……いや、俺もちょっとばかし手助けしたスネイプの旦那が教員になったって風の噂で聞いて感慨深くてな。なんの科目やってるんだ?」
「魔法薬学よ。というか、あんたみたいなならずものが省にいたセブルスくんとなんの縁があるのよ」
「警察局にいた旦那に捕まりかけた……が、まあ殺人事件の解決にちょっと手を貸してやったんだよ」
「うわあ」
その話を聞く限り、ベクトル教授の言はそう外れてないように思える。
もしかして結構危ない人?
いや、ダンブルドア校長が信じて雇ったならそんなに危ない人のはずは……でもパパとかケトルバーン教授とかもいるしなあ。
「最悪の出会いね。それで? なんであんたが運送屋の真似事なんかしてるのよ」
「ホグワーツ行きの運送の案件ってのは人気がないんだよ、姿あらわしが直接使えねえからな。その点俺は『姿あらわし免許』がそもそもねえからそういう案件を優先して受けててな。まあ、正直あんまり顔の出したい場所ではないんだが背に腹は代えられない懐でな」
「……? あんた、姿あらわしぐらい余裕でできるでしょ? 性根は腐ってるけど腕前はまあまあよね」
「今めんどくせえんだよ、免許の取得。俺みたいな半純血とかマグル生まれが取るには審査員によっては相当な額の袖の下が必要でな。講師でいたときにホグワーツで取っちまえばよかったぜ」
「前科アリだからじゃないの?」
「それもある」
「これだから。あんた、持ってきた注文の品もくすねてたりしないでしょうね」
「流石にガキから盗んだりしねえよ」
どうやら、パパの前任者は相当とんでもない人間のようだ。
まあ、とりあえず任された仕事自体はしっかりとこなしてはいるようなので、念のためロンが手紙で注文した品目とあっているかを確認しつつ梱包を解いていく。量もあるし大きいものもあるので、なかなか手間だ……と思ってたところで、ホグワーツ城のほうから箒で飛んでくる音がした。
「未来のグリフィンドールの救世主たちよ、手伝いに来たぞ! ……ん? もしかしてダング先生?」
「そういうお前さんは……オリバーの坊主だな! わはは、見ないうちにまたでっかくなりやがって。どうだ、レギュラーは取れたか?」
「もちろんよ。今はキャプテンでキーパーやってる」
「そんだけデカけりゃ適任だからな。転向を勧めた甲斐があったぜ」
「あ、ウッド。フレッチャーさんは荷物をここに届けてくれたみたいで」
「ようハリー! そうか、ちゃんとくすねられたものがないかチェックしとけよ!」
「だからガキからは盗まねえって!」
飛んできたのはグリフィンドール寮のクィディッチクラブ、キャプテンのオリバー・ウッド。
入学して最初の週に「君がポッター教授の言っていたスーパーシーカーのハリーだな!」と言いながら肩を掴んで激しく前後に揺すられたのでよく覚えている。
「いやあ、1年生はプレイヤーになれないというクソルールがなけりゃなあ」
「ふむ。まだその規則は残っているのか」
人の居ないはずの方向から声がしたので、振り向くと扉の絵画――バーンズリー伯ニーン卿だ――が僕らの話を聞いて参加してきたようだった。
「今も当時も寮対抗クィディッチに対する熱意は強くてなあ。ホグワーツ卒ではない海外のセミプロを捕まえてきて1年生としてねじ込んで来た寮があってな、流石に教員や理事も看過できない事態になって各寮のクラブで制定されたものだ。君らは1年生なのか?」
「はい、そうです。1年生だけで、来年までの練習とクィディッチの普及のためのチームを作ろうと思って。ちなみに、そんな悪どいことを行ったのはどこの寮なんですか?」
「素晴らしい心がけだ。さて、そのような行為をしたのはどこかというと、グリフィンドールとスリザリン、あとレイブンクローとハッフルパフだ」
「全部じゃないですか」
「うむ」
公平と協調を重んずるハッフルパフでさえもそういう行為に手を染める……まあ、僕のパパみたいなのが教員や理事にいたんだろうか。いたんだろうなあ。魔法界ではいっぱい見るし、そういう大人……
「ん? 随分人が集まってるな。中を確認してきたぞハリー。更衣室も箒置き場もそのまま使えそうだ。とはいえ、かなり埃が溜まってるし庭小人も中に住み着いているようだから手入れは必要だが」
「ありがとうドラコ。どれぐらいかかりそう?」
「数日に分けてやるしかないだろうな。競技場の設営のほうもあるし……ただ、私物や備品の保管などができるようになったら作業も捗るだろうし、中を先に使えるようにしたほうがいいだろうな」
「なるほど。じゃあそうしようか。今日のうちにできるだけ進めたいね。手伝ってくれる大人も二人いるし」
「それって私を入れてないでしょうね?」
「それって俺を入れてるよな?」
─────
僕たちは、その後放課後や休日を使って作業を進めていった。
合言葉の再設定。(結局マクゴナガル教授に出向いてもらった)
更衣室の掃除。
箒置き場の盗難防止チャームの掛け直し。(副顧問のベクトル教授が快く……快くやってくれた)
競技場のエリアの杭の打ち直し。
クアッフルとブラッジャー(箱を開けたスリザリンのゴイルを危うく打ちのめしそうになった)、スニッチもしっかり揃え、スニッチが外に逃げないようにしっかりと競技エリアを設定する魔法もかけた。
これに関しては流石に1年生には手の余るものだったので、残っていた予算で競技場設営のプロを呼びお願いした。(これはマルフォイ家のツテによるもの。ドラコはロンに対して勝ち誇っていた)
そして、最後がゴールリングの設置。
今日は水曜日だけど、祭日であるハロウィンということで一日休み。ハロウィンのパーティがあるからそれには間に合うようここを出る予定だけど、午前中いっぱいは出来たての競技場を使えそうだ。
「
競技場の地面に穴をあけ、浮遊させたゴールポストを差し込んでいく。クィディッチ競技場の完成を示すある種の儀礼として、なんとなく集まったみんなで一本ずつ設置していた。
そして、これが最後の1本。差し込んで土で埋め戻して固めて……完成!
最初の日と比べると随分と集まった人間は少ないけれど、それでも大きな歓声があがった。
「よし! すぐに練習するぞ、ビンセント。 ……あれ、今日はグレゴリーはいないのか」
スリザリン生でドラコの友人? のビンセント・クラッブとグレゴリー・ゴイルはいつもセットでドラコにくっついている印象だけれども、確かに今日はビンセントしか居ない。
「はい、今日はハロウィンですから……朝から大広間に菓子やらなにやらが並んでまして。そっちにかじりついておりました」
「……まあ、グレゴリーらしいな」
ゴイルほど食欲で皆が動いてるわけではないけれど、今日はかなり競技場まで足を運んでいる人は少ない。
ハロウィン・パーティは午後からとはいえ午前中からすでににぎやかなムードが漂っており、イベントも行われているようだ(ゴブストーンのトーナメント戦とか)。そちらを選ぶ人も少なくないだろう。
今日来ているのはスリザリン生はドラコとクラッブ、あと最初の箒飛行術の授業で少し会話を交わしたグリーングラスさん、その友達のトレイシー・デイヴィスさん。グリフィンドール生は僕とロン、ディーンとグレンジャーさん。
グレンジャーさんはフーチ先生が熱心に洗脳……クィディッチ愛を伝えようと努力した結果、よく顔を出すことになった。クィディッチの教科書に書かれてる戦術とかに関してはもう僕より詳しいかも。
時間はあまり長くはとれないし人数も揃っては居ないけれど、ちょうどグリフィンドールとスリザリンで4名ずついる。
「せっかくだから対抗戦しようよ。4人ずつだしシーカーとビーターはなしで」
「初心者こそブラッジャーに慣れておくべきじゃないか? まあいい。キーパー1人とチェイサー3人だな。まあ、君らのところはそもそも箒初心者も多いからな。ボコボコにしてやる」
そう言って色違いのゼッケンをつけて二手に分かれる。
「ボコボコにしてやるだってさ、みんな」
「いいね。向こうがナメてくれてるのは歓迎だ」
「そうね。がっつり作戦勝ちしたいわね」
競技場ができるまでも箒で飛ぶぐらいは合間にみんな遊んでたけど、マグル育ちのこの二人の成長ぶりはなかなかのものだった。
ディーンはもう僕やロンとほとんど遜色なく飛べるし、グレンジャーさんもややぎこちなさは残るけれどクアッフルの扱いにはかなり慣れている。とはいえ、まあ初心者だ。僕もチェイサーは得意なわけではないけれど、ロンでカバーしてあげないとね。
─────
「嘘だろおい」
「あわわわ、ドラコ様止めらんないです。無理です」
スリザリン側のゴール(キーパーはクラッブがやっている)に、クアッフルがどんどん吸い込まれていく。
得点源は主にディーン……僕はドラコにつかず離れずの位置の守備的なプレイングだ。
もしこれで結果が出なかったら仕方ないなあと攻めに出るつもりだったけど、ゴール量産している現状としては何も言えない。
司令塔はグレンジャーさん。ゲーム開始前のミーティングで「そうね向こうで怖いのはやはり飛び慣れてるドラコくんねただこのミニゲームの特徴としてはブラッジャーがいなくてクアッフルを保持して前進するチェイサーを止める手段が乏しいからまずはどうやってクアッフルを奪うかを主眼として戦術を組むべきだわなのでこっちで一番飛ぶのが上手いハリーくんがドラコくんに付かず離れずの位置をキープしてパスカットするここで大事なのは敵陣内で奪ったクアッフルを得点に速やかにつなげることだけどここはディーンと私がパスカットした瞬間にこの位置とこの位置に飛ぶから条件のいいほうにノールックでパスを出してねどちらも難しそうならパスカットを見た瞬間に前進したキーパーのロンに戻して……」、と恐ろしい早口で作戦を僕らに伝えた時はめちゃくちゃ戸惑った。
戸惑ったけど、実際それは相手に実に的確に刺さったようでゲームの前半(スニッチがないので前半15分、後半15分の簡易ルールだ)で大きくリードを奪うことができた。
一旦ハーフタイムでグラウンドに皆が降りてくる。
「いえーい! 大量にゴールしてきたぜ」
「さすがディーン。でも、こうやって攻撃参加するキーパーってすごい忙しいね。考えるヒマがないや」
「いやいや、ロンもいっぱいゴール止めてただろ」
「忙しいからなまじ悩むヒマがないのかな。迷ってミスする場面は少なかったかも。いえーい」
ディーンとロンがハイタッチしている。
そこに我らが司令塔が降り立って僕らを褒めてくれた。あれ? そういうのってクラブヘッドコーチの僕の仕事じゃないの?
「みんな流石の前半だったわ」
「いえーい! ハーマイオニーもカッコよかったよ、ラストパスをバンバン決めてた。キーパーとして後ろで見てて安心できるね」
「でも気を緩めないでね、ダフネとトレーシーが最後に悪そうな笑顔してたからたぶん修正してくるわよ」
「そうだね。僕のドラコに張り付く動きは相当わかりやすかったから、後半は……」
─────
楽しい時間はすぐに過ぎる。結局あのあとはなんとか逃げ切ってグリフィンドールチームの勝利。そこからもう1戦はスリザリンチームの勝利。3戦目を僅差で勝ちきって2勝1敗で終えることができた。やったね!
「ドラコ様。そろそろパーティの時間です」
「あ! もうそんな時間か」
別にハロウィンパーティへの出席は自由だけど、さすがに僕も皆もはじめてのホグワーツのハロウィンパーティは興味がある。多少遅れたところで怒られたりはしないだろうけど、ぜひとも頭から楽しみたい。皆で連れ立って箒置き場に向かう。
「それにしてもダフネとトレーシーはかなり器用に飛べるのね。一戦目の後半は危うく逆転されるところだったわ」
「ありがと。ハーマイオニーもまだ始めて一ヶ月でしょ? すごいわよ」
「でもクアッフルの投げ方に違和感あるのよね」
「それはトレーシーに聞くといいわ。彼女、クォドポットのジュニアチームにいたのよ。クアッフルより投げるのが難しいクォドの扱いが上手いからクアッフルも上手く扱うのよね」
「クォドポッド? ああ、アメリカにあるっていう」
「なに? ハーマイオニーもクォドポッドに興味あるの? 一度ぐらいやってみるといいと思うわ」
女子組が仲良さそうに話す一方で、こっちはロンとドラコがヘボだのうすのろだの言い合っている。ある意味いつも通りだ。
「だいたいな、バカのひとつ覚えみたいに右のゴールポストを狙っても僕が全部止めちゃうからね。……『クィディッチ今昔』。あー疲れた。箒置いてすぐ戻ろうっと」
「うむ。通りたまえ、若人たちよ」
再設定した合言葉を唱え(流石に古ゲール語で暗号化するほど今はセキュリティに気を配る必要はない、とマクゴナガル教授が判断した。この扉ができた当時はスポーツ箒はずいぶんと高級な代物で警戒度も高かったらしい)、皆が箒置き場に入っていく。更衣室はあるけど、スペースも余ってるしせっかくだから洗濯室でも置こうか? そこまでやるならもういっそ毎年次の一年生に託す新たな伝統にしてもいいかもしれない。
自分の名前が書かれたロッカーにしまった私物の箒磨きクリームで使用後の手入れをする。同じように隣でクラッブくんも箒を磨いていたので、少し話しかけてみる。あんまり普段話す相手じゃないからね。
「おつかれさまー、みんな。クラッブ君も来てくれてありがとう。手強いキーパーだったよ」
「別に無理に褒めなくていい……俺はドラコ様に言われる通りやっただけだ。ゴイルと同じ。あいつはバカだから来なかったけど」
「……? よくわかんないけど、どういう関係なの?」
「別に気にしなくていい。お前らお気楽なグリフィンドール生と違って家のつながりってのがあるだけだ」
そういう割には楽しそうだったけどなあ。ドラコが実は嫌いって風な素振りもいまのところ感じないし。異性だから少し聞きづらいけど、グリーングラスさんとトレーシーさんにどういうことか聞いてみようかな、そのうち。
ちょっと疑問符を浮かべながら、みんなが出ていくのに合わせてついていく。
箒置き場を出て絵画のニーン卿に手を振ってホグワーツ城に向かってみんなで歩いていく。
歩きでも10分もかからない道のりだ。
……が、異常に最初に気付いたのは僕だった。
「あれ?」
ホグワーツ城に向かうための木の橋が落ちている。
こちら側にはごく短い縄だけが残っている。裂けた縄と橋の大半はホグワーツ城側に垂れているようだ。
「ど、どうしたらいいかしら!? えーと、命綱を胴体に巻いて一人ずつ行くとか」
「落ち着けハーマイオニー、君は魔女だろ! 今まで使ってた箒があるだろ」
「そ、そうね。うっかりしてたわ」
「まったく。しょうがないな、僕がひとっ走りして人数分持ってくるよ」
確かに、全員が一旦戻って箒を使って渡ればいい。
箒を戻すことはできなくなるから一旦どこかで管理してもらう必要があるけど、別に一日ぐらい些細なことだ。明日の放課後にでも戻しに行けばいい。
ただ、なんとなく直感的に嫌な予感がする。パパの言葉が脳裏に浮かんだ――トラブルの解決策をすぐに見つけたときこそ気をつけろ。思わぬ抜けがあったりする――箒を取りに戻ること自体は問題ない。気になるのは……老朽化でロープやらなにやらが裂けて落ちただけなら別に不自然じゃない。でも、その垂れ落ちた橋を使って何者かがよじ登ったような跡があるような。
念のため杖に手をかける。
「いや、ロン。念のため全員で戻ろう」
「なんで? まあいいけど。マルフォイに言いたいことはまだいっぱい残ってるし」
「はっ。あのヘボキーパーぶりでよく自慢気に言えるものだ」
皆はそれに従ってくれるようで、一斉に踵を返した。
「そうね。でも、ちょっと時間がないから急いで行きましょう」
「そうだね。グリーングラスさん。できるだけ早く小屋に戻って箒を……」
「逃げろ! 若人達よ!」
小屋に戻ろうと歩みを進めたとき、叫び声が聞こえた。
絵画の中のニーン卿のものだ。そして、それを掻き消すような唸り声。
巨大なトロールがいる。