RSウイルスワクチン たんぱく質の構造解明が突破口に
乳幼児や高齢者に深刻な危険をもたらすRSウイルス感染症が広がっている。これまでは対症療法しかなかったが、待望のワクチンがついに登場した。1960年代に作られた初期のワクチンがむしろ感染を強めた理由を、ウイルスたんぱく質の形状を調べて解明したことが突破口となった。ワクチンを精密に設計するこの手法は新型コロナワクチンの開発にも生かされている。
多くの人にとってRSウイルス感染症は煩わしい風邪にすぎないが、乳幼児や高齢者、免疫不全の人には重大な危険をもたらす。米国では毎年5万8000人の子供と17万7000人の高齢者がRSウイルス感染症で入院し、うち300人の子供と1万4000人もの高齢者が亡くなっている。感染を防ぐ主な方法はマスク着用や手洗い、患者との接触を避けるなど一般的な対策のみ。重症化を抑える抗体医薬が1つだけあるが、高価なこともあって利用は限られる。だが今年に入り、米国で高齢者向けのRSウイルスワクチンが2種類、妊婦に接種して出生後の乳児を守るワクチンが1種類、承認を得た。
ワクチンの研究開発はこのウイルスが56年に発見されて間もなく始まったが、60年代の臨床試験は悲惨な結果に終わった。感染経験がない子供を対象に不活化ウイルスでできたワクチンを試したところ、予防するどころか感染を招き、死者まで出た。
この惨事は「抗体依存性感染増強」という現象がもとになっている。適切な保護作用のない抗体を人体が作り出し、感染をむしろ悪化させてしまう現象だ。60年代に初期の麻疹(はしか)ワクチンのひとつがこの現象を引き起こして使用中止となったほか、デング熱ワクチンでの報告例がある。
RSウイルスワクチンの進歩はその後長らく停滞したが、初期のワクチンがなぜ逆効果を招いたのか、米国立衛生研究所(NIH)などで基礎的な研究が粘り強く行われた。ウイルスのたんぱく質の構造を解明したことでその理由が判明、それに基づいて新設計のワクチンが作られ、2017年に始まった臨床試験で有望な結果が出た。医薬大手が実用化を引き継ぎ、効果の優れたワクチンが実現した。
米国で認可を得たのはグラクソ・スミスクラインとファイザーが製造する高齢者向けワクチンそれぞれ1種と、妊婦に接種して生まれてくる乳児を守るファイザー製の1種。グラクソ・スミスクラインによる高齢者向けの「アレックスビー」は日本でも9月に承認された。RSウイルス感染症のリスクを軽減できる効果的な手段がついに手に入った。
(詳細は10月25日発売の日経サイエンス2023年12月号に掲載)
- 著者 : 日経サイエンス編集部
- 発行 : 日経サイエンス
- 価格 : 1,576円(税込み)