時を越え君に会いに行く   作:Nattsu_ひよこ豆

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大変お待たせしてしまい、申し訳ございません。8ヶ月ぶりとなり、自分でも驚いております。書き直しも進めております。重ねてになりますが、更新が止まってしまい申し訳ございませんでした。


ドアを叩いて、踏み出して

 ホグワーツ地下階。冬の、どこか澄んだ空気の中、ライラ、トム、アルファード、イザベルの四人は連なって歩いていた。

 

 「本当にこっちであってる?」

「そのはずよ。血みどろ男爵が間違ってなければね」

 

 ライラたちに手掛かりを与えたのは、またもや血みどろ男爵だった。教授や生徒よりも長くこの古城に留まり続けるゴーストは、ホグワーツの精通者と言ってもいいだろう。

 ところで、ホグワーツには多数の絵画がある。そのほとんど全てに魔法がかかっているのだ。多くは肖像画で、絵の中の人物は意思を持ち言葉を話す。

 四人は『梨が描かれた絵画』の前でピタリと止まった。

 

「これにも魔法がかかってるの? 綺麗ね」

「肖像画じゃないね。てっきり何か喋ってくれるのかと」

「うるさくなくて良いじゃない。私、沢山絵が見れるって聞いてちょっと楽しみにしてたのに。来てみればガッカリよ。どいつもこいつもお喋りで付き合い切れないったら!」

「ふうん、同族嫌悪というやつか」

「なんですって!?」

 

 いつものように、すぐじゃれだすトムとイザベルを放っておいて、ライラは絵画に手を伸ばす。芸術品に手を触れる、というのは度胸のいることだったが、少し色褪せた絵画の『梨』をくすぐった。

 ここはホグワーツ。喋らない絵画でも、そこに魔法は宿っている。

 シームレスに絵は開いた(・・・)。その先は、ホグワーツの食を支えるハウスエルフの牙城。

 限られた生徒しか知らない、ホグワーツのキッチン。四人の目的地はそこだ。

 血みどろ男爵の知識に感嘆しつつも、ライラは光の漏れる内扉を開く。

 まず認識したのは、覚えのある芳香だった。朝昼夕と、大広間に溢れる食べ物の匂い。次に木べら、トング、金物がぶつかり合う音。調理器具の温かみのある音だ。眩しさに慣れた視界が見たのは、スケールは違えど、確かに魔法族の生活の粋だった。

 皿は隊列を為して自ら洗われにいく。輪切りになった芋はフライパンへ吸い込まれていく。洗剤の泡で遊ぶハウスエルフが、別のハウスエルフに小突かれている。木べらは一人でに鍋を掻き回し、ポットは意志を持ったように鳴いた。幾台もある釜。幾台もあるフライパン。満ちた食料。

 圧倒的な物量に、ライラは思わず声を上げた。

 

「これ、全部ハウスエルフが!?」

「そうよ。妖精の魔法ってすごいんだから。見慣れない訳じゃないけど……ここまで数がいると壮観ね」

 

 イザベルが感心したその時、プティングにつられて一歩踏み出したアルファードの鼻先を、熱い何かが通り過ぎていった。まるで隕石のようだ。

 

「あつっ。何今の!?」

「嘘だ。あれスターゲイジーパイだぞ!」

 

 スターゲイジーパイの隕石がやってきた方向を見ると、確かに釜の蓋が開いている。キーキーと金切声をあげて謝罪するハウスエルフに、アルファードは軽く手を上げた。

 

「ナイフだったら死ぬところだった……」

「そうよ! あんた、どうせスコーンにでもつられたんでしょうけど、気をつけなさいよ!」

「……プティングだよ」

「どうでもいいっ。甘いものに対するそのこだわりは何!?」

「こんなにハウスエルフがいるなんて思ってもなかった。どのハウスエルフが暇だろう……」

「それどころか一歩踏み出すのも命懸けだ。ライラ、引き返そう。そうじゃなきゃ君が行け」

「私だからいいけど、イザベルには絶対言わないでね……面倒くさいから」

 

 ライラは孤児院でのことを思い出していた。トムが他の子に命令したのを______もっとも、ライラはそれをよく思っていなかったが______真似して動物に『お願い』した時のことを。動物が言語を介した訳ではなかったが、確かに意思疎通ができていたのだ。トムを除けば、当時のライラが素直に胸の内を吐露できるのは動物だけだったと言えるだろう。

 調理器具が飛び交う音に負けぬよう、ライラは声を張り上げた。

 

「お手隙の妖精さん! 少しお話しさせてちょうだい!」

 

 砕けた口調であろうとも、命令に耳敏いハウスエルフ達は一斉に手を止めた。大きい目玉がライラを見留め、自ら声を張り上げたにも関わらず、少し後退りしてしまう。決してこれは彼女の『お願い』の力ではない。ハウスエルフの本能の表れだった。

 妖精の魔法で宙を舞っていた皿、芋、ニンジン、ナイフ……全てが音を立てて、無残にも床に落ちていく。ガラスの砕ける甘やかな音に、ライラは思わず耳を塞いだ。

 

「お嬢様! ぜひ! ぜひ私めに!」

「お嬢様! ご用事はなんでありますか!」

 

 ハウスエルフの歓声は実に耳障りだった。どのハウスエルフも両手を上げ、群がるように四人の足元へと駆け寄ってくる。

 

「あっ、違うの、一人でいいのよ! ほら、ちゃんと料理をこなさなきゃ!」

「曖昧にするからこうなるのよ。良い? そこの鼻のひしゃげたあなた! 残りなさい。他は仕事に戻る! ほら! 散るのよ!」

 

 イザベルの助け舟によって事なきを得たものの、もしライラ一人だったら嬉々とするハウスエルフをどういなしていいか分からなかっただろう。やはりアルファードやイザベルは慣れている。幼い頃から命じる立場にいる人と、『お願い』などと言って誤魔化してきた(・・・・・・・)自分とでは染み付いているものが違うのだ。ライラはその差を感じ取り、密かに、心の底で自分が卑怯者だと思ってしまった。

 イザベルに選ばれたハウスエルフは、名をクインシーといった。彼女が指摘した通り、確かに彼は鼻が付け根の方から右曲がりに歪んでいる。ライラがつい、まじまじとそれを眺めていると、クインシーはサッと鼻を隠してしまった。

 

「クインシー、この子の頼みを聞いて欲しいの。わかった?」

「かしこまりました。お嬢様」

 

 ライラはクインシーと目を合わせるためにしゃがみ込んだ。大振りの水晶玉が二つ嵌め込まれたような、キラキラとした瞳を見る。数え切れないほどにいるハウスエルフの中で、唯一名前を知ったとあると、そのひしゃげた鼻やシワだらけの耳がライラには何故だかチャーミングに見えてくるのだ。

 

「はじめまして、クインシー。私はライラ。残ってくれてありがとう」

「お嬢様、ご挨拶など必要ございません。ただ、命令してくださればいいのです」

「そうなの? ごめんなさい……不慣れで。それにね、私、命令っていうのが向いてないみたい」

 

 アルファードとイザベルは、そんなライラの様子を見て、己の幼少期を思い出していた。ある意味で立場を弁えず、家に仕えていたハウスエルフと友達になろうとするのは魔法界の子息子女には定番の過ち(・・)だ。本当に彼らのためを思うのなら、善き主人でなければいけないのだ。だがそれをライラに言うほど二人は無粋ではなかった。

 

「あなた達はとても勤勉だと聞いたの。この前、ネズミ取りを頑張ったってダンブルドア先生に伺って……。どうやってネズミを駆除したのか、教えてくれないかな?」

「はい。お恥ずかしながら、ハウスエルフも数多いとはいえ、その何倍もの数がいるあの畜生どもの駆除は骨が折れるものでした。しかし昨年の秋、グリフィンドールの生徒の方が我々に罠をこしらえてくれました。お陰で大半のネズミの駆除が出来ました。しかし相手はネズミ。十分ではないでしょう」

「心優しい方がいたのね。そのグリフィンドールの生徒のお名前、知ってる?」

「いいえ。お嬢様のように、我々に自己紹介をする人は珍しいのです。無闇に妖精に名を教えになるのはよされたほうが……」

「……そう、なの? ごめんなさい、勉強不足だったわ。じゃあ、その罠を仕掛けたところに案内してくれないかな」

「申し訳ありません、お嬢様。罠を仕掛けたのは屋根裏や我々だけが知る通路です。危険ですのでお連れできません」

「それじゃあ仕方ないか。罠は何を使ったの?」

「『生ける屍の水薬』でございます」

「それは毒?」

「いいえ、強力な眠り薬です」

 

 眠り薬であれば、血痕などの手がかりは無いだろう。聞いたことのない魔法薬にライラは戸惑ったが、後で調べれば良い話だ。

 最後に、一番気になっていたことを質問する。

 

「ネズミはどうしちゃったの?」

「知りません。グリフィンドールの生徒の方が、何かに使えるかもしれないからと、全て持っていってしまわれました」

 

 

 

 

 

 クインシーとの会話は、手がかりに富んでいるように思われた。キッチンから寮までを歩きながら、四人は密かに会話する。

 

「『生ける屍の水薬』って、本当に強力な眠り薬だよ。上質なものならもう二度と目覚めることはないって言われるくらい。それに作るのも難しいんだ。六年生か七年生か……NEWT(いもり)レベルなのは間違いないよ」

NEWT(いもり)レベルって?」

「一段階上の専門的な授業のことさ。とにかく、その薬を作るには相応の実力がいるんだよ。そんな薬をネズミ駆除に使うなんて……」

 

 アルファードはその薬をよく知っているのか、困惑が隠せないようだった。それに、とイザベルが口を挟む。

 

「いくら強力って言ったって、所詮は眠り薬よ。ネズミを生け捕りにしたの? 駆除じゃなくて? ネズミが邪魔なのかと思ってたけど……違うのね、必要なんだわ」

「ネズミなんて何に使うんだ? 魔法薬学はそこまで野蛮な教科なのか?」

「そんなはずはないけど……。当たり前だけど、忘れ去られてるレシピもある。図書館で探してみよう」

「あの中から? 禁書の棚にあったらどうしよう……」

 

 馬鹿ね、こういう時のためにスラグホーンに媚を売ってあるのよ_______と言おうとしたイザベルの脳裏に、ある人が浮かんだ。

 

「そうだ。アイリーン様がいらっしゃるわ!」

 

 パチン、と手を合わせた音が廊下に響く。

 

「アイリーン先輩がどうしたの?」

「この前、魔法薬学が得意だと伺ったの。それにコリー・テイルズと同じ学年だわ。もちろん、図書館で色々調べる必要はあるけど、まずはアイリーン様に話を聞いてみない?」

「アイリーン様って、プリンス家の彼女のことか。良いかもね。温厚な方だし……」

「今度、お話ししておくわ。魔法薬学についても教えていただきたいし!」

「それが目当てだろう、君」

 

 不思議と、関わりが無いながらにライラはアイリーンのことが気になっていた。第一印象でシンパシーを感じたのもそうだが、次に言葉を交わした時______あなたに勇気をもらえたの______そう言ってくれたことを、ライラは鮮明に覚えていた。その言葉にこそ、ライラは背中を押してもらった気がしたのだ。

 何故か波立つような心を抑えて、ライラは三人の後に続く。まだ謎は晴れていない。嫌なことがあったわけでも無いのに、曇り空のような心が嫌でたまらなかった。

 




未熟なばかりに、定期的な投稿は確約できませんが、精一杯これからも書いていこうと思います。

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