「えぇ、他愛もない話なんですよ」
自分たちはただ質問をしに来ただけではない、ダンブルドアはもうそのことを知っているだろうとライラは確信していた。方法はとんと分からないが、何かしらの魔法だろう。トムは無自覚かもしれないが、緊張などで大きなストレスを受けている。ライラはそれを感じ取り、冷静に判断した。
自分が矢面に立たねばならない。
ただ、ライラは腹の探り合いをする気はさらさら無かった。
「先生もご存知かと思いますが、クリスマスディナーの劇の最中、アッシュワインダーが爆発したでしょう?」
「ああ、あれは酷かった。君たちは真っ先に避難していたね。怪我も軽かったようで何よりだ」
人見知りを忘れたようにライラはするすると言葉を紡いでいた。不思議だが、古くからの友人を前にして喋る時のようだ。教授だというのに、全く緊張していない。
「ええ。私もトムも軽い火傷で済みました。そこでお聞きしたいのは……先生方はあれを事故だと捉えられたのでしょうか?」
「うーむ、今日は君からどんな質問が出るかと心待ちにしていたのだが……。ほら、ここに専門書も積んである」
「ごめんなさい。でも、私にとっては重要なことなんです」
ダンブルドアが気を害した様子はなかった。微笑みながら顎髭を触っている。
一方でトムはますます緊張しているようだった。自身やダンブルドアが思うより、孤児院での出来事はショックを残していったのだろう。
ライラにはトムの様子の方が気がかりだった。
「私はアッシュワインダーを誰かが故意に爆発させたのだと思っています。呪文をかけるなどの直接的なものではなく、ケトルバーン教授を介する、間接的なものです」
「具体的には?」
「ケトルバーン教授のお人柄を鑑みるに、お世辞にも舞台に造詣が深いとは言えません。ケトルバーン教授が自発的にアッシュワインダーを用いた演出を提案したのではなく、大広間での爆発を目論んだものが、ケトルバーン教授に提案したのではないかと考えました」
教授は関心する様子もないが、疑う素振りも見せない。人によっては戯言だと一蹴されるようなことだが、ダンブルドアは一旦話を聞くことにしたのだ。それにライラは驚愕しながらも、また息を吸った。
「私も、本当ならこんなことを考えません。でも……警戒をしなければ……。特に私は、敵をつくっています」
「入学直後のことだね。心配かい?」
「いえ、心配ではなく……我々スリザリン寮は私とトラブルになったコリー・テイルズらを危険視しています」
トムが信じられないといった顔をした。
ライラとしても最初はここまで言うつもりはなかったが、隠し事をするのは逆効果だと感じたのだ。特にダンブルドアに対しては……。
「テイルズは私以外ともトラブルを起こしているだけでなく、何か……そう、何かしらを企んでいる可能性があると判断しました。あまりにも怪しいことが続いています。それは……テイルズに留まっていません……」
ノエルすら謎の塊だ。そもそもの発端であった、テイルズらがなんの企みをしているかすら全容を掴めていないのに。
ダンブルドアは黙っている。
ライラはどうにか教授を味方につけたいと思い始めていた。思考がまとまらないまま、思いのままに発言する。
「……私はスリザリン生である以上、同じ寮の生徒と助け合うために、狡猾で俊敏でなければなりません。そしてそうあるためには何事も疑わないと後手に回ってしまう。どうか先生、テイルズについて……いえ、校内での怪しい行動やスリザリンに敵対するものの心当たりがあれば教えていただきたいのです」
懇願するような話し方をする。この時、ライラはトムの話し方を参考にしていた。無闇に相手を褒めず、ただ自分の立場は弁えている態度で、そして使命感を匂わせる。
ただライラの印象からすれば、教授は大事なことははぐらかす、徹底した秘密主義者だ。優しい教師の面を持ちながらも、
「ここの生徒は皆賢い。教師であれど目を見張るようなことが日常に当たり前にある。良いか悪いかは置いておいてね」
紅茶を口にし、落ち着いた声で話すダンブルドア。ライラは自分の口がカラカラなことにそこでようやく気がついた。
「怪しい行動なんていくらでもある。それはわかるね? 全て伝えるには……『ホグワーツの歴史』を読了するほどの時間が必要だろうし、その間にまたどこかで何かが起きてる」
教え諭す言い方だった。今の彼は教授の振る舞いをしている。
「だから名前が出たコリーの話をしよう」
心臓が跳ね上がったような心地だった。
獲物にがっつくような、そんな醜態は晒せない。しかし、やっと確かな情報に出会えるかもしれないという興奮が、ライラの手に現れていた。
「最近、私はよく相談を受けているんだ。コリーについてね。確かにコリーはグリフィンドールの特性が濃く現れている生徒だ。真っ直ぐで、自分の芯を持っている。ただそれで突っ走り過ぎる生徒」
ライラは顔を顰めた。ダンブルドアはライラとコリー達の諍いの現場をその目で見ている唯一の人だ。それなのにどうしてこうも好意的に言い表せるのだろう?
「彼についてのトラブルは昔からある。入学当初からね。君のよく知るアイリーン・プリンスもよく巻き込まれていた。我々教師陣の中でも有名で、道を正してやらねばならない生徒の一人」
「あの、先生。彼の人となりを聞きたいわけでは________」
「ああ、そうだろう。つまりは彼の起こした問題について、教師達は把握できている
ダンブルドアがもたせた含みを二人は正しく理解した。
「……最近、グリフィンドール寮ではペットのネズミが消えていることがある。少し前、ハウスエルフは校内でネズミを見かけなくなったと言っていた。そして一人、グリフィンドールの生徒がネズミ駆除に協力してくれたとも」
「ネズミ……?」
「ああ。ペットのネズミを失った生徒の一人が、コリーが盗んだのだと訴えているのも、私は聞いている」
「コリーがネズミを集めているということですか? なんのために?」
「分からない。そこなんだ。不可解な部分は。言っただろう。彼は真っ直ぐで猪突猛進な性格をしている。すぐ目立つようなトラブルを起こし、罰則もその度受けている。それでも自分が正しいと思っているから、隠れることをしない。だから私たちは把握できていた。しかし今、確かにコリーについての噂があるのに物的証拠がない。君は付き合いがないから分からないだろうが、これは十分異常なんだ」
ダンブルドアの言葉には熱が入っていた。
隠れ方を知らない人物が何を起こしても噂で済むくらいの隠密行動をし、情報を掴ませないでいるのは衝撃なのだろう。
「コリーの様子も何かがおかしい。君たちと一緒だ。何かが変だと確証はあるのに、その何かがわからない」
ダンブルドアが明かしたのはこれだけだった。
驚きだったのは、彼は案外生徒をよく見ているということだ。スリザリン寮監のホラス・スラグホーンはあまりそういうことに熱心ではない。
「あの……先程ネズミ駆除を手伝ってくれた……とおっしゃいましたが、失われたペットのネズミって……」
「……クリスマス前から多発してるが、未だに一匹たりとも見つかっていない」
ダンブルドアと話が終わった後、二人は中庭の隅にいたイザベルとアルファードと合流した。
雪が降っているおかげで、雪遊びをしている生徒が多い。騒がしいのは密談に最適だ。
「はぁ? ネズミぃ?」
イザベルが素っ頓狂な声を上げた。ライラもそんな声を上げたい気分だった。
「でも一歩前進だ。プルウェット先輩が言おうとしたのも、このことじゃないか? 噂は生徒の方がよく知ってるから」
アルファードの言葉で幾分か気分が軽くなる。
トムは結局、ダンブルドアとの会話に一言も口を挟まなかった。でも口論もしなかった。今は少し心ここに在らずといった様子だが、これで良いのだろう。ライラはどうにも、トムとダンブルドアには諍いあってほしくなかった。
「ノエル先輩が隠そうとしていた理由も気になるけれど、アストリー先輩を揺さぶれば分かりそうだね。最低限だけど、最大の情報を手に入れたかもしれない!」
「あまりに不思議だけどね。ネズミ……ネズミねぇ。害獣だけど、ペットまで手にかけようとするなんてアズカバンにいる奴のやることよ。本当にコリーだったら……ゾッとするわ」
ライラにペットはいなかったが、アルファードはフクロウを、イザベルはネコをそれぞれ飼っている。ペットを失うことを想像すると胸が張り裂けそうなのだろう。そんな表情だった。
「じゃ、アストリー先輩に聞きに行こう」
ライラがトムの様子を伺ったが彼は何も言わない。三人で顔を見合わせて、そして笑う。
「全員で行こうか」
「そうね。今からよ!」
「今から? アストリー先輩怖がっちゃわないかな。ね、トム、行くよ?」
「……ああ、なんだ? どこに行くって?」
「あなたはいつもそう言うけど、絶対、ぜーったい全員で行く方が面倒がないんだから!」
「待て! なんの話だ?」
「今からアストリー先輩に会いに行くの。そのままボーッとしてるなら置いてっちゃうよ。ダンブルドア先生の話、覚えてる?」
「ああ、なんだ……そうか。うん______覚えている」
連れ立って歩き始める四人は雪遊びをしている生徒のように、朗らかな笑顔をしていた。トムでさえ。
「私ってば、後輩に好かれてるのね」
「ごめんなさい突然……」
レイチェルは七年生で、試験に就職にととにかく忙しい身だ。今日も放課後を天文学の勉強に費やしていたようで、天文塔の近くにいた。
急に四人で訪ねたにも関わらずレイチェルは笑っていた。不機嫌であれば反発で有耶無耶にして揺さぶることができるが、こうも人がいいと良心が痛む。
「どうしたの? ドミニクが変なこと言ったかしら?」
「いえ。先輩にお話があります」
躊躇したライラを切り捨てるかのように、イザベルが一足飛びに切り込んだ。暖かった空気が一瞬で冷めていく心地だ。レイチェルの顔から笑顔も消えていく。
「テイルズのこと、どうしてノエル先輩と一緒になって隠すんです? 噂になれば大なり小なり私たちの耳に入ってきます。間違っていてもです。隠す必要なんてないじゃないですか」
真っ直ぐ目を見て、素直にそう言うイザベルにレイチェルはたじろいだ。
少し迷ってから、レイチェルはようやく口を開いた。観念した様子だ。
「……知ってるのね?」
「はい。ネズミを殺したとかなんとか」
「あけすけに言うわね。そうよ。ノエルの頼みでもあったし、私もコリーにあなた達を近づけたくなかった」
「どうしてですか?」
「魔法界でどう言われてるか知らないけど、マグルの世界じゃ小動物を殺す奴はやがて人も殺すってもっぱらよ。我慢が効かなくなるの。ネコやネズミから始まって、イヌ……ここだったらフクロウ、どんどん狙う動物が大きくなっていくの。最後は人。特にライラはテイルズから恨み買ってるだろうし、その余波であなた達四人も怪我するかもしれないじゃない。極力近づけたくなかったの。イザベル……あなたは真摯じゃないと非難するでしょうけど、命あっての物種よ」
レイチェルは嘘をついている様子ではなかった。
ライラは信用に足ると思ったが、そもそもレイチェルをよく思っていないトムはそうではないらしい。
一歩前に出て詰め寄った。
「ノエル先輩はあなたにそう言って頼んだのですか? ノエル先輩も、同じような意見を述べて僕たちへの情報を止めるように言ったんですか?」
「……いいえ。これは私の考え。彼は一度たりとも理由を言わなかった。思うことは概ね一緒でしょう? 危険視しているのは一緒だもの」
「それは完全に同じ情報を得ていたのなら言える話です。でも、先輩は僕たちのことを考えてくれているんですね」
「監督生だもの。後輩を守るのは当然のことだわ」
寒々しい風が入り込んでくる中、そう言ったレイチェルは怯むことなくそこに立っていた。
ああ、本当にこの人は監督生になるべくしてなったのだと、ライラは理解した。トムも疑うのを辞めたようだ。一旦信じることにしたのだろう。
「へぇ……本当に……。本当に、崇高な考えをお持ちなんですね」
「崇高なんて言葉は相応しくないわよ。ただ……人より、許せないことが多かっただけ」
レイチェルは一瞬、あらぬ方向を見たがすぐライラ達に向き直った。
「話はこれだけ? まだあるなら全部聞くわよ」
「先輩がノエル先輩が隠してることについて知ってるなら別ですけど、知らなさそうですもの。お時間ありがとうございました」
「ノエルね……アイツは本当に食えない男だから気をつけなさい。じゃ、あなた達もこんなところにいないで暖かいところに行くのよ。ここは寒いから」
四人とレイチェルは揃って階段を降りていく。ライラは終始黙っていたが、ふとアルファードを見て思い出した。聞きたいことがあったのだ。
「あ、あの……先輩」
「どうしたの?」
「聞きたいことがあって……。七年生の監督生達の関係について……」
「______また誰かから聞いたのね? 人の口って本当に戸が立てられないのね」
呆れた顔をしたレイチェルにライラは怯んだが、彼女は立ち止まり話を聞く姿勢をとった。
「三人は先に行っていなさい。ライラはちゃんと送り届けるわ。……信用できないのはわかるけど。心配ならノエルに言付けなさい。迎えに来てくれるでしょうから」
警戒したアルファード達だったが、結局レイチェルを信じることにしたようだ。グリフィンドールといえどこれまでの付き合いがある。
ただ角を曲がった瞬間、手を叩く音が聞こえたので、アルファードがハウスエルフを呼んだなとライラは察した。
人気のない廊下の隅。レイチェルは冷たい壁に背中を預けて、ずいぶんラフな姿勢をとった。寒いにも関わらずローブを脱いでライラに着せる。
「スリザリンのローブは脱いで、上から私のを着てなさい。大きいだろうけど。グリフィンドールの奴らに見られたら面倒臭いわ。ただあなたは目立つから……まぁ気休め程度に」
レイチェルのローブはインクの匂いがした。
「何から話しましょう? 何が知りたい?」
「私は……その、アストリー先輩達の距離感がとても理想的だと思っていて。特に、グリフィンドールとスリザリンが協力体制にあるというのは驚きました。どうやったらそんな風になれるのか知りたくて」
「つまり全部ね」
「そっ……そう、です」
「これでも私も苦労したのよ? 長くなるけど、この後予定はない? 風邪を引かないように場所を移動しなくちゃね。着いてきなさい」
レイチェルに着いていくと、たどり着いたのは空き教室だった。少しライラは怯んだが、中を覗くと誰もいない。
「怯えなくていいわよ。そんなに……。でもこれがきっと、私たちが知るべき業なのね……」
静かに呟きながら、レイチェルは暖炉に火を灯す。薄暗い教室の中、真っ赤な火だけが柔らかく二人を照らした。
暖炉の前、二人は並んで座る。じんわり暖かさが伝わってきて、ライラはホッと息をつく。手足は気づかぬうちに冷え切っていた。
「そうね……私が五年生になって、監督生バッジを貰ったところから話し始めましょうか」
アストリーが語り始めたのは、不平等な現実、根強い差別、マグル生まれの苦労______その全てだった。
想像もつかないことを、スリザリンにいるからこそ味わうことのなかった苦渋をライラは知ることになる。
薪がパチリと爆ぜた。