ごとき行為
撤退するリューマの軍勢は、兵を三分の一失っていた。
巫女姫一人のためだった。しかし、セルディに悔やむ気持ちはなかった。
敗走とはいえ、ウーレンの気を充分に惹いた。うまくそそのかせば、リナはエーデムに進軍し、リューマを忘れるだろう。
それに、シリアを手に入れた。
馬を走らせながら、セルディはシリアを抱きしめる。
巫女姫が力を使い果たして、気を失っていることに感謝したい。
意識があれば、彼女は大暴れして馬から飛び降りたかも知れない。
でも、今は、僕の腕の中だ……。
シリアの世話をするために、コーネからレサが呼び戻された。
それは、タカにとってはうれしいことだった。が……。レサにとっては、ますます辛い日々のはじまりだった。
リュー城の一番高い塔の一室に、シリアの部屋が用意された。そこはリューの街が一望できる美しい部屋だった。
ただし、通路はひとつしかなく、窓からは足場もなく、逃げ出すことなどできない部屋であった。
さらに塔の頂上に常に見張りをつけ、ムンクが塔に近寄らないようにすることも、セルディは怠らなかった。
エーデム時代からセルディを知っているタカやトビを驚かせたことは、リューに着くなりセルディがエーデムに手紙を送ったことである。
シリアとの結婚を認めるようにとの内容だった。
それだけではない。
セルディのシリアに対する固執ぶりは、リュー城で働くもの全員があきれるほどだったのだ。
毎日訊ねてはひどい拒絶に会い、花を贈れば窓から捨てられ、手紙を書けば読まずに紙吹雪とされた。
時々切なそうに、塔を見上げるセルディの姿に、レサは傷つく。
それでもセルディは懲りなかった。
「君の負けだよ。もう、竜のことを忘れてもいいだろう?」
「私に話しかけないでください!」
「もう、僕を嫌う理由もなくなるよ。エーデムリングもなくなる。君は普通の少女に戻って、僕と一緒になればいい」
そう……すべては消え去って新しい世界が始まる。
そこでは、巫女姫などいらない。泣き叫ぶ竜もいない。シリアを不安にするものは何もない世界。
そういう世界を僕は作る。
そこで、君は生まれ変わればいい。
僕もそこで、初めて生きることができるのだから。
しかし、シリアの拒絶は止むことがなかった。
「あなたは私の仇です! 早く出て行って!」
シリアは激しく泣き出した。
こうなれば、セルディはレサを呼ぶしかない。
複雑な顔をして階段を上がっていくレサを見送ると、すぐそこにタカがいた。
「何でレサじゃなくて、シリアなんだよ!」
タカは明らかに不機嫌だった。
タカはかつて、レサの気持ちに応えるつもりがないならば、エーデムにレサを帰してくれと、頼んできたことがある。
今となっては、シリアの為に、その願いは聞き入れられない。
「あんまりだよ! 残酷だよ!」
「タカ……。君がレサを慰めてあげればいい」
セルディの表情に温かみはない。
それができれば文句はない。セルディはいつの間に、こんなに冷血漢になったのだろう?
死にかけた時、暖めてくれたセルディを思い出して、タカは悲しくなった。
セルディは、トビをガラルに送っていた。
少しでも、シリアの好きなものや、興味のあること、または嫌いなことなど、情報を仕入れたかった。
巫女姫の結界がなくなったガラルは、リューマ族でも入ることができる。
エーデム王の結界は、もはや問題はなかった。髪を切って持たせると、セルディ同様に結界を越えることができるのだ。
もっと早く気がついていれば、髪が短くなってしまっても、兵士全員に持たせたのに。
国境の結界を破るのに、三日もかかったことをセルディは笑った。
しかし、トビがもって帰った情報は、巫女姫が人に会うことを嫌っていたという、セルディも考えつくことしかなかった。
想像してみよう……。
新しい世界を。
セルディは新しい風を受けている。
シリアの激しい拒絶を受けた後、物見の塔で風に吹かれながら、夕日を見つめる。
魔の力が消えた世界。
アルヴィ、君が戻ってきたら、ウーレンをあげる。
君はきっと、ウーレンの民に受け入れられるだろう。君は人気者だ。たとえ王でなくても。
僕はエーデム王の継承権を手に入れる。でも、それは捨てるためだ。
王政なんて、僕は廃止するのだから。
民意を掴んだものが民をまとめていく新しい世界を作るのだから。
そして僕は……穏やかな空気に包まれて、シリアと一緒に暮したい。
すべてを成し遂げて……。
エーデムよりムンクが運んできた返事を見て、セルディの表情は硬くなった。
レサにシリアを呼びに行かせた。
「何て書いてあるんだ?」
文字など読めないタカが聞いた。
「同盟を結ぶつもりも、シリアとの結婚を認めるつもりもないと……」
手紙を読んで、トビが笑った。
だいたいトビは納得がいかなかった。正式に結婚などしなくても、いや、しないほうがセルディの為になる。子孫を残せぬ女など、愛妾にでもしておけばいいのだ。
「石女とは結婚しても仕方がない……。なるほど。父親とはいえ、正しい見解だ」
セルディは手紙を奪い取ると、細かく破り捨てた。
緑の瞳が、暗い闇に包まれていた。
「石女だから……生まれてくる子供を気にしなくてすむ……。誰が呪われた血の子供など……」
それを聞いて、トビは黙りこんだ。
シリアが連れられてきた。
相変わらず冷たい瞳。セルディを見ようともしない。
リューマの仲間は、彼女が嫌いだ。いかにもエーデム族の高貴な血と自分たちを区別している態度だった。
「シリア、君にお願いがある。君から、エーデム王に、僕のお願いを聞いてもらえるよう、手紙を書いてくれないか?」
セルディの言葉に、シリアはつんとしたままだった。
セルディはシリアに近づくと、その手をとった。
「何をするの! 汚らわしい!」
ヒステリックに叫ぶシリアに、セルディは同情的な目を向けた。
「シリア、君は、手紙を書く手はいらないのかい?」
そういうと、机の上にシリアの手を押し付けた。
机の上に、紙とペンがあった。
誰もが、シリアに無理やり手紙を書かせようとしているのだと思った。
「僕は、ウーレンド・ウーレンのごとき行為をしたくはない。でも、君のせいだ」
リューマの者は、その意味を知らなかった。
しかし、エーデム族であるシリアとレサは顔色を変えた。
その後の行為を想像し、必死になってセルディの手を払おうとしたが、巫女姫はあまりにも非力すぎた。
「止めて! セルディ様、止めて!」
泣き叫ぶレサに、セルディはふりかえって、エーデムらしい微笑を浮かべた。
「大丈夫、痛くはしないから……」
そう言ったとたん、セルディは短剣を抜くと、シリアの小指を切り落とした。
レサは卒倒した。しかし、誰も助けおこせない。
リューマの仲間は、予想もできない残虐な行為に驚き、動けなくなっていた。
あまりに見事に切り落とされた指に、傷みさえも感じず、シリアは唖然としていた。
セルディは、血が吹き出すよりも早く、傷口を口に運んだ。
かすかに甘美な香がした。シリアの味がする。
セルディが傷口を縛る頃には、シリアの意識も失われていた。
ウーレンド・ウーレンのごとく……。
かつてエーデム王・ルカスが策を労してウーレン王の命を狙った時のこと。
ウーレンド・ウーレンは、その報復としてエーデムの姫・サラの小指を切り落として、エーデムに送りつけた。
その指を見てエーデム王は卒倒し、以後、ウーレンに逆らうことはなくなったという。
同じ方法で、セルディもシリアの小指をセリスに送りつけた。
少しでも、シリアを傷つけたくなかったら、今度はいい返事をくれるだろう。
セルディは、シリアの小指を入れた箱をもってエーデムに向かうムンクを見送った。
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