今すぐにでも、先輩方に報告する必要があった。
「姉上は? それか監督生……」
「アブラクサス様がいるわ。呼んでくる」
席を立ちアルファードとイザベルは慌ただしく寮内を歩き回る。トムとライラは自然に声を潜め、誰がケトルバーンを唆したか考え込んでいた。
「ビーリー先生は知っていると思う? ああ、こんなことならしっかり劇を見ておけばよかった……」
「忘れているかもしれないぞ。三日やそこらで劇の準備はできない。有力な証言は取れないとみていい。ケトルバーンも覚えていないかもしれない」
「情報が少なすぎるよ。そもそも事故ではなく故意に引き起こされたものかも確定していない。でも、イザベルやアルファードが『ドラゴンの演出に使ったと思っていた』って言ってたから……。きっとイモムシとして使うのはあり得ないことなのかな」
「ビーリーもケトルバーンも暴走しやすい性質だからな……。だが、何事も疑わなければならない。お前は恨みも買っているだろうしな」
入学直後、ライラはグリフィンドール生とトラブルになり、結局グリフィンドールから150点の点数が引かれたことは記憶に新しい。それから今日まで目立ったトラブルはないが、何かよくない感情が燻っているのは確かだ。
「ライラ。トム。先輩方が話を聞きたがっているわ。来てちょうだい。私たちも一緒に話すから」
イザベルから声がかかった。緊急のため必要の部屋は使われず、談話室の一角を占領して監督生等有力な上級生が集まっている。
ライラは組み分けの後、上級生たちに自己紹介をした日のことを思い出した。同じようなメンバーだ。
他の生徒は命じられたのかぞろぞろと自室に上がっていく。
イザベルやアルファードから概要は聞いているのか、上級生たちは顰めっ面をしていた。アルファードの姉、ヴァルブルガは見るからに機嫌が悪い。
放課後といえど急遽声をかけたにも関わらず、人数が集まったのはスリザリンの結束の固さがうかがえた。
ライラたち四人も席につく。焦りの空気が充満していた。
「……イザベル、アルファード。君たちの言ったことは本当かい?」
ノエルが口を開いた。
「その可能性が高いといえます。未だ可能性の範疇で、証拠も、現場も私たちは見れていません。ですが、ライラ達の話は怪しい部分があります。慎重になるべきだと思います」
イザベルは重圧の中、ハキハキと答えた。ライラが感心したのも束の間、自分も喋らなければならないのだと気づく。上手くこなせる気がしなかった。
不意に、透き通った声が聞こえた。
「クリスマスディナーの劇は『豊かな幸運の湖』だったのね。私は『三人兄弟の物語』だと聞いていたわ」
発言したのはドリア・ブラック。六年生の監督生だ。
「あら、私は爆発したのはクリスマスツリーだと聞いていましてよ。随分違うようね」
セドレーラ・ブラックがそう言った。
「ホグワーツの噂は二割合っていれば上々だ。確かな情報を知っているのは少ないだろう」
アブラクサス・マルフォイも呟く。
喋りやすいようにしてくれているのだと、ライラはすぐに気がついた。入学当初にはなかったことだ。それなりの信用をライラは築けたのだ。
「私とトムがこの目で見たことを全てお話しします」
トムとライラはお互いに補足し合いながらクリスマスの出来事を語った。今度は何も取りこぼさないように、その日一日のことを全て。
語り終えた後、残っていたのは沈黙だった。考え込む者、楽観的に捉えていいか迷う者、顔色が悪くなる者、反応は様々だ。
「イモムシ役にアッシュワインダーなんて、随分突飛な発想じゃないか。ケトルバーンらしいが……確かに、彼は劇より動物の方が好きだろう。少し違和感があるね」
ノエルがそう言った。
場の空気はノエルに従う。様々だった反応は掻き消え、取り敢えず疑ってみようという姿勢になった。
「正直なところ、こじつけだと思う人も多いだろう。証拠もない。彼女らが目撃したのはアッシュワインダーが爆発したところだけ。……でも、少しでもその可能性があるのなら一考の余地はあり」
イザベルがホッとした。慎重に、何事にも疑ってかからなければならない。それが伝わったのならもう一安心だと思ったのだ。彼女はノエル達上級生に全幅の信頼を寄せていた。
しかし、その顔はすぐ凍りつくこととなる。
「男爵は忙しいから、君達で調べてみたまえ。君たちが望むなら手を貸そう」
丸投げとも取れる発言をされ、ライラは頭がクラクラするのを感じた。ノエルが正しいことを言っているのは理解できるのだが突き放されたように感じたのだ。
いや、何故か『ノエルならどうにかしてくれるだろう』という思い込みがあったと言う方が正しいだろう。
イザベルはあからさまに首を突っ込むんじゃなかったという顔をした。目が据わっている。
ライラも正直しまったと思った。学業の合間を縫って色んな聞き込みをするのは大変であることをよく知っている。
「頼んだよ。じゃ、解散」
ライラ達は顔を見合わせた。ため息ばかりがそこに残った。
「……いや、分かってるわよ。ノエル様の言うことは正しいわ。証明したきゃ自分で調べるしかないわよね」
自室に戻ったイザベルは戸を閉めるなりそう言った。
言葉はどんどん出てくるようで、イザベルはドアの前で腕を組み、むすっとしたまま喋り続けた。
「あんなの丸投げじゃない。いいえ、分かってるのよ? 分かってるの。私たちが試されてるのもね。確かに不確実な要素が多いわ。でも、なんだか……先輩方にとってはこのことは大事じゃないみたい。私たちの捉え方と齟齬が……。あぁ、こんな子供みたいなことを言う自分も嫌だわ。もう……」
「イザベル……。分かるよ。私も大ニュースだって思ったけど、けろっとしてた先輩もいたもの」
「うぅ……。ごめんなさい。また忙しくなっちゃうわ」
「謝ることないよ。必要なことなんだから、忙しくたって平気。何もなかったなら両手をあげて喜ぶだけよ。もう休もう。そんなとこに立ってないで」
二人はすぐにベッドに横たわった。休暇明けで疲れていたし、ちょっとでも英気を養いたかった。
「また波乱の日々ね」
「私たちなら大丈夫。きっとね」
「へ? ああ、ケトルバーン先生に提案されたのです。アッシュワインダーを演出に使うのは手軽ですしずっと使われてきた手法ですが、ああも序盤に出すというのは斬新かつ効果的。サーカスのような高揚を与えられたでしょう! ああ、でもケトルバーン先生が芸術に理解を示してくれるとは! 意外でした。芸術の理解者が増えるというのは____________」
「ありがとうございます。もう結構です。よく分かりました」
アルファードがきっぱり言って話から逃げた。
結論から言うと、ビーリー教授からの収穫はゼロだった。期待はしていなかったが、がっかりするものだ。
「あのまだら頭! 何にも知らないじゃないの」
「演劇の話になるとみるみる元気になるのが癪に触る」
イザベルとトムが口々に言い合う。この二人はそういう部分で波長が合う。良いのか悪いのかライラにはわからなかった。
二人は放っておいて、ライラがアルファードに言う。
「分かってはいたけど、手詰まりかも……。どうする?」
「そうだな……グリフィンドール生だと仮定して、演劇クラブのメンバーから絞る。ライラが見たことあればその人を調べてみよう。何かにつながるかも……」
「手探りだね。困ったな……」
四人は幸せの吹き溜まりができそうなほどのため息をついた。
「……男爵に話だけでも聞くよ。話を聞くだけなら大丈夫でしょ」
ホグワーツにとどまり続けた彼らの叡智は計り知れない。だが、知らないことも当然あるのだ。
ため息を吐いていても物事は前進しないのは分かっているが、苦労をため息だけで発散できるなら大したものだ。
雪解けはまだらしい。白いため息がひどく鬱陶しかった。
短くて申し訳ないです。
感想、誤字報告めちゃくちゃ嬉しいです。ありがとうございます。
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