「ほとんど首無しニックを利用するわけ?」
レイチェルは手をひらひらさせて難しい顔をした。ドミニクが何を考えているのかさっぱり分からない。
「もう俺たちは限界だ。そうだろう?
「……その通りだけど」
「ゴーストなら壁とかをすり抜けて盗み聞きなりなんなりができる。俺たちが必死に壁に耳を当てて聞かなくていいんだ。多分暇だろうから喜んで引き受けてくれるだろう」
ドミニクは限界なようで、リスクも何もかも考えず思いつきで行動している。レイチェルは危機感を覚えたが、思考が働かず、強く反論しないままドミニクに従った。
グリフィンドールらしく猪突猛進に行動し、二人は早速グリフィンドールの寮憑きゴーストに相談した。
ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿である。『ほとんど』首無しニックのあだ名の通り、彼は今日も打ち切られきっていない首をぷらぷらさせていた。
ドミニクは彼を大広間から言葉巧みに連れ出し、廊下の隅の方でこっそりと交渉を始めた。レイチェルはそれをボーッと見ていた。
「ほとんど首無しニック! ちょっと頼みがあるんだ」
「ふむ。今日はハロウィンで気分が良い。聞きましょうとも。あと、私のことは是非________」
「実は、寮生の中に悪巧みをしてるかもしれない奴らがいるんだ。その透ける体なら盗み聞きは簡単だろう? なんでも良いんだ。情報が欲しくて___________」
「お断りします」
「なんでだよ〜〜〜!」
頭を抱えたドミニクとため息をつき蹲ったレイチェルを見て、首無しニックはぐっと詰まった。後輩にここまで失望されるのは心に堪えるのだ。しかし己の矜持を汚すわけにもいかない。
「盗み聞きなど騎士道に反する行為! 誇り高きグリフィンドールの生徒なら正面から向かっていくのが宜しい」
「そんなこと言ったって……。これは作戦みたいなものさ。騎士も無策でいるわけにはいかないだろう?」
「その通りですが、貴殿の言うそれは密偵がやること。騎士がやることではございませんぞ」
「お願いだよ。もう俺らじゃ________」
ドミニクが食い下がって頼み込もうとした。その時。
「もう良いわよ!!」
レイチェルの怒号が響いた。
「もう良いわ。ドミニク。行きましょ」
「えっ、ど、どうしたんだよ。レイチェル?」
「レディ? 何か……」
「ごめんなさいね。ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿。私たちは誇り高きグリフィンドールの騎士がやるべきでない密偵行為をずっとやってたのだけれど、なんの成果もなかったわ。騎士が密偵の真似事をしたって上手くいくわけないものね。無駄な時間を取らせて悪かったわ」
レイチェルはとてつもない早口で捲し立てた後に、とてつもない早足で首無しニックから離れていく。ドミニクも後を追うしかなかった。首無しニックはポカンとしたまま廊下に取り残されている。
ドミニクはレイチェルに追いついた時、息切れを起こしていた。
「ちょっと、ちょっと待ってくれよ……。レイチェル。どうしたんだ?」
「______何も。イライラしちゃっただけよ。それより、ドミニク」
「な、なんだよ」
怒られるんじゃないかとドミニクは身構えたが、レイチェルの顔は案外明るかった。
「これは努力しても解決できない問題だわ」
「なんだって?」
「私たちはどれだけ努力しても壁をすり抜けられない。まぁ、グリフィンドール塔から身投げするなら別だけど。そして、ほとんど首無しニックの気持ちを変えるより、他のゴーストに頼んだ方が早い……」
「まさか……血みどろ男爵か!?」
「当たりよ。ノエルから頼んでもらった方が受け入れてくれる可能性が高いわ。ああ、馬鹿正直に自分の寮憑きゴーストに頼むんじゃなかった!」
レイチェルは清々した顔をしてふくろう小屋へと向かった。すぐにでも手紙を出すのだろう。ドミニクは首無しニックと同じようにポカンとするしかなかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
四時間目の変身術が終わったあと、ライラはいつもの四人組で昼食をとりに大広間へと向かっていた。朝食もカボチャ尽くしだったが昼食もレパートリーはそこまで変わらない。甘いカボチャの匂いは強まっていた。
ライラは無難にサンドイッチと紅茶を選んだが、アルファードはまた甘いものを食べている。
「……今日はカボチャの日だったっけ?」
「いいや。ハロウィンだ」
「僕にとってはスイーツの日」
「そのスイーツの日は一体年に何日あるんでしょうね。病気になるわよ……全く……」
多分、アルファードはバレンタインもクリスマスもイースターも全てスイーツの日だと言うのだろう。病気にだけならなければ良いや、と呆れながらライラはサンドイッチを頬張った。
そんなライラ達の元に、ノエルがふわふわした足取りで近づいてきた。
「やぁ、君たち」
「あっ、先輩。どうなさったんですか?」
「んー……この中に血みどろ男爵と仲が良い子はいるかな?」
理由の分からない問いに、四人は顔を見合わせた。血みどろ男爵とは寮付きゴーストとして面識があるくらいだ。仲が良いかと言われたら、そうとは言えない……。微妙な空気が漂うなか、トムが言った。
「ライラとイザベルがこの中では適当ではないでしょうか。道案内をしてくれたとか……」
完璧に面倒を押し付けられた。ライラは思わず閉口する。イザベルは怒鳴りそうになったがノエルの手前ぐっと堪えた様子で、代わりにトムのことを蹴った。
声もなく痛がるトムと、どんな顔をしていいか分からないアルファードを気にせず、ノエルがライラ達に言う。
「そうなのかい? じゃあ頼みたいことがあるんだけど……」
「なんでしょう?」
「僕と一緒に、放課後、血みどろ男爵に会いに行って欲しいんだ」
「ええ……承知しました。でも、どうしてですか?」
「______一緒にお茶会でもどう?」
「……! はい。放課後ですね。談話室でお待ちしております」
イザベルが愛想良く対応し、ノエルは話が終わるとすぐ行ってしまった。ライラは何が何だか分からない。
「なんで紅茶?」
「やだ、分かんないの? ゴーストは活きた食べ物を食べないわ。つまり……あれは暗号よ。最近、お茶会といえば?」
「ああ! やっとわかった……。あの人たちに関係してることね」
「大きな声で言うんじゃないわよ」
分かりづらいな……そう声にはしなかったが、ライラはサンドイッチを頬張りながら心中でぼやいた。
放課後。イザベルと共にライラは課題をしながらノエルが来るのを待っていた。血みどろ男爵も見当たらず、ノエルが探しに行ってるのだろうと思いながら課題をこなしていく。
「ライラ! イザベル! ノエル先輩が呼んでるわ」
教科書の次のページを開こうとした瞬間、ヴァルブルガがライラ達を呼んだ。
「談話室の入り口にいるから、早く行ってらっしゃい」
「はい。ありがとうございます」
談話室の入り口、表の扉から入ってすぐのところに、血みどろ男爵とノエルがいた。
血みどろ男爵は半透明の体でふわふわと宙に浮いている。当然、何か変わったところなどない。
「先輩。お待たせしましたわ。ごきげんよう。男爵」
「お久しぶりです。先輩、血みどろ男爵とは何を……」
「ああ、この子達かね。少し背が伸びたか? 髪が伸びたか? 顔立ちが変わったか? 子どもは成長するのが早いからな……」
男爵はライラ達を矯めつ眇めつ眺めた。その声と視線は冷気を纏っているようで、ライラとイザベルは身震いを堪えられなかった。
ノエルは平然として男爵に語りかける。
「まだこの子達が入学して二ヶ月ほどしか経ってませんよ。男爵……ぜひ、この子達の助けになって欲しいのです」
「ふむ。内容を聞こう」
「グリフィンドールの生徒に、僕らスリザリンへ、しかもブラック家へ危害を加えようと画策している者がいます」
「何……。しかし、それは平常と変わりないのでは」
「そう言われてしまうと……。しかし、僕らはグリフィンドールとの和解を望んでいます。それの立役者がこの子達なのです。僕は今年で卒業してしまいます。ぜひ、この子達の願いを……これからここで過ごす子達の望みを叶えてあげたい。そのために、未然に、徹底的に阻止しなければならない」
ノエルは微笑んではいなかった。
イザベルはノエルの言葉を聞いて、一歩下がる。ライラはそれを見てイザベルを一歩前へ押し出した。ノエルがそう言うのなら、イザベルだって立役者なのだ。
「私に何を望んでいる?」
「怪しいグリフィンドールの生徒の監視を。グリフィンドール寮の監督生に協力してもらっていますが、なかなか情報が掴めないようで。最初はサー・ニコラスに頼んだようですが、矜持を前にしては諦めるしかないと」
「あやつは頑固だからな。承った。それとなく校内を探査してみよう。グリフィンドール寮には入れない。目立つからな」
「大丈夫です。グリフィンドール寮は監督生が探索しているでしょう。校内で隠れられる場所、奥まったところ……複数人いるようなのである程度開けた場所を調査してもらいたいです」
男爵は大仰に頷いた。ノエルもライラ達もパッと顔を明るくさせる。
ライラはノエルに改めて事情を聞くことにした。
「てことは……プルウェット先輩達はゴーストを頼ろうとしたんですね?」
「そうだ。交渉が失敗したらしい。困ってる時に助けてくれないで何が騎士だと憤慨してたよ」
「あはは……。男爵様、協力してくださってありがとうございます」
「入学早々ご苦労だな。もう君も迷うことは無くなったかね。そこのブロンドのお嬢さんもだ」
イザベルは目を瞬かせた。
「ええ……。ピーブズから助けてくれた時よりは。あの時は本当にありがとうございました」
「なに。ピーブズから? 何されたんだい?」
「クソ爆弾なるものをぶつけられそうになって……」
「それは災難だったね。悲惨だよあれは……」
遠い目をしたノエルを見て、イザベルは興味半分、恐ろしさ半分といった顔をした。クソ爆弾というものに触れたことがないのだ。
「ともかくこれで終わり。血みどろ男爵も、ライラ、イザベルも、時間をとってくれてありがとう」
「とんでもございません」
「定期的に談話室で報告しよう」
「ありがとうございました」
「なにか有益な情報があったら伝えるよ。僕はドミニク達に手紙を出してくる」
そう言ってノエルはそのまま寮を出て行った。血みどろ男爵も壁を通り抜けどこかへ行ってしまう。ライラとイザベルは課題の続きをしなければならない。
「ハロウィンだっていうのに、課題ばっかりで嫌になるわね」
「カボチャよりかはマシかな」
「たしかに……。ねぇ、さっきのノエル先輩、らしくないこと言ってたわね。私たちの前で……」
「そう? 何か変なこと言ってた?」
「この子達の望みを________のくだり。あんな情熱的な思いがあったのね、と思って」
「そう言われたらそうかも……」
ノエルが笑みを絶やすことは珍しい。
ライラはもしかしたらノエルが本音を言えたんじゃないかと思った。本当の言葉、本心からの想い。
ゴーストにしか言えないのだったら……。
なんて皮肉なんだろう。
ライラはそう思った。蘇ることのない死者に本音を言っても、決して今を癒すことにはなり得ないのだ。
ライラは他の人たちの好きなものや夢をほとんど知らないことに気づいた。まだここに来て二ヶ月だが、同年代と仲を深めるには充分な時間が立ったのかもしれない。
他の人とも、おしゃべりしてみたい_______。
ライラに社交性が芽生える兆しだった。
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「はは……あっさりサインくれたな」
図書室の近く、『禁書貸出許可証』と書かれた紙を持ったグリフィンドールの男達が笑った。
「さっさと借りようぜ。早ければ早いほど良い。材料を集めるにも時間がかかる」
ひそひそ声が響く。
マダム・ピンスが眉をピクリと動かしたが、お咎めはなしだった。
「すいません。許可証あるので、禁書の棚に入らせて欲しいんですけど」
計画が動き始めていた。