短め
「あれ? アルファードとトムじゃない」
「えっ。どうして?」
ライラ達がお茶会を終え、必要の部屋を出た時だった。八階の廊下を走るトムとアルファードが見えたのだ。ドミニクとレイチェルは誰だか分からず警戒する。ライラはノエルとケイリスの仕業だと思ったが、二人もキョトンとしているためトム達の独断だと気がついた。
「アルファード、トム。どうなさったの?」
彼らは息を切らしながらも真剣な顔をして告げる。
「ケイリス先輩。あの、僕ら気づいたことがあって________」
「グリフィンドールの監督生方にもお伝えしたいと思って来たのです」
スリザリンの面々はそれを聞いてすぐ意見を聞く体制になったが、グリフィンドールは違う。関係者なのは分かるが、誰かも分からない子の話をすんなり聞けるほど愚鈍ではない。
「ちょっ、ちょっと待て。ケイリス。この子達は?」
「ああ。紹介するわ。トム・リドルに、アルファード・ブラック。ライラの友人よ。貴方達、こちらはグリフィンドールの監督生方よ。ドミニク・プルウェットさんに、レイチェル・アストリーさん」
手短に自己紹介をしたことでドミニク達は戸惑いながらも話を聞く体制を取った。とにかく関係はしているのだろう。何があったのか聞く方が重要だ。
ノエルが促した。
「話してみてくれ」
「その前にライラに聞くことが……。ライラ、グリフィンドールの生徒は確かに『盗み聞きだ』『スパイか?』『どこの家の差し金だ』って言ってたんだよね?」
アルファードは切羽詰まった様子でライラに尋ねる。気圧されながらライラは頷いた。
「大体そんなようなことは……」
「やっぱりそうか。先輩。僕らは重要なことを見落としていたようです。ライラに危害を加えた生徒は、何か企んでいます。それも、マルフォイ家やブラック家などの純血絡みで」
トムは早口に捲し立てた。その場は騒然となる。驚くのはライラ達だけではなく、ドミニク達もだった。
「確かに……そう、そうよ。なんで私気が付かなかったんだろう! ただの立ち話を聞かれただけであんなに怒る道理はないわ!」
「だとしたら……ライラ、話してた内容は全く聞こえなかったのね?」
「うん。全く……」
「もう一ヶ月経ってるわ。作戦を練るには十分すぎる」
イザベルは冷静に務めようと状況を分析した。
一方、ノエルとケイリスは驚きもせず、さして反応もない。不思議に思いながらも、アルファードはドミニク達に質問した。
「プルウェット先輩。生徒に不自然な動きや怪しい集まりなどはありませんでしたか?」
「思い当たることはない……が、君たちの話を聞く限り何か企んでいるという可能性は高い」
「……私も心当たりはないわ。調べてみる」
「お願いします。僕らはグリフィンドールに近づけないから」
とりあえず、ドミニク達との協力体制を築けた。これで手がかりが掴めるかもしれない。
「これは内密にしておこう。いいね?」
ノエルの一言で、その場はお開きとなった。
グリフィンドールとは八階で分かれ、大所帯となりながらもスリザリンの面々は談話室に戻っていった。外はとっくに暗くなっている。
「『
ケイリスが囁き声で合言葉を言い、いつものように扉が現れる。
ライラ達が中へ入っていくなかトムはノエルのローブの袖を掴み、引き留めた。ケイリスすらそれに気づかぬまま二人は廊下に留まる。ノエルに動揺した様子はなく、トムを見て微笑んでいた。このことを予見していたかのように。
「トム。どうしたんだい?」
全く動揺しないノエルにトムは苛立つが、辛抱強く瞳を見つめた。目は口ほどに物を言う。瞳には感情が色濃く現れる。そして、『命令』するのに目を見るのは効果的だということをトムは知っていた。
「先輩は察していたはずです。ライラの話からグリフィンドールが何かを企んでいると。どうして言わなかったんですか? 一ヶ月も放置していた!」
「そんなこと……恥ずかしながら僕は気づけなかったよ」
しらを切っている________。
トムの瞳が赤く輝いた。
「『真実を言え!』」
ノエルは_____トムが見る限りでは初めて_____強い動揺を見せた。口元を抑え、青ざめる。いつも穏やかに微笑み感情を隠す、蛇を体現したような人が、慌てている。窮地に陥っている。トムは確かな手応えを感じていた。魔法使いにもこの力は通用する、と。
「たっ……確か、くそっ。確かに……知っていたとも……」
監督生は優秀なものから選ばれる。特に七年生は一年生であるトムよりもはるかに魔法の腕は良いはずだ。しかし、ノエルはトムの力に抗えなかった。
「だが、僕は……なんの策も講じなかったわけじゃない……。泳がしていたんだ……。特に、ドミニクとレイチェルの反応を見るために。君が、いつか気づくことも織り込み済みだった……だが、まさか乗り込んでこようとするとは。見くびっていたよ」
「何か策があるとは思ってたけど、なるほど。監督生、もしくは寮ぐるみで何か企んでいる可能性も考えてたのか」
トムの目から赤い光が消える。本人はそれに気づいていなかったがノエルはそれが錯覚などではないと分かった。
「トム……これはなんだ? なんの呪文だ?」
「大変失礼なことをいたしました。どうか非礼をお許しください」
「そんなのはどうだって良い。今のはなんだ? 君は僕に何をした?」
「ただ命令しただけです。これも魔法の力の一部でしょう?」
トムの力は明らかに異常だ______ノエルは考え込んだ。本人は当たり前のように振る舞っている。だが杖も使わず呪文も唱えず、ただ命令しただけ……それだけでノエルの口を割ってみせた。ノエルを操ってみせた。
恐ろしい。
ノエルは久方ぶりに純粋な恐怖を味わった。
「……そんなのは、卓越した力を持つ魔法使いのすることだ……だが君は一年生だ。十一歳で、魔法界のことを最近まで知らなかった……幼い……」
「年齢など実力に差したる影響を与えません。これくらい、みんなできるものだとばかり」
「君の近くにはライラがいたはずだ。分かっただろう。自分の力が特別なことが。卓越していると、異常だと……知らなかったとは言わせない。『みんなできると思ってた』なんて通じない!」
「ライラもできますよ」
トムはあっけらかんと言い放った。とうとうノエルのポーカーフェイスは崩れ去る。
「なんだって?」
「ライラはあまり好まなかっただけで、動物を操ったり、『お願い』したり……。使えるものは使えば良いと再三言っているのですがね……」
「……君は、君たちは、何者だ? 本当に一年生なのか? 君達には何ができる?」
「……大抵のことは。ライラと僕は同じように訓練していましたから。でも、僕に使えてライラに使えないのが一つ」
ダンブルドアを持ってしても稀だと言わしめたあの力。トムが自分を特別だというのは、この力があったからだ。
「組み分け帽子は言ってくれた。『貴方はスリザリンに行くべきだ』と。______僕は、蛇と話すことができる」
「……っ、パ、パーセルマウス……」
「へぇ、そう言うのか」
目が見開かれ眼球が素早く動く様子がよく見えた。ノエルは腰を抜かしトムを見上げる。
畏怖と驚愕に塗れた美しい顔を見下ろすのはさぞ気分がいいことだろう。現に、逆光になってノエルには見えていないが、トムは世にも恐ろしい恍惚とした顔を見せていた。
「僕は……結局君たちはマグル生まれだと……そうどこかで思っていた。だが、違うようだ! パーセルマウスは使えるだけで歴史書に名を刻めるほど希少だ。しかも、かのサラザール・スリザリンもパーセルマウスだったという。ライラも純血家である可能性が高い! あぁ、僕は幸運だ。生きてる間にお目にかかれるなんて……」
ノエルは完全にトリップ状態になっていた。プライドも鉄面皮も崩れ落ち、ただただ憧れと尊敬に陶酔した子供になっていた。
「さ、先輩。戻りましょう」
トムはノエルに手を差し伸べる。
その手は、恭しくとられた。
ハロウィンがやってくる。十月三十日。ゴースト達にとっての祝祭。魔と繋がるこの日は、魔法使いである彼らと結びつきが強い。
「イザベル……あげるこれ」
ホグワーツでは、カボチャの日と言っても過言ではない。
しかも甘い。
ライラが向かいのイザベルに差し出したパンプキンパイはすげなく返された。
「要らないわよ! 自分で食べなさい」
「だってこれ……信じられないくらい甘い」
大広間はカボチャの香りで溢れかえっていた。ライラは朝食のパンプキンパイに悪戦苦闘している。調子に乗ってとったはいいが、甘すぎて食べきれないのだ。軽口を叩かないとやってられないくらいに。
ライラは甘いものというのをたくさんは食べて来なかった。お菓子というのはえてして高いものだからだ。孤児院も日に食事を二度で精一杯。今の状況は信じられないくらい恵まれているのだ。
ライラの隣に座るトムも顔を顰めている。トムはライラの反応を見てパンプキンパイは取らなかった。
「朝からこの甘さはないよ」
「そう? 美味しいのにな」
けろりと言ったのはアルファードだ。彼は相当な甘党のようで、もうパイを三切れは食べている。
「紅茶と食べなよ。ライラは甘いのがあんまり好きじゃないんだね」
「いや……アルファードがすごいというか……そうだね。紅茶と一緒に食べるよ」
甘さを堪えながらライラがパイを片付けていると、大広間の入り口の方から悲鳴が上がった。
原因は分かっている。グリフィンドール生の悪戯だ。誰も彼もが騒がしくなる朝食の席にうんざりしているというのに、悪戯は朝から止みはしない。
「はぁ……魔法界のハロウィンってこんな過激なの?」
「騒ぎたい奴らが異常なだけよ。お菓子をもらえるだけありがたいって気持ちはないのかしら」
「あ! 近々絶対小テスト出るよ」
「抜き打ちでか? なんで分かる?」
「サウィン祭……昔のハロウィンについてが出るんだよ。メリィソート先生が出すはずさ。
魔法界のハロウィンとマグル界のハロウィンは少し認識が違うようだった。マグルのハロウィンは行事的なもので、魔法界のハロウィンは正しくお祭りなのだ。
「サウィン祭なんて久しぶりに聞いたわ。おじいちゃんしか言わないわよそんな単語」
「サウィンか……聞いたことないな。どんなことをしてたんだ?」
ライラはパンプキンパイにかまけて黙ってその話を聞いていた。量がまったく減らない。
「僕らの前身であるケルトのお祭りなんだけど、色々捧げて火を焚いて、その火を分けて家の中を温める。そして悪い
「随分ざっくりとした説明だな」
「昔本で読んだだけなんだ。僕はやったことない」
「やったことある人なんて生きていないでしょう」
パンプキンパイを口に突っ込みながらライラは感心していた。ハロウィン一つとっても歴史があって、学びがあるのだ。
パンプキンパイをようやく処理したライラは、ふと思い出したように口を開いた。
「『ガイ・フォークス・デイ』はこっちにはないの?」
イザベルとアルファードは首を傾げた。トムだけはそんなものがあったな、という顔をしている。
「なんだいそれ」
「人の名前?」
「うん。ガイ・フォークスって人がきっかけになったの。十一月五日がその日だよ」
「ハロウィンみたいなものかしら?」
「いや、ガイ・フォークスって人が王様を暗殺しようとしたんだけど、阻止された日。王が生き延びたことを祝う日なんだ。フォークスに見立てた人形をみんなで引き摺り回すの。そして焼く。ハロウィンは参加できなかったけど、これはよくやってたなぁ」
「僕らみたいなやつにこそお菓子をくれたっていいのにな。どうも関わりたがらないらしい」
「いいストレス発散だったよね」
あっけらかんと言うライラ達に、イザベルとアルファードは絶句した。おんなじような顔が二つ並んでいて少し可笑しい。
「……随分怖いお祭りね」
「完全に処刑じゃないか……しかも中世の」
魔女狩りを想起させるそのお祭りが魔法界に伝わらないのは当然だろう。
「まぁ、私たちが知らないのも無理ないわね。だって英国魔法界はイギリス王室には無関係だもの」
「えっ? イギリス人なのに?」
「確かに私達はイギリス人だけど……。魔法界がマグルに接触する機会なんてそう無いわ。ライラ達も一緒でしょう? 魔法界の存在すら知らなかった」
「確かに。マグル生まれの魔法使いくらいしか両方の世界を経験できない」
「いくら高貴だとはいえ、結局はマグルだ。別にこれは差別的な発言じゃなくて……僕らについて知る機会がないってこと。ああ、マグルの首相ぐらいじゃないか? 知ってるのは」
「え!? 知ってるの!?」
首相が魔法界の存在を認知している。陰謀論を彷彿とさせるその事実に、ライラとトムは衝撃を受けた。
「変わるたびに使者を送るのよ。向こうの首相は変わるのが早いわね。すぐ死ぬの?」
「任期ってやつがあるんだよ……。首相はそんな危険な仕事じゃない」
ライラは聖書というものが分からなかったノエルとケイリスを思い出した。どこか異国の人と話しているようで、お互いに知識を共有するのは大変だけれど興味深い。
「ガイ・フォークス・デイ……ガイ・フォークス・ナイトとも言うんだけど、火を使うのはサウィン祭と一緒ね」
「悪い
アルファードが生き生きとし始めた。もし彼が血筋に縛られなければレイブンクローに選ばれていただろうとライラはことあるごとに思っている。
「マグルにも火は悪を祓うものとして伝わっているのね。魔法使いはマグルの中の突然変異みたいなものっていうのが通説だし……」
「そうなの?」
「過激な純血主義者には受け入れ難い考えらしいけど、今はそれが主流の説よ」
「最初の魔法使いはどんな気分だったんだろう……」
埋もれてしまった昔に想いを馳せる。ゴースト達も生前を懐かしみ、ハロウィンを祝っていた。
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ハロウィンにかこつけて悪戯だのなんだのと騒ぐ奴らが憎い。ドミニクはレイチェルに鬼のような顔でそう言った。
ドミニクとレイチェルは悩んでいた。スリザリンと協力し、グリフィンドール内で渦巻いている
「もうコリーに直接聞く?」
「絶対言わないし、俺たちが調べているのがバレるだろう」
「……はぁ……。なかったらなかったで良いんだけどね。ライラの証言を鵜呑みしたら怪しいところが何点かあるのよね」
二人の話は聞かれてはならない。廊下の隅、空き教室、いもり試験もあるというのに空き時間を利用して調査する日々。
おかげで恋仲ではないかと噂が立ったので二人はノイローゼになりかけだった。
だからドミニクがこんな提案をするのも無理はなかったかもしれない。
「ゴースト……」
「え?」
「ゴースト……使うか……!」