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ドミニクがフクロウで手紙を飛ばし、同級生の茶化しを無視して談話室に降りた頃、同じくグリフィンドールの監督生であるレイチェル・アストリーもまた談話室へと降りてきたところだった。
レイチェルのアンバーの瞳が、ドミニクの黒い瞳とかち合う。二人は示し合わせたように自然に会話を始めた。
「あ、レイチェル!」
「ドミニク。……来たわよね?」
「やっぱりか。なんて返した?」
「ヌワラエリアが好きですと」
「背伸びしたな」
「あんたは?」
「アッサムだ」
「シンプルね」
二人は軽口を叩きながら談話室の外へと出ていく。周りは監督生の何か秘密のパーティーか何かの話だと思ったに違いない。
人のいない空き教室に入り込み、二人は手紙の内容を思い返した。
「……あいつらの狙いはなんだ?」
スリザリンがグリフィンドールを警戒するように、グリフィンドールもスリザリンを警戒している。特にスリザリンは秘密を強く守る傾向があるため、情報が無い分警戒心は強かった。
特に今回、コリー・テイルズが大きな問題を起こし、その報復に備えてそれとなく警戒を強めた矢先のことだったため、警戒心は振り切れているといっても過言ではない。
「手紙の内容をそのまま信じるなら、私たちと和解しようということだわ。過去のことを水に流し、不毛な争いをやめようと言っている」
「俺には見え見えの罠に見える」
「その通りね。ただ、スリザリンはそこまで馬鹿じゃないのも確かよ。特にノエル。あいつが罠の予告状送ってくると思う? そしたらこれはノエルの名を騙った悪戯よ」
考えても埒があかなかった。あらゆる可能性が想定されるなかで、ドミニクは、ある意味本質と言える質問をした。
「________行きたいか、行きたくないか?」
レイチェルは即答した。
「行きたい!」
「俺もだ」
緊迫した空気の中に笑い声が起こった。純粋な興味はあることはあるのだ。
それに、監督生として五年生で交流を始めて二年と少し、年月の分それなりに信頼はある。
「ちょっと楽しみなの。無用心かしら?」
「考えても仕方ないしな。美味しい紅茶が飲めたら上々ってことにしとこう」
案外気楽に、グリフィンドールとスリザリンのお茶会は滞りなく決行されることとなったのだ。
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ドミニクとレイチェルは手紙を受け取って三日後の放課後。八階の廊下、その突き当たりで合流した。
彼らはそこに何があるかは知らなかった。
彼らが集まったのを見計らったように『必要の部屋』は姿を表す。驚きはしたが怯むことはなかった。白く華美で、サロンに続くような扉だった。レイチェルが年季のはいった金属の持ち手を下げる。
「お待ちしておりましたわ」
気品のある声がその場を圧倒した。ケイリス・ブラックだ。
室内だというのに光が差している。豊かな紅茶の香りと、微かに漂う花の香り。十月が始まったというのに春のうららかな日の庭園がそこに広がっていた。
白で統一された調度品の数々。素朴な色の茶菓子。それに対比するケイリスの美しい黒髪と、陽光に透けるノエルのブロンド。完成されきった美だと思えた。
ドミニクもレイチェルも、次にどうすればいいのか分からず、ただ立ち尽くした。
「どうぞ。お座りになって?」
ケイリスの一言でやっと二人は席につく。そこで、ケイリスとノエルの他に二人の少女がいることに気がついた。片方は短いブロンドにキリリとした碧眼で凛とした印象を受ける少女だった。もう片方は世にも珍しい白髪とバイオレットの瞳を持っている。眩しいほどのその白さにドミニクは思わず目を細める。二人とも当然のように造形が整っておりそろえて髪を短くしているため、何かの使者のような、聖なるものの使いようだとレイチェルは思った。
この二人、何を隠そう、ライラとイザベルである。
本来参加する予定のなかった者がなぜここにいるのか。牽制でも脅しでも罠でもない。事の発端はこうだ。
「お茶会っていいわねぇ。私も参加してみたい」
「お茶会って楽しいの?」
「面倒なことがなければね。お菓子にお茶にお喋りに……リラックスできるわ」
イザベルが何気なく発した一言をケイリスは聞き逃さなかった。
「イザベル……」
「はっ! ……ケイリス様っ……」
何かを間違えた、そう思ったライラは口をつぐんだ。ケイリスが笑っているのに恐ろしかったからである。
「そうね……お好きな茶葉は?」
イザベルはヒィと声を上げた。ライラはこのケイリスの顔を一生忘れないだろう。現に夢に見るほどにこびりついてしまっている。
「だっ、だ、ダージリンを好んで飲んでおりますわ」
「わ、わたっ、私は、その……茶葉なんでも……ミルクティーが好きです」
息も絶え絶えに要望を伝えた時、首が飛ぶかもしれないとライラは無意識に覚悟した。自然と頭を垂れてしまう。
「よろしい。不用意な発言にはお気をつけて。思いもよらない結果をもたらすことになりますからね。口は災いの元。頭に刻んでおきなさい」
「ご忠告痛み入ります……!」
「大変申し訳ありませんでした……」
つまりは二人の不用心さに対する罰である。そして予告なしにこの場に現れたことを謝罪するまでがケイリスに言い渡されたお仕置きだった。
ドミニクとレイチェルが席についたのを見計らってノエルが口を開いた。
「来てくれてありがとう。内容が内容だからもしかしたら……と思ったけれど、見誤ったようだよ。僕たちは僕たちが思うより親交を深めていたらしい」
ノエルのいつもの様子にホッとした雰囲気が流れた。彼は意外とフランクなのだ。
レイチェルがライラとイザベルを盗み見た。誰も話題に出さないから自分にだけ見える何かの使いかもしれないと疑い始めてしまった。それを察したケイリスがすかさずライラ達に言う。
「あら……挨拶をしていなかったわね。貴方達、こちら、グリフィンドール七年の監督生で、ドミニク・プルウェットさんにレイチェル・アストリーさん。二人ともご挨拶しなさい」
密かに圧力が感じ取れてライラ達は身震いしながら立ち上がった。どんな授業よりも嫌だった。
もしもあのやりとりが自室であればケイリスは何も言わなかったはずだ。談話室で大声で話していたからこんなことになった。秘密裏にという話だったのに情報漏洩に繋がりかねなかったのだ。心の底からライラは反省しながら二人と目を合わせた。
「イザベル・ブルストロードと申します。本日は突然お伺いすることになって申し訳ありません」
「りゃ、ライラ・オルコットといいます。事前のお知らせもなく、本当にごめんなさい。お目にかかれて光栄です」
会釈をして二人は座った。ケイリスからのプレッシャーがマシになり、少し表情が緩む。ドミニクとレイチェルは苦笑しながら優しく二人に声をかけた。
「大丈夫だよ。こういうのは数が多いほど楽しいしね」
「よろしくね。二人とも。先輩だからって緊張することないわ。気軽に接してね」
ライラは不意に涙が飛び出そうになったが耐えた。優しい人ばかりで良かった。
すでに魔法でお茶の準備は進んでいた。監督生同士の歓談を眺めながらライラ達はそばに控え黙っている。
「今はアッサムを淹れているの。飲み終わったら次はヌワラエリアを淹れましょうね。香りが強いから後にしようと思ったの」
「用意してくれたの? 流石ね」
やんわりとした長引くぞ宣言である。ライラは課題とトム達のことを思って空を仰いだ。清々しい紅茶の匂いが鼻に飛び込んできて癒されるやら悲しいやら。
だが隣のイザベルがもっと申し訳なさそうな顔をしたためすぐライラは思い直す。どうにか前向きに捉えようと思ったのだ。イザベルが気に病んでいることを気づけなかった自分を恥じたからだった。
ポットが空中に浮いてお茶を注ぎ始めた。順番にカップに琥珀色の液体が満たされていく。
ポットとカップはもちろん一揃えの陶器でできたもので、精巧な飾りで彩られ優美で鮮やかな薔薇の絵が描かれている。何もかも魔法で済ましてしまうため、取っての部分は飾りで持ち辛そうだった。魔法界のアンティークにはよくあることだ。
「アッサムティーはミルクがおすすめよ。砂糖はいくつ? もちろんジャムもあるわ」
ケイリスが華々しく笑った。そもそもお茶会が好きなのだろう。生き生きとしている。
言葉通り、机の脇のティーカートには種類豊富なジャムがあった。無論ティーカートもジャムの入れ物も白で統一されたデザインだ。
ライラは砂糖とミルクをもらった。ノエルは砂糖をドボドボと入れケイリスに嗜められている。レイチェルもドミニクも緊張がほぐれたようだ。イザベルもお茶会が好きだと言っていた通り、気持ちを切り替えて満喫している。
一口啜れば、濃い口なのに飲みやすい、渋みの少ない茶が口いっぱいに風味を広げた。ミルクティーにすると口当たりも抜群である。今まで飲んだことがないほど美味しい、とライラは驚いた。きっと何から何まで高級品であるからだろう。茶器も水も茶葉も砂糖もミルクも、テーブルも、花々も、そしてここに集う______自分を除いた_____人々でさえも。
和やかな雰囲気の中、自己否定感に囚われかけたライラの目を覚ますように、ケイリスが口を開いた。
「ライラ。味はどう? 楽しんでるかしら?」
「______っ、はい。とっても……とっても楽しいです。紅茶も美味しくて……」
「良かったわ! お茶菓子もあるから食べてね。イザベルも。遠慮しないで!」
勧められるまま、各々好きな菓子を取った。ライラはマフィン、イザベルはスコーンを取ったようだ。
食べると、焼き菓子特有の甘い香ばしさが鼻を抜けていく。これ以上なく幸せになれるお菓子だ。自然に頰が緩んでいく。
雰囲気が柔らかになっていく。
「で、ここにきてもらった理由なんだけど、手紙に嘘偽りはないんだ」
ライラはギョッとしてノエルを見た。その拍子にマフィンが喉に詰まりそうになる。
まただ。ずっとそうだ。いつだって最初に喋るのは彼だ。そしてその場の雰囲気を支配して見せるのも彼だ。ライラはノエルを側から見てようやくその特異性に気づけた。彼は異様にその場を操るのが上手い。
レイチェルもドミニクも戸惑い、完全に受け身になっている。
「ただ仲良くなりたいんだ。せめてこんな……傷つけ合う関係を止めたい」
正直、グリフィンドールの二人は何か裏があると思っていた。気軽にこのお茶会にやってきたが、警戒心は忘れていない。どうせ、建前の薄っぺらい口実だと思っていたが、あのノエルがプライマリースクールに入学したての子供みたいなことを言っているのを見て面食らった。ライラ達の熱視線も相まって決して冗談ではないことを悟る。こういった状況の意味が分からずろくに言葉も返せなかった。
「……つまり……?」
ドミニクがそう聞いた。その時、ノエルが反応する前にレイチェルが口を開いた。
「本当にそれだけ?」
「そうだよ」
ノエルはさも当然だという顔をして頷いた。ドミニクはポカンとしているが、レイチェルは眉間に皺を寄せている。ノエルの態度を見てより一層皺が深まった。
ライラはその様子を見て少し怖気付いた。ケイリスのような静かな圧力ではなく、あからさまでおおっぴらな威嚇だと感じたからだ。
「あのねぇ……そう言って、それだけの言葉で私が信じると思う? 仲良くって……今まで仕返しに次ぐ仕返しで……急に言われても怪しいわ。何があったわけ? きっかけは? 理由は? ただの気まぐれとかだったら私はすぐ出てくわよ」
もっともな意見だった。ノエルは飄々とした態度を崩さず、微笑んで紅茶を飲む。一息ついて、独特の間を取ってからレイチェルに言った。
「発端はライラだ。君たちも知ってるだろう。コリー・テイルズのこと。その時のスリザリンの一年生というのがこの子だよ」
今度こそライラの喉にマフィンが詰まった。自分の名前が出るなど予想もしていなかったからだ。自分たちはただ付き添いで傍観しているだけだと信じて疑っていなかった。イザベルに背中をさすられ咳き込む。マフィンが上等でホロホロと崩れるのがまた難点だった。
驚いたのはドミニク達も同様だ。
しかしここで嘆くべきは二人とも勘違いを起こしたことだ。二人の目には、ライラが事件のことを思い出してフラッシュバックを起こしているように映ってしまった。
ライラは咳き込みすぎて涙ぐんでいた。それがさらに勘違いを加速させる。
予告無しに現れたこと______この場に立ち会うべきか最後まで悩んでいたのではないだろうか。
なぜ二人なのか________未だに傷が癒えず、親しい友達に付き添ってもらったのではないだろうか。
二人の頭の中で間違った点と点が間違った線で結ばれていく。
「ゲホッ、んぐっ……。しっ、失礼っ……」
「ちょっと。喋らないで。紅茶飲みなさい! 少し驚いてしまったようで……すいません先輩方」
「構わないよ」
「すみっ、ません……ゲホゲホッ、ヴっ」
ライラはそんなことも露知らず、ただただマフィンに喘いでいる。こうなると凶悪な兵器としか思えなかった。話の最中にマフィンに夢中になった罰だろうか。恥ずかしさと苦しさの中でライラは一人猛省した。
ノエルとケイリスは、もうとっくにショックは薄れて回復していることを知っているため大して驚きはしなかった。そしてなんとなく、ドミニクとレイチェルがライラに対して勘違いを起こしていることも感づいている。
ノエルはこれをチャンスと捉えた。
「ドミニク、レイチェル。君たちを責めるわけじゃないんだ。ただ、彼女が望んだ。報復ではなくグリフィンドールと話したいと。それを叶えるためにここにいる」
紅茶を飲んで落ち着いたライラに視線が集まる。
ノエルが説明を続けた。
「今まで、スリザリン生の殆どが報復を望んできた。僕らも、彼女がそれを望むだろうとたかを括っていた。でも彼女は上級生の集団を前にして言ったんだ。『私のような子が減るように』と。今日もショックが癒えぬのを押してこの場に来てくれている。僕らはこの高潔な精神に続くべきだと結論を出した」
イザベルもライラも仰天しながらノエルの動向を伺った。手に取ったカップが落ちる寸前だった。ノエルは脚色たっぷりにライラを悲劇の少女に仕立て上げている!
あんまりにあっけらかんと言うものだからライラは抗議するという考えも思い浮かばなかった。
対してドミニクとレイチェルはすんなりとそれを信じた。申し訳ないという意識と勘違いがそうさせたのだ。
「そこで、協定を結ぼうと考えた。これの原案も彼女とその親友らが考えている」
ライラ達がまとめた『協定』を書いた羊皮紙が差し出される。
ドミニクとレイチェルはそれを舐めるように読んだ。
「嘆かわしいことに、こんな当然のことを僕らは出来ていなかった」
先に読み終えたレイチェルが口を開く。
「なるほど……積極的に交流しようって内容じゃないのね。お互いに過ぎた干渉が無いように……」
「その通り。無闇矢鱈に仲良くしろって言ってるわけじゃ無い。それがポイントだ。寮同士の関係なんて、それが正常だったはずなんだよ」
結果的に話し合いはうまくいっている。ライラはそれを落ち着いて見ていた。ドミニクもレイチェルも、もっとカッとなって激しい態度で詰め寄ってくると思っていたが、ちゃんと書面の内容を精査している。あのグリフィンドール生……コリーは元々カッとなりやすい性だったんだろう。
「それで? 僕らはどうすればいい? 論ずるのは簡単だが、そんなすぐに関わるなとか余計なことを言うなだとか……うちの寮生が出来るとは思えない」
「問題を起こした奴を、これまで以上に厳しく罰してほしい。もちろん寮内でだ。といっても限度があるだろうから……場合によっては先生に任せる。すぐに仕返しに出ないっていうのが肝になるだろう」
「もちろん、スリザリンでも躾は徹底しますわ。学校で家柄は関係ないと言ってもやはり年齢や実力で縦社会になるもの。加えて上の言うことを聞く素直な生徒が多いので、問題ないでしょう。まぁそれでもちらほら反抗的なのはいますが……その場合は罰を与えればいいだけ」
「問題はうちの寮よ。普段から反抗的で先生にも従いやしないのが大勢……。校則ですら破るのに……」
レイチェルが首を振る。ドミニクも腕を組み瞑目していた。
コリー程でなくても、グリフィンドールの生徒は少々元気がいいのだろう。
「努力次第でどうにか出来るならそれはたいした問題ではない。努力でどうにもならない、となればまた策は考えるよ。困ったらいつでも相談に乗るし、協力する」
「頑張ってみるわ」
レイチェルが意気込んだ瞬間、ふと、豊かな香りが室内に溢れた。
「紅茶のシャンパンと言われるだけあるわね。もう少し蒸らすから少しお待ちになって」
ヌワラエリアの香りだ。ミルクティーを飲み干したライラは表情を固くしながら待った。どうやら自分は悲劇の少女らしいので、無闇に笑顔を見せてはいけないだろう。
「今回話したかったことはこれで以上だ。あとは気ままに茶会でもしよう」
ノエルの一声で、場の空気は弛緩した。やっと一息つけるようになった。
「……その、ミス・オルコット」
ドミニクがライラに声をかけた。
「先輩。どうかライラと」
「コリー・テイルズのことなんだが……」
「えっと……それはどなたのことですか?」
ライラはあの場にいたグリフィンドール生であることは分かっていたが、複数人いるため誰のことかは分からなかった。
「多分、君に最初に攻撃しようとした男のことだ」
「……ああ! あの……彼には悪いことを……」
わざとではなかったとはいえ、ライラは彼に舌縛りの呪いをかけてしまった。ダンブルドアがそこにいなければすぐには解けなかっただろう。
ライラはそれを詫びようとすると、イザベルが確固たる意思でそれを阻んだ。
「どうしてライラが謝るのよ。正当防衛でしょう? 先輩は違うとお考えになってるのですか?」
「いや! もちろん。ライラがしたことは間違ってない。ただ……それでコリーが荒れていてな。見かけたらすぐに離れてくれ。君は目立つから、出会わないに越したことはない」
ドミニクは慌てて弁明した。ライラは申し訳なさそうな顔をしたが、イザベルは違う。さらに目尻を釣り上げ、気に入らないと態度で示している。
「お言葉ですけど、そういうわけにはいきません」
「何故? ミス・ブルストロード、今、コリーとライラを引き合わすのは危険よ」
レイチェルも口を挟む。ケイリスとノエルは傍観の姿勢をとっている。
「そのコリーとやらは、つい先日、アイリーン・プリンス様にも危害を加えるところでした。もちろん、ケイリス様もご存知です。詳細を直接聞きましたわ。ご存知でしたか? アイリーン様は寛大にも、ご自身で罰を与えたため大事にはしないとおっしゃっていました」
ドミニクとレイチェルは青ざめていた。憂慮していた事態がとうに起こっていたのだ。
「コリー・テイルズは、ライラとアイリーン様に直接謝罪すべきです。私はそう思います。無理にライラと引き合わせる必要はないですが……」
イザベルは興奮を抑えようとゆっくり息をした。先輩相手に意見するのはイザベルといえど勇気が必要だった。
「……その通りだ。済まなかった」
「先輩が謝ることないです! 謝罪すべきは、あの場に居合わせたグリフィンドール生のみ……。そうでしょう? イザベル」
レイチェルも後に続いて詫びようとしていたが、ライラの言葉でどうしていいか分からなくなっていた。コリーをここに連れてくればいいのだろうか?
「それは追い追い決めましょう。ライラの気持ちが落ち着いてからでいいわ。イザベル、良いことを言いましたね。謝罪が無ければ許すこともできないのですから」
ケイリスの言葉に、ライラはハッとした。正直形式的な謝罪は要らないと思っていたし、関わらないことが双方にとっていいのではないかと思っていたが、謝罪を受け入れるという慈悲もあるべきだと思えた。
「レイチェル。どうぞお飲みになって。好きなんでしょう?」
いつのまにかヌワラエリアの紅茶がカップに入っていた。
明らかに先程のアッサムティーよりも香りが強い。
「ありがとう」
ライラも同時に口をつけた。
こうしてグリフィンドールとのお茶会は、大した問題もなく、終わりを迎えた。
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ところ変わってスリザリンの談話室にて。
トムとアルファードは課題をこなしながら、お茶会が終わるのを待っていた。
「ライラ達はお仕置きで連れて行かれたが……そんな怖いのか? あのお茶会は」
「ん〜……少々空気は悪くなるだろうけど……。グリフィンドールの監督生よりケイリス先輩の方が怖いはずだよ。あのイザベルがうなされたって言ってるくらいだし」
闇の魔術に対する防衛術の課題は、羊皮紙ふた巻きに失神呪文を防ぐ術を調べてまとめることだった。
帰ってきた時、ライラ達が困ることがないように仕上げておかなければならない。
「見て! この本では、卑怯だが二、三人で同時に放てば絶大な効果を発揮するだろう……って書いてある。これを防ぐのは至難の業だね」
「それが卑怯か。ただの作戦だと思うが……」
ふと、トムは閃いた。
「アルファード」
「何?」
そう言いながらも、アルファードは嫌な予感がしていた。トムが口元を押さえ、動揺していたからだ。
「ライラは卑怯者だと言われたって言っていたな? それに、盗み聞きだとも」
「グリフィンドール生に?」
「そうだ」
「確かにそう言っていた気がするけど……」
アルファードの言葉に、トムはさらに考え込んだ。なぜこんなことに気づけなかったのか、そうトムは自身を叱咤した。
「ただの世間話なら、盗み聞きだとは言わないだろう。卑怯者、とも。アイツらは何を話していた? あと、マルフォイ家やブラック家のスパイか? とか何とかも……」
「まさか……何か企んでいる? それも、純血家の筆頭がらみで……」
「そうだ。ただの喧嘩じゃ済まないかもしれない」
空気が冷える。魚が二人に影を落とした。
二人は頷き、談話室を出る。
ホグワーツがやけに静かな気がした。