小賀元はじめ。
最初から『矛盾だらけ』だった少年。
復讐者と自らで語りながら、復讐対象には接触せず。
殺すと宣言しておきながら、一人も殺すことは無く。
他人などどうでもいいと言っておきながら。
――終始その根底には、優しさが見えていた。
「く……ッ」
少年が、吐血する。
その瞬間、彼を中心として衝撃波が溢れた。
「あ、ぁ、あぁああああああああ!? い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い……ッ!? な、なんで……どうして! が、あぁぁぁぁあああああああああああ!!!」
小賀元はじめは全身から血を流しながら絶叫しており、その光景に理解のつかないまま衝撃に耐える。
だが、この体を持ってしても数十メートルは押し込まれる程の威力だ。尋常ではない事態と見て間違いないだろう。
『かーぁッ、こりゃ、まずいナァ!』
その光景を前に、私ほど驚いていない男の声がした。
その声の主ーー執行官は私の中に取り込まれているはずだが……どうやら、この無敵状態でも意思疎通は可能みたいだな。
自慢では無いが、私は生涯において、まだ数える程しかこの状態まで追い込まれた場面は無い。
故に、まだまだこの状態について知らないことは多いのだろう。執行官の意識が残っていることも初めて知ったし……そういう大切なことは予め教えておいて欲しいものだ。まぁ、執行官に言ったところでなんの意味もないとは理解しているが。
「どういうことだ。端的に説明しろ」
『簡単に言えば【天能の強制暴走】ってトコロだ』
私の言葉に、柄にもなく真面目に返した執行官。
彼が放った言葉ーー暴走、という単語に眉尻が動く。
『数年前……天守優人が、人並み外れた精神力で強引にこじ開けた【天能の限界超過使用】という技術。……イマにして考えても、あの男はやっぱりイカれてたという感想しか湧かねェが、今のアイツはそれに似た感じだ』
……なぜ、私も知らぬ【その日】のことを知っているのか。
一番最初にそれが気になったが、相手は執行官だ。のらりくらりと話題を逸らして、結局は答えぬのだろう。だから、そのことについては聞かぬことにした。
そして、執行官ですら知る術があったというのなら、八雲選人が何らかの手段であの日の真実を知っていても不思議じゃない。
「限界超過。つまり、無理してる、という話か」
『極論言えばナ! ただ、無理って言うには行き過ぎてるぜ。刻一刻と精神が摩耗し、記憶、感情、その他モロモロ大切なことから抜け落ちて、最後にャ死ぬが早いか、廃人となって言葉も忘れるが先か……ロクな結末にはならねぇだろウサ!』
その言葉を聞いた瞬間、私は走り出していた。
目指す先は小賀元はじめ。
彼を止める。
この状態が刻一刻と彼の命を、彼の人生を冒して行くのならば、私はこれ以上の暴走は許さない。
ーーだが。
「ーーッ!?」
虚空へと現れた無数の斬撃。
雨森恋の【斬】を模倣したもの。
先程、嫌になるほどこの身に受けて、それでも傷1つ負うことなく耐えきった技。
であるならば、防御などもはや不要。
斬撃など無視して、小賀元の元へと駆け抜ける。
そう考え、さらに速度を上げようとした。
ーーその刹那。
ぞわり、と全身に悪寒が走る。
咄嗟に防御姿勢を取るべく、両腕を眼前へ回す。
その直後、斬撃が私の体表……薄皮を僅かに切り裂いた。
無敵の体に、血が滲む。
鋭い痛みに顔が歪んだ。
ありえない異常事態に、私以上に執行官が戸惑いの声を上げる。
『ヤッベェなんてもんじゃねぇな!? 恋の嬢ちゃんが持つオリジナル……アレの本質までコピーし始めてるじゃねぇか!』
「斬り裂いたという結果を確立させた上で放つ斬撃か」
この無敵状態は、因果すらねじ曲げる。
傷つかない。そう決定されているからどんな攻撃でも傷を負わない。そういった子供じみた【わがまま】から成り立った、いわゆる反則、と言うやつだ。
そして、私の知る【雨森恋】という怪物は、その因果をねじ曲げるわがままを
斬撃を作る、飛ばす、という道程を完全省略。
斬り裂いた、という結果に直接手を伸ばし、再現。
念じただけで、一切合切を両断する不可視不可避の斬撃。
戦闘面に関してだけ言えば、間違いなくあの天守弥人を超える怪物。
彼女と戦ったことはないため断言は出来ないが……私に傷をつけたこの斬撃、限りなくオリジナルに近しい高みまで昇華しているとみて間違いないだろう。
『聞きたかねぇだろうが、あえて言わせてもらうぜ。コイツを作った野郎は
「聞きたくもない賞賛だ。私が不快に思うと分かっていたのなら、あえて言うな」
『ケヒヒ! 人間の善悪なんざ、あんまり興味ねぇけどヨォ。凄いなら凄いと褒めてやるべきだと思うぜェ!』
だとしても、だ。
あの八雲選人を褒める気にはなれん。
足を止めた私は、未だに暴走を続ける小賀元はじめの姿を注視する。
「決着まで1分半、私と小賀元の応答で1分。暴走を初めて30秒。のべて3分程度……残り時間は2分程度か」
彼我の距離は十メートル前後。
全力で駆け抜ければ秒とかからない。
だが、私の全速力にカウンターであの斬撃を叩き込まれれば……切り裂かれるのは体表程度では済まないだろう。
小賀元はじめは、今も暴走を続けている。
喉を裂くような絶叫が聞こえる。
彼の周りへと血溜まりが広がっていく。
……放置すれば、彼は死ぬだけだろう。
死ねば、暴走だって止まるかもしれない。
既に発動し、具現化した天能は死後も存在し続けると言うが……この男の場合は違う。作り出すことが能力であるのなら、死んだところで新しい何かが生み出されることは無い。
だから、私の最善手は逃げること。
まともに戦わなければそれでいい。
2分間で可能な限り距離を取り、倉敷の手を借りて校舎の生徒たちを安全な場所へと避難させる。そして、やがて自滅する小賀元はじめは放っておく。それが最も賢い選択だ。
ーーだが。
『本当に、それでいいの?』と。
未だ私の中に居座る、友の亡霊が。
にやにやと笑いながら、私に問う。
「……正義の味方も、難儀なものだな」
私は
『ーーッ!? お、おい、何してやがる!?』
「
焦る執行官に、一言返す。
その直後、私の全身を無数の斬撃が切り刻んだ。
薄皮一枚削ぐような攻撃。
それでも、確実に通る『攻撃』。
私は顔を歪めながら、さらに前に出る。
『柄にもねぇコト言ってんじゃねぇよ! 俺らは普通じゃ勝てねェから土俵を変えた。なのに、相手はその土俵に土足で踏み込んでくるような規格外だ!! そいつが模倣してる能力はそういうもんだ!』
……あぁ、そうだな。
私は単に、珍しい能力を持っているだけ。
ただ、そういう星の元に豪運を携えて生まれただけ。
最初から何もかも持ち合わせた【天才】には及ばない。
彼らと話せば、頭の出来が違うと分かる。
彼らのように優れた身体能力も持ち合わせていない。
打たれ強い肉体も、痛みへの耐性もない。
腕を落とされれば、喚いて転げ回りたくなるほど痛いし、体表を切り刻まれれば、風に触れるだけで気が触れるほどの激痛が走る。
……控えめに言って、気が狂いそうだ。
きっとこれくらいの痛み、彼らは平然としているのだろう。私よりもきっと合理的に判断するし、小賀元の違和感だってすぐに察して、暴走以前に止めていたかもしれない。
私が失敗することを、きっと彼らは上手くやるだろう。
……私は彼らに、何もかも劣っているから。
一歩、また踏み出す。
さらに深く体が斬られる。
血が吹き出し、奥歯をかみ締めた。
『克也、君の才能で天才に追いつきたいのなら、努力だけは捨てちゃダメだ。人の何倍も努力しないとーー』
私の知る限り最大の『天才』。
盾、なんて弱い天能を持ちながら。
それでも最強の地位に君臨する怪物から、ずっと昔にそう言われた。
ーーきれいごと。
だと、思った。
それは強者だから吐けるセリフだ。
弱者には、努力する才能すら与えられない。
頑張っても、頑張っても。
差が縮まるどころか、天才は凡人の何倍もの効率で努力を重ね、自分たち以上の速度で高みへと昇っていく。
自分たちの努力も、実を結ぶはずだ。
けれど、天才たちからすれば、成長前も成長後も、凡人の歩みなど五十歩百歩。彼らからすれば吹けば飛ぶようなカスでしかない。
天才を父に持ち。
正義の味方を友とし。
怪物が妹に産まれた。
そんな私だからこそ分かった、世界の残酷さ。
それに気づいた日から、私の前進は止まっている。
私は、無駄な努力を放棄した。
どうせ、努力したところで何も変わらない。
ならば、あるがままの私のままで、強く在るまで。
努力などしない。工夫など凝らさない。
私はそれでも、彼らと並び立てるのだと。
凡人も天才には勝てるのだと、証明したかった。
だから、私は努力という言葉が嫌いだ。
私は誰より怠惰を愛し、停滞を望んだ。
それが、橘克也が唯一抱いた『意地』だった。
……だと、言うのに。
一歩、また一歩と。
私は意地になって、前に進んでいる。
それは、死した友に報いるためか。
私はそのために、こうも命を貼っているのか。
ふと、疑問が過ぎる。
あの男の死など、乗り越えたはず。
それでもこうして、死者を思い出し、彼が考えるであろう正義に則り、人助けに命を賭ける。
それは、何故か。
そう考えて……少しして笑った。
「そうか、私はーー」
私は天才たちに絶望した。
私の平凡さに失望した。
けれど、それは『比べた』から生じた結果だ。
絶望するよりも前に。
失望するよりも前に。
きっと私は、その『非凡』に憧れたんだ。
だから、彼らと同じ場所をめざして。
その資格すら無いという事実に、心が折れた。
……そうか。
私はお前たちに、憧れていたのか。
『……ッ、克也!!』
執行官の、焦りが滲んだ叫び声。
目が覚めるような思いで、意識が戻る。
……もう、どれだけ歩いたか。
切り刻まれる地獄の最中。
無敵でなければ即死する嵐の中。
僅か一瞬だとしても、意識が飛んでいた事実に背筋が凍る。そして、今の声がなければ死んでいたかもしれないと緊張が走る。
視線の先には、瀕死となった小賀元の姿。
手を伸ばせば、届きそうだと言うのに。
私には、彼を救うような魔法も。
彼を気絶させられるだけの技巧も。
それらを補うだけの時間も、残されていなかった。
『クソッタレ!
私の体から、執行官が現れる。
その瞬間、身体中を閉めていた全能感が消失。
あぁ、届かなかったのだと。
骨身に染みて、理解する。
彼我の距離は、一メートルも無い。
これだけの至近距離。
全て能力を失った今。
対処する術は……何も無い。
ーー諦めるか?
その思考が、僅かに脳裏を過ぎった。
その、瞬間。
ぐいっと、背後から体を引かれる感覚があった。
「嫌な予感して良かったぜ、なぁ先輩!!」
「……ッ!? 倉敷……!」
彼女は、いつの間にか私の背後に立っていた。
頭から血を流し、重傷なのは見ればわかる。
それでも……この、即死の嵐の中。
きっと、私の無敵を盾にして、後ろに張り付いて斬撃を防ぎ、ここまで辿り着いたのだ。
……1歩間違えれば、死んでいてもおかしくない。
それほどの覚悟で、その『嫌な予感』を信じたというのか。
彼女は私の体を担ぐと、目を見張るような速度で嵐の中から脱出を図る。……だが、不可避の斬撃は容赦なく私たちの体を切り刻み、脱出した頃には私たちは二人とも満身創痍。
斬撃に吹き飛ばされて、校舎の中へと弾かれるように転がされた。
「くっ……そ! もう1回だ! もう1回、あの無敵やりやがれ!」
「……ッ」
全身から回復の蒸気を上げながら、倉敷が私へ叫ぶ。
……2度目の、じゃんけん勝負。
あぁ、確かにそのルールは存在する。
5回目の無敵でも勝てなかった場合。
勝負がつかなかった場合。
全く同じルールで、同じ勝負を繰り返す。
……確かにもう一度無敵状態を得て、五分間を『前進』に専念すれば小賀元までたどり着けるだろう。
だが。
『15秒×5回繰り返す前にあのガキが死ぬぜそりゃァ! ツーか、それ以前に逃げられんのかよコレ!』
三度、凄まじい衝撃が私たちを襲った。
その一撃は校舎の外壁すら消し飛ばし、抵抗もできなかった私たちは長い廊下をひたすら転がってゆく。
気づけば、スタート地点。
1年A組の前までたどり着いていた。
『間違いねぇ……あの暴走! 暴走し始めた段階で最も近くにいた野郎をロックオンして襲ってきやがる! 克也! こうなりゃ倉敷の嬢ちゃんとジャンケンして回復シロ! そんでもって逃げの一手ダ!!』
……そう、簡単に言ってくれるがな。
回復能力も持たず。
この身は一般人と同程度の軟弱さだ。
即死の嵐をコンマ数秒と言えど浴び続け。
今の衝撃を直撃した直後だ。
思考能力は残っている。
けれど、それ以前に……体が言うことを聞かない。
執行官は何も答えられない私を前に理解を示すと、倉敷へと直ぐさま振り向き声を上げる。
『克也がもう動けねぇ! 嬢ちゃん、悪いがーー』
だが、それよりも早く追撃が来る。
廊下を埋め尽くすような無数の槍が、頭上より降り注ぐ。
倉敷は咄嗟に私の体を引っ張り、1番近い教室へと逃げ込んだ。
「なんだよ! 今は見えねぇ斬撃だけじゃなかったのか!?」
『暴走してる割には冷静にコッチを殺しに来てるあたりムカつくゼェ! これ暴走させてるやつは絶対に性格悪いと思いマス!』
ヤケクソ気味に二人は叫ぶ。
私は何とか体に力を入れて立とうとするが……切断されかけている腕が、深々と切り裂かれた足が、痛みが、私の再起を許してくれない。
ぐしゃりと血溜まりに沈み、私は手を伸ばす。
……それは偶然か、必然か。
私の目の前には、1人の怪物が眠っていた。
彼女こそ、私が心の底から絶望した最大の原因。
私より後に生まれながらも。
全てを持って生まれてきた、神に愛された少女。
すやすやと眠る彼女を前に。
私は、しばし考えて、苦笑いする。
あの家から飛び出して、数年。
こうして死の際に至ってたどり着くのが、橘だとは。
体に力を込めて、仰向けになる。
見上げた天井付近に、無数の槍が出現する。
私より少し遅れて倉敷らもその攻撃に気がつくが……躱すのが限界で、私を庇うような余裕はなかった。
『クソ……ッ!』
咄嗟に執行官も動いた様子だが、手遅れだ。
ーー衝撃に、体が跳ねる。
無数の槍が、私の体を串刺しにしてゆく。
おおよそ、致死の傷。
回復手段などなく。
ここから挽回するだけの術もなく。
ただ、確実に死ぬであろう攻撃に身を晒す。
「先輩……っ!?」
倉敷の悲鳴が聞こえた。
彼女の声色からも分かった。
それほどの傷。
私はもう、助からないだろう。
それでも、私の思考は止まらない。
例え全身を穴だらけにされようと。
片目を槍で貫かれ、脳が損傷しようとも。
残る片側の視界の中で、勝機を探す。
私を串刺しにし、消えてゆく無数の槍。
それらは、私の周囲へと無作為に降り注いでいた。
当然、多くの生徒が巻き添えを食らった。
明らかに致死の傷を負った者も見える。
そして、目の前にいた怪物もまた。
その頭蓋骨を槍で貫かれて、死んでいた。
「……あぁ、そう。か」
目の前で息絶えた少女を見て。
私は、やり遂げたのだと力を抜いた。
「……なんとも、最悪な目覚めですね」
私の目の前で、ぱちくりと赤い瞳が開く。
小賀元はじめ。
……いいや、八雲選人。
知らなかったようだから、最後に教えておくよ。
なんてったって、私の自慢の妹だ。
私が出来ることならば、彼女はなんだって再現するだろう。
常勝無敗のその歩み。
一切の汚れなき正道を往く少女。
しかし、その道行きにたった一度の黒星が刻まれた。
その時に湧き上がった感情。
それは怒りか、嫉妬か、悔恨か、熱情か。
彼女自身でも説明のつかない、燃え滾るような激情。
彼女は生涯、ソレを忘れることは無いだろう。
次回【橘月姫の目指すモノ】
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