あけましておめでとうございます!
その変化は一瞬だった。
ぞわりと、悪寒が小賀元の背筋を這った。
全身が総毛立つような、嫌な感覚。
異能を手にして初めて感じたーー
『
ーー仮面が落ちる。
道化の被りモノが剥ぎ取られ。
その下から現れたのは『真っ暗闇』。
どこまでも深く続くような、深淵。
それが、執行官の顔に張り付いていた。
「チィ……ッ!」
小賀元はじめは駆ける。
既に王聖克也の五連勝は確定した。
その変化は止められない。
だが、変身途中であれば、あるいはーー
『【最終結果:橘克也の五連勝】』
『【よって、規定に則り橘克也を
声が響く。
同時に小賀元は異能を最大出力で展開。
(変質が完成するより先にーー命を斬り落とす!)
「我思う故に我あり……『模倣展開、天守恋』」
その瞬間、王聖克也の四方へと無数の斬撃が生まれた。
本物にこそ威力は劣れど。
人を殺すには余りある火力を誇る『疑似の斬』。
軽く十を超えるだけの『致死の一撃』が、雪崩のように変質中の王聖克也を飲み込んだ。
「『模倣展開、雨森悠人』」
そして、続くは『最強の肉体』の擬似模倣。
踏みしめた床が爆ぜる。
視界が一気に流れゆく。
全身に力が漲り、拳を握る。
それは小賀元であっても認めざるを得ない、純粋な肉体強度の到達点。振るうは、その肉体から放たれる必殺の一撃。
もはや、油断はしない。
この校舎すら吹き飛ばすつもりで、一撃に力を込める。
そして、振るった。
その瞬間。
『【橘克也。この一時、貴殿を神と認めよう】』
「……ッ!?」
響いた声に、目を見開いた。
拳は、一切の淀みなく振り抜かれた。
振り抜かれた……はず、だった。
衝撃で、砂埃が消し飛ぶ。
現れたその姿は、先ほどとは一変していた。
全身に闇を纏うような、黒衣。
肩にも届かなかった髪は、腰辺りまで長く伸び。
年齢は高校生の姿から、さらに大人びて変貌。
青かった両目は、片方が赤く染まっている。
放った拳はその腹に直撃していた。
その上で、玉体に
「……化け物が」
全身全霊。
本気の一撃だ。
自分が考え得る最強の具現。
いくらオリジナルには劣ろうと、8割以上は再現出来ているはず。……それでもなお、届かないというのか。
「……ッ」
ふいに、黒い腕がなぎ払われる。
小賀元は咄嗟に能力で障壁を10枚ほど張り防御を行ったが……その一撃は、いとも簡単に全ての防御を貫通した。
障壁など、なんの意にも介さず。
一切減速なく、腕が小賀元の脇腹にめり込む。
「が……!?」
衝撃に、一切受け身も取れずに弾け飛ぶ。
体が地面とは水平に吹き飛んでゆき、校舎の壁も窓ガラスも破壊して……100メートルはくだらない廊下の対面の壁へと激突する。
それでも勢いは止まらず、校舎の外へと小賀元はじめは叩き出された。
(う、そでしょ……っ)
彼の想像を絶するほどの、一撃。
小賀元は戦慄していた。
なんていったって、
たった一度を耐えるだけで、体力の9割近くが消し飛んだ。『もう一度耐えろ』なんて言われたら『間違いなく死ぬ』と即答するだろう。
それほどの威力がありながら、通常攻撃だ。
力も込めず、ただ腕を払っただけ。
それだけでーー
「げほっ、げほ……ッ」
「時に、【無敵】とはなんだと思う。小賀元はじめ」
立ち上がろうとすると、血の混じった咳が出た。
そして、目の前から声がする。
焦って顔を上げる。
目の前には、黒い神が立っていて。
赤と青の双眸が、無感情に自分を見下ろしている。
「このーーッ」
何とか立ち上がり、腕を払う。
もはや、校舎への影響なんて考慮する余裕は無かった。
後のことなんて考えられない。
今はただ、この男を倒すためにーー。
全身全霊、その身を切り刻む『大竜巻』を呼び出す。
「『刃旋獄』!」
王聖を中心に、巨大な竜巻が産み落とされる。
竜巻の内部には鋭い岩の刃と、天守恋から模倣した『斬』が幾重にも混ざっている。可視の岩と不可視の刃は、瞬く間にその体を切り裂く……なんて、そんな甘い考えは既に捨てていた。
(足止めにしかならない……今のうちに次の手を!)
王聖克也の5回目を経た『
無敵、と呼べるほどの規格外の超強化。
先程の攻防で嫌になるほど理解した。
今のこの男に、
であれば、内傷ならどうか。
王聖克也から距離を取る。
次の瞬間、竜巻は木っ端微塵に弾け飛んだ。その中から姿を現した王聖克也はーー当然のように無傷。
想定通りの結果を目にし、淡々と次の手を打つ。
「『地龍』」
直後、王聖克也の足元に巨大な『口』が生まれる。
牙が無数に並んだ大きなアギト。
それは王聖の体を丸呑みにし、地上から空へ、龍は彼を飲み込んだ状態で飛び立った。
しかし、それも一撃。
内部から拳の一振で粉砕。
龍の頭部が上空で炸裂し、その中から王聖克也は無傷で現れる。
ーーだが、それもまだ想定内。
小賀元は上空へと手を掲げる。
そして作り出すのは、人を殺すには余りある『毒』。
だが、なにも人を殺すには『あの臨界』でなくても事足りる。
「『模倣展開ーー
空が割れる。
ありえない光景に、王聖は空を見上げた。
そこから溢れ出すのは、不可視の毒性。
放射線、と呼ばれる星外の毒。
かつて、ある男が作り出した『人を殺すための技』。
小賀元は顔を顰めつつ、その技を使う決断に至った。
王聖克也は、こうでもしなければ倒せないから。
「堕ちろ、王聖克也!」
5分間の無敵時間。
それを耐え抜けば小賀元が勝つ。
だが、
無敵だろうが、なんだろうが。
理不尽すらも叩き潰して、実力で圧倒する。
「その絶対防御、ぶち抜いてやるよ!」
強者として、揺るがぬ自信。
雨森悠人。
橘月姫。
彼らに並び立つほど規格外の強さ。
それは慢心ではなく確信だった。
自分ならば、可能だと。
彼はなんの迷いもなく考えていた。
ーーだが。
「非常に臭くて、目障りだ」
たった、一撃。
こじ開けた空の割れ目が、粉砕した。
「………………はっ?」
ありえない光景を前に、思考が止まる。
小賀元の視線の先で、王聖克也は音もなく着地していた。
その光景に、膝が震えた。
それは恐怖だった。
実験を強要され。
多くを失い。
廃人のようになった今。
人生で二度目の『死ぬかもしれない』という恐怖。
「先の問いだが」
ふと、王聖克也は語る。
曰く『無敵とはどういうものか』。
その問いに、小賀元は答えていなかった。
もしも、正直に答えていれば、王聖からは否定が返ってきたはずだ。
それもそのはず。
小賀元は、無敵を『規格外の強化』だと考えた。
その思考を走らせた時点で、彼は間違っていた。
大前提、無敵状態は、強化ではない。
「
「……っ」
物理法則。
生命の在り方。
そういったものを全て無視した上で。
『傷つかないんだから、傷つかないでしょ』と。
定めたのなら、その通りに進むはずだと
それこそが、王聖克也の
それをぶち抜くなど、土台不可能な話。
ーー数年越しの答え合わせをするのであれば。
かつて、王聖克也と天守弥人の神人試合。
あのまま戦っていれば、勝っていたのは王聖克也だ。
「……くそ。僕の、負けか……よ」
もはや、万策尽きた。
無敵という言葉の本質を理解し。
自分の体力を鑑みて。
『これは勝てない』と、小賀元はじめは分からされる。
絶対的な実力差。
抵抗するのも阿呆に思えてくる程の隔絶。
現に、王聖克也が一撃を入れるだけで、いとも簡単に小賀元はじめは絶命するだろう。
それが分かったから、小賀元は抵抗するのをやめた。
「お前の敗因は幾つか挙げられるが……戦いを通して、私が感じた疑問は一つだけだった」
黒衣の死神。
彼の瞳には困惑が見えた。
そして、その困惑を隠すつもりもないらしい。
つい先刻まで、自分を殺そうと迫っていた刺客へ。
王聖克也はただ、感じたままの直感を告げる。
「
「…………どういう意味かな?」
想定外の言葉に、小賀元は少し固まる。
ややして出てきた言葉は、苦笑交じりのものだった。
「私は、『復讐者』としての雨森悠人を見てきたつもりだ。仮にお前が同じ立場だとするならば……お前の言動には理解できない点が多く存在する」
「…………」
答えない。
小賀元はじめは、黙って王聖克也の憶測を聞いた。
「一つ。雨森悠人が入学した時点で、お前は真っ先にあの男の抹殺へ動くべきだった。雨森の場合は学園全土が敵だったために、早々に動くことは出来なかったが……お前の場合は個が相手だ。入学早々に雨森殺害へと踏み切らなかった理由がない」
「……あの男は、時間が経つにつれて弱っていく。なら、確実に勝利するために時間をかけるのは間違いじゃないだろう?」
真っ当……のように聞こえる答えだった。
王聖克也は僅かに思考し、次へ行く。
「二つ。お前は戦いの最中、志善悠人の能力を多用した。心の底から憎む相手の能力を、だ。……そんなことが有り得るか? 復讐者であれば、そんな真似は絶対にしない」
「するだろ? 憎むべき男の能力で、その男の知人を殺す。自分の能力で自分の知り合いが殺された……だなんて。復讐としては上出来だろう?」
一切の迷いなく、よどみなく男は言う。
「……三つ。最後まで倉敷蛍を殺さなかった。彼女を殺せば雨森悠人への復讐の足掛かり程度にはなるだろう。にもかかわらず、彼女は今も生きている」
「偶然だろ? 途中から、あの子の相手よりお前への警戒心が勝っただけさ。現に、僕はお前に負けたわけだし」
肩を竦めて男は言った。
「四つ。ここに来てあっさりと敗北を認めたこと」
「そこまで言うか? さすがに僕もそこまでみっともなく無いよ。負けを認めないで無駄に足掻いて死ぬとか、それこそ……雨森悠人への復讐が途切れるだけさ。僕はこんなところで死ぬ訳にはいかない」
そこまで聞いて、王聖克也は呻く。
一切、不審な点は見当たらなかった。
違和感など欠片も無い弁明だった。
だからこそ、不思議だった。
それほど完璧な弁明を……この局面で、一切の迷いなく、一切のよどみなく返せる男の姿に、違和感を覚えた。
だからこそ、最後に一つ、憶測を述べた。
「五つ、
「……なんのことだろうね」
その答えに、王聖克也は確信を得る
この弁明。
この展開すら想定し。
いずれかのタイミングで、小賀元はじめへと入れ知恵した人物がいる。ーーそう考えれば、自ずと一人の男が頭に浮かんだ。
(……まさか)
嫌な予想が、脳裏を過ぎる。
その可能性に至ったのとーーほぼ同時。
目の前で、小賀元の目尻から血が溢れた。
「……あ、れ…………?」
ごぼりと、彼の口から大量の鮮血が溢れる。
その光景に目を剥き、その予想が正しかったのだと今になって確信する。
そして、彼の体の中から。
今、最も聞きたくなかった声がした。
『負けた能無しは死んでくれ。ついでに、そこら辺の邪魔くさいのを道連れにして、さ』
そして、少年の【暴走】が始まった。
次回『目覚め』
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