王聖克也。
本名は、橘克也。
僕は彼のことをよく調べていた。
だって彼は、
僕ら実験室組が警戒するには、その一言で十分だった。
『あの男の最も強い部分は、その豪運だ』
かつて聞かされた言葉を思い出す。
まるで世界から祝福されているような豪運。
神に『そうあるべし』と祝福され。
橘家の誰よりも弱く生まれ落ちた。
体格は恵まれている。
それでも、男に強靭な筋肉は備わっておらず。
橘家特有の耐久性能も持ち合わせていない。
雷すら捉える動体視力も。
簡単な毒なら体内で分解し、平然と生きながらえる異常性も。
その男には、一切が無い。
にもかかわらず、男は【運】だけで橘の一席に座っていた。
だから、運の関与する勝負に持ち込んではならない。
そう、口を酸っぱく言われている。
わずかでも運が勝敗に影響するならば。
一縷でも『奇跡的に勝利する』なんて可能性があれば。
王聖克也はなんの努力も確率も意に介せず、勝利する。
『彼に勝利したいのなら、圧倒的な実力差でねじ伏せるしかない』
肉を切り裂く嫌な感触。
不意に【あの人】の言葉が蘇った。
『勝って当然、負ける余地なし。そういう結果を残せ』
後方には、気を失い倒れる倉敷蛍。
目の前には、心臓を刀で一突きされ、吐血する王聖克也。
対する僕には傷一つ……いや、蛍ちゃんから殴られた傷があったか。
まあ、いずれにしても『圧倒的』と言って差し支えないだろう。
「でも、まだ『可能性』はあるわけだよね」
「ぐ……ッ、げほっ」
大量の血を吐きながら、彼は片手に刀を握りしめたまま。
僕が油断したり、他に気を取られればその刀でバッサリ……なんてこともあるだろう。
そう、可能性として有り得る敗色だ。
なら、王聖克也に対してそういった道は残してはいけない。
「……」
無言で、心臓を貫いた刀を捻る。
激痛に王聖克也の顔が歪む。
僕は気にせず刀を振り抜くと、心臓から横腹までがバッサリ斬れた。
貫通していた刀を、振り抜いたんだ。
どれだけの傷になるかは、じっくりと見なくてもわかる。
吐血は、もうほとんど無い。
喉の奥からせり上るより早く、その傷口から尋常ではない量の血が垂れ流されているからだ。
ぐしゃりと。
彼の体が血溜まりに沈んだ。
僕は刀に付着した血を払い、鞘へと戻しながら彼を見下ろす。
「王聖克也。君は橘としての肉体強度を持っていない。これが雨森悠人や、橘月姫なら『この程度では死なない』と考えるけど、君は別だ」
反応は無い。
当然だ。
心臓を貫かれ。
胴体の半分を切り裂かれ。
片腕も失って。
これほどの怪我で、彼が動ける可能性は完全にゼロだ。
「運を除けば、君は一般人と変わらない」
言いたいことを言い切って、僕は彼へと背を向け歩き出す。
王聖克也は、じきに死ぬ。
というか、もうほとんど死んでるはずだ。さすがの僕も死体に鞭を打つような真似はしたくない。
それに、時間は有限だ。
倒したのなら、次の相手を狙う。
倉敷蛍……は、まぁ、後回しでいいか。
気絶しているはずだが、仮に起きてきても彼女程度であれば敗色は見えない。
仮に天能変質が起ころうとも、変質した天能を使いこなすより先に殺せる。
問題はない。
だから。
僕は、その少女を次の標的にした。
学園長室の真下は、1年A組。
眠りに落ちる直前まで、偶然にも雨森悠人のチームが居座っていた場所。
そこには彼の姿こそなかったが……代わりに、彼と同じチームになっていた生徒の姿はあった。
「橘月姫」
白髪の少女は、今も眠りに落ちている。
この少女さえ殺してしまえば。
もう、この戦い。
雨森悠人に、勝機は無い。
☆☆☆
「馬鹿だねぇ、カッツーは!」
夢を見ていた。
目の前には、かつて失ったはずの男が立っていて。心底呆れた様子で私を罵倒した。
「貴様と比べれば誰でも知能的に劣るだろう。馬鹿か貴様は」
「うっわ、久しぶりの再会、開口一番がそれ? カッツーってば、何年経っても変わらないねぇ」
夢だ。
そう確信した。
この男はもう、ずっと前に死んでいる。
そう、聞かされていたし。
この目で確かめる機会もあった。
だから、間違ってないはずだ。
これは、私が都合よく見ている夢。
そのはず……なのに。
私は思わず、口元を歪めた。
きっと、顔に貼り付いたのは笑みだろう。
確かに、な。
これが夢であろうと、なんだろうと。
今の私を見れば、お前ならそう言うのだろうな。
そう理解したから。
私は久しぶりに、他者との会話を楽しいと思ってしまった。
たとえ、その相手が死者であろうとも。
「というか、
小手先……か。
そうだな、実に私らしくない一手だ。
「だが、そうでなければ勝てない相手だ。なにせ、実力だけなら以前のお前と並ぶ怪物だ」
「……まぁ、認めたくは無いけどね。そもそも犠牲の上に成り立つ力なんて邪道だよ。そういう意味では、優人と彼はよく似てると思う」
天守優人……か。
随分と懐かしい名前だ。
「だけど、決定的に違うのは、その選択を自分で選んだか、悪意ある第三者に
「……海老原、か」
「そ。今は八雲選人、って名乗ってるんだっけ?」
つまらなそうに、男は口を尖らせる。
「ほんと、あの時やっつけとけば良かったよ! 我が生涯に一片の悔い無し、と言いたいところだけど、あの時、エビを倒せなかったことだけは後悔してる!」
倒さなかった、ではなく。
倒せなかった、と男は言った。
なにか理由があるのか。
……いいや、これは私のただの夢。
なら、明確な根拠がある発言ではないだろう。そう思うことにした。
「いいかい、カッツー。何があろうとも彼らは被害者であり、守るべき対象だ」
ふと、男は言う。
「力を得る対価。自分が失うモノを選ばせてくれるほど、あの男は親切じゃない。きっと、対価の説明なんて何も無く、彼らはただ、手術して目が覚めたら大切なものを奪われてただけなんだ」
そして当然、その自覚は無い。
自分で気づくことも出来ず。
ただ、大切なものを奪われた。
「まぁ、カッツーには弟……今は雨森悠人だったっけ? のお世話もお願いしたいから、あんまり無茶は言いたくないけどさ」
そう言って、男は握り拳を私の胸へと叩きつけた。
「勝って救ってよ。出来るだろ、親友」
「……本当に、無茶を言う」
「……ッ!?」
目が覚める。
私の言葉に、小賀元が過剰に反応した。
私は体に力を込め、立ち上がる。
心臓も、胴体の傷も、腕も。
まるで『無かった』ように、復元している。
「な、なんで……どうしてッ!?」
『さァーて、時間と相成ったぜ! それじゃあ準備はイイかよ、二人ともォ!』
執行官が元気に叫ぶ。
さぁ、四回目だ。
私は拳を構えると、小賀元も焦って構えた。
『じゃあ行くぜ!【じゃんけん、ぽい】
勝敗は、語るまでもない。
私が運で負けることは無い。
当然のように勝利した私を見て、小賀元の表情に初めて『焦り』が滲んだ。
「な、なんで……お前が立ち上がっている!? 心臓を潰したはずだ! お前が持っている『治癒』『身体強化』『武器具現』じゃ、到底……」
彼は叫ぶ。
だが、馬鹿では無いらしい。
言っているそばから、自分の発言に違和感を覚え、動きが止まった。
私はその答え合わせをするように、執行官へと今回の報酬を要求する。
「
『アイヨ!』
そして、私は四度目の能力を取得する。
それによって、この数十秒間私を苦しめ続けてきた激痛は和らぎ、小賀元は愕然とした表情で声を上げた。
「ば、馬鹿な……自己治癒能力を今になって取得しただと……!? なら、最初の1回は……いや、順番が一つずつズレていたのか!」
その考察は、限りなく正解だ。
私はこの男と対した瞬間から、マトモに戦っても勝ち目はないと確信していた。
なんせ、雨森悠人に敗した直後だ。
安直に戦っても負けるだろうと考えるとは当然のこと。
だから、策を弄した。
「1つ目に身体強化、2つ目に武器の具現。そして3つ目に【1度きりの死の無効化】」
異能の複数所持は身を滅ぼす。
だから、初手は治癒能力を取得する。
その上でさらなる強化を上乗せする。
……そういう前提をガン無視した上で、私は異能を選択した。
当然、そんなことをすれば体への負担は計り知れない。
この脆弱な体では、一分であっても耐え切ることは出来ないだろう。
だが、どうせ死ぬなら同じこと。
死を無効化し、1度だけ復帰出来るというのなら……その程度のリスクは無いも同然だ。
そして、ここまで来れば
「あと10秒」
私の言葉に、小賀元は動き出す。
今度こそ私を殺すべく、大地を駆けた。
男の脳内は、私の五回目を止めることで一杯になっていることだろう。
だから、
「オラァ!!」
「ぐ……っ!?」
背後から、倉敷蛍の拳が直撃する。
それでも直前で反応したのは流石だ。
直撃を受けながらも、歯を食いしばって倉敷へと回し蹴りを叩き込む。
既に満身創痍だった倉敷は抵抗もできず、その一撃で壁まで吹き飛び、力無く倒れる。
だが、彼女は頭から血を流し、それでも勝ち気に私へ笑った。
「ほらよ! きっちり時間は稼いだぜ先輩!」
「……あぁ、あとは任せろ」
小賀元は、なにも橘のような耐久能力を有している訳では無い。
倉敷蛍の全力全霊の一撃は確実に効き、
わずかでも足が止まる。
そうなれば、もはや間に合わない。
『さぁテお待ちかね! 五回目だ!』
執行官が、楽しげに笑っている。
もう、時間だ。
私は強くは無いけれど。
一人で戦う術はないけれど。
友が、後輩が。
こうも背を押してくれたんだ。
「負ける訳には、いかないな」
そして、私は勝利する。
さぁ、ボーナスタイムの始まりだ。
次回、【ボーナスタイム】
それでは皆さん、良いお年を!
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