あの日、僕は一度死んでいる。
正確には『僕らは』と言ったほうが正しいかもだけど。
最初に感じたのは恐怖。
僕たちは、たった一人の男に蹂躙された。
ただの研究者だと思っていた。
そこら辺の大人と変わらないように見えていた。
けれど、違ったんだ。
まるで、自分の力を確かめるように。
男は片手間に、かつての同僚、僕ら被験者を殺戮した。
死骨が迫る。
肉は朽ち果て、骨だけとなった狂犬。
かつて実験の果てに死んだ子供の亡骸。
そして、そいつらに殺された僕たち。
その場で【死】に触れたすべてが僕らを殺しに回る。
未だかつて、あの瞬間以上の地獄を見たことは無い。
僕は、見覚えのある少女に殺された。
その少女の名は――倉敷遥。
天守優人は言った。
彼女は、妹に会いに行ったのだと。
もう心配ないと。
彼女は大丈夫だと……そう言った。
けれど、目の前で動く亡骸を見て。
僕の喉にナイフを突き入れた
僕は、その時になって【天守優人の嘘】を察する。
けらけらと笑い声が聞こえた。
血溜まりに転びながら、意識が遠ざかりながら。
僕は、何を思って死んだのだろうか。
……詳しいことは、覚えていない。
けれど、決して正道な感情ではなかったのだろうと思う。
そして僕たちは、奇跡によって息を吹き返す。
もちろん、助からなかった人もいた。
子供たちを守るため、死骨の群れへと立ち向かった研究者。
逃げ遅れて、真っ先に殺されてしまった子供たち。
彼らは蘇ることは無かった。
けれど、僕らは蘇った。
それは運がよかっただけなのか。
或いは――
心に残ったのは、ほの暗い感情だけ。
どうして僕が生き残ってしまったのか。
そして、どうして優人は嘘なんて言ったのか。
彼のことは心の底から信頼していた。
だからこそ、ショックが大きかった。
殺されて間もなかった、と言うのも大きいのだろう。
倉敷遥に殺されたっていうのも、要因の一つだったと思う。
それでも、心から信頼していた人の嘘に、僕の心はひび割れた。
けれど、生き返って間もなく。
傷だらけになって倒れている優人を見つけて、心臓が止まるかと思った。
きっとみんな、そうだったと思う。
研究者も、被験者も。
みんな、天守優人には返しきれない恩があった。
みんな、彼のことが大好きだった。
だから、彼が目の前で倒れていることに、動揺した。
僕たちは、みんなで彼を手当てして。
彼が目覚めたときは、本当に、膝から崩れ落ちるくらいに安堵した。
裏切られても。
嘘をつかれても。
やっぱり僕は、この人のことが嫌いになれないのだと。
天守優人が好きなんだと、その時になって理解する。
同じく傷だらけで倒れていたセバスさんも、すぐに目覚めた。
何が起こっているのかは、全然わからなかったけれど。
ここは危ない。それだけは僕たちの共通認識だった。
「逃げよう」
言わずとも、全員がそう思っていた。
だから僕は、優人にもそう言った。
逃げようよ、と。
一生のお願いを使い切るつもりで。
お願いだからと、懇願した。
けれど、優人の顔に浮かぶ覚悟が。
彼らしくもない優しい笑みが。
痛くなるくらいに、彼の嘘を教えてくれた。
「安心してよ。僕は世界最強なんだ。……なんてったって、正義の味方だからね」
嘘だ。
そう思ったのは僕だけじゃないはずだ。
彼をよく知る僕らは、きっと大半が見抜いていた。
彼はもう限界だ。
これ以上進めば、今度こそ死んでしまう。
二度と彼に会えなくなってしまう。
嫌だ、嫌だ。
優人に会えなくなるのは嫌だ。
かつてない嫌悪感が体を巡る。
止まって欲しかった。
折れて欲しかった。
一緒に逃げて欲しかった。
でも、知っていた。
僕らの知る天守優人なら、絶対に曲がらないって。
なんてったってーー彼は最強の頑固者だから。
そうと決めたのなら、たとえ死んでも折れない。
そういう男だからこそ、僕らは彼を好きになったし。
これ以上の説得は無駄なのだと、それ以上の弁論なく突きつけられることとなった。
優人は結局、逃げることを選ばなかった。
現実に向き合うことを選んだ。
……結構、彼があの後、どう言った人生を歩んだのかは、知らない。
けれど、地球が崩壊して一ヶ月。
僕たちが引き取られた孤児院で。
「天守優人は、志善悠人に殺されたよ」
一人の悪魔に、僕たちは真実を告げられた。
☆☆☆
橘家の協力もあって、孤児院へと預けられた僕ら。
あの実験室出身の子供たちは全員が同じ孤児院に送られ、一緒に生活を送っていた。
まぁ、実験室の頃と何も変わらない……家族に見捨てられてあの場に集まった僕たちにとっては、全員が家族のようなものだった。
ただ、忘れてはいけないのは、その見捨てられた理由だ。
僕たちはほぼ全員が、不治の病に侵されている。
寿命なんて最初っからあってないようなものなんだ。
「けほっ、ごほっ……!」
「……っ!? い、幾年! 大丈夫か!?」
生活環境は悪くなんてない。
むしろ、あの実験室から比べれば天国だ。
なのに、病状は悪化する一方。
ある日、幼馴染の少女が吐血する姿を見て焦りが加速した。
何とかしなければ。
でも、これは自分たちでどうにかできる問題ではない。
前に橘家へと相談をしてみたけれど……結果は芳しくなかった。
橘家の若い女医が言うには、自分たちの体には不治の病とは別にもう一つ……
本来なら、その異質こそが『死ぬはずの子供を生きながらせて利用する』ために必要なものだったのだろうが、異質の原理を知る者は生き残った研究者の中には一人もいなかった。
それを知っているのは、八雲所長と海老原選人の二人だけ。
そんな二人は、もういない。
だから、僕らを直すにはまず、その異質から解明しなければいけない。
――けれど、曲がりなりにも天才二人が生み出した技術だ。
秘匿が大好きなあの奇才たちが簡単に分かるような施術をしているわけもなく、橘家の超人たちであっても技術の解体と再構築には一年以上かかるとのことだった。
でも、一年も幾年ねむるは耐えられない。
吐血し苦しむ少女の手を取り、僕は無力に震えた。
どうすれば。
どうすればいい。
僕に何ができる。
悪魔にこの魂を捧げたってかまわない。
僕一人の犠牲でみんなが助かるなら構わない。
そう、心の底から思った。
――だから、ってわけじゃないんだろうけど。
その日、孤児院へと悪魔が姿を現した。
「やぁ、久しぶりだね、モルモットたち」
その男に見覚えは無かった。
けれど、その薄っぺらい笑顔が。
その男から感じられたヘドロのような不快感が。
僕たちはその男を知っているのだと――雄弁に語っていた。
「海老原……選人ッ!」
茶髪の子供が男へと襲い掛かった。
その少年は、僕たちの中でも一番優人と仲が良かった少年だ。
生きて帰れと約束だってしていた。
……だからこそ、許せなかったのだと思う。
その男が、天守家を潰した張本人だったんだから。
「元気だねぇ。死にかけの分際で、随分と威勢がよくて何よりだ」
男は、少年の拳を防ぐことは無かった。
拳が男の頬を抉る。
……そう、文字通り『抉った』んだ。
少年は驚いて男の顔を見る。
その顔は人間とは思えないほど脆く、弱く。
……まるで、死後しばらく経った遺体を殴ったような感覚だっただろう。
「……っ、こ、この……っ」
「落ち着いてくれたかな。それにあまり大声で叫ばないでくれたまえよ。……なんてったって、今日は君たちに益のある取引をしに来たんだから」
男は、変わらぬ笑顔でそう言った。
……本来なら、その取引の内容なんて聞かなければよかったんだけどね。
たとえ、その結果僕らが死のうとも。
その男の役になんて立つべきではなかった。
けれど、きっと。
何度、時を戻そうと。
苦しむ幼馴染の手を握れば。
僕の出す結論は、変わらないのだと思う。
「助けてやる代わりに、私の駒として隷属してくれ」
助けてやる――と。
本当のこの男なら可能な夢物語を、語られる。
その代償は計り知れなくても。
頷けば助かる。
隣で苦しむ家族を助けられる。
そう考えてしまえば、拒絶することなんてできなかった。
「……っ、ゆ、優人は……優人はどうしたんだよ!」
「おや、君は……烏丸、と言ったかな。無謀な勇者くん」
茶髪の少年が、怒りを滲ませ叫ぶ。
しかし、海老原は何の感情も見せずに振り返り。
淡々と、実にあっさりと事実を告げた。
「天守優人は、志善悠人に殺されたよ」
心臓が、止まったかと錯覚する。
それほどの衝撃に息も止まった。
「……ぅ、う、嘘だ!」
否定を飛ばす烏丸の声は、震えていた。
それに対してため息を返す海老原。
彼は、呆れていた。
その上で、『あの日起きたこと』を僕らへ語る。
天守弥人が死んだこと。
それをきっかけに志善悠人が豹変したこと。
志善悠人がこの星を壊そうとしたこと。
それを天守優人が止めに向かったこと。
……志善が、邪魔になった優人を殺したこと。
きっと、それは全てでは無いのだろう。
男は多くのことを意図的に語っていないし。
それに、男が全てを知っている訳でもないと思った。
きっと、男が語らなかったこと、男が知らないこと。
多くの出来事があの日に起こって。
ーーそれでも、その結末は変わらなかった。
男の言葉は、全てではなかったにしても。
それでも、嘘では無い。
全てが真実なのだと、直感する。
その瞬間、心の中で大切なモノが砕ける音がした。
それは、天守優人との思い出か。
或いは――
僕の視線の先で、烏丸が頽れる。
地面に両手をついて、思い切り握り締めた。
何度も、何度も拳を地面にたたきつける。
どうして、なんで。
どうしてお前が……優人を殺したんだと。
どろりとした悪意が産まれる。
憎悪か、殺意か。
僕らはただひたすらに、志善悠人が憎かった。
「私はね、そんな君たちが可哀想でならないんだよ。天守優人という命の恩人を殺されて、生まれつきの持病で老い先も短い君たちが不憫でならない。……だから、ね?」
悪魔は、語る。
薄っぺらい笑顔で。
瞳の奥に悪意を灯して。
僕らへ最悪な提案を突きつける。
「
……志善には、恩があった。
彼は僕らに代わって痛みを引き受けてくれた。
彼のおかげで、僕らは多くの痛みを味あわずに済んだ。
けれど。
誰かが、一歩を踏み出す。
少年は立ち上がる。
少女が顔を上げる。
その場に居た多くが、悪魔を見据えていた。
なぁ、志善悠人。
お前には確かに恩がある。
けどさ、
お前には助けられた。
けど、それよりずっと前から。
お前の何倍も、何倍も。
僕らを助け続けてくれた人がいた。
そんな大切な人をーーお前は殺したんだ。
「……嘘だったら、お前を殺す」
「構わないとも。……できるものならね」
その日、僕らは悪魔と契約を結ぶ。
隣で苦しむ家族を救うために。
大好きな人を奪った男を、殺すために。
そのために、天守家を壊した悪魔の手先になった。
この選択を、僕は今も後悔はしていない。
だって、やっと復讐の機会は訪れたんだから。
……なぁ、雨森悠人。
僕たちを、忘れたとは言わせないよ。
【嘘なし豆情報】
①星奈蕾
彼女は、あの日の事件を何も知りません。
志善悠人が天守優人を殺した。
その事実を、何も知りません。
②海老原選人
過去、彼が心より恐れたのは志善悠人だけ。
故に、彼が生きていた場合の保険は幾重にも掛けている。
子供たちを自分の武器としたのもその一環。
志善悠人が生きていた場合の、盾とするため。
自分が守っていた存在を傷つけられるのか、と精神的な揺さぶりをかけるため。その為だけに彼らを利用した。
ただし、それはあくまで保険に過ぎない。
志善悠人は既に死んでいると、彼は確信していた。
ーー雨森悠人という亡霊と、出会うまでは。
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