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私には姉がいた。
姉は私とは正反対の性格だった。
太陽のように明るくて、誰にでも優しさを振りまく。
いつだって私の手を引いて前を歩いていく。
そんな、道しるべみたいな人。
姉はそんな性格だったからか、学校の教師になった。
小学校の先生だ。
当時、まだ学生だった私は姉から色々な話を聞いた。
いきなり最初の自己紹介で、バカなこと言った子供のこととか。
小学生のくせに、通学鞄に旅行用バッグを持ってくる変な子供とか。
小学生のくせに、髪を白と黒のメッシュに染めてる変な子供とか。
いきなり癖の強い子供たちの担任になって、ちょっと心配だとか。
彼女は嬉しそうに、楽しそうに語っていた。
そんな姿が羨ましくて。
当時の私も、学校の先生を目指したんだ。
だけど、少し経って。
あの事件――この世界の破壊が起こった。
多くの人が死んだ。
多くの社会が破壊された。
それでも橘の尽力によって、多くの人が助かって。
尋常ではない速度で復旧は進んでいった。
子供たちが学校に通えるようになるまで、一年もかからなかった。
姉は再び教師として、生き残った子供たちに勉強を教えている。
けれど。
姉が、ぱったりと彼らの話をしなくなったのが分かった。
まるで、彼らの存在を忘れてしまったように。
その生徒の記憶がなくなってしまったように。
今も姉は、楽しそうに学校での話を語っている。
昔は気が弱かったけど、今じゃしっかり者の女の子の話ばかり。
今までは話題に上がっていた『変な兄弟』の話は無くなっていた。
もしかして、そいつらは星の崩壊に巻き込まれて死んだのか。
そんな嫌な予感が過ったけれど、本当にそうなら姉は必ず悲しむはずだ。
……悲しみは、なさそうだった。
ただ、いつも通りの表情で子供たちの話をしている。
だから私は気になって、聞いてみた。
「旅行バックのガキと、変な髪色のガキはどうしたんだよ」
私の言葉に、姉は目を丸くして。
「えっ? そんな子……あの学校にはいないと思うけど……」
……そう、答えた。
私は『何か大変なことが起きている』ことを察する。
ありえない……とは、思うけれど。
地球の破壊、信じられない速度での社会の復旧。
それら『ありえない』ことは既に起きていたから。
私は何の躊躇いもなく、その絵空事を信じられた。
『誰かが姉の記憶を弄っている』
私は学校を休んで、姉の学校について調べ始めた。
まだ学生だったから、小学校に入るのには幾分かの言い訳が利いた。
取材だとかなんだとか、綺麗な言葉を並び立て。
私は、姉が受け持っていた生徒たちの話を聞いた。
偶然にも、事件によって亡くなった生徒はいなかったらしい。
しかし、他のクラスが30人で構成しているにも関わらず。
姉のクラスだけは、
誰も欠けていないと、クラスメイトの誰もが言う。
その癖に、誰かが抜けた痕跡が『三つ』もあった。
私は調べた。
彼らが誰だったのか。
彼らはどこに行ったのか。
調べて、調べて。
必死になって調べ尽くして。
私は、それら三人の名前を確認したんだ。
『天守優人』
『志善悠人』
『■■■』
彼らだけが、いなくなっていた。
姉やクラスメイトの記憶から、消えていた。
姉に伝えても苦笑されるばかりで。
誰にも信じてもらうことの出来ない――かつて居たはずの子供たち。
けれど、私だけは彼らの名前を忘れることはできなかった。
彼らを想い。
いつしか私は念願の教師になっていた。
学園は……まあ、かなり特殊ではあるけれど。
上からは生徒の監視を義務付けられているけれど。
私は姉の背を追って、教師になった。
そして、その日。
私はその青年と出会ったわけだ。
『雨森です。異能は【目を悪くする】。どうぞよろしく』
こんな言葉は使いたくもないけれど。
雨森、お前と出会えたのは運命だと思ったよ。
☆☆☆
「ふむ、遅い目覚めじゃな。試験じゃったら失格じゃぞ」
目が醒める。
目の前に飛び込んできた顔を見て、思考が止まる。
夢の解除については心配はなかった。
この身に宿るのは正義の残滓。
既に廃れた善の残り香。
どれだけ変わり果てようとも、使用者を守る力は健在だ。
といっても、不死性はとうに消え、今はお守り程度の効能だけど。
僕は上体を起こす。
その幼女は、僕が起きたのを確認して満足げに腕を組んだ。
朝日のように眩い金髪。
真っ赤に輝く瞳と、人間離れして整った容姿。
……この人に、この学園で出会うのはこれで二度目だったかな。
一度目は、体育祭。
あの時は、本当に目を疑ったよ。
この人は学園の『三年生』として、堂々と騎馬戦に参加していたんだから。
「……なんでここに居るんですか、
「む? なんか気がついたらピンチじゃろ? 大丈夫かと思って起こしに来たわい」
起こしに……ねぇ。
偽善を持っている僕ですら、何の抵抗も出来ずに落ちた夢。
それに対し、余裕満面で耐えているこの幼女――の面を被った怪物。
「さすがは、
僕がそういうと、彼女はふくれっ面を見せた。
現存する最古の橘にして、橘家の
お歴々の筆頭にして、現在、橘家において誰よりも権力を持つ妖怪。
本名――橘
学園では『
騎馬戦の時、堂島の肩の上にしがみついていた幼女である。
ちなみに、彼女の素顔は僕も知らない。
というか、彼女、と呼称しているが性別すら知らない。
なんてったって、ここに居る彼女は本物ではないのだから。
橘環――天能名【
自身がその手で作り上げたものに限り、操ることのできる能力だ。
現在、千波小鳥と名乗っている金髪幼女は、間違いなく人形だろう。
触れても生きているようにしか感じないだろうが、そういうモノだとよく知っている。
なんてったって、彼女は僕が知る限りお歴々の中でも最強最悪の能力者だ。
彼女が操る対象、その作り上げたものの中には『人間』すら含まれる。
つまり、彼女は自分の子孫を『作り上げたもの』と仮定することで、現存する橘全員を一時的に操ることすら可能となっているわけだ。
……一成さん当たりなら気力で対抗しそうではあるけれど、この人物が人類に対して悪意を持ったが最後、虚ろな目をした橘総勢によって世界は滅ぶだろう。
「なんじゃ、失礼なことを考えている目じゃな!」
「いえ。よくもまぁ……当時の天守はあなたに勝てたなぁ、って」
聞くところによると、その代の神人試合では、橘環は敗北している。
どうやったらこんな異次元の怪物に勝てるのか……。
余程、当時の天守当主も怪物だったと見える。
「それじゃそれ! わしは橘家の中でも数少ない、天守に敗した側じゃ。つまり、わしに勝利した天守の顔に泥が塗られることは、それだけでわしら『敗した側』もそれ以下じゃと罵られるに等しい! おのれ八雲選人! お主が居なければわし自らの手でぶっ殺してやるところじゃわい!」
環さんはそう言って地団駄を踏んでいる。
見た目はとても可愛らしいが、中身は年齢不詳性別不明の無職である。
そう考えると、その可愛らしい見た目も怪物みたいに見えてくる。
「なるほど。それで単身、こっちに来てたんですか」
「ま、途中から単身ではなくなったがのぉ……」
……彼女の言う通り、現在、この学園に橘は三人いる。
橘の手を借りるつもりは毛頭なかったが……それだけあの男は橘にも恨まれているということか。月姫は違うだろうと思うが、おそらく、王聖の方は弥人を殺されたことへの私怨もあるだろうし。
「……環さんは人形だから夢に堕ちなかった。で間違いないですか?」
周囲を見る。
僕は廊下のど真ん中に倒れていたようだ。
中庭での戦闘は……僕が見ていた夢だったのか。
近くに恋や月姫、新崎らの姿は無い。
その代わり、多くの生徒が死んだように眠っていた。
「そうじゃな。おそらく状態異常完全無効、的な能力者でなければ防ぐのは叶わなかったじゃろう。……まあ、中には運が良すぎて偶然夢の範囲に含まれなかった、とかいう馬鹿もいたがな」
「……王聖克也ですか」
……可能性としては、一応考えていたけれど。
本当に眠ってないのか、あの人。
どんだけ運が良ければそんなことになるんだよ。
「先ほど、ここに来るまでに克也とは会ってきた。もう一人、生意気そうで状態異常の効かない小娘が居たのでな。二人で夢の能力者を探しに行って貰っているのじゃ」
「生意気で状態異常の効かない小娘……」
ふと、その言葉を聞いて一人の背中が頭をよぎった。
能力名こそ知らないが……おそらく、彼女の異能にはそういった副次効果が含まれる。
であれば、あの少女――【倉敷蛍】も夢の影響は受けなかったと見るべきだろう。
……そうなると、新崎も目覚める可能性はあるか?
倉敷の能力を新崎が欠片でも拝借していれば、目覚める可能性はゼロではない。
「それ以外は?」
「見る限り全滅じゃな。月姫、恋の嬢ちゃんですら耐えられておらんかった。……ちゅーか、お主と月姫が耐えられていない時点でとんでもないのじゃ。間違いなく、術者の身が滅ぶ前提での天能行使じゃろうな」
と、環さんはそこまで言って。
だから、と一つだけ注意を重ねた。
「だから、現状……わしら以外で起きている人間がいるとすれば、それは八雲の手先と判断するべきじゃな。どれだけ見知った顔であろうと、友人、恋人であろうと関係はない。起きていれば敵、眠っていれば味方。そう判断し即座に行動できんと……お主でも死ぬぞ」
「……分かってます」
僕はそう答え、立ち上がる。
体はまだ、少しふらついていた。
偽善の浸食は未だに留まらず、刻一刻と体力は低迷していく。
……僕が勝てるかどうかは、時間の問題だな。
そう判断し、僕は環さんへと向き直る。
「僕はこのまま八雲を探します。環さんは教員たちの制圧をお願いします」
「面倒じゃのぉ。もう一成らは呼んでおるし、しばらく待ってもよいじゃろうに」
「待っていたら僕が死にますよ、寿命とか諸々で」
「動いたらもっと死ぬじゃろ、死にたがりが」
彼女は文句たらたらながら、それでも僕に従って歩き出す。
「ちゅーか、克也の方に行った方がいいんじゃないかの。わし」
「……
「……言われてみれば。お主の『兄』に引き分けた男じゃし、心配いらんかったか」
彼女は納得を示し、最後にもう一度振り返る。
その表情には冗談など含まれず、彼女は真剣に僕を見据えていた。
「教師連中ならば加護程度じゃろ。わしなら数分で全員制圧できる。お主はわしか、一成が合流するまで無茶はするな。本気で死にたくなければな」
「……はい」
そう言い残し、彼女は廊下の角へと消えていく。
その姿を見送って、僕は大きく息を吐いた。
そして、さっきから後ろの方に立っていたその人物へと振り返る。
「で、何の用ですか、さっきから」
「つれないな……。
そこに立っていたのは、僕が最初に仲間へと引き入れた【協力者】様。
敵意がないから、環さんには見逃された形だろう。
あるいは、こいつが環さんへと直接説明したのかもしれない。
いずれにしても……やっぱり、学園側の人間は眠ってないとみて間違いないな。
「
彼女の名を告げると、腕を組んでいた榊は僕の方へと歩き出す。
――C組の担任教師、榊零。
今までに幾度となくC組を苦しめてきた性格破綻者。
学園の手先にして、僕たちを監視する役目を学園長から承った一人。
そして、僕が仲間へと引き入れた一人でもある。
ちなみに、彼女を仲間にした理由だが。
それは、学園との戦争をこの時期まで遅らせるのに必要だったためだ。
八咫烏の正体を学園側から隠蔽し。
A組との対戦時は、彼女が監視カメラを壊して記録を抹消し。
その他、僕が『天守の生き残り』だと判断できるような要素は全て榊の手によって闇へと葬られてきた。そうでなければ八雲選人はもっと早い段階で僕に喧嘩を吹っかけていたはずだ。
そうなれば、A組、B組へと話をつける時間が無かった。
今ほど安心して学園との戦争に臨むことはできなかっただろう。
……本当に、榊先生、様様だよ。
「ちなみに、眠っていない理由を聞いても?」
「おそらく、教員に配られた『教職証明証』だろう。妙に分厚いと思ったら、なにやら細工でもしてあったようだな」
そう言って、彼女は懐から一枚のカードを取り出す。
おそらく、それが教職証明証、とやらなんだろう。
ただし、それは球体の結界の中に封印されており、それを見て彼女の異能を思い出す。
榊零――異能名は【結界の加護】
僕らのよく使う【夜宴教室】には防音の結界を張ってもらっているし、さっきは王聖との戦いに目隠しの結界も張ってもらった。本当に便利でよく使える能力だ。
「念のため防音と視覚遮断の結界を張っている。盗聴器の類は一切この結界を通さない。何を喋ろうが、何を映そうが、向こうには見えないし聞こえないわけだ」
「まあ、八雲なら盗聴器あたりは確実に仕込んでるはずですし、正解ですね」
問題は、見えないし聞こえないことが原因で『榊の裏切り』に関しては八雲の方まで筒抜けになっている可能性があることだ。
僕は彼女の目を見ると、その瞳は楽しそうに揺れていた。
この状況で楽しめるとか……やっぱりあんたはイカレているよ。
「……もう一度聞きますが、僕に協力するメリット、何かありますか?」
勘違い、しそうになるけれど。
僕が榊を協力者へと巻き込んだのではない。
彼女の望みは、僕は知らない。
ほぼ無条件に彼女は僕に協力してくれる。
その理由を知りたかった。
僕の問いに、彼女は再び腕を組む。
「榊雅弓。この名前に聞き覚えは?」
「……?」
その名前に
「誰ですか、その人」
「私の姉で、小学生だった頃の貴様の担任だ」
「…………そう、ですか」
こめかみに手を当て、何とか言葉を絞り出す。
冗談でも嘘でもなく、本当に思い出せなかった。
僕は過去、魂を削って天能臨界を行使した。
その時に削ってしまった一部に、過去の記憶が含まれる。
……きっと、その人の存在は、あの瞬間に削られ、僕の中からは消えたのだろう。
……それでも、一度は会っているはずなんだが。
「すいません」
「無表情で謝るな気味が悪い。それに、謝罪欲しさで協力したわけではない」
彼女はそう言って、僕の肩を掴んだ。
はじめて、真正面から榊零という教師と向き合う。
彼女は相変わらず、教師失格なことを口にした。
「お前は大好きな姉の教え子だ。特別視して何が悪い」
その言葉に苦笑して、僕は答える。
「……僕に協力したせいで、学園長からは嫌われましたよ」
「構わん。私にとってはお前の方が重要だったというだけの話だ」
彼女は僕の手を取った。
その際、何かを渡される。
気になって見てみれば……どこかの地図のようだった。
「これは」
「学園長、八雲選人の居る【巣窟】だ。中には魔物も確認されている」
……調べておいて欲しい、とは言っていた。
この局面に至って、八雲選人が引きこもりそうな場所について。
だが、まさか地図まで用意するとは夢にも思わなかったよ。
相変わらず、教師としては最悪でも……協力者としては最高だな。
「で、この場所はどこなんでしょうか」
僕が問うと、彼女は窓の外へと指を差す。
その先は、校外。
思えば当然だったのかもしれない。
学園長――八雲選人。
あの小悪党が、最も荒れる
「その場所は校外……学園付属病院の地下病棟だ」
そして、おそらくその場所に。
今は亡き、天守弥人の体が存在するのだろう。
【嘘なし豆知識】
〇協力者:榊零
雨森がこの学園に来て最初に協力関係になった人物。
協力した理由は『姉の教え子だったから、協力してやる』というだけ。
その代わり『雨森悠人が学園を変えること』と『学園を自由に出入りできるようになったら、ある人物に会ってもらう』という、あって無いような条件を雨森に出した。
それら条件を雨森が呑んだことで、秘密の協力関係は成立した。
また、最近になって姉から連絡が入ったらしく。
「そういえば、零の言ってた子たち、思い出したよ!」と。
相変わらず元気いっぱいに、楽しそうに喋っていたらしい。
☆☆☆
眠っていれば、味方。
起きていれば、敵。
……分かっていた。
それくらい知っていた。
だからこそ、認めたくなかった。
君とは、こんな場所で会いたくなかったよ。
次回『星奈蕾』
今でも、はっきり覚えている。
図書室で君と出会った時。
君は、『はじめまして』とは言わなかったんだ。
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