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以前に、こんな質問がありました。

『学園の外の世界は、どうなってるんですか?』

190話越しに、やっとお答えできそうです。

第10章・後編【正義の味方 天守弥人】
10-43『繋がる希望、穿つ銃声』

 戦闘の音が止む。


 先ほどまで、絶え間なく続いていた銃声。

 屋敷を壊すような異常気象。

 それらすべてが沈黙し、その少女――天守恋は理解した。


 ああ、勝負がついたのだ、と。


 あの二人のどちらかが負けて。

 下手をすれば……死んでいるかもしれないと。

 そこまで理解が及んでしまい、また涙がこぼれた。


「兄上……っ」


 目の前で倒れる兄を見る。

 天守弥人はもう動かない。

 その命は戻らない。

 もう、少年は二度と起き上がらない。


 分かっている。

 そんなこと分かり切っている。

 けれど、少女は同じくらいよく分かっていた。

 この少年は、殺そうと思ったところで殺せるような男じゃない。

 この人は、無敵なんだ。

 絶対に負けないんだ。

 絶対に死なないんだ。

 そう、現実から逃避できるだけの信頼があった。


 けれど、少年は目を醒まさない。

 少女は涙を流しながら、倒れる少年の服を掴んだ。


 今すぐにでも、二人を止めに行くべきか。

 幾度となくそう考えた。

 その度に嫌な予感が背筋を撫でた。

 ――()()()()()()()

 誰にとっての邪魔になるのか。

 誰にとっての獲物になるのか。

 そんなことは分からない。分かりたくもない。

 けれど、自分があの戦いに入っていけば、片方が確実に自分を守り、それが理由で命を散らす。そう、彼女の天守としての直感が告げていた。


 だから、その一歩を彼女は踏み出せなかった。


 こうして決着がついても尚。

 恐怖に、その足が竦んでうまく動かない。

 受け入れたくない。

 こんな現実なんて見たくない。



「私は……どう、したら……っ」



 頭の中はぐちゃぐちゃで。

 もう、何を考えていいのか分からなくて。

 それでも、奇跡を願って涙を流す。


 その涙は頬を伝い、目の前で倒れる兄の死体へと落ちる。




 そして、天守恋は【奇跡】を目撃した。




 ☆☆☆




 僕は、自分の死に方に文句はなかった。


 そりゃあ、もっと生きられたのなら幸せだったし。

 この目で、弟妹の成長した姿を見てみたくもあった。

 きっと彼らは僕を超えるし、父上だってすぐに追い越されるだろう。

 それほどの何かを僕は彼らに感じていたし。

 彼らなら大丈夫だと、無根拠に信じて止まなかった。


 だから、分かってなかったんだと思う。


 弟妹を遺して死ぬこと。

 それが、彼らにとってどれだけの負荷になるか。





「……びっくりしたぁ。生きてるじゃん、僕」




 呟いた言葉に、目の前で恋が大きく目を見開いた。


「あっ、あ、……ぁ、兄、上……?」


 彼女が泣いている。

 大好きな妹が泣いている。

 泣かせたのは誰だ?

 そう問えば、犯人なんて一人しかいない。


『天守弥人が死んだから』


 結論に至り、苦笑し手を伸ばす。

 彼女の頬を流れる涙を伝い、僕は何とか笑顔を浮かべた。



「ごめんね恋。すこし……眠ってたみたいだ」




「……っ! ど、どう、して……っ」


 泣き止ませるつもり、だったんだけどなぁ。

 彼女はさらに大粒の涙を流し、怒ったような目で僕を睨んだ。

 どうしてこんなことになっているのか。

 そして――どうして天守弥人が蘇生しているのか。

 前者は少々難しい質問だけれど、後者は簡単さ。



 大前提として、二つ。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 半分以上【賭け】だったけど、僕が利用したのはこれらの前提だ。

 まず、善の不滅性。

 14の権能が強力なためそちらに目が行きがちだが、善の本質はこっちだ。

 なにがあろうと術者を不滅にする。

 当然、天能臨界で力を放出してしまえばその限りではないが……そちらは二つ目の前提条件を利用させてもらった。


 二つ目、臨界の継続について。

 天能臨界は死後も継続し続ける。

 なんてったって、魂と強く結びつきのある天能の具現だ。

 壊されたり、自分の意志で解除しない限りはこれらは半永久的に継続する。


 ……あの瞬間、天能臨界を発動する際。

 自分の死を覚悟しながら――ふと、この未来に思考が及んだ。


 天能臨界を発動した時点で、僕は死ぬ。

 しかし、不滅の具現である天能臨界は上空にあり続ける。

 それが存在する限りは、僕は死んだままだし生き返ることはできない。

 同時に死体の破壊率が一定以上を超えても、きっと蘇生はかなわない。


 けれど、万が一に。


 僕の天能臨界が何者かによって破壊され。

 解放された【善】が僕の死体へと舞い戻り。

 その時点で、僕の肉体がある程度原型を保っていたのなら。


 もしかして、僕はまた目を醒ますんじゃないか……って。

 そんなことを思いながら、僕は一度死を受け入れた。



 ……ただね、正直この未来は無いと思っていたんだ。


 なんてったって、僕は父上の臨界を飲み干している。

 アレが僕を殺すための毒であるなら、外観はまだしも僕の体内は父上の毒によって破壊され尽くされ、原型すら残っていなかっただろう。

 そうなれば、きっと僕の蘇生は叶わない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、僕は二度と目を醒ますことはなかったはずなんだ。



「……父上が、助けてくれたんだ」



 恋の問いに、苦笑し答える。


 分かったつもりで、分かってなかった。

 僕の飲み干した例の毒。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 海老原はまんまと信じた様子だったし。

 僕も、あまりにも強烈な毒性に一度は信じた。

 けれど、今にして思えばそれは違った。


 あの父上の臨界だ。

 全てを飲み込み殺し侵す、毒の王。

 世界で最も人を殺すことに特化した怪物。

 そんな彼が、誰より真摯に天能に向き合い。

 苦悩も絶望も飲み干して、積み重なった技の極致。


 それが、あんな程度のわけがない。


「父上……が……?」

「うん。最後まで……ちゃんと意識はあったんだね」


 会話なんてできなかっただろうけど。

 もう、どれだけ記憶が残っていたかも分からないけど。

 僕を殺さないように。

 僕を守るために、必死に抗い、毒性を抜いた。


「……ホント、一生かかっても追いつける気がしないよ」


 そう言って、体に力を込める。

 立ち上がろうとするけれど、まったく力が入らなくて。

 再びぶっ倒れる僕を、恋が慌てたように受け止めた。


「あ、兄上! む、無茶はだめです! ま、まだ休んでないと……!」


 ……恋の言う通りだった。

 今の僕は、まだ半分死にかけだ。

 どれだけ善の能力が強かろうと。

 一度死んだ体だ、色々なところにガタが来ている。


 当然、天能臨界をもう一度……なんて、今すぐにはできないだろうし。

 無茶をすれば、今度こそ死ぬと。

 なんとなく、察していた。


 ……けれど。


「そうも、言ってられそうにないんだよね」


 視線を、崩れていく屋敷の方へと向ける。

 なんとなく、覚えている。

 夢のように、その光景を上から眺めていた。

 最愛の弟二人が、殺し合う情景を。


 そして、今、その音が聞こえないっていうことは。

 きっと、決着がついたっていうことなんだろう。


「間に合う……とは、思えないけど、僕にしかできないことも、あると思うんだ」


 あの二人が戦えば、悠人が勝つと僕は見ている。

 十中八九……この時点で、優人はもう死んでいる。


 なんてったって、優人は度を越して優しすぎる。

 彼はきっと、弟のことは最後まで殺さないはずだ。

 どれだけ殺意を向けられても。

 どんな想いを告げられても。

 殺さないように立ち回って、最後まで無茶を貫き通す。

 ……ホント、そんな部分まで真似しないでほしいんだけど。

 意地を貫く以上、絶対に天守優人の勝利はない。



 ……ただ、それでも。



 僕は空を見上げる。


 優人だって、志善悠人を守りたいんだ。

 どんな手を使ってでも、彼の破滅を防ぎたい。

 というより、彼が世界を滅ぼすことを、防ぎたい。


 志善悠人の望む、新世界の創造。


 それは、世界80億超の人間すべてを殺す先に在る未来だ。

 彼がそれを成そうというのなら、彼は世界全てを敵に回す。

 人の想い、と言うのは馬鹿にできないものでね。

 殺したのなら、それだけの恨みを殺した者は背負ってしまう。


 志善悠人はこのままいけば、世界80億の恨みを背負い、自我なんてあっという間に崩壊するだろう。


 どれだけ覚悟をしていたにしても。

 どんな気持ちでその結末に至ったとしても。

 恨みは消えない。

 憎悪は止まらない。

 どれだけ耳をふさいでも、きっと。


 志善悠人は、殺したことを後悔する。




 ()()()()()()()()()()()()()()()




「恋ちゃん、行き先決定だ。優人の下に今すぐ急ごう」


「……っ!? わ、分かったであります……っ!」



 努めて明るくそう言って、僕は彼女の肩を借りて歩き出す。

 ……手遅れ、だって分かってる。

 もう、僕に君は止められないだろう。


 今更ながら、後悔しているよ。

 僕はきっと、君に贈る言葉を間違えた。



 ――あとは頼むよ、なんて。



 あんなことを言ってしまったから。

 君は必要以上に頑張って。

 要らないものまで、背負おうとするんだろうね。




「……早まるんじゃないよ、()()




 優人は、きっと弟を殺しはしない。

 けれど、彼を止める方法が殺害以外に無くなったとしたならば。

 彼を殺すことが、彼を守ることに繋がるとしたならば。



 そう考えて、僕は歩を早めた。



 はるか遠い空には、見たこともない綺麗な星が瞬いていた。




 ☆☆☆




 少年は、立ったまま死んでいた。


 左腕はほとんど消し飛び。

 鎖骨の先から腰の半ばまで。

 胴体の八割に及ぶ範囲が、消失。

 されど、最後まで少年は笑顔を浮かべ。

 死した後も、優しそうな表情は崩れない。


 最後まで……最期まで。

 少年は兄として、僕に対して向き合っていた。


「……あ、は」


 殺した。

 優人を殺した。

 その事実を前に、涙があふれた。


 ――こんなもの、要らないのに。


 胸を押さえて、荒い息を吐いた。


 ――こんな痛み、捨てたはずなのに。


「ぐ……ぅ、っ!」


 心がひび割れる。

 取り返しのつかないことをした。

 そう、彼の死体が否応なしに突きつけているようだった。


 殺すって……いくらでも口では言っていたのに。

 その現実を前に、言葉と覚悟は違うのだと、強制的に分からされる。


 ふらりと、彼の体が揺れる。

 その光景に目を見開いて、咄嗟に手を伸ばす。

 大丈夫? って。

 いつもみたいに心配して。


 僕は自分の咄嗟の行動に、強烈な気持ちの悪さを覚えた。


 ぐしゃりと。

 僕の目の前で、死体が血の池に音を立てて崩れる。



「……は、は。……お前、が、殺したんだろ……」



 何を心配しているんだ。

 あれだけ、止めろと言われながらも。

 これが正しいと信じて、お前は走り続けた。

 そして、大好きだった兄を殺した。


 ……お前が殺したんだ。

 僕が、優人を殺したんだ。

 僕は頭を掻きむしる。

 反吐が出るほどの醜悪さに、自分で自分が嫌になった。


「何を……っ、なにを心配してるんだよ僕はっ! 僕が殺したんだぜ、僕が、優人をぶっ殺したんだよ! なのに、加害者が今更殺した奴の心配かよ……ッ!」


 叫ぶ、叫ぶ。

 こんな自分が大っ嫌いで。

 優人を殺したことに後悔が走って。

 更に自分が嫌になる。



「……気持ち悪いよ、お前……」



 気持ち悪い、気持ち悪い。

 自己陶酔の屑野郎。

 人間以下のクソ。

 恩知らずの人でなし。

 家族殺し。狂人。怪物、化け物……。

 どれだけ罵ろうと足りない、自分に対する憎悪。


 志善悠人は、きっとこの場で死んでおくべきだった。

 この戦いに勝つべきではなかった。

 優人こそ、僕を殺して生きるべきだった。

 彼こそ生きるべき人間だった。


 ……そんなこと、分かっていたはずなのに。

 自分に価値なんてないと分かっていたのに。

 彼を救えるかもしれない、って。

 そう思ったら、もう、止まることなんてできなかった。



「……まだ。頑張ら、ないと」



 そう呟いて、前を向く。

 後ろを振り向いたら、もう歩けない。

 優人ともう会えないと思うと、心が折れそうになる。

 その度に、大丈夫だと言い含めて。

 また次があるから、って。

 次の世界で会えるんだから、って。


 ……そう、自分に言い聞かせて。


 僕は歯を食いしばって、死体に背を向け歩く。


 優人と戦う内に、戦場は移り変わり。

 最後の終点は、天守周旋の執務室だった。

 彼の机があった場所は既に壊れて。

 窓があった場所には壁もなく、その先には地平線の彼方まで大地が広がっていた。



「壊す。壊して……また、新しく……っ」



 これを壊す。

 この世界に棲むすべてを殺す。

 そう考えると、胃液が奥から逆流した。

 耐えることも出来ずその場に吐いて、僕は目の前の星を睨む。


 優人を殺して。

 大切な人を失う辛さを知って。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()のを考えて。

 また、僕は吐いた。


「……どう、して」


 僕は、こんな世界は嫌いだ。

 こんな世界を造った神は……もっと嫌いだ。

 僕らはきっと、神様の見世物で。

 僕らの不幸は蜜の味……なんて。

 そんな気持ちで、この物語を眺めている。

 そんな神様を、殺したいほど憎んでいる。


 ……けれど。

 そんなクソみたいな神よりも。

 今から世界中のすべての人に不幸を突き付ける僕の方が……。

 何十倍、何百倍……それ以上。

 ずっと、ずっと……悪魔みたいだって。

 そう、今になって思い知る。


「……なんで、だよ……ぉ」


 涙が、止まらなかった。

 世界を壊せる力を貰った。

 世界に祝福されて、世界の望むとおりに。

 僕が望む力が、この手の中にあった。


 けれど、その力を使ってしまえば。

 僕が嫌いな神よりも、ずっと酷い人間に堕ちてしまう。

 そう理解して、体が震えた。


『さあ』


 頭の中で声がする。

 僕は、ふらふらと立ち上がり。

 眼前の光景へと、両手を向ける。


『壊せ』

『お前には資格をやった』

『世界を恨む権利をやった』


 うるさい声が頭に響く。

 誰の声かも分からない。

 幻聴か、天能の意志か。

 あるいは……神、とやらの囁きか。


 ソレは何の感情もなく。

 僕の背中を押していた。



()()()()()()()()()()()()



「ぐ、う……っ、ぅっ!」


 指の先に、黒い光が集まる。

 その大きさは、優人を殺したものよりさらに大きい。

 人間に向けた規格(サイズ)ではなく。

 この星へと向けた規格外。

 優人がしたように。

 僕も『大切なもの』を削って作った、最大火力。


 ……こんな世界なんて壊れてしまえばいい。

 その言葉に嘘はない。

 僕の作る世界の方が、絶対に皆を幸せにできる。

 争いなんてないし、不幸なんて絶対に作らない。

 僕の考えは間違ってない……はず、なんだ。


 なのに、この世界を壊すと決めて。

 この場に立って。


 僕の頭をよぎったのは、今まで僕が感じてきた【幸せ】だった。


 この世界は嫌いだ。

 不幸なんて大っ嫌いだ。

 けれど、それ以上に。

 僕はたくさんの幸せを、この世界で感じてきた。


 家族と笑って。

 嫌な奴と言い争って。

 友達と語り合って。


 無かったことには……できないくらい。

 この世界には、幸せもあったんだと、今になって気づく。


 ……けれど、僕はもう戻れない。

 今更幸福なんて思い出したところで。

 不幸だけじゃないと思い知ったところで。

 僕が犯した罪は消えない。

 優人はもう生き返らない。


 彼を殺した以上は。

 もう、新しい世界を造るしか道はないんだ。


 覚悟を決めろ。

 責任を果たせ。

 兄を殺したのなら。

 この意地を通したのなら。

 最後まで、折れるな、曲がるな。

 それが、自分が殺した優人へのせめてもの敬意だ。





「【星の終焉(エンドロール)】」





 そして、終わりの一撃が完成する。


 これを放てば、この星は壊れるだろう。

 この一撃は星の中心まで到達し。

 内側から跡形もなく、この星を消滅させる。


【一度使えば星をも壊す】


 天能臨界のうたい文句。

 その通りに、文字通りに、星を壊すだろう。



「……ごめん」



 謝って済む行いではない。

 この行動に、一切の正当性はない。

 多くの人が僕を恨むだろう。

 世界一の大罪人として。

 誰にも勝る悪として。

 僕の思う正義は、人類史に引導を渡す。


 それでも、謝るしかなかった。


 ごめん。

 ごめんなさい。

 皆を殺してごめんなさい。

 沢山の不幸をばら撒いてごめんなさい。


 でも、もっといい世界を造るから。

 君たちを絶対に幸せにするから。

 責任を持って……最後まで果たすから。

 だから、だから……っ。


 謝るたびに、涙が出た。

 僕の行動でどれだけの人が苦しむのかを理解して。

 その度に心が砕けた。


 腕を震わせ。

 膝を震わせ。


 恐怖に顔を歪めて。


 それでも、やるしかないって。



 そう、考えた。







 ――その、直後だった。







『大丈夫だよ、志善』



「……っ!?」



 背後から、声が聞こえた()()()()

 暖かい声、優しい声。

 大好きだった人の声。


 僕は振り返る。

 けれど、そこに僕の望んだ光景はない。



 天守優人は死んでいる。



 彼が立ち上がっている……なんてことはない。

 彼が生きている……なんてことはない。

 彼はもう動かない。

 もう、喋ることはない。


 なのに、『大丈夫だよ』って。

 さっきの声が、頭から離れなかった。


『そもそも、泣くほど嫌なら今すぐやめろよ。……僕の命なんて気にするな』

「……っ、ゆ、優人……?」


 これは、幻聴か。

 いよいよ頭でもおかしくなったか。

 彼の声が、彼の死体から聞こえてきた。


「で、でも……僕が、やらないといけないだろ!」


 なにがなんだかわからなくなって。

 気が付けば、僕は死体に向かって叫んでいた。

 声なんて返ってくるわけがない。

 分かってる。

 こんなのは、僕が作り出した幻だ。

 ただの幻聴だ、彼はもう死んでいるんだから。


「こんな……っ、こんな世界じゃ、君は幸せになんてなれないだろ! 僕は君を幸せにする義務がある! 君に助けられ、君を殺した僕には責任がある! 僕がやらなきゃいけないんだ!」


 そう言い聞かせても、声は止まない。

 いつも通りの優しさを滲ませて。

 それでもどこか……諦めたように、彼は言う。



『……わかったよ。もう曲がらないのは分かってたしな』



 その声は、まるで何か大きな決断を下したように聞こえた。

 フラッシュバックする、過去の光景。

 弥人の死に方について口をはさんだ時のように。

 気が付けば、頭の中には苦々しい顔をする彼の表情が浮かんでいた。


 そして再び、声がする。




『【()()()】……は、もう済んでたな』




「……っ!?」


 あり得ない声がした。

 戦いなんて終わったはずなのに。

 彼の体からは、天能の気配なんて無い筈なのに。

 それでも彼は……死して尚。

 ()()()()()()()()()()()()()


「な、なに……をッ!」


 咄嗟に、構えていた【星の終焉(エンドロール)】を優人へ向ける。

 それでも恐怖は薄れない。

 一度、その技を見た。

 セバスに向けたときのような、未完成品ではなく。

 完成された【天守優人の天能臨界】を目撃した。

 僕の目の前で彼は一度、それを発動している……はずだ。



 なのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 セット、という言葉。

 そして数分後に放った【天能臨界】という合図。

 それと同時に、不可視の弾丸によって僕の刀は砕かれた。

 伸べてその秒数は……ちょうど、一秒の誤差もなく『300秒』だ。


 そして、今。



 彼が、刀を砕いた直後に告げた『セット』という言葉。



 あれから、まもなく『300秒』が経とうとしている。



「……ッ」



 嫌な予感に背筋が凍る。

 とんでもない見落としを、今になって思い知る。

 僕は、決定的な勘違いをしていたのかもしれない。

 正確には……勘違いさせられていた――のかもしれない。


 セット、という言葉――たった三文字の『詠唱』。

 あの時点で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()



『僕の臨界は、【一撃必殺】を突き詰めていった先の極点だ』



 声が聞こえる。

 まるで答え合わせのように彼は言う。


 天能臨界直後の不自然な火力上昇。

 その後、再びの急激な出力低下。

 彼の臨界が『目に見えない』理由。

 現在、彼の体内に天能が存在しない意味。

 天守優人だけに許された超遠距離での天能操作。

 この星の歴史に刻まれない攻撃。


 そして、一撃必殺。


 ひたすら威力に特化した、天守優人の天能臨界。


 それらが、まるでパズルのピースを嵌めるように。

 次々と明確な【解】となって頭に浮かんだ。



『臨界だろうが、要らないモノは削る』



 その声が聞こえて。

 彼が削ったモノに思考が至る。


 取扱いは難しく。

 汎用性は無く。

 連射性も無く。

 消音性など皆無。

 生み出した銃は超大型で。

 天能臨界発動までに『300秒もの』準備時間が必要。

 ……その300秒間、天能を十全に使えないという強烈なデメリット。

 その上で、彼は火力ただ一点を極め抜いた。


 ……天能臨界中は、通常時の天能が使えない。

 そのルールは優人の天能にも当てはまる。


 それを彼は、300秒かけてゆっくりと。

 自分の天能を、はるか遠く彼方にある【銃】へと移し続けた。


 当然その間、移すに従って彼の天能は出力を失い続ける。

 そうなれば狙いの的だ。

 僕の攻撃に反応できなくて当たり前。

 ……戦闘中に、頼みの綱である天能を捨てるのだ。

 自殺行為にも等しい愚行だと、誰が見てもそう判断するだろう。


 例えば優人が近接戦闘に長けていて、銃という天能を使わない状態で300秒を耐えられるというのであれば、彼の臨界はまともに作用するだろう。……だが、それは仮定の話だ。

 彼は近接戦闘なんて出来ない。

 その上で無茶を通した。

 そして一度は発動が叶った臨界も、決して僕の命は狙わなかった。


 ……あの瞬間、僕が感じた違和感。

 天能臨界直後の出力上昇と。

 その後に続いた、出力の低下。

 あれは偶然なんかではなかった。

 臨界を使って、天能が返ったからこそ出力が()()()()()

 上昇ではなく回帰だったんだ。

 そしてその後、再び臨界を発動したから出力が下がった。


 しかしその二度目は、準備が間に合わず発動以前に力尽きた。



 ――だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()



『お前を殺すつもりはなかったよ。……けど、僕の甘さが原因で、僕がお前を殺さなかったことが原因で……お前が死ぬほど苦しむのなら、僕だってさすがに覚悟を決める』



 そういって、彼は辛そうに笑った。

 その先に地獄しかないと知っていながら。

 それでも、笑顔を見せた。



『お前を苦しめるくらいなら、代わりに僕が苦しむよ』



「なっ!? ま、待てよ……優人っ!?」


 咄嗟に声を上げる。

 けれどもう、届かない。

 僕が殺したんだから。

 彼に、僕の声が届くわけなんてない。


 その代わり。


 彼の声は、鮮明によく聞こえてきた。



『つーか、僕、お前に殺されてるわけだし? 一度くらい殺し返したって許されるだろ。……覚悟しろよ。一度目とは違って……今度のは僕の全霊だ』



 その声に歯を食いしばり、僕は【星の終焉】の向きを変える。


 この一撃は……絶対に防がなきゃいけない!

 優人が最後の最後まで使わなかったという全身全霊。

 使わない理由なんてたった一つだ。



 ――()()()()()使()()()()()()()()()()()()



 そして、それを使うということは。

 苦しませるくらいならこの手で志善悠人を殺すという覚悟と。

 お前に殺させるくらいなら、人類を自分の手で殺すという決意。

 その証明だと、僕は確信していた。


 そして問題となる、彼の【臨界】がどこにあるか、という点。


 ここまで至れば、僕もその場所は察しがついていた。



 僕の天能で把握できない以上――彼の臨界はこの星の上には存在しない。



 ならば地中かと疑ったが、火力に特化した以上、その銃は極めて巨大だろう。


 そんなものを地中に隠しておけるわけがない。



 ならば、どこだ。




 ――(ソラ)しか、あり得ない。





「……よりにもよって、宇宙から一撃かよ……っ」



 星の関与する歴史の外。

 宇宙空間に、おそらく優人は【銃】を作った。


 僕の天能【星】の万能性は、この地球上でのみ発揮される。

 星の外までは僕の知覚は及ばないし。

 当然『何をしているのか分からない』状態が出来るわけだ。


 ……考えついても、普通、通すかよそんな無茶!


 世界中どこを探しても。

 間違いなく、天守優人しかできない離れ業。


 常識外れにもほどがある、超絶遠距離での天能行使。


 そして放たれるのは、不可視の一撃。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 彼我の距離なんて関係ない。

 どれだけ離れていようと、発射と同時に着弾する。

 つまり、発動させてしまえばお終い。

 どれだけ優れた盾であろうと。

 どれだけ優れた回避能力であろうと。

 着弾は、不可避。

 そしてもれなく、その弾丸は天守優人の集大成。


【一撃必殺の極点】だ。


 そんなもの、分かるわけがない。

 一度、見たから辛うじて理解が及ぶだけで。

 なんて臨界だ。……初見殺しにもほどがある。


 回避も防御も出来ない一撃必殺。

 開始後300秒で確殺してくる……だなんて。



「……なら、真正面から打ち破る……ッ!」



 防げないというのなら。

 躱せないというのなら。

 それらすべてを捨てた上で、真正面から叩き潰す。

 それしか生存の道はない。


 僕は全身全霊を、この一撃に込めた。


 先のことなんて、今ばかりは考えていられない。

 そんな余裕はない、残しておける余力もない。

 今はただ、全力で。

 すべての力を費やして、弾丸一つを打ち砕く――




「幕を閉ざせッ!【星の終焉(エンドロール)――」






『【()()()()――星穿つ銃声(オフ・ステラ)】』




 そして、銃声が響く。


 僕の全身全霊。

 星を破壊するつもりで放った一撃。



 それが、見えない何かに貫かれていく。



 まるで、一筋の流星。


 黒を切り裂く、白銀が一閃。


 宙の彼方より、寸分の誤差なく飛来する。


 一切の抵抗もなく。

 欠片の膠着もなく。

 まるで歯牙にもかけることなく。

 蒼穹を切り裂くように、僕の全力を貫いた。



「……ああ」



 その光景が、僕にはゆっくり見えていた。

 今まで見てきた中で、最も美しい情景。

 輝かしいまでの、努力の結晶。

 削り削って、最後に残った火力の極点。


 放ったが最後。


 一切の抵抗は叶わず。

 瞬く間に勝敗を決する、一撃必殺の流星。


 天守優人の天能臨界。


 それを見て、僕は不思議と笑みが零れた。




「……やっぱり、優人には……勝てなかったかぁ」




 ☆☆☆




 そして、弾丸は少年の頭蓋を貫く。


 されどその威力は、一つの殺人では終わらない。


 一度使えば星をも壊す。


 その名の通り、弾丸は【星の終焉(エンドロール)】によって多少の減衰を覚えながらも。



 一切の過不足なく、()()()()()()()()()()



 その直撃により、地球のおよそ4割が消し飛ぶ。


 余波により、残った地球の9割が深刻な影響を受け。




 ――人類の、おおよそ7割。


 推定にして、およそ60億人が死滅した。


【進行度成果】

〇志善悠人 - 死亡



【嘘なし豆知識】

〇学園の外の世界

数年前、おおよそ地球の四割が消し飛んだ。

原因は不明とされるが、それによって人類の5割が死滅を迎える。

また、地球の破壊に伴う異常気象により、さらに2割が死傷する。

後に、被害者総数は60億人にも上るとされた。

それでも、橘家の尽力により被害は最小限に留められたとされている。

人類は変わり果てた地球での生存を目的に掲げ、今は復旧も進んでいる。

被害の中残った家屋に住み、子供たちは学校に通えるほどに社会は回復した。

それでも、その事件は未だに多くの人の中に傷跡を残しており。

その事件を引き起こした者がいるのであれば――間違いなく、世界一の大罪人。

彼は多くの人々に、今も尚恨まれ続けているだろう。



☆☆☆



そして、過去は黒く染まっていく。

死と後悔と絶望と。

大量の憎悪によって彩られ。


『少年』は感情すら失せ、【壊れた怪物】となり果てる。




次回【雨森悠人】




生者は二人。

三つの棺は空席で。

最後に残った死体は一つ。

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