以前に、こんな質問がありました。
『学園の外の世界は、どうなってるんですか?』
190話越しに、やっとお答えできそうです。
戦闘の音が止む。
先ほどまで、絶え間なく続いていた銃声。
屋敷を壊すような異常気象。
それらすべてが沈黙し、その少女――天守恋は理解した。
ああ、勝負がついたのだ、と。
あの二人のどちらかが負けて。
下手をすれば……死んでいるかもしれないと。
そこまで理解が及んでしまい、また涙がこぼれた。
「兄上……っ」
目の前で倒れる兄を見る。
天守弥人はもう動かない。
その命は戻らない。
もう、少年は二度と起き上がらない。
分かっている。
そんなこと分かり切っている。
けれど、少女は同じくらいよく分かっていた。
この少年は、殺そうと思ったところで殺せるような男じゃない。
この人は、無敵なんだ。
絶対に負けないんだ。
絶対に死なないんだ。
そう、現実から逃避できるだけの信頼があった。
けれど、少年は目を醒まさない。
少女は涙を流しながら、倒れる少年の服を掴んだ。
今すぐにでも、二人を止めに行くべきか。
幾度となくそう考えた。
その度に嫌な予感が背筋を撫でた。
――
誰にとっての邪魔になるのか。
誰にとっての獲物になるのか。
そんなことは分からない。分かりたくもない。
けれど、自分があの戦いに入っていけば、片方が確実に自分を守り、それが理由で命を散らす。そう、彼女の天守としての直感が告げていた。
だから、その一歩を彼女は踏み出せなかった。
こうして決着がついても尚。
恐怖に、その足が竦んでうまく動かない。
受け入れたくない。
こんな現実なんて見たくない。
「私は……どう、したら……っ」
頭の中はぐちゃぐちゃで。
もう、何を考えていいのか分からなくて。
それでも、奇跡を願って涙を流す。
その涙は頬を伝い、目の前で倒れる兄の死体へと落ちる。
そして、天守恋は【奇跡】を目撃した。
☆☆☆
僕は、自分の死に方に文句はなかった。
そりゃあ、もっと生きられたのなら幸せだったし。
この目で、弟妹の成長した姿を見てみたくもあった。
きっと彼らは僕を超えるし、父上だってすぐに追い越されるだろう。
それほどの何かを僕は彼らに感じていたし。
彼らなら大丈夫だと、無根拠に信じて止まなかった。
だから、分かってなかったんだと思う。
弟妹を遺して死ぬこと。
それが、彼らにとってどれだけの負荷になるか。
「……びっくりしたぁ。生きてるじゃん、僕」
呟いた言葉に、目の前で恋が大きく目を見開いた。
「あっ、あ、……ぁ、兄、上……?」
彼女が泣いている。
大好きな妹が泣いている。
泣かせたのは誰だ?
そう問えば、犯人なんて一人しかいない。
『天守弥人が死んだから』
結論に至り、苦笑し手を伸ばす。
彼女の頬を流れる涙を伝い、僕は何とか笑顔を浮かべた。
「ごめんね恋。すこし……眠ってたみたいだ」
「……っ! ど、どう、して……っ」
泣き止ませるつもり、だったんだけどなぁ。
彼女はさらに大粒の涙を流し、怒ったような目で僕を睨んだ。
どうしてこんなことになっているのか。
そして――どうして天守弥人が蘇生しているのか。
前者は少々難しい質問だけれど、後者は簡単さ。
大前提として、二つ。
そして、
半分以上【賭け】だったけど、僕が利用したのはこれらの前提だ。
まず、善の不滅性。
14の権能が強力なためそちらに目が行きがちだが、善の本質はこっちだ。
なにがあろうと術者を不滅にする。
当然、天能臨界で力を放出してしまえばその限りではないが……そちらは二つ目の前提条件を利用させてもらった。
二つ目、臨界の継続について。
天能臨界は死後も継続し続ける。
なんてったって、魂と強く結びつきのある天能の具現だ。
壊されたり、自分の意志で解除しない限りはこれらは半永久的に継続する。
……あの瞬間、天能臨界を発動する際。
自分の死を覚悟しながら――ふと、この未来に思考が及んだ。
天能臨界を発動した時点で、僕は死ぬ。
しかし、不滅の具現である天能臨界は上空にあり続ける。
それが存在する限りは、僕は死んだままだし生き返ることはできない。
同時に死体の破壊率が一定以上を超えても、きっと蘇生はかなわない。
けれど、万が一に。
僕の天能臨界が何者かによって破壊され。
解放された【善】が僕の死体へと舞い戻り。
その時点で、僕の肉体がある程度原型を保っていたのなら。
もしかして、僕はまた目を醒ますんじゃないか……って。
そんなことを思いながら、僕は一度死を受け入れた。
……ただね、正直この未来は無いと思っていたんだ。
なんてったって、僕は父上の臨界を飲み干している。
アレが僕を殺すための毒であるなら、外観はまだしも僕の体内は父上の毒によって破壊され尽くされ、原型すら残っていなかっただろう。
そうなれば、きっと僕の蘇生は叶わない。
「……父上が、助けてくれたんだ」
恋の問いに、苦笑し答える。
分かったつもりで、分かってなかった。
僕の飲み干した例の毒。
海老原はまんまと信じた様子だったし。
僕も、あまりにも強烈な毒性に一度は信じた。
けれど、今にして思えばそれは違った。
あの父上の臨界だ。
全てを飲み込み殺し侵す、毒の王。
世界で最も人を殺すことに特化した怪物。
そんな彼が、誰より真摯に天能に向き合い。
苦悩も絶望も飲み干して、積み重なった技の極致。
それが、あんな程度のわけがない。
「父上……が……?」
「うん。最後まで……ちゃんと意識はあったんだね」
会話なんてできなかっただろうけど。
もう、どれだけ記憶が残っていたかも分からないけど。
僕を殺さないように。
僕を守るために、必死に抗い、毒性を抜いた。
「……ホント、一生かかっても追いつける気がしないよ」
そう言って、体に力を込める。
立ち上がろうとするけれど、まったく力が入らなくて。
再びぶっ倒れる僕を、恋が慌てたように受け止めた。
「あ、兄上! む、無茶はだめです! ま、まだ休んでないと……!」
……恋の言う通りだった。
今の僕は、まだ半分死にかけだ。
どれだけ善の能力が強かろうと。
一度死んだ体だ、色々なところにガタが来ている。
当然、天能臨界をもう一度……なんて、今すぐにはできないだろうし。
無茶をすれば、今度こそ死ぬと。
なんとなく、察していた。
……けれど。
「そうも、言ってられそうにないんだよね」
視線を、崩れていく屋敷の方へと向ける。
なんとなく、覚えている。
夢のように、その光景を上から眺めていた。
最愛の弟二人が、殺し合う情景を。
そして、今、その音が聞こえないっていうことは。
きっと、決着がついたっていうことなんだろう。
「間に合う……とは、思えないけど、僕にしかできないことも、あると思うんだ」
あの二人が戦えば、悠人が勝つと僕は見ている。
十中八九……この時点で、優人はもう死んでいる。
なんてったって、優人は度を越して優しすぎる。
彼はきっと、弟のことは最後まで殺さないはずだ。
どれだけ殺意を向けられても。
どんな想いを告げられても。
殺さないように立ち回って、最後まで無茶を貫き通す。
……ホント、そんな部分まで真似しないでほしいんだけど。
意地を貫く以上、絶対に天守優人の勝利はない。
……ただ、それでも。
僕は空を見上げる。
優人だって、志善悠人を守りたいんだ。
どんな手を使ってでも、彼の破滅を防ぎたい。
というより、彼が世界を滅ぼすことを、防ぎたい。
志善悠人の望む、新世界の創造。
それは、世界80億超の人間すべてを殺す先に在る未来だ。
彼がそれを成そうというのなら、彼は世界全てを敵に回す。
人の想い、と言うのは馬鹿にできないものでね。
殺したのなら、それだけの恨みを殺した者は背負ってしまう。
志善悠人はこのままいけば、世界80億の恨みを背負い、自我なんてあっという間に崩壊するだろう。
どれだけ覚悟をしていたにしても。
どんな気持ちでその結末に至ったとしても。
恨みは消えない。
憎悪は止まらない。
どれだけ耳をふさいでも、きっと。
志善悠人は、殺したことを後悔する。
「恋ちゃん、行き先決定だ。優人の下に今すぐ急ごう」
「……っ!? わ、分かったであります……っ!」
努めて明るくそう言って、僕は彼女の肩を借りて歩き出す。
……手遅れ、だって分かってる。
もう、僕に君は止められないだろう。
今更ながら、後悔しているよ。
僕はきっと、君に贈る言葉を間違えた。
――あとは頼むよ、なんて。
あんなことを言ってしまったから。
君は必要以上に頑張って。
要らないものまで、背負おうとするんだろうね。
「……早まるんじゃないよ、
優人は、きっと弟を殺しはしない。
けれど、彼を止める方法が殺害以外に無くなったとしたならば。
彼を殺すことが、彼を守ることに繋がるとしたならば。
そう考えて、僕は歩を早めた。
はるか遠い空には、見たこともない綺麗な星が瞬いていた。
☆☆☆
少年は、立ったまま死んでいた。
左腕はほとんど消し飛び。
鎖骨の先から腰の半ばまで。
胴体の八割に及ぶ範囲が、消失。
されど、最後まで少年は笑顔を浮かべ。
死した後も、優しそうな表情は崩れない。
最後まで……最期まで。
少年は兄として、僕に対して向き合っていた。
「……あ、は」
殺した。
優人を殺した。
その事実を前に、涙があふれた。
――こんなもの、要らないのに。
胸を押さえて、荒い息を吐いた。
――こんな痛み、捨てたはずなのに。
「ぐ……ぅ、っ!」
心がひび割れる。
取り返しのつかないことをした。
そう、彼の死体が否応なしに突きつけているようだった。
殺すって……いくらでも口では言っていたのに。
その現実を前に、言葉と覚悟は違うのだと、強制的に分からされる。
ふらりと、彼の体が揺れる。
その光景に目を見開いて、咄嗟に手を伸ばす。
大丈夫? って。
いつもみたいに心配して。
僕は自分の咄嗟の行動に、強烈な気持ちの悪さを覚えた。
ぐしゃりと。
僕の目の前で、死体が血の池に音を立てて崩れる。
「……は、は。……お前、が、殺したんだろ……」
何を心配しているんだ。
あれだけ、止めろと言われながらも。
これが正しいと信じて、お前は走り続けた。
そして、大好きだった兄を殺した。
……お前が殺したんだ。
僕が、優人を殺したんだ。
僕は頭を掻きむしる。
反吐が出るほどの醜悪さに、自分で自分が嫌になった。
「何を……っ、なにを心配してるんだよ僕はっ! 僕が殺したんだぜ、僕が、優人をぶっ殺したんだよ! なのに、加害者が今更殺した奴の心配かよ……ッ!」
叫ぶ、叫ぶ。
こんな自分が大っ嫌いで。
優人を殺したことに後悔が走って。
更に自分が嫌になる。
「……気持ち悪いよ、お前……」
気持ち悪い、気持ち悪い。
自己陶酔の屑野郎。
人間以下のクソ。
恩知らずの人でなし。
家族殺し。狂人。怪物、化け物……。
どれだけ罵ろうと足りない、自分に対する憎悪。
志善悠人は、きっとこの場で死んでおくべきだった。
この戦いに勝つべきではなかった。
優人こそ、僕を殺して生きるべきだった。
彼こそ生きるべき人間だった。
……そんなこと、分かっていたはずなのに。
自分に価値なんてないと分かっていたのに。
彼を救えるかもしれない、って。
そう思ったら、もう、止まることなんてできなかった。
「……まだ。頑張ら、ないと」
そう呟いて、前を向く。
後ろを振り向いたら、もう歩けない。
優人ともう会えないと思うと、心が折れそうになる。
その度に、大丈夫だと言い含めて。
また次があるから、って。
次の世界で会えるんだから、って。
……そう、自分に言い聞かせて。
僕は歯を食いしばって、死体に背を向け歩く。
優人と戦う内に、戦場は移り変わり。
最後の終点は、天守周旋の執務室だった。
彼の机があった場所は既に壊れて。
窓があった場所には壁もなく、その先には地平線の彼方まで大地が広がっていた。
「壊す。壊して……また、新しく……っ」
これを壊す。
この世界に棲むすべてを殺す。
そう考えると、胃液が奥から逆流した。
耐えることも出来ずその場に吐いて、僕は目の前の星を睨む。
優人を殺して。
大切な人を失う辛さを知って。
また、僕は吐いた。
「……どう、して」
僕は、こんな世界は嫌いだ。
こんな世界を造った神は……もっと嫌いだ。
僕らはきっと、神様の見世物で。
僕らの不幸は蜜の味……なんて。
そんな気持ちで、この物語を眺めている。
そんな神様を、殺したいほど憎んでいる。
……けれど。
そんなクソみたいな神よりも。
今から世界中のすべての人に不幸を突き付ける僕の方が……。
何十倍、何百倍……それ以上。
ずっと、ずっと……悪魔みたいだって。
そう、今になって思い知る。
「……なんで、だよ……ぉ」
涙が、止まらなかった。
世界を壊せる力を貰った。
世界に祝福されて、世界の望むとおりに。
僕が望む力が、この手の中にあった。
けれど、その力を使ってしまえば。
僕が嫌いな神よりも、ずっと酷い人間に堕ちてしまう。
そう理解して、体が震えた。
『さあ』
頭の中で声がする。
僕は、ふらふらと立ち上がり。
眼前の光景へと、両手を向ける。
『壊せ』
『お前には資格をやった』
『世界を恨む権利をやった』
うるさい声が頭に響く。
誰の声かも分からない。
幻聴か、天能の意志か。
あるいは……神、とやらの囁きか。
ソレは何の感情もなく。
僕の背中を押していた。
『
「ぐ、う……っ、ぅっ!」
指の先に、黒い光が集まる。
その大きさは、優人を殺したものよりさらに大きい。
人間に向けた
この星へと向けた規格外。
優人がしたように。
僕も『大切なもの』を削って作った、最大火力。
……こんな世界なんて壊れてしまえばいい。
その言葉に嘘はない。
僕の作る世界の方が、絶対に皆を幸せにできる。
争いなんてないし、不幸なんて絶対に作らない。
僕の考えは間違ってない……はず、なんだ。
なのに、この世界を壊すと決めて。
この場に立って。
僕の頭をよぎったのは、今まで僕が感じてきた【幸せ】だった。
この世界は嫌いだ。
不幸なんて大っ嫌いだ。
けれど、それ以上に。
僕はたくさんの幸せを、この世界で感じてきた。
家族と笑って。
嫌な奴と言い争って。
友達と語り合って。
無かったことには……できないくらい。
この世界には、幸せもあったんだと、今になって気づく。
……けれど、僕はもう戻れない。
今更幸福なんて思い出したところで。
不幸だけじゃないと思い知ったところで。
僕が犯した罪は消えない。
優人はもう生き返らない。
彼を殺した以上は。
もう、新しい世界を造るしか道はないんだ。
覚悟を決めろ。
責任を果たせ。
兄を殺したのなら。
この意地を通したのなら。
最後まで、折れるな、曲がるな。
それが、自分が殺した優人へのせめてもの敬意だ。
「【
そして、終わりの一撃が完成する。
これを放てば、この星は壊れるだろう。
この一撃は星の中心まで到達し。
内側から跡形もなく、この星を消滅させる。
【一度使えば星をも壊す】
天能臨界のうたい文句。
その通りに、文字通りに、星を壊すだろう。
「……ごめん」
謝って済む行いではない。
この行動に、一切の正当性はない。
多くの人が僕を恨むだろう。
世界一の大罪人として。
誰にも勝る悪として。
僕の思う正義は、人類史に引導を渡す。
それでも、謝るしかなかった。
ごめん。
ごめんなさい。
皆を殺してごめんなさい。
沢山の不幸をばら撒いてごめんなさい。
でも、もっといい世界を造るから。
君たちを絶対に幸せにするから。
責任を持って……最後まで果たすから。
だから、だから……っ。
謝るたびに、涙が出た。
僕の行動でどれだけの人が苦しむのかを理解して。
その度に心が砕けた。
腕を震わせ。
膝を震わせ。
恐怖に顔を歪めて。
それでも、やるしかないって。
そう、考えた。
――その、直後だった。
『大丈夫だよ、志善』
「……っ!?」
背後から、声が聞こえた
暖かい声、優しい声。
大好きだった人の声。
僕は振り返る。
けれど、そこに僕の望んだ光景はない。
天守優人は死んでいる。
彼が立ち上がっている……なんてことはない。
彼が生きている……なんてことはない。
彼はもう動かない。
もう、喋ることはない。
なのに、『大丈夫だよ』って。
さっきの声が、頭から離れなかった。
『そもそも、泣くほど嫌なら今すぐやめろよ。……僕の命なんて気にするな』
「……っ、ゆ、優人……?」
これは、幻聴か。
いよいよ頭でもおかしくなったか。
彼の声が、彼の死体から聞こえてきた。
「で、でも……僕が、やらないといけないだろ!」
なにがなんだかわからなくなって。
気が付けば、僕は死体に向かって叫んでいた。
声なんて返ってくるわけがない。
分かってる。
こんなのは、僕が作り出した幻だ。
ただの幻聴だ、彼はもう死んでいるんだから。
「こんな……っ、こんな世界じゃ、君は幸せになんてなれないだろ! 僕は君を幸せにする義務がある! 君に助けられ、君を殺した僕には責任がある! 僕がやらなきゃいけないんだ!」
そう言い聞かせても、声は止まない。
いつも通りの優しさを滲ませて。
それでもどこか……諦めたように、彼は言う。
『……わかったよ。もう曲がらないのは分かってたしな』
その声は、まるで何か大きな決断を下したように聞こえた。
フラッシュバックする、過去の光景。
弥人の死に方について口をはさんだ時のように。
気が付けば、頭の中には苦々しい顔をする彼の表情が浮かんでいた。
そして再び、声がする。
『【
「……っ!?」
あり得ない声がした。
戦いなんて終わったはずなのに。
彼の体からは、天能の気配なんて無い筈なのに。
それでも彼は……死して尚。
「な、なに……をッ!」
咄嗟に、構えていた【
それでも恐怖は薄れない。
一度、その技を見た。
セバスに向けたときのような、未完成品ではなく。
完成された【天守優人の天能臨界】を目撃した。
僕の目の前で彼は一度、それを発動している……はずだ。
なのに、
セット、という言葉。
そして数分後に放った【天能臨界】という合図。
それと同時に、不可視の弾丸によって僕の刀は砕かれた。
伸べてその秒数は……ちょうど、一秒の誤差もなく『300秒』だ。
そして、今。
彼が、刀を砕いた直後に告げた『セット』という言葉。
あれから、まもなく『300秒』が経とうとしている。
「……ッ」
嫌な予感に背筋が凍る。
とんでもない見落としを、今になって思い知る。
僕は、決定的な勘違いをしていたのかもしれない。
正確には……勘違いさせられていた――のかもしれない。
セット、という言葉――たった三文字の『詠唱』。
あの時点で、
『僕の臨界は、【一撃必殺】を突き詰めていった先の極点だ』
声が聞こえる。
まるで答え合わせのように彼は言う。
天能臨界直後の不自然な火力上昇。
その後、再びの急激な出力低下。
彼の臨界が『目に見えない』理由。
現在、彼の体内に天能が存在しない意味。
天守優人だけに許された超遠距離での天能操作。
この星の歴史に刻まれない攻撃。
そして、一撃必殺。
ひたすら威力に特化した、天守優人の天能臨界。
それらが、まるでパズルのピースを嵌めるように。
次々と明確な【解】となって頭に浮かんだ。
『臨界だろうが、要らないモノは削る』
その声が聞こえて。
彼が削ったモノに思考が至る。
取扱いは難しく。
汎用性は無く。
連射性も無く。
消音性など皆無。
生み出した銃は超大型で。
天能臨界発動までに『300秒もの』準備時間が必要。
……その300秒間、天能を十全に使えないという強烈なデメリット。
その上で、彼は火力ただ一点を極め抜いた。
……天能臨界中は、通常時の天能が使えない。
そのルールは優人の天能にも当てはまる。
それを彼は、300秒かけてゆっくりと。
自分の天能を、はるか遠く彼方にある【銃】へと移し続けた。
当然その間、移すに従って彼の天能は出力を失い続ける。
そうなれば狙いの的だ。
僕の攻撃に反応できなくて当たり前。
……戦闘中に、頼みの綱である天能を捨てるのだ。
自殺行為にも等しい愚行だと、誰が見てもそう判断するだろう。
例えば優人が近接戦闘に長けていて、銃という天能を使わない状態で300秒を耐えられるというのであれば、彼の臨界はまともに作用するだろう。……だが、それは仮定の話だ。
彼は近接戦闘なんて出来ない。
その上で無茶を通した。
そして一度は発動が叶った臨界も、決して僕の命は狙わなかった。
……あの瞬間、僕が感じた違和感。
天能臨界直後の出力上昇と。
その後に続いた、出力の低下。
あれは偶然なんかではなかった。
臨界を使って、天能が返ったからこそ出力が
上昇ではなく回帰だったんだ。
そしてその後、再び臨界を発動したから出力が下がった。
しかしその二度目は、準備が間に合わず発動以前に力尽きた。
――だが、
『お前を殺すつもりはなかったよ。……けど、僕の甘さが原因で、僕がお前を殺さなかったことが原因で……お前が死ぬほど苦しむのなら、僕だってさすがに覚悟を決める』
そういって、彼は辛そうに笑った。
その先に地獄しかないと知っていながら。
それでも、笑顔を見せた。
『お前を苦しめるくらいなら、代わりに僕が苦しむよ』
「なっ!? ま、待てよ……優人っ!?」
咄嗟に声を上げる。
けれどもう、届かない。
僕が殺したんだから。
彼に、僕の声が届くわけなんてない。
その代わり。
彼の声は、鮮明によく聞こえてきた。
『つーか、僕、お前に殺されてるわけだし? 一度くらい殺し返したって許されるだろ。……覚悟しろよ。一度目とは違って……今度のは僕の全霊だ』
その声に歯を食いしばり、僕は【星の終焉】の向きを変える。
この一撃は……絶対に防がなきゃいけない!
優人が最後の最後まで使わなかったという全身全霊。
使わない理由なんてたった一つだ。
――
そして、それを使うということは。
苦しませるくらいならこの手で志善悠人を殺すという覚悟と。
お前に殺させるくらいなら、人類を自分の手で殺すという決意。
その証明だと、僕は確信していた。
そして問題となる、彼の【臨界】がどこにあるか、という点。
ここまで至れば、僕もその場所は察しがついていた。
僕の天能で把握できない以上――彼の臨界はこの星の上には存在しない。
ならば地中かと疑ったが、火力に特化した以上、その銃は極めて巨大だろう。
そんなものを地中に隠しておけるわけがない。
ならば、どこだ。
――
「……よりにもよって、宇宙から一撃かよ……っ」
星の関与する歴史の外。
宇宙空間に、おそらく優人は【銃】を作った。
僕の天能【星】の万能性は、この地球上でのみ発揮される。
星の外までは僕の知覚は及ばないし。
当然『何をしているのか分からない』状態が出来るわけだ。
……考えついても、普通、通すかよそんな無茶!
世界中どこを探しても。
間違いなく、天守優人しかできない離れ業。
常識外れにもほどがある、超絶遠距離での天能行使。
そして放たれるのは、不可視の一撃。
彼我の距離なんて関係ない。
どれだけ離れていようと、発射と同時に着弾する。
つまり、発動させてしまえばお終い。
どれだけ優れた盾であろうと。
どれだけ優れた回避能力であろうと。
着弾は、不可避。
そしてもれなく、その弾丸は天守優人の集大成。
【一撃必殺の極点】だ。
そんなもの、分かるわけがない。
一度、見たから辛うじて理解が及ぶだけで。
なんて臨界だ。……初見殺しにもほどがある。
回避も防御も出来ない一撃必殺。
開始後300秒で確殺してくる……だなんて。
「……なら、真正面から打ち破る……ッ!」
防げないというのなら。
躱せないというのなら。
それらすべてを捨てた上で、真正面から叩き潰す。
それしか生存の道はない。
僕は全身全霊を、この一撃に込めた。
先のことなんて、今ばかりは考えていられない。
そんな余裕はない、残しておける余力もない。
今はただ、全力で。
すべての力を費やして、弾丸一つを打ち砕く――
「幕を閉ざせッ!【
『【
そして、銃声が響く。
僕の全身全霊。
星を破壊するつもりで放った一撃。
それが、見えない何かに貫かれていく。
まるで、一筋の流星。
黒を切り裂く、白銀が一閃。
宙の彼方より、寸分の誤差なく飛来する。
一切の抵抗もなく。
欠片の膠着もなく。
まるで歯牙にもかけることなく。
蒼穹を切り裂くように、僕の全力を貫いた。
「……ああ」
その光景が、僕にはゆっくり見えていた。
今まで見てきた中で、最も美しい情景。
輝かしいまでの、努力の結晶。
削り削って、最後に残った火力の極点。
放ったが最後。
一切の抵抗は叶わず。
瞬く間に勝敗を決する、一撃必殺の流星。
天守優人の天能臨界。
それを見て、僕は不思議と笑みが零れた。
「……やっぱり、優人には……勝てなかったかぁ」
☆☆☆
そして、弾丸は少年の頭蓋を貫く。
されどその威力は、一つの殺人では終わらない。
一度使えば星をも壊す。
その名の通り、弾丸は【
一切の過不足なく、
その直撃により、地球のおよそ4割が消し飛ぶ。
余波により、残った地球の9割が深刻な影響を受け。
――人類の、おおよそ7割。
推定にして、およそ60億人が死滅した。
【進行度成果】
〇志善悠人 - 死亡
【嘘なし豆知識】
〇学園の外の世界
数年前、おおよそ地球の四割が消し飛んだ。
原因は不明とされるが、それによって人類の5割が死滅を迎える。
また、地球の破壊に伴う異常気象により、さらに2割が死傷する。
後に、被害者総数は60億人にも上るとされた。
それでも、橘家の尽力により被害は最小限に留められたとされている。
人類は変わり果てた地球での生存を目的に掲げ、今は復旧も進んでいる。
被害の中残った家屋に住み、子供たちは学校に通えるほどに社会は回復した。
それでも、その事件は未だに多くの人の中に傷跡を残しており。
その事件を引き起こした者がいるのであれば――間違いなく、世界一の大罪人。
彼は多くの人々に、今も尚恨まれ続けているだろう。
☆☆☆
そして、過去は黒く染まっていく。
死と後悔と絶望と。
大量の憎悪によって彩られ。
『少年』は感情すら失せ、【壊れた怪物】となり果てる。
次回【雨森悠人】
生者は二人。
三つの棺は空席で。
最後に残った死体は一つ。
+注意+
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